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2020/04/30

9月新学期説に思う

総理大臣までが検討に値するとまでいう。

それにしてもこれに対する反対意見がひどい。

なにが不安なのかわからない、ばくぜんとした不安やノスタルジーを論拠とした反論は論外にしても、「それって今回の関係なく9月新学期に移行するのなら同じでしょう」っていう意見ばかりである。

納得がいくのは「あと4ヶ月ぐらいで間に合うの?」ぐらいだ。確かに法律や条例の改正が多すぎて間に合うのか、という意見に対してはそれは確かに不安だ。
総理もその辺りを懸念しているようで、調査を指示している発言が見られる。
不安に感じていても無意味なので、どの程度の見積もりが出てくるのか、注目したいと思う。

一番笑えるのは「入社社員が・・・」である。なんでそんなもの心配しているのだろうか。
そもそも卒業時期に合わせて新卒一括採用なんかしているのは会社の勝手であって、我々が心配する義理はない。
本当に人が足りないのならそんなことをしている余裕がないのは明らかで、定期的採用で良いと考えているということは、会社の持続のために定期的補充は必要と考えているだけだ。
社会の制度などと大袈裟に考えているのははなはだ見当違いで、ただの慣習に過ぎない。やりたくない理由にしたいだけだろう。
「日本社会には労働の流動性が重要だ」というのならばこんなものは守るどころか、積極的にぶっ壊すべきものだ。

会計年度と合わせるという理由もよくわからない。海外諸国で(制度が不安定な発展途上国は別として)そんな配慮をしているところがあるのだろうか。そもそも必要性はなんなのかまっとうな説明が見当たらない。
教育に対する中長期的ビジョンをもって推進していれば新規方針に対する予算化から半年程度のズレなんかどうでもいいはずだ。
むしろ予算化から実施まで半年の猶予が現場には生まれる、という考えもできるではないのか。
つまり文部科学省はなるべく朝令暮改のほうが楽なのでこの理由で反対したいという意向はあるのだろう。

政府筋が反対しているらしいが、どうせ財務省辺りが「俺様に合わせろ」という感覚で固まっているのだろう。

私が移行に際して最も危惧するコストは、5ヶ月間の「空白」ができてしまうことだ。
移行案の中には7ヶ月の「圧縮」によって移行する考えもあるらしいが、それはさすがに無茶だと思う。
どちらにしろ今回の措置で「空白」は既に2ヶ月は生じることが確定している。
そしてこのコストは何よりも生徒と現場の教師が受けるものであるということが重要である。

昔からの推進論者もこのことを懸念していたからこそ今が好機と考えているのだろうと思う。

 

余談だが、ノスタルジーと言えば夏のインターハイや夏の甲子園を持ち出すに至っては呆れてしまう。
そもそも夏の甲子園なんか非人道的、子供への虐待レベルである。
夏の真昼の甲子園球場はスポーツ禁止レベルの過酷環境である。このことを否定できる人がいるのか。
こんなものを日本中で狂喜して支持している異常さに対して自覚しているのか、と私はずっと思っていた。
この期に及んでも、夏のインターハイは中止するのに夏の高校野球大会はやるかもしれないという。まったく理解できない。
無観客にすると赤字がどうのこうのとか、まるで興業みたいな話がでている。高校教育なのだからコストはかかって「赤字」は当然である。
まさかNHKやテレビ朝日との利権の絡みがあるのだろうか。
特に今年はプロ野球開幕が遅延するので球場のやりくりが難しくなる。無理をいって(阪神は「死のロード」を強要されている)、借りる側の高校野球が遠慮するのは当然ではないのか。
別に全国大会を否定するつもりは毛頭ない。甲子園は否定しない。プロ野球がオフシーズンの頃にやれば良いだけだ。

もうひとつ。桜をノスタルジーの最たるものだ。日本の伝統などと勘違いしている人も多いようだ。
4月が新学期シーズになったのがいつなのか調べればわかる。
明治時代から始まったような慣習を「日本の伝統」などと言ってのける人よりも恥ずかしい。

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