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2023/02/23

「無人販売店窃盗事件」報道にウンザリ

ここ数年ずっとこの手の報道があって、正直ウンザリしている。

言ってしまえば、防犯意識低すぎの店舗側と、頭の足りない窃盗犯が産み出す事件であって、いい加減飽きたというところだろうか。

貧困化とか意識の低下とか言っているが、もう何十年も昔から無人販売店はあって、お金を払わない、窃盗は起きている。

犯罪意識とかいう意味で言えば、庭や畑の作物・花や果物を窃盗していく犯罪者なんかもずっと昔からある。
彼らに罪の意識なんか欠片もない頭の足りない人達なのだから、普通に犯罪者として捕まえる以外に方法はない。
罪とすら思っていないし、少なくともたいした罪と思っていないのだからお話にならないのだ。
バレたら返せばいいんでしょ、ぐらいの意識しか無い。

最近問題になっているのは高額商品を扱うようになっているからであって、被害額がでかいだけだろう。
路上の無人販売店なんかそもそも小遣い稼ぎレベルだし、商品も畑で取れた規格外品なのだから、盗まれても不愉快レベルの話だ。
盗まれて大損害という野荒それなりに防犯装置にも投資すべきでは無いのか。

店内公開カメラ(店をガラス張りに)

当然ながら防犯カメラを設置しているのだが、犯罪者の方が気づいていない、リアル感を感じないのだからあまり防止装置になっていないようだ。
Webカメラのごとく店内をネットで公開すればいいだけではなかろうか。当然ながらそのことは入店前にポスターを貼っておく。
もちろん防犯の告知では無く、その店のホームページやSNSアカウントとともに「店内の状況がいつでもネットで見れます!」と便利さを訴えるのだ。店内の様子(混雑状況)はもちろん、在庫の状況(商品の積んである様子)をリアルに見られれば実際便利だろう。

ネットでリアルタイムで見られているところから「盗む」というのは心理的障壁が生じる。

店内の防犯カメラの映像をネットで公開しますと言って物議をかもしたことがあったが、それは公開が前提ではなくお客にも告知がされていない状態で撮った映像を公開するのだから問題なだけだ。予め公開する(というか、リアルタイムで垂れ流している)と予告した上でやっていることなのだから、お客は嫌なら店内に入らなければ良いだけの話である。

店主としてネット公開が嫌なら、店外にディスプレイを置いて表示でもよいだろうし、店内でも効果はあるだろう。
これはカメラがあり、こういう映像が撮られており、同じ物をどこかで店員が見ている、録画されているということを明確に意識させることができる。
カメラがあるだけではそれが何を意味するのか理解できないバカが実際に存在し、捕まっているのだから、ここまでやるべきだろう。

ガラス張り、シースルーな店舗では窃盗がおきづらいのは事実である。なので店をシースルーにすることは有効である。
例えばコンビニで雑誌コーナーがガラスごしに外からみえる側に置かれているのはそのためであるという。
しかしながら物理的に難しい、大掛かりな改装になるなら、カメラ+ディスプレイ’(サイネージモニター)が次善策という話である。

話はそれるが、いわゆるWebマネーは高額で盗みやすそうだが、そういう配慮は特にされていない。それはもし盗んでもタダの紙切れにすぎず、レジを通すことで有効になるというシステムを構築しているからである。モノと電子情報を上手く組み合わせた事例と言える。

セルフレジ

そもそも合計で千円を超えるような品物を扱うのなら、セルフレジぐらいは設置をすべきではないのか。
コンビニやスーパーに置いてある、お客が自分でバーコードで読みこませて支払いができる奴だ。
いうまでもなく現金と電子マネーの両方が使えるとお客さんも便利になる。
客もたくさん買うときに自分で計算しなくて良いし、払い間違いも無くなる。店側も経営管理が楽になる。

これも罪の意識をきちんと植え付ける意味で必要な事である。

安い商品に隠して持ち去る、明らかに足りないお金を払っただけで店を出る。こういう窃盗形態もある。
双方とも罪の意識が少しはあるのだが「全く払っていない訳でも無いから罪は無い(軽い)」という自分勝手なごまかしの意識があるのだろう。
また捕まってもそれを言い訳にできると思い込んでいるのだろう、(無論そんなものは通用しないのだが)

セルフレジできちんとバーコードを読ませるという作業をさせ、精算された金額をきちんと払う、という購入者なら当り前の作業をする分の負担は増える(?)かもしれない。しかしこのことによって犯罪者にとっての「捕まったときの言い訳(言い逃れ)」という道を塞ぐ。
「どうせ大丈夫だろう」「言い訳でごまかせるだろう」という安直な意識がこの手の窃盗という犯罪を自身に踏み切らせてしまう大きな一因であろうから重要な点である。

結局はバランス

店員がきちんといて、明らかに防犯対策も人手や金を使ってやっているような店舗ですら、万引きと呼ばれる窃盗事件は絶えない。
無人販売店はそれよりも明らかに防犯レベルは落ちる(落している)のだから、犯罪者側の意識も当然安易に流れる。
無人販売店という形式はこの辺のコストカットを極端にやっているだけで、特別で特殊性があるわけでもなかろう。

それを殊更に煽るようなマスコミの安易な報道、コメンテーター、評論にはいい加減呆れるというのが私の感覚だ。

防犯カメラやセルフレジは投資が必要だが、必ずしも多額の投資が必要なものだけでもない。
例えば何度も被害に遭っているのなら「先月の警察通報件数○件・検挙数○件」などと店内に貼っておくのも良いだろう。
前例があって捕まっている、という実例(リアル)をつきつけるということが重要。

直接関係なくとも警察関係の防犯ポスターの類を貼ることも有効だろう。
例えば「警察官重点見回り地域」というのはそういう類の告知である。
こういうのはほぼお金がかからない。(もちろんウソを書いてはダメ)
犯罪予備軍に「警官の姿」を頭にちらつかせるだけでも防犯に有効であるということである。

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2023/02/04

スシロー事件を機に、親は子どものスマホについて再考すべき

スシロー事件は世間の親たちを震撼させたことだろう。

え?していないって???

マスコミの報道もややピントはずれなので理解できていないのもわかるが、震撼しない方がおかしい。
だって子どもが悪ふざけであげた動画が原因で、損害賠償が確実。その額は最低数億。中には数百億という説まで出る話。
犯罪者当人が一生働いてその殆どで償うのは至極当然としても、保護者の責任も追及されるわけで、(一般庶民であれば)自分の貯蓄・資産なぞは全て軽く吹っ飛び、今の生活はおろか老後生活だって破綻しかねないのですから。
これは別に脅しでも予想でも何でも無い。普通にいけばそうなるのがこの事件なのですから。

当人と保護者が謝罪に行ったが、スシローは受け入れず、訴訟を起こすとのこと。まあ、そうだよね。
既に億単位の影響・損失が出ているのが見えているのだから企業として当然の対応と言えます。
他の飲食店(チェーン店)でも同様の事件が起きているが、追従するのがむしろ社会正義であり、やらないほうがおかしいと思えます。

またスマホ起因で事件の被害規模がでかくなったという事例ということになります。
私はここ数年、親が子どもに与える「スマホ」のありかたを間違えているせいで問題が起きている、とずっと思っています。

そもそもの間違いは子どもに「買ってあげる」という形式にあります。
通信契約をしていないいわゆる白ロムスマホであれば「買ってあげる」というのもありです。ただの「電子機器」ですから子どもが所有するということに無理はありません。勝手に取り上げるのもどうかと思います。
しかし通信回線契約をしている(普通の形での)スマホでは話が違ってきます。
回線契約は未成年者である子どもの名義ではできません。あくまで親の名義であり、親の所有物なのです。
よってあくまで「親が子どもに貸している」という形式になります。これは親がどういう意識で渡そうが関係ありません。

つまり「親は子どもにスマホを買ってあげる」ということはできません。
「親は子どもが使うためにスマホを買い、貸してあげる」ということでしかないのです。

このことを大前提にすれば、ほとんどの「スマホ問題」は解決します。
あくまで所有権は親にあるので、貸した親が「返せ」といったら借りた人はすみやかに返さなければいけません。
借りている側がなにかしら文句を言ったら貸す側の親が「もう貸さない」ということも自由です。横暴でもなんでもありません。

最近の問題の殆どの根本は子どもがスマホを「自分の物だ」と勘違いしていることにあるからです。
そこを最初の時点で掛け違えてしまっている、親の勘違い・間違いに起因していると言うことになりましょう。

貸しているのですから、あくまでそのスマホの管理責任は親にあります。
当然、インストールしているアプリやアカウント、使用状況を管理監督する責任も生じます。
子どものプライバシーとか言い出す人もいますが、これもそのスマホの所有権・管理責任がどこにあるのかを勘違いしていると言えます。
使っている子どもは、親が管理監督するためにむしろ日頃の行動や新規のアプリ導入などの報告を自らする義務がある、もしくは事前相談する等の義務がある、と考えねばなりません。

子どもにそんなことを求めるのか、という人も根本的に勘違いしています。
こういったことを理解できてこそ、スマホを使用する最低限の条件が備わった、と考えるべきなのです。
言うまでも無く、子どもにスマホを使わせる条件、というのは何歳になったから、とかはナンセンスです。
こういった契約や貸借などの権利関係、自由と責任というような社会的概念をきちんと理解できる、つまり社会性というものを理解・実践できるとみなせて初めてスマホを使わせてあげるということになります。逆に言えば社会性が身につかねば、何歳になってもスマホを使わせるべきではありません。(まあ、自分で契約できる年齢になってしまえば止める術はありませんが、保護者責任もなくなりますので。)
スマホ利用を通してそういうことを教育・理解・実践させる、という形もありでしょう。それは親の教育方針の違いに過ぎません。
別の言い方をすれば、スマホを通して社会性の家庭教育ができる、とも言えます。

勘違いしてならないのは、これは「デジタル教育」ではありません。
デジタル云々なんか関係無く、昔からある社会性(社会の仕組み)や人間関係、法律に関する一般教育のひとつに過ぎません。
「スマホはデジタルで良く分からないので」というのもそもそも意味不明です。
まあ、それが逃げ口上であることは親本人も分かっているのでしょうが。

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