太陽光発電は本当に高いのか?
リンク: 家電-コラム-藤本健のソーラーリポート-太陽光発電の今が分かる「太陽光発電シンポジウム」イベントレポート.
一般的に太陽光発電の発電コストは1kWhあたり48円または49円とされ、非常に高コストだといわれている。では、これはどんな根拠で計算されているのか。たとえば3kWのシステムの場合は、導入コストを200万円と仮定。東京の場合1kWのシステムで年間1,000kWh発電し、システム寿命が20年だとすると、3kWのシステムなら60,000kWhの発電をすることになり、1kWhが33円という計算になる。さらに、200万円を20年ローンで購入すると計算し、金利が4%とすると、約48円になるというのだ。
この根拠を見ると反太陽光発電の方々はどんだけ高く見積もろうとしているんだという感じだ。
金利4%の20年ローンという前提をわざわざ組み入れるに至ってはなにか悪意があるのではとさえ思えてしまう。
まず3kWのシステムは、現在は150万円を切るくらいになっているし、
また20年で寿命という設定もあまり根拠はなく、実際40年以上の連続使用という実績も出てきているので、
この2つの前提を鵜呑みにすれば
33×(150/200)×(20/40)=12.375
だいたい12円程度になる。
記事にもあるようにパワコン(パワーコントローラー)の交換はだいたい10年に一度程度らしいからこれをいれるともう少し高くなろう。
40年というのも多少は眉唾かもしれない。
それでも48円とかいうあたかも絶望的な数字を言うのは明らかにおかしい。
変換素子自体の寿命は半導体なので非常に長いのは自明。それよりも周辺の金属接点が先にやられるというからその辺の問題も解消されれば格段に寿命が延びる。
電気製品というのは半導体が壊れるよりも周辺の特にコンデンサあたり、電源部がやられて壊れるのが殆どだ。
もしくはホコリが溜まって水分を含んでショートを起こして変なところに電気が加わり半導体が壊れるケースは考えられる。
発電は野外で行われるものだから雨風に耐えられるようにするというのは重要だろう。
基本的に可動部の無いものは寿命が長い。
寿命が倍になれば燃料費がタダなだけに発電コストもほぼ半分になるのも特長である。
別の言い方をすれば金利4%とか価格200万とか、要するに大分昔の算定条件を元に論議をしているということだ。
メガソーラーに至っては家庭用とスケールメリットが異なるし、事業と家庭ではまた話が違ってくる。
それを十把一絡げに話をしているのだから乱暴も甚だしい。
この話を吹聴しているのは時代の流れが遅い重電関連の人達ではないかという推測もできる。
さらにいえば、ヨーロッパのメガソーラーでは15円/kWhを実現しているというし、日照時間の長い南ヨーロッパやカリフォルニアでは7円/kWhを達成しているという。
日本ではヨーロッパあたりが目処となると思われる。
現実に実現しているのならそれが目標になる。
まずは何が違うのかを明らかにし解消していけば追いつけるわけだし、日本は自国生産できているのだから追いつける力はある。
高速増殖炉なぞは未だに世界中のどこを探しても実用化できていないのに比べたらはるかに現実味のある話だろう。
現在の太陽光発電は全発電量の2%しかないという。
これではスケールメリットが出るわけが無いし開発も急進がなかなかされない。
原子力は莫大な国費(税金)を毎年投入されて推進・研究されている一方で太陽光発電の研究は民間で細々とやっているレベルだ。
なんでもエネルギー予算の75%が原子力につぎ込まれ、残りで他の方式(再生可能エネルギー等)や省エネルギー化に使われているそうだ。
アメリカなどはだいたいこれらの3つは同じくらいだそうで、日本では明らかにバランスがおかしいだろう。
私は最近は原子力発電をやめろなどはあまり考えなくなってきた。
ただし国費の投入はやめるべきではないのかと考える。
原子力は確かに現状で発電コストが安い非常に優秀な発電方式であるという。
それならば国費で研究や産業を補助・助成する理由は全くないではないか。
それで続けられるのであればこれからも続ければ良いと思うし、ダメならやめればいい。
その基本原則を国費投入でねじ曲げるのは明らかにおかしいという面もある。
立地や推進に国が口を出すというのもそもそもおかしな話だ。(法律からしておかしい)
補助金や助成金というのはこれから伸びる・伸ばすべきところにいれるのが基本的な考え方ではないか。
だからこそ原子力予算はどんどん減らして再生可能エネルギーや省エネルギーの研究に金をつぎ込むのが誰が考えても正論だろう。
もちろん太陽光には弱点があるのでそれで50%賄えるとかそんなのは夢の話だ。
しかし10%でも20%でも支えられれば十分ではないのか。
電力というのはピークに合わせて発電量を確保することが肝要だ。
ではピークはいつくるのかといえば例えば夏場の日が出て暑い時期。
冬も寒い時期だがこれも曇りより晴れている方が気温が下がるのはよく知られている。
つまりピークが来るのは晴れの時であり発電条件としては良いという面がある。
晴れや曇りで発電量が異なるのは問題だとしたり顔で言う人がいるが、必要なときに発電量が上がり、そうでもない時には下がっても構わないでは無いか。
夜は発電できないという点でも、夏場は日が落ちてからは必要は電力量は明確に違う。
冬は夕方の6時周辺が最大になるがそこからどんどん電力量が落ちていく。
また余り語られないことだが、電力の地産地消というのは実は重要だ。
電気なんかどこで発電しても電線で繋げば同じじゃ無いか、という人もいるがそれは大間違い、というか素人レベル。
まず送電線を建てて維持するのだって金が掛かる。
喩えでは無くまさに山を越え谷を越えて送電線(塔)は建設されている。
実は原子力は遠い(なにせ東京神奈川千葉に関東ですらない福島から電気をひっぱっているのだ)のだから、例えば近距離の火力と比べるにしても、その分の送電線の維持費も原子力のコストに加えるべきである。
しかしそれはなんだかんだと理由をつけて入れていない。
電線でも輸送すればロスが生じる。
ロスは長さにも当然依るが、長距離になると半減するという説もある。
長距離というのは曖昧だが、普通に考えれば福島から東京までは長距離だろう。
また、変電所でのロスも馬鹿にならないらしい。
ごく大ざっぱに言えば福島原発の200万KWは東京に建てた火力の100万KWと同等という言い方もできる。
一番ロスが無いのは各家庭で発電する電力量なのは自明。
つまりロスという点では家の屋根につけた太陽光発電がもっとも効率が良い。
本当はそういった観点を含めて“1KW辺りの発電コスト”を論じるのがより科学的な見地だがそこまでやった話を聞いたことが無い。
半減はかなりのきついケースだろうが、普通に数十%とかそういうオーダーでは違いが出てくるわけで決して無視できるレベルでは無いはずだ。
これは立地条件が厳しく遠隔地に作らなければならない原発や水力には不利に働き、近場に建てやすい火力や太陽光には有利に働く要素だ。
今回の原子力問題はエネルギー政策に大きな疑問を投げかけた。
原子力事故は不幸な出来事だったが、これを期にエネルギー政策の歪みがもっと明らかにされ、正しい方向にいくことを願うばかりである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)




最近のコメント