吉野家メニュー問題
吉野家のあるメニューがSNSで話題となり、吉野家も謝罪をするという顛末がおきた。
ネットでのコメントも様々なものがある。問題なのはそもそも様々な賛否が起きるということにある。
メニューにおいて賛否など起きてはいけない、という事に尽きる。
チラシならかまわない。誤認やミスリードはある程度は許容されうる。なぜならその後に検討・購入という段階が来るから。
メニューなのでそれを見て即断即決を迫られる。だから様々な人や状況によって様々な見落としや誤認を生じえるのだ。
だから「俺は全く問題なかった」等と言う俺様理論(意見)はまったく意味が無い。
「漢字が読めないのか」という意見も意味が無い。そもそもメニューは読むものではない。着席してゆっくりとメニューを検討するのであればともかく、店舗によってはカウンターで文字通り即決を迫られるのだから(特に並んでいればその圧力も感じながら)様々な見落としが発生するのが当然。むしろそういう環境を無視できる方が人としてどうかと思うくらいだ。
殆どのメニューにおいては、写真や品目名と価格が並んでいて、それ同士を結びつけるようにできている。それが一番自然で当然。細かい御託は読めないのではなく認知できないのも当然。それを利用しての誤認・ミスリードを誘っているという判断せざるをえないから問題なのだ。基本中の基本として「(各)」なんて書き方自体がおかしい。同じ価格でも各々に値段を書くのが当然である。これを当然だと誰もが思っているから誤認を起こすだけの話。
百歩譲って「定食」の文字を価格と同じ大きさで書き、その後ろに同じ大きさで「単品」を繋げることが最低限だろう。これは「定食」と書くことで「それ以外」を探すという行動をするからだ。そして写真からこの文言を切り離す。線を引く、背景を異にする等の手法がある。
細かく見ていくと、ミスリードを誘おうとする計略と言い訳の狭間でこのメニューが出来たように私には見えるから余計にいらつく。理由付けではなく言い訳レベルだから余計に問題であると感じてしまう。
吉野家がやるべきなのは「今後充分に注意する」のではなく、きちんとメニュー作成においてのルール、ガイドライン、ナレッジをきちんと策定することではないのか。それに付随して社員教育の徹底が出てくる。そうでなければ必ず再発する。属人化してはいけないのだ。今回の問題はそういう最低限のルールで防げたのではないのか。
吉野家は長らく牛丼一筋でやってきたからメニュー作成の基本も知らず、知見に乏しいのは理解できる。これからも多メニュー化、新メニュー開発をしていくのなら、今回の事例を機に他社事例研究やきちんとした知見を得て、企業として徹底すべき時ではないのか。
私は吉野家が大好きだった。学生バイトをしていたころはほぼ毎日夜食の牛丼並で一日が終わっていた。そういう思い出美化があるのは否定しない。
それでも豚丼まではまだしも、その後メニューがどんどん増えていく中で、私には劣化としかみえない。「吉野家コピペ」はノスタルジーでしかないが、共感はしてしまう。その頃に戻れ、とは言えないが、競合他社の中に埋没してしまうのは違うと思う。その中での今回の“不祥事”。残念でしかない。
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