学校部活、高校野球を含め、論議の根本からおかしい
まず学校部活。
地域移行とか色々とゴチャゴチャ論議が感情論も混ざって捻れまくっているが、根本に戻れば良いだけだろう。
毎日平日の放課後、数時間程度。教師の方々が帰宅すべき時間前には生徒を帰らせる。
それが至極当然。
朝練とか論外だし、夏に日が落ちているのにまだやっているなんて根本からおかしい。
もちろん学校が休みの時は部活動も休み。
当たり前すぎてわざわざ言うのも馬鹿らしいくらいだ。
教師の負担と言うが、教師に顧問だったり監督をやらせるにしろ、素人を覚悟するのが当然。
そんな要求があって教員に就いたわけじゃない。そもそも期待する方がおかしい。
だれかが監督をしないと統制がとれないのだからみんなで決めて最後は監督が決定ればいい。会社だって”無能な責任者”なんかいくらでもいる。
優秀な生徒が参謀になったっていいじゃないか、と私は思う。
ただ、子供だけではダメだから、監督者はいないと、という場面はあるので顧問は必要。
基本は開始時と帰宅時にいるくらいで良いだろう。部活を終わらせて全員学校からたたき出すのが仕事。
中高生ぐらいなら自分達で上達方法を考えたらどうなのか。そこで顧問は大人目線、学校側の人間として意見・修正ををする。
もっとやりたければ、それがいわゆる「地域移行」という形になるだけ。
もちろん始めから部活動ではなくて地域の活動(企業活動)に参加するのも自由だ。
そもそも部活動は強制的にどっかに入れとかもおかしい。
帰宅部だが、その後、リトルリーグに行くとかが普通になってほしい。
学校行事の延長として大会とかも休日にやるのは、少なくとも公的には禁止。
私的な企業が主催とか、任意団体を作って私的大会をやるのは構わない。
教育的意義が高く、公的大会に参加したいというのなら、普通に平日に開催して、生徒は授業を休んで参加すれば良い。
ぶっちゃけ授業なんか数日休んだって自習で取り返せば良い。取り返せないような奴に参加資格はない。それでいいじゃないか。
次に学生が主に野外で実施する大会について。(当然、夏の高校野球大会もこれに含まれる)
まず徹底すべきことは環境の問題。
野外活動においては暑さ指数による限界値が設定されているのでこれを徹底して守ること。
これは特に子供については32以上は中止が勧告されているので最低限徹底すること。
本当は限界まで頑張っているのだから「過酷な運動」に属するわけでもっと低く設定すべきではある。
これは甘く言ってもという話だ。
逆に守られていればそれで良いとここでは考えておく。
これがベースにあるべきで、守るためにはどうするかという数値的な議論をすべき。
だから夏場に気温上昇をしている昨今においては、そこで中止や開始時刻ずれが頻発するのは当然の理。
そもそも夏大会というもの自体を考え直す時期に来ているのかもしれない。(別に高校野球に限らず)
仮に「守っていると甲子園大会ができない」というのなら「やるな」というだけの話。
守ってできるのであれば、そのまま甲子園でやればいい。極シンプルな話。
9回だと無理で、7回にすれば守れるようになるのなら、そうすればよい。
単に甲子園を取るか、9回を取るのか、もっと会期を延ばすとか、時期をずらすとか、数値的な話にすべき。
最後に「こんなことしたら部活動の時間が足りない」というのは大いに疑問。
私が運動系部活の”練習”を見ていると本当に効率の悪さ極まりない。今ではなく、学生の時に感じていた。
トップレベルの学校は知らないので悪しからず。
日頃から「走り込み」とか「基礎練」とか延々とやっている。
私から見れば「なんでこんなことみんなでやってるの?」「時間の無駄だろ」
それをやることを否定しているのではない。そんなことは各自で休みの日とか朝・夜とかを利用して自主的にやればいいじゃないか。自主練という奴だ。基礎練は最初はきちんと教えるべきだろうが、その後は各自できちんとやれ、むしろ休日も毎日やれ、でいいじゃないか。
他にも色々あるのだが、「せっかく部活動なんだから一緒にやらないとできないこと」にもっと絞ってやるべきだろう。
野球なら連携プレーの練習などはそうだ。他のメンバーの癖や呼吸等、その人とやらなければ得られないことだから。「ただのノック」なんか確認のためにやるぐらいで各自で工夫してやれ。
私には毎日似たようなことを作業のようにやっている、こんなのが部活なのか。と私はウンザリしているのだ。
などと綺麗事ばかり並べているが、大体にして「日本一」なんか個々の力だけでどうしようもない。
「日本一」になるには相応のお金が要るのが現実。
超一流の指導者(スタッフ)と超一流の設備があり、超一流のスカウトがいて、超一流選手をかき集めているところに勝てるわけがない。
これらを前提として、日本一と思えるくらいに努力したとしても日本一になれるかという保証なんかない。そこには運・偶然も入ってくる。
当たり前だ。日本一というものは日本中で一人(1チーム)しかなれないのだから。
そしてこれらはとんでもないお金が必要となる。
だからこそ学生レベルで日本一を語るなんて本当にくだらない話としか思えない。
逆に私が最初に述べたレベルで全員が部活をやったと仮定しても、日本一には誰かががなれる。日本一とはそういうものだ。
その日本一とはもちろん、例えば「高校生大会」という範疇(レギュレーション)での話だ。
同じ年齢でセミプロでやっている人には負けるかもしれない。だが、大会とはそういうものだ。
だから「夏の高校野球のレベル」がだだ下がりになるのは当然の話だ。
だが、それは全くおかしくない。
今の高校野球は、いわばルール(レギュレーション)なき、金銭力による野蛮な殴り合いで勝ち負けが決まっているようなものだ。
それを礼賛している人達がいるのが私には理解できないし、教育という場にこういう環境を持ち込んでいるのが許しがたい。
いい加減是正してくれないか、と私は思っている。私は今の高校野球には全く興味が湧かず、むしろ嫌悪感を感じる。
「きちんとレギュレーションを守った学校だけの大会」をすべきだ、というのが私の考えである。
それを「文部科学省認可の公式試合」と考える。
「そんなレベルの低いもの、クソみたいな話だ」というのならそれは別に構わない。
守らない上での企業(学校法人)主催などの私的な大会をやるのも全く問題は無い。
私はそういうトップクラスの高校生がいたとしたら、中卒でNPBや各プロ球団が雇用して野球人として育てて欲しい。
なぜ形だけの高校生という中途半端な形で育てているのか。高校野球が十分コンテンツとして成立しているのなら、そのレベルのU18で試合をやっても成立するはずだろう。そういうと「地元愛」「高校生のひたむきさを」とか言い出す。それは既に「野球」ではなく、スポーツ愛好家ですらない。そもそも今の高校野球、全国大会で出ている選手のどれだけが「地元の人間」なのか。バカらしくて話にもならない。
F1が「レギュレーションを守るが故の面白さ」がある一方で、ともかく技術と金銭の限りを尽くした速さを競うレースがあっても良い。
教育的価値がどちらにあるのか、といえば、私は「ルールを尊んだ試合」だと考えているだけのことだ。
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