BSでの原発関連番組をみて
古川大臣が出ていて元大蔵官僚らしいが実に官僚答弁に終始していて中身が殆どなかったのが残念。
もちろん聞き手のキャスターの突っ込みも多分に漏れず甘すぎ。
それでも大臣(政府)色々な思惑が透けてみえていたので見ていてムダでは無かったとは思う。
思ったことをかいつまんで書いてみる。
・原発ゼロにすると電気代が2倍に上がる?
街のインタビューの中でそういう声をとりあげていた。
ある試算(状況)ではゼロにしなくても1.7倍だったか1.6倍だったか程度にはあがり、ゼロにすれば2倍か2.1倍程度になるということであり、なぜか前者のことは殆ど報じないという報道によるミスリードが大多数であったため勘違いしている人が非常に多い。
番組中でもこの声を取り上げながら“訂正”しないでスルーしたというのは更にミスリードを拡げるつもりなのかとムッとした。
・ゼロ宣言は選挙対策?
ゼロ宣言は閣議決定であり、具体的なものは何もない。
政権が続けば当然継続するが、政権が変われば拘束されるものではないと。
全体の方針は原発ゼロであるが具体的な各議論についてはこれからだと。
とりあえず各論については今までの経過があるので現状維持であると。
いわゆる“総論賛成各論反対”みたいなものである。
各論はいわゆる“原発マネー”に絡むものだろう。
例えば原発建設が停止してしまえば莫大な補助金がカットされそこの自治体が立ちゆかなくなる。そういった原発の闇の部分が阻害となっているということ。
30年代というだけでも問題先送りなのに、さらに50年代という声も聞こえたりととりあえずは「自分が現役の(生きている)間は問題先送りして欲しい」ということなのだろう。
現状で原発維持とか言えば選挙で壊滅は目に見えているからゼロ宣言で世間迎合しているだけとしか見えない。
本気ならば、立法をして提出、採決をしてしまうという手があるはずだ。
立法すれば法的拘束力が生じるし、次の政権になっても原則的に継続する拘束力が生じる。
次の政権でそれを否定するならば再度それを否定する立法して採決しないといけないからだ。
それはとても難易度が高いことである。
仮に提出したとして否定した党にはかなりの世論のブーイングは必須である。
選挙が近い昨今、その勇気があるところは無いと見える。
つまり、法制化の雰囲気さえないということは、ここでも本気では無い、ということが見え隠れしている。
・具体的なものは先送り
番組中の街頭インタビューにもあったが「具体的なものはなにもみえていない」というのに全くその通りであると思う。
「ゼロにします、ただ最長で27年ぐらい先です。まだ何もきまっていません」では全く評価に値しない。
とりあえずわかるのは「即刻ゼロにします」ではないということ。
つまり原子炉は順次再稼働していくということである。
・原発はトイレの無いマンション
以前からこの言葉には違和感を持っていたのだが、現状は「回収車の来ない溜め込み式住宅」が近い。
現在の住宅は下水が多いが、数十年前は自宅毎で溜め込んで回収車が持って行って処理されていたところが珍しくなかったように思う。
トイレはあるのだが自宅で溜め込むばかりで誰も回収してくれない。
当然いつかは溜め込みきれなくなる。
比喩で無く言えば、現在は原発燃料廃棄物は原子炉の中に溜め込んでいるわけだ。
福島原発でも例外では無く溜め込んでおり、炉の爆発の折、一緒に廃棄物も爆発に巻き込まれ散乱したことで必要以上に周辺被害(放射能汚染)を悪化させたのではという懸念が当然考えられるのだが、それを指摘して関係者に確認を取ったものを見たことは無い。
これについても言い方を変えれば「前から問題となっていて今更の問題ではない。だからそれがどうこうで原発政策の実態を変える気は無い」という発言であった。
これを回りくどくオブラートに包んで言う言い方は実に見事であったが、私の中で整理すると要するにこういう姿勢である。
・グリーン政策なるものの胡散臭さ
大臣は「みんなで真っ暗の中で生活するわけではなく」とうっかり言っていたがこれは大否定されるものである。
私もひどい拒否感を感じたが、この問題に意識を持っている人には呆れる発言である。
原発をいますぐゼロにしても夜中に電気が消えるわけでは絶対に無い。
そもそも今は実際にゼロになっている。
発電所の稼働云々で言うのは「最大消費電力」である。
それは真夏の昼間にピークを迎えるのだがそれは「エアコン」の稼働であろう。
つまり一般家庭においては昼間のエアコンの稼働をやめましょう(抑えましょう)ということになる。
ちなみに夜間は電力量がおちるので熱帯夜にエアコンをやめてもあまり意義は無い。
またLED照明もあまり意味が無い。
昼間に電熱灯をつけているようなところは別だが。
LEDは確かに省エネだが蛍光灯と比較すれば数割程度である。(ただ調光の自由度が高いので実使用では半減ぐらいはいけるかもしれない)
月々の電気料の支払いを減らしたいのなら先行投資として良いが、原発ゼロとかクリーンとかいうのからいえば筋違いであるといえる。
こういうのを原発ゼロ→エネルギー政策→公共投資(事業)として連鎖させ、て隠れ公共事業として金をばらまこうという官僚の思惑は省庁の予算提示のなかで既に散見されており、うっかりすると見逃してしまう。
・最後に
さて、別に私は民主党批判をしているわけでは無い。
この事態を招いたのは他ならぬ自民党であるし、他の政党も変えられる力は無いし、大阪維新の会でさえも橋本氏は最後には大飯原発再開容認をしている。
だからといって投票で棄権をすれば組織票を持っている(つまり大企業をはじめ利権者が支持する)党が議席を伸ばしてしまうから最悪の事態を招く。
私は実は散々原発批判をしているが再稼働は好きにすれば良いという考えを持っている。ただし「今後事故が起きても税金投入は一切しない(天災だろうが人災だろうが関係ない)」「破綻するのも許さない、保険や自己資産等で賄うような体制を作る」のが条件である。
もう一つ言えば稼働中の特別交付金は取りやめ、相当分を電力会社が払うこととする、まではやって欲しい。
そうすればぶっちゃけ「国民への説明」なんか必要ない。すべきは保険会社への説明であり、地元への説明だけでよいだろう。
今の安全対策で事故を起こしてもきちんと補償をできれば再稼働すれば良い。
安全対策を行えばそれだけコストがかかるが事故の規模は縮小するし事故自体の確率も減る。つまりどこかにトレードオフが生じる。
もしそれを取り合ってくれる保険会社がいなければ原発運営自体が経済的(事業的)にダメなのだ。
どこまで補償をすべきかのガイドラインは国家なり規制庁が決めれば良い。
それを国民に提示して納得いくかは国家がやることだろう。
補償の問題では無いという人もいるだろうが、極端な話、例えばその土地から追い出されたとしても補償として一家あたり十億円支払われるといわれたらどうだろうか。
折れないひとの方が珍しいと思う。
新規建設についても今後は特別交付金はしないから電力会社が払え、とすれば良い。
払えないのなら地元の説得は電力会社がやれば良い。
それでも電力会社がやりたいのならやれば良いし断念したいのならそうすればよい。
2039年での停止を約束させ、経済性で決めれば良い。
極端な話、99%できているのならもはや完成させた方が元を取れるだろう。
もちろん稼働にあたっては補償問題はクリアしていなければならないが。
つまり国が将来ゼロにする、というのは推進はしない、なのだからこれから国が原発事業の推進に関与するのはそれ自体が間違いなのだ。
最低な現状でも「閣議決定に反する行為」なのだ。
これから再生エネルギーを推進する、のならば国が再生エネルギーに関与するのが当然だ。
それは口だけでは無く、税金の投入、すなわち予算の計上がその証である。
立地に関しても国が関与して税金を投入したり説明をしにいったり法整備をする。
要するに原発関連への税金投入や国の推進行動はことごとく絞り、再生エネルギー関連にそれを割り振るのが当然といえる。
原発再開に関して大臣やましてや総理が地元説明に行くなどまったくおかしな話だ。
要するに、原発ゼロが口先だけで大嘘なのか、本気なのかはこれから出てくる予算案のなかで明らかになっていくといえるわけだ。
このことだけでも来年度予算案は非常に注目すべきものになろう。
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