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2026/03/08

選択的夫婦別姓制度の論議

自民党がパスポートなどの公的証明書などにおいても“旧姓”単記を認めるような案を出してきたという。

実際のニュース映像を見るとどうも腑には落ちないが、パスポート・運転免許証・各国大使館が本人確認などで参照する情報において不整合が起きなければ私は「戸籍」などはどうでも良いと考えている。

理由は簡単で、国内なら国内法でいくらでもコンセンサスを得ることができるが、海外では不可能、ということにある。
その狭間で困る(ごく僅かな)人をきちんと困らないようにすべきである、という観点である。
「ごく少数の人の不便を解消することは不要。そいつらが我慢すればいいだけじゃないのか」と言う人がいるが、私は「少数だが世界的に見てあまりに理不尽な不便を強いるのはおかしい」という観点に立っている。このことは「世界を渡り歩くぐらい超優秀な人」が被るのだから社会的不利益とさえいえる。

「強制的夫婦同姓」などという制度を持っているのは先進国どころか、世界各国で日本しかない。
だからその常識を持っている各国やそこの組織・国民が理解できないのはごく当然ということになる。
よく言われる「日本の常識は世界の非常識」であり「世界の常識にはない日本だけの非常識」の一つになっている。
(これは強制的夫婦別姓制度を取る国も含めての話であり、その是非はまた別の話)

海外に行ってのよりどころはパスポートである。これはただでさえトラブルの元になる。旧姓併記なんて理解されない場面が出てくる。
運転免許証はその国における”外免切替”の時に当然提示が要求されるわけで、パスポートと表記が違えばトラブルの元になることは誰でも想像できる。
大使館への身元照会などはいうまでもないだろう。万一にでも大使館から「該当者なし」とかいわれたら絶望してしまう。だからこそ戸籍との一致が望ましいのだが、それを制度上問題発生リスクを同等にできるのであれば許容される。

国内だけならどうでもいい。現在の通称使用レベルでも概ね大丈夫なんだろう。これは国内法や通達で徹底すれば良いだけの話だから。
家族の一体感なんていうが、夫婦間は納得済だろうし、子供は戸籍なんて、結婚や就職に至って初めて自分の戸籍を見た、なんて人も多いのではないのか。銀行口座の名称とか「まだ独身の時につくった通帳の名前を面倒くさいからそのままにしてるだけ」とでも言っておけばいいだけ。

ただ懸念なのはこの無理筋とも言える制度変更で制度がグチャグチャになって複雑化し、”想定外”のトラブルが出ないのかという点である。
だから根源である「戸籍」を「選択的夫婦別姓」を導入した制度にすれば楽なのに、と私は思っているだけである。(「戸籍がなくなる」という論を張っている人がいるが私には何を言っているのか分からない。夫婦別姓だからこそ、家族関係を公的記録した戸籍が重要になる)

あえてイバラの道に行きたいのなら私は強硬に反対はしないが、きちんと制度を整理していただきたい、と思うだけである。

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