嫌儲というより厭世観では?
リンク: Perfumeはニコニコを知らなかった “嫌儲”や著作権、ユーザー創作物の課題 - ITmedia News.
なかなか面白い議論があったようだ。
私はちょっと違う観点から考えている。
ぶっちゃければ権利処理関係やら銭金、収益性とか市場とかそういった面倒くさいくだらないことから一切無関係なところで、自分の感性だけでものを作りたいのではないかと私は思う。
業務でやると上記の面倒くさいことを必ずやるはめになる。
才能を発揮することだけやればいい、というような環境を整えてくれるような素晴らしい会社などこの世の中には皆無なのだと思う。
実際にはしちめんどくさい事務処理であるとか書類を回覧しなきゃならんとか何か金を使ったりするだけで稟議書を通さないといけなかったりする。
儲けるのが嫌、というよりは、儲けることに付随していろんな面倒くさいことをやるぐらいなら儲けることなんかやらなくていい、という感覚なのだと思う。
(本当は税法上問題なのだが)稟議書を通すのが面倒なので自腹で仕事に使うものを購入してしまうこともある。
これを使うと効率的なのは確かなのだが、それを説明して納得させるのが面倒だし定量的に説明できるものでもないし、なんて考えていると鬱陶しいので帰りにでも自分の財布からお金を出してお店で買ってしまったほうが楽なんだと考えてしまう。
そういう感覚でやっている人間をビジネスの場に引っ張り出そうとしても無駄じゃないか、と単純に思う。
皮肉っぽい言い方をすれば社会の歪みの中で鬱屈しているひとがそこで発散をしているだけなのだから。
確かにアマとして埋もれていてプロにあがりたい、という人を引っ張り出す、いわゆる登竜門として整備するという考えもあるのかもしれないが、じゃあ、それがニコニコが負うべき役割なのかというとどうも違和感しか感じない。
前出のPerfumeのPV募集企画では、PVに利用できる静止画素材を用意した。ただ、権利を完全にクリアにした無料素材を大量に用意するのは難しく、「使える素材が少ないとネット上で反感を買った」(福原さん)面もあったという。これもわからないではない。
しかし募集という頼む側が手を抜いた、という見方をされたのが実際ではないのだろうか。
理想を言えば(MADを作るような人がやるのを前提とすれば)素材とかそういう制約を一切つけずに自由に作らせたうえで、権利関係の処理は一切依頼側が処理しますよ、というスタンスを取らなければならなかったのではないだろうか。
確かにプロであれば限定されたリソースで最大限のパフォーマンスを出す、というのも正論である。
しかしそういうしがらみを一切取り払ったところに彼らの高いクオリティがあるわけである。
実際はそんなことをやれば難しいのは確かなのは理解する。
しかし彼らの力を引き出したいと思うのであればそこまで譲歩しないと原理的に駄目だったのではないだろうか。
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