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2026/08/10

熊本地震 イオンモール爆発事故

イオンモール爆発事故について、ヤフーコメントをみていると首をかしげる発言が多い。
話を今一度整理したい。

時系列(数分程度の誤差は無視)
地震発生:16:27
避難完了:17:00
爆発事故:17:50

重要なのは避難完了から爆発まで五十分もの時間がある、ということだ。

「一度避難したら屋内には戻るな」

なぜ戻ってはならないのか。それは安全が確認されていないからである。
激震レベルの地震があり、実際、屋内で水漏れしていた=水道管断裂という話もあるから、ガス管も断裂しても不思議でもない。
目で見ては分からない、ちょっとした衝撃で天井・壁(のもの)が落ちるような状態になっていても不思議ではない。

ガスなのかは不明として異臭・空気に違和感を感じたという一般避難者からの声もある。これは空調になんらかの損傷がある、あちこちで亀裂が入っていると考えるのが妥当。空気というのは精神的圧迫で起きることもあるから一概には言えないが、精神的圧迫で五感が普段以上に上がり、僅かな変調も捉えることもあるから嫌な感覚は信じるべきだろう。

ある程度落ち着いて、機材・人材が用意できてから測定装置等も活用して客観的安全確認をした後、建屋内に入ることを許可する。これが施設管理の基本であり管理者責任だろう。
そこで初めて”緊急避難所”としての機能となる。そこを勘違いしている人が結構いるようだ。

蛇足だが一般家屋ではその家の持ち主・家族が管理責任者だから家人なりがやるだけの話だ。

一部例外を認めることについて

「財布やスマホを置いてきた」「クルマや家の鍵を置いてきた」ことを理由に戻っていいか、という話である。
ここも議論が分かれる。
私は「認めるも何も、今後の行動が”詰んでいる”なら戻るしか無い」と考える。
鍵がなければ家に戻ってもどうしようもない。財布やスマホがなければ生活が詰む人もいるだろう。(スマホ中毒の話じゃないよ)

危険があるが、それが無いことの方がリスク(労苦)があり得ないほどある。目前の危険がなければそういう判断もあるだろう。
そして今回の件において結果論で言うが、取って返っても五十分近くも”猶予”があったのだから、事故には遭わなかった。

この点も重要である。たまたまだろう、というかもしれないが、その”たまたま”は仮に戻るという決断をしたなら一刻も早くやれば間に合った。

屋内に留まる時間とリスクは単純に比例する。一秒でも早く取って返って退去する。それが重要。

動機が当人の意思か、会社指示なのか

当人の意思で戻って爆発に巻き込まれたのなら、それは本人が自分で決めたことである。「かもしれない」で路頭に迷うことになるぐらいなら行くと判断するのもやむを得ない。身の危険を感じながらも取りに行くしかない。
しかし私が大いに問題視している点は「テナント会社の上司から指示・示唆された」という事に尽きる。

「可能なら」という表現だった、と言い訳をしているが、現場にそれを言ったら「やれ」と同義である。
なぜなら、今回の様な事故に巻き込まれたから会社が非難されているが、何もなければ現場の人が会社から非難される、不利なことをされるのが目に見えているからである。「可能だったろう?」と非難されるのが容易に想像されるからである。

同じ事は経営層から現場管理者に対する対応も同じである。「イオンが退去判断したから仕方ないか」「この激震では仕方ないか」と考えるか「なにがなんでもレジ締めが大事だろう。なんでやらなかった?」と考えるか、そういうほんの少しだけの意識の違いである。これが現場の文字通り死活を分けるということを経営陣は深く考えるべきだろう。

おそらく遺族が怒っているのは、親・親族も長く会社人であって、そういう構造がよく分かっているからこそだろう、

地方イオンのテナントの売り上げなんか、せいせい数万~数十万程度だろう。はした金を”守る”ため、そんなのは安全確認された後に処理すれば良いことだろう。
現場感のない、安易な言葉によって命が奪われたのである。その怒りは想像に難くない。

マニュアル軽視論

「戻るな」というが、現実では戻らないと貴重品(鍵や財布・スマホ)がない。(
だからマニュアル外として戻るのは止むなし、という人もいる。

これは明らかに間違い。
問題は
・現実にそぐわないルールを決めていること。
・そぐわないルールを改正する機会が無いこと。

どうも日本人は「ブラック校則」やら「部活動内の俺様ルール」が蔓延っていることに慣れてしまっているのか、ルール、マニュアルに対して歪んだ見解を持っている人が多いようだ。

本来、全てのルールには意味があり、それを守る人を守るものである。
ところがその原則が歪んでいる。歪んでいても不思議さを感じない。声を上げようとしない、いや、上げても無駄だと”学習”してしまっているのだろう。

話を戻す。

もう少し具体的言えば
・一度避難したら戻らない
・業務中、貴重品はロッカー等の遠くに置いてある
→避難完了時点で貴重品を持っていない
という構造である。

この二つの”事実”は相関関係が無いので、考慮されずに決定されてしまっている。
だから”ルールを曲げるのも止むなし”ではなく、このことを解決するべきだ。

実際にイオンではないが、あるテナント型百貨店では、貴重品は店内に金庫をおいてそこに入れるルールを検討しているという話も聞く。
これも解決方法の一つだ。まず貴重品を確保してから避難誘導に入ることもできる。または当日の現場リーダーが貴重品を全部一旦袋にいれて避難するというのも考えだろう。

家主であるイオン側から店子であるテナント側への徹底もマニュアル化しておくと良いだろう。
「店舗に戻ることを指示・示唆する発言は禁止。状況報告はその場でできることのみ、直ちに退去を指示すること」

重要な事はマニュアルを不断に見直し・改訂・改正をすることである。
定期的に見直しする規定がある会社もあるだろう。
それを「面倒臭い」とか単なる形式的儀式になっているのではないか。

時代に合わない、現実に即しない、”現場の機動的判断”でごまかす、非常に危うい状態になってしまう。
誰かが支えているから何とかなっている、非常に危うい状態になってしまう。

今回のイオンモールの事故は他人事ではない。

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2026/08/08

学校部活、高校野球を含め、論議の根本からおかしい

まず学校部活。

地域移行とか色々とゴチャゴチャ論議が感情論も混ざって捻れまくっているが、根本に戻れば良いだけだろう。

毎日平日の放課後、数時間程度。教師の方々が帰宅すべき時間前には生徒を帰らせる。
それが至極当然。
朝練とか論外だし、夏に日が落ちているのにまだやっているなんて根本からおかしい。
もちろん学校が休みの時は部活動も休み。
当たり前すぎてわざわざ言うのも馬鹿らしいくらいだ。

教師の負担と言うが、教師に顧問だったり監督をやらせるにしろ、素人を覚悟するのが当然。
そんな要求があって教員に就いたわけじゃない。そもそも期待する方がおかしい。

だれかが監督をしないと統制がとれないのだからみんなで決めて最後は監督が決定ればいい。会社だって”無能な責任者”なんかいくらでもいる。
優秀な生徒が参謀になったっていいじゃないか、と私は思う。
ただ、子供だけではダメだから、監督者はいないと、という場面はあるので顧問は必要。
基本は開始時と帰宅時にいるくらいで良いだろう。部活を終わらせて全員学校からたたき出すのが仕事。
中高生ぐらいなら自分達で上達方法を考えたらどうなのか。そこで顧問は大人目線、学校側の人間として意見・修正ををする。

もっとやりたければ、それがいわゆる「地域移行」という形になるだけ。
もちろん始めから部活動ではなくて地域の活動(企業活動)に参加するのも自由だ。

そもそも部活動は強制的にどっかに入れとかもおかしい。
帰宅部だが、その後、リトルリーグに行くとかが普通になってほしい。

学校行事の延長として大会とかも休日にやるのは、少なくとも公的には禁止。
私的な企業が主催とか、任意団体を作って私的大会をやるのは構わない。

教育的意義が高く、公的大会に参加したいというのなら、普通に平日に開催して、生徒は授業を休んで参加すれば良い。
ぶっちゃけ授業なんか数日休んだって自習で取り返せば良い。取り返せないような奴に参加資格はない。それでいいじゃないか。

次に学生が主に野外で実施する大会について。(当然、夏の高校野球大会もこれに含まれる)

まず徹底すべきことは環境の問題。
野外活動においては暑さ指数による限界値が設定されているのでこれを徹底して守ること。
これは特に子供については32以上は中止が勧告されているので最低限徹底すること。
本当は限界まで頑張っているのだから「過酷な運動」に属するわけでもっと低く設定すべきではある。
これは甘く言ってもという話だ。
逆に守られていればそれで良いとここでは考えておく。
これがベースにあるべきで、守るためにはどうするかという数値的な議論をすべき。

だから夏場に気温上昇をしている昨今においては、そこで中止や開始時刻ずれが頻発するのは当然の理。
そもそも夏大会というもの自体を考え直す時期に来ているのかもしれない。(別に高校野球に限らず)

仮に「守っていると甲子園大会ができない」というのなら「やるな」というだけの話。
守ってできるのであれば、そのまま甲子園でやればいい。極シンプルな話。
9回だと無理で、7回にすれば守れるようになるのなら、そうすればよい。
単に甲子園を取るか、9回を取るのか、もっと会期を延ばすとか、時期をずらすとか、数値的な話にすべき。

 

最後に「こんなことしたら部活動の時間が足りない」というのは大いに疑問。

私が運動系部活の”練習”を見ていると本当に効率の悪さ極まりない。今ではなく、学生の時に感じていた。
トップレベルの学校は知らないので悪しからず。

日頃から「走り込み」とか「基礎練」とか延々とやっている。
私から見れば「なんでこんなことみんなでやってるの?」「時間の無駄だろ」

それをやることを否定しているのではない。そんなことは各自で休みの日とか朝・夜とかを利用して自主的にやればいいじゃないか。自主練という奴だ。基礎練は最初はきちんと教えるべきだろうが、その後は各自できちんとやれ、むしろ休日も毎日やれ、でいいじゃないか。

他にも色々あるのだが、「せっかく部活動なんだから一緒にやらないとできないこと」にもっと絞ってやるべきだろう。
野球なら連携プレーの練習などはそうだ。他のメンバーの癖や呼吸等、その人とやらなければ得られないことだから。「ただのノック」なんか確認のためにやるぐらいで各自で工夫してやれ。

私には毎日似たようなことを作業のようにやっている、こんなのが部活なのか。と私はウンザリしているのだ。

などと綺麗事ばかり並べているが、大体にして「日本一」なんか個々の力だけでどうしようもない。
「日本一」になるには相応のお金が要るのが現実。
超一流の指導者(スタッフ)と超一流の設備があり、超一流のスカウトがいて、超一流選手をかき集めているところに勝てるわけがない。
これらを前提として、日本一と思えるくらいに努力したとしても日本一になれるかという保証なんかない。そこには運・偶然も入ってくる。
当たり前だ。日本一というものは日本中で一人(1チーム)しかなれないのだから。

そしてこれらはとんでもないお金が必要となる。
だからこそ学生レベルで日本一を語るなんて本当にくだらない話としか思えない。

逆に私が最初に述べたレベルで全員が部活をやったと仮定しても、日本一には誰かががなれる。日本一とはそういうものだ。
その日本一とはもちろん、例えば「高校生大会」という範疇(レギュレーション)での話だ。
同じ年齢でセミプロでやっている人には負けるかもしれない。だが、大会とはそういうものだ。
だから「夏の高校野球のレベル」がだだ下がりになるのは当然の話だ。
だが、それは全くおかしくない。

今の高校野球は、いわばルール(レギュレーション)なき、金銭力による野蛮な殴り合いで勝ち負けが決まっているようなものだ。
それを礼賛している人達がいるのが私には理解できないし、教育という場にこういう環境を持ち込んでいるのが許しがたい。
いい加減是正してくれないか、と私は思っている。私は今の高校野球には全く興味が湧かず、むしろ嫌悪感を感じる。

「きちんとレギュレーションを守った学校だけの大会」をすべきだ、というのが私の考えである。
それを「文部科学省認可の公式試合」と考える。

「そんなレベルの低いもの、クソみたいな話だ」というのならそれは別に構わない。
守らない上での企業(学校法人)主催などの私的な大会をやるのも全く問題は無い。
私はそういうトップクラスの高校生がいたとしたら、中卒でNPBや各プロ球団が雇用して野球人として育てて欲しい。

なぜ形だけの高校生という中途半端な形で育てているのか。高校野球が十分コンテンツとして成立しているのなら、そのレベルのU18で試合をやっても成立するはずだろう。そういうと「地元愛」「高校生のひたむきさを」とか言い出す。それは既に「野球」ではなく、スポーツ愛好家ですらない。そもそも今の高校野球、全国大会で出ている選手のどれだけが「地元の人間」なのか。バカらしくて話にもならない。

F1が「レギュレーションを守るが故の面白さ」がある一方で、ともかく技術と金銭の限りを尽くした速さを競うレースがあっても良い。
教育的価値がどちらにあるのか、といえば、私は「ルールを尊んだ試合」だと考えているだけのことだ。

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2026/08/01

いまこそ増税をすべき

という釣り題目をつけてみた。もちろん題目には間違いではない。
増税というか新税であるが。

今やるべきは「リチウムイオン電池税」だ。

国内でのリチウムイオン電池を使った製品の販売にはその重量に応じた税金を支払うこと。
また、輸入時に関税と同じく(関税の一細目として良いかもしれない)納税後に通関とする。

これで得た税金は、リチウムイオン電池のリサイクル事業(回収・マテリアルリサイクル等)への補助金原資とする。

まず、現状を説明したい。

殆ど知られていないが、リサイクル可能な二次電池、ニッケルカドミウム電池やニッケル水素電池、リチウムイオン電池も含めて、”広義の税金”がその電池重量に応じてメーカーに対して”徴収”されている。
これはJBRCという団体があり、そこが徴収しリサイクル事業を推進している。
家電量販店に置いてある電池回収箱にはその旨が書いてあり、それ故にJBRC会員のメーカー電池以外は原則回収しない。

問題はJBRCはあくまで一般団体であり、日本の主たる家電メーカーは参加しているのだが、当然全てではないし、海外メーカーは皆無だ。
当然ながらよく見かける「中国製の怪しげなモバイルバッテリー」や「ハンディファン」「エセ掃除機」「美容グッズ」等々様々なハンディ機器にこの電池は入っている。
もちろん携帯電話にも入っている。携帯電話は本来キャリア回収が前提であり、もちろんキャリア販売の携帯電話はきちんとキャリアが回収しているが、SIMフリーの流れと共に一部の電話機では回収責任が曖昧になっている。

そのしわ寄せがどこに行っているかと言えば、「ゴミの回収」を行っている地方自治体。
どこも危険物であるリチウムイオン電池を回収したくないのでたらい回しになっていたり、そのあげく一般市民はこまってあげくのアテに可燃ゴミにぶち込んだりする。(もちろん意識がない人もいるが、啓蒙もできない=じゃあどうしたらいいを言えないのが実態で大問題ある)
結果としてゴミ回収車や焼却炉が爆発という莫大な損失(被害)がでている。

つまり、従来のJBRCによる回収という枠組みが時代遅れとなっていて、限界がとっくに来ているということ。

JBRCもっと頑張れと言っても、勝手に中国から輸入して売っているものを制御できるわけがない。
彼らのモラルの無さは日本人なら誰もが承知しているだろう。彼らは都合が悪くなれば会社を潰してまた新たに起業してと逃げまくる。
じゃあ、どこで徴収するかといえば税関しかない、ということになる。税関を通さなければ密輸。犯罪となるのだからこれ以上はない。

なんならJBRCを潰して国の事業にしてもいいし、既に実績はあるのだからJBRCへの委託としても良い。

ついでなので「課税対象の重量」についても言及しておこう。

重量はリサイクル性の観点から「消費者が分離できる状態の重量」とするべき。

例えば電池取り外し可能な昔のいわゆるガラケーを頭に浮かべて欲しい。あれは使用者がカバーを外して電池交換ができるようになっている。
この場合、課税対象の重量はこの「電池パック」の重量となる。

一方、iPhoneを始めとする殆どのスマホでは電池を取り出せない。
この場合は課税対象はスマホ全部の重量とする。

電池交換ができないことへの不便さは時々語られるが経済性から否定されることが多い。
しかしこの税制度によって経済性の一部は否定されるという良い効果がある。

電池そのもののコストは別にして、電池を分離するまで保管・輸送のコスト、分離するコスト、電池以外を廃棄するコスト、を考えるとこれには妥当性がある、というよりむしろ優しいぐらいなのが現実である。

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