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2022/03/20

有機ELテレビって結局どうなのか

まあ、そもそもテレビという存在そのものが終わっているという話はあるが、それでもテレビの需要はあるわけで、

買って良かった、悪かったという声(ポイント)を聞いてみると、私にとっては結構興味深い。
見てみると、「有機ELテレビだから」という視点がほぼないのが面白い。
記事を書いた(動画を作った)人があえて客観的に(あくまでユーザー視点で)言っているのか、知識がそもそも欠如しているのかは不明だが、ほとんど分析もなしに垂れ流している人が多いのが面白い。

観点としては「液晶テレビと比べて」と「スマホ(タブレット)と比べて」という比較対象によって違ってくる。
液晶テレビでも今まで低価格機種を使っていて買い換えた人は好感を持つようだ。

では具体的に紹介しつつ、考察していきたいと思う。

音が良い

さすがに誰でも分かると思うが、有機ELだからという話ではない。
しかし有機ELテレビの音は総じて見れば良い。
簡単な話で、有機ELテレビは有機ELパネル(要は表示部分、画面)が高いのでテレビも高価になる。
つまりハイエンドテレビ(高級機種)とせざるを得ない。当然音にもそれなりの配分でお金をかけられる。
それで他のテレビよりも音が悪かったら商品として論外である。

液晶テレビでもきちんと高い機種であれば音が良いし、安い機種は音が悪い。当たり前の話である。
ただしどんどん液晶テレビで高級機種を作らなくなっているので、有機ELテレビしか選択肢が少ないというのも実態ではある。
スピーカーそのものも、アンプもそうだし、デジタル部分の音声処理もそうである。ともかく金をかければ良くなる。

余談だが、「芸能人格付けチェック」という番組で「バイオリンで億越えと初心者用の差が分かるか」というものがある。
この番組でテレビを見ている人は差がわからないと悩む必要はない。
大概のテレビについているスピーカーごときで差が分かるほうが凄い。私だって分からない。実際に私の実家のテレビは安いテレビなので、実家のテレビでは分からなかった。一方で自宅のテレビからのそこそこ(全部で30万程度)のオーディオで聞けば明らかに違いが分かる。(同じ番組を録画していたので番組の違いではない)

一方で音が悪くなったという評論もある。これは元が外付けオーディオ(シネマバー含む)をつけて使っており、そこから移行した人らしい。そこはそのまま移行できるはずなのになんでやらなかったのだろうと思うだけだが。
当然テレビの問題では無い。(音声出力もないような安物テレビでもないだろうし)

画質が良い

有機EL=画質が良いという先入観がある。

画質が良いというのはいくつか要因があるのでその辺を解きほぐしていきたいと思う。

一つ目は色が綺麗というもの

自発光デバイスだから色が綺麗、という理屈は、スマホなどの小型なものに限られる。
三原色である赤・緑・青で発光しているのはせいぜい10インチにも満たない。

ではテレビで使われている大型のものはと言うと、実は白発光させており、それにカラーフィルターをかぶせているのである。つまり液晶とやっていることに大差がない。
ただこれの利点もあり、有機ELでよく言われる色ごとの色の劣化に違いがある(特に青色の劣化が速いとされる)ため、色のバランスが悪くなるということが原理的に起きない。
次の心配は画面の場所による明るさの劣化や白の色純度の劣化になってくるが、先の心配に比べれば問題ないだろう。
液晶だって起きることだし。

もっと言えば液晶よりも原理的に色が悪くなることをやっている。それがRGBW方式というものだ。
RGBつまり赤・緑・青とともに白の画素を混ぜている。これは明るくすることができるが、一方で確実に発色を悪くする。簡単に言えばなんとなく白っぽくなる。
RGBWと1画素毎に混ぜているのならともかく、RGW/RWB/WRGという組み合わせの画素をなるべく分かりにくいようにちりばめている。
ここが大問題であり、色が良いなどそもそも疑問を持たざるを得ない。
4kパネルでFHD相当(例えば地デジ)の映像を表示している範囲なら映像で言う1画素にRGBが揃っているが、本当の4k映像なら足りない。
これで4kと言って良いのか、という批判もある。

二つ目は動画が綺麗というもの

液晶は反応速度が遅い、というのも昨今では差が本当に見える人がいるのか疑問だ。
実際にeスポーツのトップクラスの大会でも液晶が使われているではないか。
これはパネルの問題では無く、画像処理や映像信号(映像ソース)の問題が非常に大きい。

画面がモヤモヤしたりエッジにブレが生じたりということを主張するが、私もそれは感じる。

ただしこれは地デジの劣悪画質によるものが非常に大きい。(現在はBSも同じレベルに落ちており同罪だが。)
そもそもFHD(1920×1080p)ですらなく1440×1080iなのだから。(pとかiはプログレッシブとインターレースのことなのだが単純に言えば縦方向の画質が半分になっている。インターレースにすると動画ブレが見えやすくて当然)。
画素数も半分である上に15Mbps程度という高い圧縮率(つまり低画質化)しており、さらに圧縮方式もMPEG4ではなくMPEG2なのだから同じ15Mbpsといっても画質が悪くなる。(これは時代的に無理だったということはあるが、技術の変化に追従しづらいというのが電波放送の欠点でもある)
圧縮というのは画素数だけではなく動き方向も圧縮がかかっており、これがモヤモヤやエッジでのブレを産み出してしまう。
動画を扱ったことのある人なら常識的な話であり、常に動画ファイルの大きさと、これらの画質劣化のバランスを考えて最終的な動画を作っている。放送でも同じ話である。動画サイズ(ビットレート)は変えられないので、どこの情報を落す(画質を落す)のかになる。

一方で現在のテレビというのは放送における様々な欠点を軽減するために、様々な映像処理をしている。
ここが安いテレビと高いテレビでは大きく違う。放送映像をどこまで徹底して”化粧”をして表示しているか、という差である。
時間をかけたり腕の良いメイクさんを雇えば、見栄えは良くなるが、お金がかかるわけで、それと同じ話なのである。
テレビのカタログを見ればその辺が色々書いてある。高いテレビの方が色々なテクニックを使っていることが分かる。

すっぴんでも綺麗な人ならメイクなんか誰がやっても同じというのも道理である。
先に言ったeスポーツでは当然PCやゲーム機なので映像を圧縮していないし、プログレッシブである。
これがすっぴんでも綺麗な画像と言え、高級機種との差が出にくい。

話が長くなったが、有機ELテレビは高いテレビなので当然最高級の化粧方法を導入している。
ここも有機ELテレビだから、というより、高いテレビだから、というのが適当だ。

また、色が綺麗というのも、実際に見るといわゆる「ドンシャリ」に出来映えを振っているためだろう。
化粧でいえば「派手に仕上げた」というものだ。
有機ELは「色が鮮やか」でなくてはならないという先入観もあり、販売店や客もそれを期待しているだろうから、メーカーもそういう出来映えで仕上げているのだろう。

有機ELテレビの欠点として「色が派手すぎてつかれる」という声もあるが、色をくすませる、暗くするのはいくらでも映像調整でできる。
それをやらない、簡単にはできない(映像ポジションなどで変えない)ようにしているというのは先入観やポリシーの問題だろう。

ちなみに液晶テレビでも店頭では「ダイナミックモード」などの名前で明るく鮮やかすぎるくらいに設定している。
さらにデモモードを持っているものではさらに寿命(劣化)度外視で明るくして派手にしているテレビもあるらしい。
やらないのは結局、ケバい化粧もパーティなどなら良いが、家でやられるとキツいのと同じことだ。

三つ目は黒の再現性

どうも色々な記事を見てもこれを指摘する声は殆ど無い。
AVマニア界隈での有機ELの長所は「黒の締まり」とともにこの点なのだが、一般人には「なにそれ」なのだろう。
別に有機EL云々ではなくて昔からこのことは重要な点であるのだが、実際に一般人にこの辺の説明をしても「こいつ何言ってんの」レベルの目を向けられるものだ。

つまり、有機ELの最大の利点が全然訴求されていない、ということでもある。

次に欠点して言われる点を考えていく。

壊れやすそう、脆そう

これは液晶の全盛期でも言われていたことで、薄く薄く、という要求がある一方で、「強度が落ちるからもうやめよう」というのがメーカー側の論理もあった。
割れる(ヒビやキズが入る)のは論外としても、画面が曲がったり歪んだりすれば画質以前の問題となる。
結局背面に鉄板は必須なのであり、液晶云々ではなく、鉄板の薄さ重さと強度の問題となってくる。

結局テレビ自体が軽くなっているので、壁掛けという本来目的から言えば無理にする必要もなくなっている。
持ち歩くものでは無いのだから、薄く軽くなんてそんなに必要な事ではない。

しかし有機ELでは液晶よりも薄いというのを売りにしたいので、その辺を無視してやっているのだろう。
液晶でもそれに対抗するかのように当時の論議を無視して薄くしていっているようにしか見えない。
結果としてテレビ全体として薄くなっているが、一方で壊れやすくなったという問題が起きている。
ある意味で「モラル崩壊」にすら思える。
その一端がこのような評価になっているのだろう。

余談だが、最近までも液晶テレビはどんどん薄くはなっている。
これは液晶が薄くなっているわけではなく、回路でも最も背の高い(厚くなる原因)である部品が小さくなることで結果として薄くなっている、ということが大きい。具体的にはトランス(変圧器)やコイルが薄く小さくなったり、スイッチング電源化しているようだ。
例えば昔から見ればACアダプタがかなり小型化しているが、それと同じ理屈である。

熱さが酷い

これは大型テレビであるという点も大きい。
液晶テレビでも50インチを越えると発熱が気になってくる。
思い切って80インチとかいうと部屋が狭いと冬でも暖房いらずと言われるくらいである(今はそれは言い過ぎだが)。

有機ELテレビは50インチ越えが多いのでそういう声が起こりえるのが当然である。

もちろん大きさの問題だけでは無く、この点が有機EL最大の欠点である。
本質的・原理的にずっとついて回るからで、なかなか改善ができない。
いわゆる技術革新が起きないかぎりは、というレベルである。
スマホとか小型なものではさほど問題が起きないのだが、大きいものだと指数的に厳しくなっていく。
自発光であるが故の欠点であるとも言える。

ごく単純に言えば、自発光なので画面全体に電流を流し込まないといけないのだ。
有機ELは結構抵抗値が大きいので明るく光らせるぐらいに電流を流すには高い電圧をかける(といっても数十Vレベルではありプラズマよりはよっぽどラクだが)必要がある。
抵抗値が高いと言うことはそこで熱が発生する。現象的には画面全体が熱くなる。

ちなみに液晶では「電圧をかける(電界を作る)」だけなので電流はあまり流れない。
電卓は液晶を使った代表的な商品だが、電池一個でとんでもなく長時間使えるか、小さな太陽電池で賄える。あれは光っている部分もなく、計算している部分も消費電力が極限まで小さくなったことが大きく、もとから液晶自体は極低消費電力である。
なので画面全体からの熱は殆ど発生しない。あるとすれば画面の裏にある電気回路からの発熱が伝わっていると考えた方が妥当だ。
電流が必要な光は画面端のLEDを光らせるだけなのでロスが少ない。
LED単品だと電流が流れすぎてしまうので、わざわざ抵抗を入れる必要があるくらいである。

LEDは最近当たり前すぎて話題にも上らなくなったLED照明で使われている技術とも共通しており、値段・明るさ・消費電力、つまり効率的にも追求は今後も続いていく。
LED照明でも熱くなるのはLEDそのものよりも、100VからLED点灯に適した電圧まで下げる回路における発熱の方が問題なのだ。

「熱い」というのは「消費電力が大きい」ということ。言い方を変えると「電気代が高くつく」ということ。
ざっくり言えばだいたい倍ぐらい違うようだ。
これはカタログや店頭のポップで「年間消費電力量」を見ていただければ良い。
これに27円を掛けると年間で使う平均的家庭の(要するにざっくりと)電気代が計算できる。
ざっくり言えば、この値が高いほど「熱くなる」と考えていただければ良い。

ついでに言うと、熱くなると冬は良いが、夏になると余計にエアコンの消費電力が高くなるということもある。

で、結局どうなの

殆どの有機ELテレビを買った人の評価を見ると、高級液晶テレビを買っても評価としては変わらないとしか思えない。

消費電力が高い(熱い、電気代が高い)というデメリットと、言われる画質の良さが購入者の求めるメリットとして本当にあるのかを考えるべきだろう。
結局は人の評価を見てネットで買うような人には有機ELテレビは意味が無いだろう。
つまり、こういう記事を書いていて自爆発言だが、この記事のところどころしか理解できないような一般人は買う意味が無い。

「黒の締まり」「黒階調が綺麗」という意味(意義)が理解できて、RGBWであることも理解できていて、店頭で調整を変えながら画質の良さを確認・理解した上で買い、消費電力が高いことも呑み込んだ上で買うような場合であれば購入する意味がある。

価格が安くなるからもっと普及するだろう、という楽観的な話も聞くが、最大のネックは消費電力である。
電気代高騰や省エネが益々叫ばれる中、ほとんど同じ結果しか出ないのに倍近い、改善されても何割も消費電力が高いテレビを買うことに意味があるのか、ということである。

テレビって何

別に液晶テレビを擁護しているわけでもなんでもない。冒頭で言ったようにテレビという存在意義が問われているということなのだろう。
放送業界自体が変化を迫られているということもあるし、様々なコンテンツの在り方も考えなくてはいけない。
その中で改善を続ける有機ELテレビの立ち位置というのは難しいのだ。
地デジ普及(テレビ放送のデジタル化)の中で進化を続けてきた液晶テレビとは状況が全く違う。

ネットコンテンツも、5Gや有線ネットの低価格化で進化しつづけていることもある。
放送(地デジ)が15Mbps程度の低い解像度で留まる一方で、ネット環境の高速化(低価格化)でこれを越えていくのも当然。

ドンキがチューナーなし・ネット再生に特化した”テレビ”を売り出したのも一つの象徴的な出来事だろう。
4000台という数字は決してバカにできる数字ではない。

そこで大手テレビメーカー各社がAndroidテレビを増やしているのも当然のことだろう。
新しく始めるのは大変な事で、今から付加価値としてつけておく。試行錯誤をしながらノウハウを貯めておく。
時期がくれば放送機能(チューナー)を外せばいいだけだ。
なんだかんだでまだ放送も見たい人が多いのだからつけておく。チューナーの値段なんて、大したものでは無い。
昨今普通になりつつある録画機能付きテレビでダブルチューナー、トリプルチューナーの多さをみれば分かるだろう。
それでも、値段差だけのその価値が無くなれば消えるだけだ。

もうひとつの論議がNHK受信料問題だ。
チューナーがついているだけで月千円近く支出が増えることを問題視すればチューナなしを積極的に選ぶという選択肢も出てくる。
年間で1万円を優に超えるのだから安くはない。

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2022/03/12

ロシアーウクライナ侵攻(戦争)

侵攻にまつわる様々なことがあるが、いくつかだけ書いておく。

一時停戦交渉

一時停戦交渉さえも守らない国家。それがロシア。

ロシアは交渉する気など更々ないのだろう。
少しでも侵略行為を有利に運ぶためにやっているだけ。

ロシア側は
・ウクライナは武力放棄しろ
といっている。ロシアは当然ウクライナが拒否されると判って言っている。
なぜならこれを入れ替えてウクライナが
・ロシアは武力放棄しろ
といったら拒否するからだ。
つまり自分は拒否する事を相手に要求しているのだから無茶苦茶なのである。
こういう人間は全く信用ができない。国家だって人間が動かしているのだから同じだ。

一方でウクライナ側の要求は問題が無い。
・ロシアはウクライナから撤退しろ
である。これも同様に入れ替えれば
・ウクライナはロシアから撤退しろ
となる。ウクライナは全く問題ないだろう。そもそもウクライナ軍はロシアにいないのだから。

原発管理下の問題

一部のマスコミしかハッキリ言わないので書いておきたい。
原発の危険性を福島から学んでいないのだろうか。

ロシアは原発を管理下に置いた、という。これが如何に危険なことなのか判っていないのだろうか。
原発の危険性というのは適切に管理し続けないと「自然と爆発に至り放射能汚染を撒き散らす」施設なのである。
福島では冷却施設に電力供給ができずに管理不能に陥った。懸命な管理(冷却行為)を続行しようとしたが力及ばず爆発したのだ。
勘違いしている人も多いが、それでも福島の爆発は外壁(外部隔壁)が水蒸気爆発で吹き飛んだだけで原子炉が爆発した訳ではない。
それでもこの現状なのだ。

ロシアがいったん管理下に置いて現場の(ウクライナの)人間を追い出し、しかるのちに放置して数日もすれば「爆発」する。
いわば「不作為」で爆発するのが原発である、という認識をすべきなのだ。
今のロシアなら「ウクライナからの反撃に遭い、いったん撤退しただけだ」とか平気でいくらでもウソを作りだせる。

別にイデオロギーでこのようなことを言っているのではなく、無意味な不安を煽っているわけでも無い。事実として物理的に必然的に起きることなのだから、例え原発推進派でもこのような「状況」を仮定して問いかければ爆発に至ることを否定できない。、

そういう意味ではロシアに近接する北海道に原発が無いのは幸いなのかも知れない。過去にはそこまで読んでいる賢明な方がおられたのかも知れない。

金本位制

ロシアが金本位制にするから経済問題ないというトンデモ理論を流布している人がいるらしい。
真意がどこにあるのかは不明だが、まあ、ロシアのやせ我慢なのか、効いていないから経済制裁なんかやめてよという苦し紛れなのか、それとも金売買関係で詐欺やら便乗商法でもやろうという輩なのか。

ともあれ、金本位制とはどういうことなのか思いだせば(だって義務教育で習ったはずですから)馬鹿馬鹿しいと簡単に分る。

一言で言えば、ロシア政府が自分で「俺ら(ロシア政府)を信用するのはもうやめなよ」と言っていることに等しい。
ただそれだけのこと。
国家としての存続が怪しくなり金本位制時代レベルまで信用(信頼)が失墜したと自白しているに等しい。

経済は物々交換から始まった。物同士を交換することで何でもかんでも自分で生産する必要が無くなったのである。
これだと持っている物同士のマッチングが必要なので、次にいったん価値の高い物を介することを思いついた。
例えば、宝石、香辛料、金、日本なら米など使い勝手の良いものが選ばれた。金なら金粒や砂金などの形が扱いやすい。
次の段階として金を加工して価値を判りやすくした。これが金貨。ここまでは個々人同士のレベルでも可能。

金貨の次として、金貨と同じ価値で紙の通貨を作るようになった。もしくは安い金属で作った貨幣。
紙幣というのはその紙切れを作る人間(や仕組み)への信頼があってのことだが、信頼がいまひとつなので「いつでも紙幣を金と交換しますよ」ということで納得させた。

これが金本位制。つまり人への信頼よりも金への信頼重視なのである。
日本でも江戸時代は金本位制を取っていたが、江戸時代というのは”天下統一”を果たして朝廷から委任を受けたとはいえ、たかが徳川という一大名が治政をしており経済界における信用が低く、発行通貨にも信用がないのは当然。また藩政治も続いており発行する人への不安があれば紙幣は通用しない。

金本位制の本質的な欠点としては持っている金の価値以上に通貨を発行できない。ほかにも様々な短所があるが、まあ「近代経済」が実現できない。そこで金本位制から次のステップとして信用通貨という制度に移行した。

つまり金本位制に移行するというのは、今までの通貨の破綻を意味することであり、少なくとも退化としか言いようが無い。

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