改憲論議:衆議院解散規定が無いという問題
自民党で改憲論議がされているようですが、結局「自衛隊」「緊急事態」「教育充実」「合区解消」が提案されているようです(これは先の選挙公約にもありましたが)
「自衛隊」論議はともかく、のこり3つなど「どうでもいい」話です。
教育充実は憲法で縛る前に法律でいくらでもできます。
合区なぞは「一票の格差」を是正するために数理的に生じえた結果であって、それを否定するために憲法を変えてしまおうなどということは言語道断です。
合区が嫌ならその地域の人数を増やせば自然に解消されるうるものであって、憲法で強制するようなものでは断じてありません。
そもそも廃藩置県の時に行政の都合で分けた“地域”ごとにかならず国政代表をださねばならないなどという理屈は全くありません。
国政選挙であれば、例えば北端から一定人数毎に選挙区を切っていくのが最適解であると考えています(海外ではこれに近い考えで切っているところもあるようです)。それこそAIにやらせるような仕事です。こうすれば一票の格差など1%以下にもすることが可能でしょう。譲歩して今のやり方でも仕方ないな、と思っているだけです。
最初に改憲するならば、まずは憲法の“不具合”を修正すべきではないでしょうか。
9条は、現実との整合性がとれていないものであり、これも問題とは思います。
ですが、それよりも、本文文章だけを全体でみて不整合があるのはもっと問題です。
喫緊で問題となっているのは「衆議院解散」規定でしょう。
長らく続いた解釈運用により、特に安倍政権では“濫用”と言われるほど問題となっています。
憲法学者やら様々な識者の論議を見ていると、同じ文章を読んで、同じ筋の展開をしているのに途中で真っ二つに異なる解釈になって論議が別れます。
両方読んでも、それぞれに納得出来てしまうのです。
それは解釈の余地を残していると言うことであり、解釈に幅を持たせている、というのならまだ良いのですが、それが全く異なる解釈になるのは文章として問題なのです
これは憲法の文章の“不具合”が原因であり、直さなければならないでしょう。
そもそも最悪な論点を改めて示すと“内閣による衆議院解散”の規定が無いということです。
第7条における規定
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
これを持って「内閣に解散を決める権利がある」と解釈されますが、どう考えても私は承知出来ません。
この条項は「天皇の国事行為」であり、いってみれば“形式的なこと”を定めたものであって、内閣の権限を一部でも、まして国会の解散というとても重いことを規定したものであると考えるというのは無理があるとしか思えません。
歴代の多くの政治学者や法学者が是と考えているというのは不思議です。
「内閣の助言と承認」とあります。
誰かが決めた、または他の定め(憲法や法律など)によって成立した事に対して、その上位者が「承認」をする、というのが合理性のある考え方でしょう。
しかし内閣が自ら提案し、同一者である内閣が承認をするのは意思決定システムとしておかしいものであり、そのようなおかしなことを最上位法である憲法でするわけがないと考えるべきです(是とするのは独裁国家ぐらいでしょう)。
「助言」についても「衆議院の解散を助言する」と読むとあまりにも無理があります。
このような重大な事に対して「助言」というのは奇異であって、この「助言」とは他の項目、例えば「栄典の授与」や「公使の接受」に係っていると考えるのが自然では無いかと思います。
更に言えば「国民のために」とあるので、「総理の専任事項」などと言うのは明らかにおかしいとしか言いようがありません。(これはマスコミの不見識ですが)
先般の解散において「消費税の使い道を変えるのだから国民に信を問うため解散する」という理屈が「国民のために」であるかどうか、というのも意見が分かれるかもしれません。
解散前に「教育無償のために使う」などという極めて曖昧な言葉では無く、どういう使い道にするのか一定の議論をし、ある程度の詳細を示し、その上で解散をするのであれば問題ないでしょう。
例えば今回、控除を大幅に変えたり、新たな税の導入を示した税制大綱が出されました。これをもって「新たな税を導入したりするので信を問うために解散する」というのであれば問題ないと考えます。
・・・とわざとふざけたことを書きましたが、これを読んで「そんな小さいことでいちいち解散していてどうするんだ」と思うのが普通です。
先の「消費税の使い方」などはほんの2兆円程度の話です。つまり「解散をして問う」ようなレベルの話では無いのが明白です。
これのどこが「国民のため」なのでしょうか。あまりにも無理があります。
選挙は国民のためなのだから、問題ないでは無いか、という論もみかけましたが、とても滑稽です。
それならば毎月のように解散し選挙をすることが国民のためという理屈になります。
いや、国会を開いたら開口一番に解散、そして選挙を延々と繰り返すことが(この観点では)究極の国民のための行動となります。
第69条における規定
もうひとつの解散に関する条項は第69条ですが、これも不可思議な文章です。
第69条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
明確な衆議院解散条項が無いにも関わらず、「衆議院が解散されない限り」とあるのです。
このような不可思議な状態を認識した上で「内閣は…解散されない限り」とあるので、逆に言えば内閣が解散をする権利があるという解釈すべきである、という理屈になっています。
一方で、これがあるから7条が解散権を決めていることになるのだ、という理屈が生じてしまっています。
解散条項は明確にしないと
「解散」という単語がこれらを含めて6箇所ほどあり、その一方で解散はどのような条件、だれが行うことが出来るのか、が書かれていないのです。
よってこれらを明確に書く必要があります。
逆に言えばそれだけのことであり、普通に考えて「加憲」になるでしょう。
改憲した上で7条は「天皇の国事行為として形式的な条項」であると認識し直し、69条の解釈で行うのでは無くきちんと運用していくことが必要でしょう。
野党第一党の立憲民主党も改憲対象の有力候補にあげていますし、自民党憲法草案でも「衆議院の解散は内閣総理大臣が決定する」と明示化しているところをみると問題点は認識している、改憲対象であるというのは認識されているのでしょう。
「加憲」に拘る公明党も乗りやすいのではと思われます。
ただし、自民党案では解散に関する言及が無い=無制限であるため、これは世界的に見ても奇異なものです(独裁国家とかは知りませんが)。
その点は修正する(加筆する)としても、もっとも改憲論議にのせるべきとことではないでしょうか。
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