« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

2019/06/15

免許制度の問題

免許更新制度の問題

少し前の記事でも「更新時にきっちり試験をやればいいだけじゃないか」と書いた。
その後の報道を見ると、高齢者講習というものは行われているが、実態は「ほぼザル」のようだ。

予想はしていたが、座学はただ講師が一方的に話をしているだけ。
つまり聞いている方は聞いているフリをしていれば終わり。
典型的な、悪い日本型教育形態そのものだ。

実技も「検定」ではなく「講習」のようだ。
ぶつかっても乗り上げてもズレても“指導”してくれるだけで、結局は免許更新はしてくれる「ザル」ぶりのようだ。
報道で映像があったが、これは免許取得時の実習であれば助手席の講師がブレーキを踏んで「はい、おわりー」と非情の宣告をされるレベルにしか見えない。(私も免許を取るとき随分とやらかした)
運転するスキルを保有していない、とみなして更新不可にすべきではないのか。

免許がなくなると不便がどうのこうの言う人がいる。
しかし、どう泣きつこうが免許取得時にはきちんと一定の水準のスキルを認められ、合格しないと免許は出してもらえない。それが国家の出す免許というものだ。

更新の場でも、取得よりは若干甘めにしても良いとは思うが、きちんと確認すべきではないのか。
なんのための更新なのか。
免許更新の場というのは更新費用をとるための運転免許事業という天下り温床事業者の維持のためだけにあるのか、と悪態をつきたくもなる。

自動ブレーキ限定免許?

政府で閣議決定したらしいが、本当にアホな事を考えるものだ。
ATのように取得時に限定免許として発行するのなら別に構わない。
また、上記のようにきっちりダメな場合はダメと免許剥奪するというのが前提にあって、救済策の一つとして「自動ブレーキ限定なら可」で更新発行しようというのなら理解できる。

そもそも「どういう基準の自動ブレーキ」なら適用範囲なのかもはっきりしない。
それでどのような事故を抑制できるのかもわからない。
急発進防止なら、別記事で書いたように「自動車のソフトをちょっといじれば」済むことだ。

しかし、「免許返上」至上主義の中で、選択制で発行するというのはどういう了見なのか理解できない。

二人乗り原付自動車は不可?

理解できない法律があるらしい。原付自動車というものがあって、4輪、一人乗りで密室にはなっていないが風は避けられる。普通自動車免許で乗れるそうだ。
アクセルとブレーキはバイク仕様なので間違えようがない。
原付エンジンで速度も遅いし、そこそこ重いので加速も悪い(事故リスクが低い)だろう。
このご時世で注目されているようだ。

ところがこの延長で二人乗りにすると「公道での走行は認められない車輌」になってしまうらしい。
全く理解しがたい事態だ。

お年寄り世帯でよく報道されるもので「妻の通院や買い物の送り迎え」需要がよく語られる。
当然これは二人乗りである必要がある。

おそらく「車輌分類」のどれにも当てはまらないので「認められない」という論理ではないかと思われるが、それなら早急に規定の見直しをすれば良いだけのことだ。
なぜこういう制度の整備をしないのか。これこそが政治家がやる仕事だ。

これから電動車時代になり、様々な形態の自動車が出てくる可能性がある。
その時代を見越して、頭の固い車輌分類を見直しをおこない、つまらぬ規制を取り外せないのか。
少し前で言えばセグウェイの公道走行問題があったが、道路交通関係の法律の不備でまったく盛り上がらなかった。
この問題は高齢者運転に関することだけでは無い。

公道対応ゴルフカート

テレビ東京系列でこのカート車で旅をする、という番組を見た。
日立社製(調べるとゴルフカート車は電動モーター事業のひとつらしい)で、最高速度20km程度。
単にゴルフカートを公道で乗れるように対応したものらしい。
ネットで調べた感じではどうやって買えるのか判らないレベルで困ったものだ。

日本では自動車の類はディーラー至上主義で、それ以外ではとても売りにくい仕組みのようだ。
過度に厳しい車検や法定点検問題も絡んでいると思われる。
自転車の延長で売ろうとすれば、自転車屋や大手量販店などで原付バイクは売っているところは見られるが、自動車は大きいので取扱もできないのだろう。

| | コメント (0)

2019/06/11

重大交通事故は先端技術でなくとも軽減できるのでは

先端技術でなくてもできることは多い

暴走運転防止グッズが大分色々でているようだ。
私はなにか釈然としない。

そもそもが、私はこのような回路や器具を追加するのは抵抗感がある。
誤動作や障害を起こさないための高額な工事費なのだろうが、それでも怖い。

自動車制御の電子化がほぼ100%の現在において、いずれも「自動車のソフトウェアの変更」で実施可能なことを、メカニカルまたは電子的に回路系統を追加して行っているもののようだからだ。

この程度なら自動車における電子制御が当り前になっている昨今、そのソフトウェアのちょっとした変更、つまり追加費用はごく僅かで済む。
むしろ客の要望に応じてその設定に変更するための「工事費」なる方が高いぐらいだろう。

自動車メーカーが「自動運転」に注力するのも良いが、高齢者対策において、もっと簡単にできることはあるのではないか、ということだ。

具体的に、暴走対策のための、ごく簡単な実例を3つ程挙げてみたい。

たったこれだけでもニュースで報道されるような悲惨な事故がかなり減らせるのではないか。
高度な技術は要らない、コストもほとんどかからない、変更もごく簡単だ。

「加速性能を極端に落す」

アクセルをべた踏みしても、若者ならイライラするぐらいゆったりとしか加速しなくする。
少なくともべた踏みするとタイヤが鳴る(スキール音)ような加速はしない設定にする。

これをメーカーが嫌がるのは「加速性能は自動車性能の重要なもの」と考えているからだろう。
スポーツタイプの自動車においては重要な性能指標(要するに売り文句)のひとつである。

もうひとつの考えとしてアクセルを重くするという考えもある。
ゆったり加速する程度なら軽くて良いが、そうでないときはかなり気合いを入れて踏まないとべた踏みにならない設定にするのだ。

少なくとも意識がなくなったり、足が突っ張ったりした程度でべた踏みになるのはダメだろう。

ところが一部の車ではアクセルに足を置いて力を抜いただけでべた踏みになるような(私から見れば)おかしな、少なくとも運転したくないものが存在する。こういうものは世の中から排除すべきだし、そもそも買うべきではない。

「スピード制限を時速50km」

40か50か60かで論議はあるかもしれないが、ともあれ、それ以上はいくらアクセルを踏んでも速度が上がらないようにする。
高速なんか使わず、日常の足として使うならそれ以上は要らないはずだ。(距離感覚が全く違う北海道あたりはつらいかもしれないが、日本国である限り制限速度は同じなので勘弁いただきたい)

もちろんこの速度でも安全になるわけではないが、それを言ったら徐行しかできなくなる。
少なくとも100kmで暴走して激突、という凄惨な事故は避けられる。

走行中に病気などで意識を失うことで事故になる事例もある。
別に高齢者向けというわけでもなく、リスクのある人ならとるべき選択肢かもしれない。

「バック時はアクセルを無効化する」

Rレンジ、いわゆるバック走行でなぜアクセルが必要なのだろうか。
運転を始めてからクリーピング程度で十分ではとずっと不思議に思っている。

あえて必要な場面を思い起こすと、相当きつい坂道下りでバックせねばならない時ぐらいだろうか。
これは下り坂に負けないでしっかりバックしてくれれば良いだけのことだ。

ところが不思議なことに実際の自動車の設定はなぜかアクセルを踏めばかなりの速度で走行することができてしまう。結構トルクがあるので加速も良い。
結果として「ぐっと踏んでしまいドカンとぶつかる」という事故を誘発する。

そもそもバックするときは後ろを見るために体をひねるので、アクセルとブレーキを踏み間違えるリスクが高い。実を言うと私もブレーキと間違えてアクセルを踏んだことはある。広い駐車場で行った先に車も人もいなかったので事故にならなかっただけだった。

バック時に間違えてアクセルを踏んでも、これを無効化しておけば少なくとも加速して事故を悪化させることにはならない。
クリーピングの速度なら致死となってしまう確率はかなり低くなるのは明白だ。

なぜ簡単なのにできないのか

これらは、技術的には「とても簡単なこと」だ。
付加回路や装置なんか不要で、メーカーがやれば、制御マイコンのプログラムをちょっといじれば良いレベルではないのか。
少なくとも自動運転の超ハイレベルな技術的な要求と比較するのが申し訳ないほどで「新入社員にでもちょっとやらせてみようか」レベルだ。

「性能を落す」というのはメーカーや技術者としてはやるせない気持ちもわからないでもない。
しかし、それをあえてやるというもの必要な時もある、という考えも持って欲しい。それが今だ。

私自身田舎での住まいが長いので「自動車がないと生活が」というのも身に染みて分かる。
だからこそ、自動車メーカーも、ゴールがまだまだ先にある自動運転だけに目を奪われずに、できることをやって欲しいと思うのだ。

なお、これらは自動車のオプション設定としても良いだろう。
「隠しメニュー」で工場のみで設定が変えられるようにする考えもあるし「エコモード」みたいにボタン切り替えでも良いかもしれない。

| | コメント (0)

2019/06/02

貯金と投資

老後資金がどうとか、不安を煽って投資に仕向けようとしている輩がいる。
こういうものに引っかかってはいけない。

ためしに傾聴しても意味不明の論を展開して呆れてしまう。
民間ならともかく財務省とか政府とかがやっているから世も末だ。

そもそも「貯金」と「投資」のどちらでも「資金」が必要なのは全く同じ。
前提となるのは(殆どの人にとって)働いて得たお金だ。

違うのは「利息」であって、貯金は「+数%(まあコンマ数かもしれないがマイナスはない)」であり、投資は例えば「±数十%」であるだけのことだ。
色々な名前があったり、最低金額や利率(リスク)が異なるだけで本質は同じだ。
リスク分散すれば、儲けも分散するのは自明の理であり、そこのバランスが異なるだけ。
だいたい、貯金の金利だって、程度の差こそあれ、銀行が投資を行った一部が使われているのだから誰がそれをやっているのかの違いでしかない。

投機的な投資であり、トレーダー的なことをやっているのならまた別の話であるが、殆どの人はそんなことしたくはないだろうし、素人がやっても下手な考え休むに似たり、になるだろう。
そもそも老後資金としては定額・長期的展望で行うものだから差を生じさせにくい。

まあ、生活資金(最低限の資金)はマイナスにならない方法で、遊びの部分(仮にゼロでも構わない)ものは投資でも良いかもしれない。
そういう前提を抜いて「投資」とか煽っている姿勢には眉をひそめざるを得ない。

まあ、なんで株を買えと煽っているのかは自明だろう。
経済成長=株価上昇という短絡的論点で考える輩が多く、特に年金やらの運用を株でやっているから下がると大変な打撃になるからだ。
深刻なのは金融緩和で末期的症状として結果的に日銀が株を買いまくっており既に限界に来ている。数多くの「国営企業」が誕生していると揶揄されているほどだ。
次の策としては一般人に株を買って貰うしかない。それだけのことなんだろう。

| | コメント (0)

2019/06/01

終身雇用廃止とか

別に私は終身雇用、年功序列賃金賛成論者でもない。
むしろ入社した頃は「そんな制度なければ良いのに」と思っていた方だ。

しかし、若い時分は安月給で働かせておいて、今になって廃止とかいって”やらずぼったくり”は許されない。
私はその観点で異論がある。ただそれだけの話だ。
きちんと”精算”していただきたい。

今年採用、まあ入社数年程度は誤差だろうが、その辺の社員に「終身雇用・年功序列はない」と言って適用していくのは構わない。
「やっと元が取れる」と思い始めたあたり以降の社員に向かって「ああ、昔のことはチャラだから」とか”踏み倒す”のは人間として、少なくともビジネスマンとして最低であり信用のできない輩だということ。

グローバル化とかそんなものは知らない。個々の社員の目線で考えられない時点で、お客様目線なんか程遠い。

| | コメント (0)

« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »