« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

2022/08/20

Nintendo Switch アナログスティックを交換してみた

ファミコン、メガドライブあたりからゲーム機はほぼ一通り買ってきた(ただしPS3は余りにも酷い製品でパス、PS4/PS5は未だにまともな店で買えないので買っていない)私だが、Switchのコントローラの品質は歴代の中でも酷い。

2回もコントローラーがおかしくなって買い換えたのだが、さすがに仏の顔も三度までである。
今回は修理キットを買ってみようと思った。(単に色々面倒だっただけなのだが)

アマゾンで検索してみるといろいろ出てくる。よほど格好の”ネタ”なのだろう。基本は修理対象となる専用部品を買い付けることができれば、あとは適当にあり合わせの物を見繕ってセットにするだけなのだから比較的楽な商売ではある。
レビューを見ても「百均レベル」という言葉が何度も出てくる。

まあ、あまり多くは期待しないで適当にタイムセールのものを買ってみた。
それでもネジ回し(ドライバー)は良さそうなものを探してはいる。

色々入っているが、まあ、殆ど使わないだろう。

まず梱包状態をチェック。アマゾンからの発送はユーパケットとおぼしき箱に「カラカラ」と動く状態で入っていた。あまりよろしくない。
箱を開けると製品紹介の写真通りにプラスチックケースに入った一式が出てくる。(緩衝材の類は一切無し。精密機器の認識がないのかよ)

肝心のアナログスティックは多分メーカーの梱包材で、2個分を切り出したものが2つ入っている。
セット自体が柔らかめのプラスチックケースに入っている訳だが、適度にきちきちに入っているので結果として固定されている。
ラバー製の”猫の肉球カバー”(これはアナログスティックにかぶせる)がその梱包材の隙間に入っているのはやや気に入らないが、まあ、悪影響はなさそうだ。
まあ、保存や輸送時に力が加わって不良になる確率は低いだろう。

さて、交換に取りかかる。実際のやり方は製品の取説でも基本はYouTube(他の有志)に丸投げである。私も説明はしない。
取説については、日本語は10点満点で2点といったところ。典型的な中国人の作った笑えるレベルの日本語マニュアルである。何を言っているのか雰囲気しか伝わらない。専門用語らしきものがきちんと意訳できていない。また、そもそも物理的に読みづらい。写真を含め印刷、というか低品質のカラープリンタ(コピー機)出力と思われる。

それでもやってみると、取説とかなり違う。まあ、ユーザーが開けて修理は想定していないから内部構造(設計)を任天堂が勝手に変えるのは全く問題ないことではある。だからフォローしきれずにYouTubeに丸投げなのかもしれない。

最初は裏ぶた開け。Y字のネジ5本を付属のネジ回しで外す。多分これが一番の難関。
もっときちっと合ったネジ回しをつけるべき。それでももっとひどいキットもあるようで、これは合格点ではあるかもしれない。
もともとY字ネジは壊れやすいのでしっかりと押し込みながら、きちんと感覚を研ぎ澄まして確実に回す。多くの精密ドライバーのようにお尻を押しながら回しやすい構造になっているのでそれが役に立っている。(このことを予測してこのキットを選んだのは正解だった)
更に言うとこういうのは設計上外しづらいように固いのが通常である。
ちなみに少し回してほんの少し戻す感じできちっとネジ回しを入れ直して、を繰り返すとうまくいきやすい。気分の問題かはわかりませんが長年の経験で習慣的になっている。

次に裏ぶたを開ける。通常はこれが大変であり、実際“こじ開け道具”が全部で5つもついているのですが、こじ開けの先を入れようと隙間を空けようとしたらバカッと裏ぶたが全部開いてしまった。なんか拍子抜け。

開けてみると全く綺麗。まあ、私は汚れるような使い方は一切しない(ゲーム中は飲食厳禁が習慣)ので当然と言えばそうなのですが、付属しているクリーニングクロスや筆も全く出番なし。一般にはそんなに汚しているのでしょうか。

次に内蔵の充電池を”電池ホルダー”から外すのですが、ここでこじ開け道具が出番となりました。結局ここだけでしたが。
本当は電池のコネクタを本体から外すべきなのでしょうが、壊れそうなのでつけたまま続行。以後の作業でうっかりショートさせると危険なのですが他の人はどうしているのかなあ。

電池をホルダーから外すとネジ穴が出てくるので十字ネジを外す。これは比較的簡単に外れる。もちろん小さいので慣れていないと大変です。
ここまででネジを無くしたり、ネジ穴を潰したりしがちなので、予備のネジは必須なのでしょう。
私は外したネジを入れる小皿の類を用意して入れるのが習慣付いております。
穴を潰す事も無く取れて一安心。

さて、ここからが本番。

交換するアナログスティックを外すのですが苦労します。FPC(電気信号を繋いでいるシート状のもの)をコネクタから外しづらい。
ともかく細かい作業。アナログスティックを外す際に邪魔となるFPCが1本あり、まずはそれを外さねばなりません。
こちらはコネクタがロック式になっており、ロックを倒して外します。ピンセットの先でなんとか反対側に倒すとすっと抜けます。
アナログスティックのほうはただ差し込んでいるだけのタイプですから、単に引き抜くのですが力の加減がわからない。
なんとかスティックを交換してネジで止めたらFPCを入れるのですが、今度はきちんと入ったかどうか判らない。幾分入った感じを掴んだらもう入ったと考え、仮組みとして裏ぶたを軽くつけてSwitchの電源をいれてスティックの反応があるか確認しました。動いたのでOKと考えて今度はきちんと組んで裏ぶたもキッチリ嵌めて、もう一度動作確認。スティックの反応を確認できたのでネジを締めて完成です。

最後に設定メニューでコントローラーのチェックをして問題ないことを確認して完了となりました。

ここで思ったのは交換用のネジは同じネジ形状で十字ネジをつけてくれれば良いのに、ということです。
どうせ分解したら修理(もちろん保証も)は受けてもらえないのだから、再度の修理を考えたらということです。(組み立て不良もあるし)

キットの中でホームセンターレベルで入手できるのはピンセットと十字ネジ回し、こじ開け関係(扇形のはギターのピックにしか見えないのだが)や掃除関係だけで、Y字ネジ回しはやや専門性の高い店、アナログスティックやネジ自体は一般には入手が難しい(ネジはぴったり合う物があるとは限らない)と考えられます。

私としては結局Y字ネジ回しをなんとか探してアナログスティックだけ買っても良かったかなあとは思いますが、この手のキットを買ってみるのも初めてだったのでまあいいかという感じでしょうか。ネジを壊さなかったのもたまたまかもしれないし。

まあ、実はY字ネジ回し単品とアナログスティック4個分もアマゾンで検索したのですが、このキットの方が安かったのが現実でした。
サービスセットの方が単品よりも安いという奴でしょうか。

しかし、わりかしこの手の作業に慣れている私でも楽では無かったレベルだったのですが、一般にはどうなんでしょうか。
動画を見ながらなら、なんとかなるっていうものでも無いように思えるのですが。

私的には結構お高いコントローラーを買い換えなくて済んだので良かったという感じです。

| | コメント (0)

自民党芸能人議員なんてこの程度

チュート福田 生稲晃子氏の“旧統一教会と分からなかった”発言にあきれ顔「そこは最低限確認すると思う」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

私はこの番組をたまたま見ていたが、この後に「選挙なんてこんなもんですよ」と肯定する人もいた。(あまりみない番組なので名前も認識していないが)

私も全く同意見で、自民党の担ぎ出した芸能人議員なんてこんなもんだと。

この番組では無く他の報道番組で生稲氏の発言を聞いたが「まあ、そんなもんかもしれんな。誰かのシナリオ通りかもしれんが、どうでもいい」と納得していた。
発言というのは「顔(化粧)を直したり、言うことを間違えないようにすることで精一杯で、どこに呼ばれたのか認識していなかった」というものである。
当時、つまり、生稲氏が当時属していた「おニャン子クラブ」は要するにおバカ女子高生を集めて作られたバラドルであり、おバカを売りにしていたのだから、要するにおバカキャラなのである。
だから「この程度の人間」であることになんら違和感を持ち得ない。
本当は実態は賢明なのかも知れないが、自民党なのか本人の考えかは知らないが、こういう「おバカ」をリアルでも”演じた”以上は、私はその額面通りにとる。

その前提で言えば、こういう程度の低い人間を、自民党という与党が担ぎ出し、人数合わせのために当選させたということは大罪であると言わざるをえない。
違和感を持たなかった前提条件としては「このひとは(選挙応援を支援・指導してくれた)萩生田氏の言うことをハイハイと何でも聞いてやっていたのだな」つまりこれからも言いなりなんだろうな、ということ。自立した考えや自前の思考力、注意力を持ち得ないのだろうな、ということ。それが政治全体をスポイルさせているということが問題なのである。
つまり、一人前の国会議員としての確立をはなから捨てて言いなりの選挙をしていた、ということに他ならない。

もちろんこのことは国民にとってはとんでもないことなのだが、自民党にとっては都合の良いことである。

コミックやラノベ風に言えば、生稲氏というのは「おまえは数合わせで選ばれた存在に過ぎん」ということだ。

もっといえば、こういうのが当選してしまい、もっとまっとうに選挙に取り組んだ人が落選しているという現実がある。
正直者が馬鹿を見る。私がいちばん嫌う言葉でもある。

この話に限らず、今回の「統一教会」問題は様々な選挙制度の問題をあぶり出している。(なぜか殆どのマスコミや”有識者”は指摘しないが)

こういう”胡散臭い連中”にも協力を求めなければ当選しないという現実。それは選挙制度自体の問題に他ならない。
言い換えれば選挙制度を改善すれば、この種の問題も改善されるということ。

しかし自民党はもとより野党もやろうとしない。
それはその改善が自らの首を絞める、選挙で自分が不利になることを知っているからだろう。
別の言い方をすれば、自分が当選して競合が落選してくれているのは、今の選挙制度が”自分に合っている”からだ。
それをわざわざ敵に利するようなことをするなんて、自らがする訳が無い。

議員のせいばかりではない。我々一般庶民も反省する点がある。
こういう人間が当選してしまう、つまりいわゆる”組織票”というのは投票率が低ければ低いほど有利になる。
善良なる国民がきちんと投票すれば、悪意の組織票を薄めることができるということをもっと認識すべきである。
半分程度しかない投票率の昨今では、組織票が元気になってしまうのも至極当然である。

「選挙に行こう」よく言われる言葉だが、この件もこの言葉に強く繋がっている。

| | コメント (0)

2022/08/14

なぜ「連合」という名の宗教法人を認めたのか

世界基督教統一神霊教会 → 略して、統一教会

世界平和統一家庭連合 → 略せば、統一連合 しかし、当人達は「家庭連合」が略称と言う。

名は体を表す。個人名は本人がつけることができないが、企業・団体名はそれぞれが自らの想いをその名前に託す。
その名前を他の人が聞いてその団体へのイメージを持つ。それ故に重要であるのはいうまでもないだろう。

「教会」であれば宗教関連団体であると思うだろうし、「神霊」がついていればなおさら。
「基督教」がついてればキリスト教である、もしくは源流であることが明確に分かる。宗教法人なんだろうと容易にわかる。

しかし改名後はどうなのか。「連合」というのが腑に落ちない。
連合というのは似たような複数の企業だったり団体がそれぞれバラバラにあったものを一つの団体とみなすための名称である。「連合」カタカナでも書かれる「レンゴー」といえば労働者連合の通称ですらある。連合と言えば一般団体の集合体を指すものであって、宗教法人の名称としては不適切である。他には電気事業連合会が有名だ。
複数の実態団体があって、それらの集合体名称でなければおかしいだろう。(形式的にバラバラという主張なのだろうか)

宗教法人制度の問題もある。不可思議なのはそもそもこの団体が宗教法人格をもっていることであろう。
法的に問題ないというのなら、法律自体を疑問視、要件や縛りがあまりにも緩すぎるのがそもそも問題と考えねばなるまい。

権利と義務のバランスというものは常に考えなくてはならない。

宗教法人は免税という法人としては破格の特権を持っている。
免税特典を受けるがために実態のない偽宗教法人の設立や宗教法人”株”の売買が疑われる事件すらある。

免税という特権があるのなら、私は収支報告・収支開示を義務化すべきと考えている。
これは免税特典という権利と表裏一体の義務ではないのか。
非営利団体であるからこそ、それを明確にして免税が妥当であることを示さなければならない。
だいたい営利団体である一般企業ですら大企業は決算開示が義務化されているのだから。
開示したくないのなら普通に一般法人で登録すれば良いだけのことだ。

例えば年収1億円以下(収支という意味での収入であって利益とかいう話ではない)の”零細”宗教法人(地方のお寺とか)であれば不要ということも考えられる。
これは、決算開示が中小企業に対しては義務ではないことに類似し、妥当性があろう。
大企業と中小企業の差違は資本金だが、宗教法人を語るのに資本金をいうのはおかしいので規模の判断として年収が妥当だろう。

こういった法律の見直しと言うことも必要ではないのか。
小さい法人なら社会的影響も限定的であり、今回の様な団体なら年収1億なぞ軽く越えているから対象となる。

少なくとも、法人名変更の縛りが余りにも緩すぎるし、変更理由を開示しないというのはおかしい。
なぜ名称変更の理由が「個人情報保護」で非開示になるのか全く理解できない。
「本件に限らず開示していない」なんて理由にもならない。今まできつく要求する案件がなかっただけだろう。

情報保護法の趣旨としては団体への不利になるから、ということなのだから、名称変更の理由はまともで正当な理由ではなくて、一般に知られると問題になるようなよほど「酷い理由」なので隠したいということなのだろう。(どんな理由をつけようが黒塗りしたということは隠したという事実には変わりが無い)
これはよくいわれる「語るに落ちる」ということなのだろう。

| | コメント (0)

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »