知床の遊覧船事故
いまだに収まりのつかない知床で起きた遊覧船事故。
本当に酷いありさまだ。
当事者の観光会社は言うまでも無いが、マスコミや国土交通省もあまりにも酷い。
もっといえばネットでヒステリックに叩いている方々もだが。
論理破綻、感情論、ミスリードにもみえる無茶苦茶な報道。
それでも救いがあるのはネットの発展によって誰でも自分の意見や知見を言えることなのだろう。
失礼な言い方かもしれないが海難事故と言えば辛坊治郎さん。
きっと彼ならと思って「ズームそこまでいうか」や「辛坊治郎旅のチャンネル」をあたってみたら、大当たり。
まったく頷く話ばかりで敬服する。
彼が「家族から止められた」というレベルの正直な話まで述べていたが、私には「いやいやそんなのは正論だろう」としか思えない。
「それを言うと叩かれる」世の中の方がどうかしている、とすら思う。
色々あるのだが、全くその通り!というポイントをいくつか挙げておきたいと思う。
一つ目。天候云々関係なく、船になにかあったら、もうオシマイだった。
報道も交錯していたのが混乱に拍車を掛けているのもまず問題。
現時点の話を総合すると、会社側の無線機設備が壊れていて船と会社との連絡が取れなかったということ。
報道では船との通信が行われていた(救難要請が出ていた)が、実はそれは他の会社とのやり取りであった。
もうひとつの手段として衛星電話というものがある。通信衛星を介して電話をするもので、普通の携帯電話であれば基地局から数Km離れる、つまり海洋に出れば使えない。しかし衛星電話であれば空さえ開けていれば通じる。もちろん高価で一般人で持つのは相当なセレブな方だがこれは命綱である。
驚くべき事、そしてそれが重大視されないのが不思議で仕方が無いのは、「無線での通信ができない」「衛星電話も使えない」状態で出航したという点である。
これは辛抱さんも指摘しているが、少し沖に出ればなんらかの海難事故、また、急病人の発生だってありえる。
それらに迅速に対応するには陸との通信手段は必須と言って良いものの筈である。
大航海時代とかならともかく、通信衛星で通信できる現代でそれを利用しない手は無い。
死を覚悟し自己責任で海に出て、というならともかく、そんな覚悟も何もない一般民間人を観光で乗せる船で、そんな自己責任論はない。
調子が悪いだの、修理中だのグタグタ言っているようだが、はっきりいえば、出港できる要件の中に通信手段が確保があるべき。
つまり今回のケースは「整備不十分」でそもそも出港してはならなかったと言える。
二つ目。この時期の北海道であれば、船になにかあって自身が水に浸かる事態になったらほぼ命はない、ということ。
今回のケースは同様なことが沖縄辺りならほぼ助かっていただろう、北海道だったから全員死という惨事になってしまった、という事実だ。
簡単な話で、海水温が5℃以下であったという。水に落ちれば10分と持たない、というのは報道でも専門家が指摘している。水に浸かればヒートショックで文字通り即死する人がいたって不思議でもない。
Tシャツ短パンで気温が5℃以下、風も吹いている外に出てあなたは何分耐えられるだろうか。そういえばリアリティがあるだろうか。
救命胴衣と浮器は気休めなんてちょっと想像を働かせれば分かるだろう。救命胴衣なんてちょっと落ちてそのまま沈まないようにする程度で、周囲に助ける人がいれば助かるぐらいの話。浮器は水に浸かりながらも掴まるところがあるので沈まないで済むのと安心感が得られることだろうか。
問題はそれらがあれば船の対策として問題ない、としていることではないのか。もちろんそれは国土交通省の管轄の話である。
これも辛抱さんが指摘しているが、沖縄ならそれでも良いかもしれない。水温さえ問題なければ数日浮いていても人間死にやしない。そのうち救助が来るだろう。しかしこの時期の北海道でそれでは無理。10分も耐えられない。低体温症で気を失い、溺死する。日本全国一律なのがそもそもおかしい。
そういう観点がほとんど見られないのが不思議で仕方ない。
三つ目は話が属人化しすぎていると言うこと。
船長の「ブラック企業」発言やら、社長の発言やら、性格やら経歴やらそういう叩きやすそうな話題が多すぎる。
どうすれば良かったのか、どういうシステムを組むべきなのか、そういう議論に全くならないというのが不思議だ。
そもそも沈没した原因すらまったく分かっていない。
船の整備不良なのか、気象条件によるものなのか、海洋物との衝突によるものなのか。
先の通信手段の確保や、事故後の対応手段については原因は関係なく、不足していて事態を悪化させたと考えられる話だ。
まずはそこから話をするのも必要な事だろう。
システムが不十分だとそこに携わる人間のモラルと言った不確定さに左右される。
優秀な人間を解雇して、別の人間を入れる事への是非を問う声もあるだろう。しかし、そこの是非は価値観によって異なってしまう。私はそれをするのならきちんと「誰がやっても大丈夫」なシステム作りをするのが大前提で、その後に解雇なり人員交代をするべきだと考える。
安全を担保、少なくとも死者を出さずにすむにはどうすれば良かったのか。
時間を費やすべき論点はそこである。
少なくとも船に異常があったという連絡から最後の音信まで小一時間はあったわけで、その初動で生死が分かれたと考えるべきだろう。
少なくとも行方不明が多すぎるというのもいかに初動が悪かったかを示している。
例えば繰り返しになるが、衛星電話、無線設備と言った二重の通信手段を確保することが義務であって、なければ運行できない、とする。
修理に出しているとか言うのなら、修理が完了し、通信ができるまでは出港できない。
ここで偽証などをすれば過失では済まず、刑事責任すら問われるとすれば良い。
この例に限らず、チェックリストなんか形だけだとうそぶく連中が必ずいる。それを許容する社会的空気もある。しかし偽証は過失ではなく故意による行為である。偽証は重大な罪であるという認識を持たせるべきである。




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