飲食ではなく会食が問題
感染の要因として会食によるものが多いという認識がようやくされているようだ。
かなり遅くに失する認識だと思うのだが、どうも会食をしないと死んでしまうような人種が多いようで、国会議員、とりわけ自民党は「会食はしない」ルール拒否をしている。
それでも総理=自民党総裁が「会食するな」といえば終わる話なのにそれすらもない。
追求されてもはぐらかすのだからおそらくは確信的に逃げているのだろう。
緊急事態宣言の会見でも、問題は会食だという前提のはずなのに、なぜか飲食という言葉にすり替わっていた。会食という言葉がなかった。
これではダメだ、感染抑制はできないだろうな、という感じしかなかった。
なぜ会食が悪なのか
会食が必ずしも悪くないなどという幹事長が自民党にいるのだから困ったものだ。
感染要因のひとつとして「マスクをしないで対面の人に発声をする」が挙げられる。
特に声を発することもないような状況でも普段からマスク着用を強要している。
このような過剰な強要をしている中で、人と対面している状況で声を発する時にマスクをしないなどというのは論外だ、ということは言うまでも無かろう。
「マスクをしないで発声をしている」状況が、会食だろう。だから単純に悪なのだ。
マスク会食は机上の空論
このような意見への反論として「マスク会食」などと言う荒唐無稽なものが発案された。
「マスク会食」なんて本当にできるのか。食事を口に運べば口の周りが汚れる。その状態でマスクができるのか。いちいち口を拭いてマスクをしているのか。そんな面倒なことを強要できるのか。
口を拭いたって、口の中に食べ物が残っている状態で喋ったらマスクが汚れる。
これはフェイスシールドでも同じである。
やったことがある、慣れればできるなどと吹聴する人すらごく僅かだ。
そもそも意識の高い当人だけが頑張っても、参加者全員が終始マスク会食を維持しなければ意味が無い。誰か一人が止めたらみんな気持ちが切れて止めてしまっても責められるものでも無い。
ましてや酒まで入って数時間に及んだとして、それでマスク会食を最後までできる集団がいたら私は大いに尊敬する。
そんな労力をかけるのなら飲食と会話とを分けた方が遙かにマシという結論になっても不思議ではない。
それはつまり、会食の否定である。
「飲食店の時短」ではなく「会食の禁止」
21時とかの一人の飲食と、真っ昼間の会食と、どちらが感染リスクが高いのか。
議論の余地無く、後者だろう。
店側がそこそこの感染対策をしていれば、お一人様で外食をしても感染リスクは考えられない。
それならばやるべきは時間を問わず会食の禁止だ。
店舗側には従来の感染防止対策に加えて、会食ができないような座席の配置を要請する。
それだけ。感染防止策の更なる徹底をするレベルの話だ。
もちろん改装費用は補助金・助成金などで十分に出す。
時短要請で出すお金に比べればカスみたいなものだろう。
時短営業もそこそこ効果はあるだろうが、会食を禁止せずでは効果薄は明白だ。
会食を禁止できれば時短なんか必要ないぐらいだろう。
もとからカウンター席しかなく、かつパーティションで区切っているような店もある。
そういうところは既に対策済みとして特に対策は要らない。
小さな座卓しかなく、肩がぶつかり合うような密集状態で営業しているような店は大変だろう。
会食どころか、相席すらさせるような店である。そもそもそういう店は感染防止の観点からアウトだ。
「感染防止策」なんて本当にできているのか、私からみればそんな店はいくらでもテレビの取材で見かけるのだからお話にならない。
目的は「感染防止」なのだから、その店の営業状況(店舗がせまいから無理、防止策をとったら商売が成り立たない)などは関係ない。
最近は同じ飲食店舗からも「うちはやっているのに、あの店は・・・」という感じをテレビ取材で漏らす人すら見受けられる。特に今回は「そういういい加減な店のせいで感染が広まったんだろう。なんでちゃんとやっている、うちらがとばっちりを受けないといかんのか」という不平も見え隠れする。
こういう不公平感の蔓延が大問題なのだ。
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