ネット選挙運動解禁
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まず多くのマスコミを含め根本的な間違いなのはネット選挙解禁、では無く、ネット選挙運動解禁、である。.
これは結局本の宣伝(前導入部)のようだがちょっとだけ気になるがどうもずれていそうなので買いたいとまでは思えなかった。
大手マスコミも両者を混同しているのか「ネット選挙解禁」などと言うものだからネット投票ができるようになったのかと勘違いする人が結構いるともあちこちに書かれている。
まったく大手マスコミが誤報すると世間に迷惑がかかるので注意して貰いたいものだ。
もっとも少なくとも私の周りにはそういう人はみないので本当かどうかは知らないが。
ともあれ旬の話題なのでこの関連についてつらつらと書いていってみる。
BSプライムという番組で推進してきた各党議員から話を聞いていたが、「結構わかっている連中」が結構実践的な枠組みのなかで考えて法律を作ったということが伝わってきた。
まず電子メールに関して厳しいが、これは「電子メールは勝手に送りつけるコンテンツ」つまりDMやら勝手にポストに投函されるチラシみたいなもので、受け取る側にとって迷惑になる可能性が高いということにある。
また基本的に個人対個人伝達手段、つまりクローズな手段であり野放しになるとよくないという意味合いがあるようだ。
野放しというのは、例えば落選運動やら無節操な量の投票依頼メール送付やらを想定していると思われる。
送付に関しては事前の同意やら管理やらをする義務を課している。
一方でホームページやらブログやらTwitterやらFacebookやらは有権者側が能動的に見に行くモノであり規制する必然性は低いため、非常に緩い。
私はこの考えに全く同意である。
同意なしに勝手に押しつけることが可能なものには厳しく、望んで取りに行くものには十分に緩くしておくのは筋として正しいと思う。
そもそも日頃更新をやっているのに選挙期間になるとやめなくてはいけない方がおかしい訳だ。
実際に番組に出ていた議員の方で、普通は日に何度も情報発信している人が選挙期間にぱたりやめるものだから、そういう選挙の禁止事項をしらない支持者から「なんでこんな大事な時にやめてるんですか」と言われることが多々あると言う。
ネット選挙活動を禁止していることが、一般の市民感覚からかけ離れてしまっていたという良い例なのだと思う。
だから同じ電子メールでもメールマガジンに対しては予め要件を満たしているようにしている。元々同意を取った人にしか送っていないし誰に送ったかも当然管理している。
立候補者も有権者も気をつけるべきは「○○に投票してください」に類する発言は基本NGだということだ。
これは電子メールでは特に注意すべきことになる。
逆に言うと特定の「立候補者名」と「投票して」という依頼の組み合わせがタブーなだけであってそれ以外に特に規制は無いようだ。
××駅の前で○○さんが△△といっていたよ、とか○○さんの△△の考え方はいいね(だめだね)、とかそういうのは問題が無い。
ただそこに「だから投票してね」をいれてはいけないだけの話とのこと。
投票依頼と政策論争の境目が難しいので、ともかくも「投票」の類の言葉をNGにしたのだろう。
これによって単なる「投票してね」メールを抑え込もうという考えなのだと思われる。
私もその考えは妥当だと思う。
これは投票近くに“友人”から特定の候補者への投票依頼の電話がかかってきたり、選挙カーのような「○○に一票お願いします」みたいなもので一定の制限をつけた上でやらないと収拾がつかなくなるのは容易に想像がつくからだ。
そういうポリシーだから意思に反して勝手に表示されるWeb広告にも制限がつけられている。
これも妥当な線だろう。
私はこのネット選挙活動解禁によって若者層の投票率が上がるとは余り思わない。
ただ、選挙運動のネットの位置づけが一般感覚から乖離することで関心も乖離していくのを一定程度食い止めるために当然必要な措置(立法)だった、という捉え方をしている。
期待しているのは“能なし”議員が苦戦(落選)することである。
民主党党首が次の参議院選挙に向けてどぶ板選挙をさかんに訴えていたが、まあ一定の効果は否定しないがそういうスタイルに対する冷ややかな目は強くなっていくだろう。
実際に候補者に手を握られてどう思うかは別にして、特に都市部の人はまずは「時代遅れだよね」と感じるのが普通だと思う。
議員になったら一般有権者のことは知らぬ存ぜぬ、冠婚葬祭にはこまめだったり地元有力者におもねるような議員はどんどん肩身が狭くなっていくべきだ。
逆に今日、自分がなにをやったのか、どこにいったのか、何を見て何を感じたのか、そういうのを日々整理して公表できる人間が評価・支持されるべきだ。
例えばネットでは無くても、今までは自費発行の新聞チラシやらでこつこつやってきた人もいたが費用が莫大にかかって配るのも難儀だ。
議員在職中ならともかく、落選でもしたら続けるのは不可能であろう。
しかしネットならタダ同然でばらまける。
そしてフィードバックも貰える。しかもお互いに。
一対一の顔合わせが重要だという人もいるようだが、それではどうしても時間も労力もかかるし些細なことではいちいち会うことも難しい。
そこがネットでは気軽にできるというメリットがある。
まさに議員という職業には素晴らしく活用できるツールの筈なのだ。
自分の思い、意見を文章を作成するというのも議員の基本スキルの筈だ。
なぜならそのひとつの極致が法案なのだから。
国会は立法府であり、国会議員の基本業務のひとつは立法である筈なのだ。
別にキーボードを打てる必然は無い。紙に書いてもいいし、口頭で録音なり直接秘書に聞き取らせてもいいわけで打ち込みをするのは秘書がやればいい。
重要なのは議員さんの頭から出てくる考え=コンテンツであってそれを具現化するのが秘書の役割だ。
つまりネットだから、電子化だから云々なんて実はたいした問題では無い。
実は“議員力”がより問われることになるだけのことだ。
もっともそれが弱い議員(特に幹部やら党内実力者と呼ばれる人)が実は多くて幅をきかせているから、政治無関心ひいては低投票率になっているのではなかろうか。
ネット選挙活動に頑なに否定していた人はそういう人が多いように思える。
そこがネット選挙活動解禁によって選別され、このネット選挙運動がとっかかりになって、日頃からネットで情報発信をする議員が少しでも増えれば非常に良いことだと思う。
それを有権者がたとえ見る見ないは別としてでさえ、文章化して纏めることは重要なことのはずだからだ。
私はそこに期待したい。
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