リンク: Business Media 誠:遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:スティーブ・ジョブズはどこにでもいる (1/2).
どう書こうかうだうだしているとこの記事が目に入った。
書きたかったポイントであり、とても共感できるのが
問題は、誰も考えついていたそのビジョン、あるいは分かっていた歴史的必然を、アップル以外の会社は忘れてしまったということなのだ。10年前に掲げたビジョンについて、アップルはやるべきことをずっと地道にやってきたというのが、
という1文である。
ジョブスがやってきたことはコンピューターやハイテク分野にいるものなら誰でも「それは俺にでも思いついた」というもののはずだ。
というか、その程度のことはアンテナぐらいは張っておいて欲しいと思う。
それが「どこにでもいる」という言葉なのだと思う。
しかし誰もがジョブス氏にはなれなかった。
製造業で製品に対して常に鋭い気持ちを持っている経営者は少ない。
少なくとも表向きにそうみえるのはソフトバンクの孫氏ぐらいなものなのが情けない。
担当レベルや中間管理職であれば製品に対して熱い情熱を持っている人は多いはずだ。
その思いは製品発売の決断を下せる経営者まで届かない。
しかし決断を下せる経営者自身がとなるとほとんどみかけない。
いや、いてもおそらく周囲に潰されているのだと私は思っている。
もっといえばジョブスの功績は単独では下せない。
ジョブス自身も優秀なスタッフ、協力者を集めることに奔走し、その維持には並々ならない行動を取っているのだ。(その辺は書籍「ジョブス・ウェイ」に書かれている)
そしてハードを出して終わりでは無く、それを維持することにそれ以上の努力を払っている。
それが多くの「ハードを売って終わり」体質がほとんどである製造業各社と違っている。
他のメーカーがiPhoneというハードを仮に出せたとしてもこれほどまでには支持されなかっただろうことは容易に想像できる。
アップル自身を持ってもiPhoneだけで成功したわけでは無い。
もまずiPhoneの前にiPodがあり、iPod touchがあり、そしてiPhoneなのだ。
iPodでまず音楽を持ち運ぶという提案を行う。ここまでは色々なところがやった。
iTunesと結びつけることで(実質的には形式だけだが)著作権問題に配慮を行っている。
iPodは常にiTunesのミラーである。コピーとは少し違うのだ。
iPod単独では存在できず、iTunesから削除されればiPodからも消える。
ここをきちんとやったのはおそらくiPodが初めてだ。
このことをiPodの欠点、欠陥とまで言う人すらいるが、これはポリシーである。
iTMS、そしてiTSというオンライン販売への布石なのだ。
このミラーということをユーザーに慣らし、実績をコンテンツホルダーに示し、音楽販売の許諾を取り付けたのだろう。
ジョブスのカリスマが今まで無理だった許諾に結びつけたという面が言われるが、もちろんそれもあろうが、この実績無くてはおそらく無理だったのではないか。
トップ会談はジョブスのカリスマでなんとかなるかもしれないが、その後、トップが自社内の納得と取り付けるには相手会社の実績が必須なのだ。
ハード的に言えばHDD搭載が大きかった。
自分のCDの一部では無く全部を持ち歩く。
それはiPod touchでも同様でフラッシュメモリでありながら64Mbyteという破格の容量をいれたのだ。
同時にタッチパネルと大画面、そしてタッチパネルを使った独自の操作体系。
今日のiPhoneのUIの基礎はtouchで積み上げていった。
同時にユーザーによるアプリもtouchで積み上げている。
このようにiPhone単体での成功では全くない。
本来は日本が得意としていたはずの“コツコツと改良していく”という開発戦略に他ならない。
ベンチャー企業がどどんと世間を驚かして市場を席巻しているわけではないのだ。
Palmの話がでているが、なぜPalmではダメだったのかと言えば、携帯電話というのは数が勝負の世界だからだ。
数万、数十万でももの足りない。
世界規模で数百万単位なのが携帯電話の常識であり、その単位での値付けであり、インフラなのだ。
iPhoneの魅力の一つにアプリがあるが、それもPalmでは実現できなかったであろう。
誰もが自由に作れるが故に、馬鹿馬鹿しいソフトから本格的なソフト、技術の無駄遣いとしか思えないソフトからまさに技術でうならせるソフト、様々にあふれている。
まるで一時期のWindowsの世界のような未知の楽しさに満ちあふれている。
これらはスパイラルで成長するものだから仕掛けのうまさが必要だ。
そしてある程度の数をさばく胆力が必要だ。
iPhoneが日本ではソフトバンクがその販売権利(?)を手に入れた。
様々な憶測が飛んでいるが、一番大きいのはその販売量の話だったのではないかと思う。
いまでこそ大ヒットだが当時は本当に売れるのか、スマートフォンというジャンルさえもマイナージャンルであり日本でのヒットは懐疑論が多かった。
ソフトバンクの孫氏はスマートフォン、とりわけiPhoneを見たときにこれは売れる、いや、売りたいと思ったという。
果たしてドコモやauのトップはどう思ったのだろうか。
スマートフォンというジャンルのそれまでの実績を考え、売ろうとする数を聞いて引いたのでは無いだろうか。
もちろん否定ではなく迷ったのだろうと思うが、迷っているうちにソフトバンクに決まってしまったのでは無いだろうか。
アップルは、「シード・ドリブン」の会社なのだ。一見すると、ジョブズが夢のようなアイデアを思いついて、それが形になって出てきているように思える。
私は「シードドリブン」だとは思わない。
「ジョブスが夢のようなアイデアを思いついて」ではない。
ジョブスはずっと“夢のような世界”を頭に描いていたに違いない。
いや、引退した今も頭の中には依然としてあるはずだ。
「テクノロジーの実」を見た瞬間にそれが頭の中の夢の一部とそのリアルのテクノロジーが重なって見えるのだと思う。
これは開発者・技術者ならば誰でも体験しているはずだ。
常に課題が頭に渦巻いていると全く関係ないことでもそれがヒントになって解決してしまう。
例えば一時期大騒ぎになった小惑星探査機「はやぶさ」。
惑星表面に軟着陸するための技術に悩んでいたところ、子供の遊んでいたお手玉が「ぽすっ」と床に落ちるのを見て思いついたという。
普通なら様々な制御装置を高度なコンピューター制御で・・・とか思ってしまうが、宇宙空間ではこういうローテクなアイデアが重要なのだ。
いや、iPodでも例がある。
金属成型の独特な形状・丸みの美しさ。
日本は新潟県の三条燕地域の金属加工技術を使ったとして脚光を浴びた。
ジョブスはデザインイメージはあるものの実現する手段がみつからずにもがいていたのだろう。調査している中で日本の一地方の技術を目にとめ、iPodの付加価値として現実のものとしたのではないだろうか。
日本の各メーカーはといえば中国東南アジアに安い資材を探して奔走しかしていないのではないのか。そこから妥協してデザインを決めてはなかろうか。
なんとも皮肉なものである。
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