リンク: 再生可能エネルギーの現実(4):地熱発電の3つの課題-自然公園、温泉、開発期間- - スマートジャパン.
この記事をそのまま呑み込むと認識を間違いそうだ。
一歩踏み込んで考える必要がある。
まず冒頭から科学的に言って見方がおかしい。
日本には火山が数多くあって、地下では膨大な蒸気と熱水が発生している。
そもそも地球規模でいえば地球上のどの場所も地下を掘っていけばマグマにあたる。
その距離が短いか長いかの違いでしか無い。
別の言い方では地表とマグマが近いか遠いかの違いである。
火山というのはそこが近くて、なにかの拍子に噴出して地表に現れた状態である。
地表にマグマが近ければ地下水やら伏流水やらともかく水がマグマの近くにあれば熱せられ熱水なり蒸気になるだけのことである。
それが割れ目から吹き出したり掘り出したりすれば温泉となる。
しかし地熱発電は自分からマグマ(現実にはマグマに近い地層)まで掘り下げ、その熱で水を熱するため、その熱源自体が欲しいのである。
だから膨大な蒸気や熱水というのは主目的では無い。
のっけからずっこけるような認識なので不安に思ったがやはり本文もおかしなところが散見される。
最大の問題は、国立公園や国定公園など国が指定する自然公園の中では発電所の建設が認められていないことだ(「自然公園法」による)。
国家の存在すら左右しかねないエネルギー問題だというのに「公園」保護のために建設を拒絶しているというナンセンスな法律になっているとはいえまいか。
なぜそこに突っ込まないのだろうか。
自然をそのまま保護したかったり観光名所に手を入れることが間違いというのならば訳の分からないハコモノを作れても発電所は景観的にダメ、という理屈もよく分からない。
この法律から抜本的に考え直すべきなのではなかろうか。
そもそもなんでもかんでも国立公園や国定公園に指定してはいないのか。
地熱発電を可能にするためには地下2000メートル程度まで掘り下げて、高温の熱水や蒸気を安定して噴出させなくてはならない。
意外と知られていないのがこのポイントである。
地熱発電は2000メートルという地下深くまで掘り下げる。その地熱を利用する訳だ。
あたかも温泉のようにボーリングして吹き出した温水を利用するように思われているがそれ温泉(蒸気)発電であって地熱発電ではない。
必ずしも熱水を汲み上げるとは限らず、水をぶちこんでその層の地熱で熱して汲み上げる循環を行うという方法もある。
一方で温泉は大概はもっと浅いところの熱せられた地下水を利用している。
ぶっちゃけていえば井戸水と同じようなもので勝手に湧いてくるか掘っても数メートルか数十メートルである。
実際、温泉地では道のあちこちから蒸気が噴き出しているところすらあるではないか。
地層的に全く違うので常識的にどう考えても温泉に影響を与えるようなレベルでは無いのだ。
もっとも温泉地の中には無理に町おこしと絡めて地下深くまでボーリングして温泉を取りだしているところもあるのは事実だ。
そういうところでは地熱発電による汲み上げで湧水量が減少する可能性はある。
もっともそういうところは発電以前に湧水が枯渇しかねないが。
石油やガスを掘り出すのと同じような作業が必要になるわけだ。実際に発電所の運転を開始できるようになるまでには10年以上の歳月がかかる。
ちょっと考えれば判るが、石油ガスを掘り出すのに10年もかかるのか?という疑問が率直にでる。
そんな年月が本当に必要なら世界のエネルギーが回るわけが無い。
別の所を見れば判るように、掘る自体より調査時間が異様に長い。
いい加減にやれという意味では無い。しかしどう考えても長すぎる。
こんな異常なプロセス(足を引っ張っているとしか思えない)を要求されている自体がおかしいとは思わないだろうか。
地熱発電の場合でも火力や風力と同様に、建設前には綿密な環境影響評価が義務づけられている。試験用の地熱井を掘って噴出試験を実施して、温泉源に影響がないことをデータで示す必要がある。
普通に考えてこの「データで示す」というのは“悪魔の証明”ではないのか。
温泉地ではいわゆる温泉源は主なものでも複数あるし各戸に温泉源があるようなところもある。
変動が発電用掘削によるものか他のどこかの温泉宿が掘削したものかそれとも付近の降水量の減少によるものかなどなど、そんなものを証明する手段があるのだろうか。
どうも記事全体に悪意が見られるのだが中でも酷いのは
山に囲まれた美しい高原の中で、巨大な発電設備が蒸気を噴き出している光景に違和感を覚える人は少なくないはずだ。
これは誘導では無いのか。
白い蒸気を噴き出している、だけでいえば別に温泉地ならどこでもそうであり、町によっては温泉地全体が蒸気で霞んでいるほどだ。
強大な発電設備が、というのは公害大国日本で、工場から出る煙が即公害に繋がるという意識付け教育の成果である。
その実はただの水蒸気なのだからそういう目で見ればなんのこともない。
そういう偏見があるものだから、とある地熱発電所では外装を煉瓦造りにしたそうだ。当然コストアップになるわけだが。
むしろ温泉の蒸気は様々なガスや硫黄などを含むのだから環境影響でいえばそちらの方を放置する方が問題とも言える。
温泉は自然に噴出しているのだからそれが環境破壊しているという論自体がナンセンスとされがちだが、科学的に環境負荷物質の放出という意味では、温泉をボーリングして地表に放出させているのとどこが違うのか。
景観を守るのは確かに大事なことだろうが、一方で火力や原子力で大気や土壌や海(温排水)で汚しまくっているのが許容されているのは明らかにバランスを欠いている。
昨今では原子力発電所というのはそれだけでダーティなイメージが植わってしまっているだろう。
まあ、それはともかくとしても、風光明媚な地方の海岸線や対岸に原子力発電所があるというのは景観を損ねていないのか。
環境省が2012年3月に発表した新たな指針では、国立・国定公園の中でも景観を維持するうえで重要な区域を除いて、小規模な発電設備の建設を認めること
になった。さらに公園の外から傾斜をつけて公園内の地下を掘削する工法をとれば、環境保全に影響を及ぼさないことを条件に容認する方針も付け加えた。あく
までも公園の景観を損ねないことが前提だ。
一見、緩和に見えるがこれも酷い政策と言わざるを得ない。
「傾斜をつけて」ということは当然掘削する距離が激増する。
最適な場所から熱源をとれなくなり効率が悪くなる可能性も高まる。
アリバイなのか、地熱発電はコストがかかるというデータを増やしたいのか。
改めて課題というか障害を見直すと
「自然公園」 過剰な“環境保護”に囚われてあり得ないほどに制約をかけまくっている行政
「温泉」 地元の不安を必要以上に煽って足を引っ張る行政
「開発期間」 過剰な調査を要求し足を引っ張る行政
要するに地熱発電というのは技術的な課題と言うよりも行政面の問題(障害)が主であるようだ。
行政側が税金をじゃぶじゃぶ使って大臣まで出張って推し進める原子力発電行政とは、対極にあり、行政面で足を引っ張りまくっているのが地熱発電行政であるといえよう。
地熱はコストが安いとは言えないと云われるが、地熱も燃料系のランニングコストはゼロであるから、その高いコストの殆どは開発・建設コスト(の償却)が押し上げていると推定できる。
つまり地熱発電をコスト的に高くしているのは技術的課題というよりも行政的問題(責任)であると結論せざるを得ない。
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