高額療養費制度・限度額引き上げについて
結論から言えば、引き上げはダメだ。
こんなことで「医療保険制度の改善」と考えているのが間違っている。
そもそも医療保険とは何か。そこから認識が既に間違っている、そこから今一度認識をすべきではないのか。
(あまり大したことのない)受診や投薬に関しても医療保険は適用され、1割~3割負担になっているのが当たり前に感じており、それが医療保険と認識されてしまっている。そもそもこれがおかしい。
いわゆる民間保険会社の医療保険や諸保険制度を考えれば実に奇妙な制度だと思わないのか。
「なにか非日常事態が起きて大きな金銭の支出に対して対応する」ために保険に入っているのではないのか。
だから「金持ち」は保険には入らない。金持ちは自前の資金でなんとでもなるから保険に頼る必要が無いから。保険制度は当然保険会社の取り分があるわけで普通に考えて割に合わない。ギャンブルと同じ構造であるから何とかなる人は保険加入するだけ損なのは自明である。
非常事態になった不運を金銭的面だけでも少しでも緩和するために保険制度というものは存在する。
一番分かりやすいのは「免責事項」である。自動車の任意保険は分かりやすい。一回におきた10万の損害までは免責とか少額に対しては対応しない。
この観点に立った場合、高額療養費があたかもオプションであるかのような論調があるが、むしろ本線ではないのか。この引き上げは明らかな改悪であり、むしろできるだけ引き下げることが必要ではないのか。
私は免責額にあたるものは現在ゼロであるが、これを設定するべきだと思っている。
設定が難しいのはこれにより「壁」や「逆転現象」が起きることであり、「壁」を無くそうとすると制度が細かく難しくなってしまうことにある。
方向性としてはOTC薬の論議に近い。
日常に近い、軽微なものに関しては保険適用外(保険負担分の軽減)にするという方向性である。
セルフメディケーション税制もあるが、これは税制であり本筋ではない。きちんと国民健康保険制度と融合させて一旦は高めに払うかもしれないが確定申告のような形で必要なら年一回締めて還付を受けるという形にしても良いのでは無いか。(もちろん端金と思う人はなにもしないで良いだけだ)
OTCの論議が出た時点でセルフメディケーション税制との整合性・融合を検討しなければならない、ということ。
そういうことをしようともしないのが論議としてダメだ、ということ。
そして大きな論議に拡がってしまうが、そもそも国民皆保険制度と言いながら、国家単位による保険制度となっておらず、各企業の保険組合などに分散している。マイナ保険証における混乱の一端はここにもあるのに無視されている。
保険料捕捉率の問題もある。いわゆる社会保障関連の根本的問題は複雑かつ不透明で、税とすら言われるのに税ほど厳格に運用されていないおかしな制度にある。
消費税の論議がでているが、そもそも社会保障費に国の予算の何割も税金が流れている、消費税で賄うという事態が根本的におかしい。
もはや税金で補助している、というレベルではなくなっている現実を見るべきではないのか。
「社会保障費はゼロにして税金で全て賄うようにする(当然税金は引き上げる)」なのか、「税金投入はやめて(当然消費税はゼロ)社会保障費を引き上げる」のか。本来、選挙で争点になるべきはここであろう。しかし実態は先の衆議院選挙の低レベルな話である。財源なんか些事でありもっと根本問題から目を逸らされているだけ。
別に「補助」をゼロにしろとは思っていない。ただ「補助」のレベルであれば消費税なんか導入する必要は無く一般税収をほんの一部割り振るだけの話ではないのか。
話を戻すが、高額療養費限度額の引き上げはゴマカシの論議に過ぎない。単に本来保険が助けるべき人を減らすだけの愚策である。だからやるべきではないというかお話にならない。
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