今年一年振り返って
私の本ブログでのネタを見ると原子力発電-エネルギー政策関連の話題を多く取り上げていた。
先だっての衆議院選挙の総括で「原子力存続」は重要政策では無いというアンケート調査がよく言われていたのだが、もし殆どの国民の中で風化してしまっているとしたらとても残念に思う。
こういう問題を注視している一人として、映画の「希望の国」を観たのだが観たときは正直に言うと「うーん」という感じだったが、ここのところの安倍総理の発言を聞いているとなんだかとてもリアリティを持ってきてしまう。
映画の中では「福島の原発事故から○○年、とある日本国内で2度目の原発大事故が起こる。原発村に住む人々の人間ドラマ」が描かれている。
このままではまた事故はいつか起きる。そう思えて仕方が無い。
前にも書いたが、原発が安全かどうかなどという論議はもうどうでもいい。
安倍政権下ではどうせ議論されないでいくのだろうから。
耐震性があるかとか津波に強いかとか活断層の下が云々とか、はっきりいってどうでもよい。
どうせ机上の空論での安全性の保証しかできないのだから。
問題は仮に事故が起きた後にどうするのか、だ。
それらが全く論議されていないことに非常に危惧を感じている。
それはすなわち、未だに福島の原発事故の被害者に対して全くといって良いほど解決に至っていないことにも繋がっている。
検察が東電幹部や首相などを提訴検討しているというがこれも茶番だ。
まあ、副社長が有罪になれば良い(?)方だろう。
解決とはなにか。要するに賠償金である。被害者の救済金である。どんな名目で良いから避難を強制された人達の生活の再建をすること、また汚染された地域の原状回復に対する十分な補償である。
言葉での謝罪や責任追及やらははっきりいってどうでもよい。どうせできないんだろうから。
もう2年弱も経った今ではもはや「なんでもいいから、さっさと金を出せ」だろう。
今度事故が起きたらどこからそのお金を捻出するのかをはっきりさせるべきだ。
また事故による電力会社の破綻も次は許されない。
今回の事故で東電は破綻し、税金がつぎ込まれている。
次の事故で電力会社が破綻しないようにするにはどうするのか、それをはっきりさせるべきだ。
しかしきっとその論議はマスコミも含め伏せていくだろう。
「安全」の議論なら最後は適当にごまかせばなんとでもなるからだ。
どこまでいっても、所詮は架空の基準を作るしか無く、それを満たせば良いだけだからだ。
そしてその議論を尽くしたことにすればオッケーだという世論は形成しやすいからだ。
実際、安倍内閣はその認識でいるようだ。
金の議論はそうはいかない。
既に初期の補償や事故処理だけで兆単位の金が必要とわかってしまっている。
長期的な事故処理(廃炉処分)や完全除染を言い出したら数百兆という試算も知られている。
既に東電が経営破綻した事実と、どれだけの税金がつぎこまれているかも明白だ。
次はそれへの対応策を出さねばならない。
その金を民間企業としてどこから捻出するのか。
実際には損保会社やらだろうが、いざ起きたら今度は保険会社が破綻するだろう。
釣り合うだけの保険金を請求したら原発など高くて運営できないだろう。
この論議の道筋にはごまかしが効かない。解決する手段がおそらく無い。
だからこそ、その議論をすべきということを多くの国民に知られてはいけないと考えても不思議では無い。
また、安倍内閣での問題は「国の保証で原発を再開する」と言っていることだ。
原発再開するとしても、最悪でも国が保証するのは大反対だ。
国が保証すると言うことは、また事故が起きたら国が金を出す、つまり税金が投入されるということだ。
それはすなわち、また同じ轍を踏むということだ。
今の技術の原発は事故が起こしたものとは違う、等と言っているがそれこそが大間違いだ。
今の技術であれば福島の事故は防げたのかもしれない。そこは否定しない。
しかし別の要因での事故が起こりうるのである。
それが「ヒトが創りしもの」の限界というものだ。
どんなものでも事故はゼロにはならない。
ゼロに限りなく近づくのが技術の進歩であるが決してゼロにはならない。
それが事故というものだ。
事故が起きないようなあらゆる方策は当然のことだ。
その上で事故が起きたときの方策をきちんと打つことも当然のことなのだ。
またこの後者がなおざりにされたままで原発再開に至るとすればまた同じ過ちを繰り返すことになろう。
間違ってはいけないのはいままでも前者が決してなおざりにされていた訳では無いということだ。
(もし本当になおざりにしていたのなら誰かが牢屋に入らなくてはならない。)
「今思えばなおざりになっていた」だけでその当時で現場では精一杯の対策をしていたと私は思っている。
それでも事故は起きる。
だからこそ今までやっていなかった「事故が起きたときの方策」をやるべきなのだ。
別の言い方をすれば今は「自動車に保険に入らないで運転している」状態だ。
今時の裁判結果を見れば対人無制限で保険に入るのはある程度常識ともいえる。
保険に入らないでわずかコンマ数秒の不注意で人生を破綻させてはならないのだ。
事故は運転手の注意だけでは防げるものでは無い。
「俺は事故なんか絶対に起こさない」という奴ほど危ない、とはよく言われることだ。
無事故で40年やってきたのならその言い訳もまだ通るかもしれないが、
しかしとうとう重大な事故をやらかした。もはやその言い訳も許されまい。
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