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2020/04/10

リモートワークを阻害するもの

リモートワークを阻害する要因について様々な指摘や論議が起きている。
サービス業では無理とかそういうピント外れな論議はもちろんここでは除外する。

本来なら、例えば諸外国なら普通にやっている業種でも、日本ではリモートワークができないという問題だ。

リモートワークに限らず、日本のビジネス界における大きな阻害要因は昔から2つあると考えられる。
大きく分けて2つの悪法である。共通するのはペーパーレスの阻害である。

1つは「印章」至上主義の様々な法律。

いわゆるハンコ文化だ。電子化を妨げる、日本特有のガラパゴス文化である。
ハンコ遊びを否定するつもりはないが、ビジネスの世界からは、いい加減排除すべきである。
OA化を失敗させ、IT化を失敗させ、昨今ではDX化も失敗させようとしている。
要するにPCがビジネスに入り込んできてから、ずっとこれは問題視され続けてきた。
そして今回はテレワークを阻害する要因としても浮かび上がってきているのだ。

IT大臣がハンコ協会(正式名称なんか調べる気もしない)の会長とか冗談もたいがいにして欲しい。
企業のIT化を阻み、今回ではリモートワークを阻む要因に至ったのは安倍政権の責任が極めて大きい、と断罪せざるを得ない。

法律に縛りによって電子化を妨げる、紙という存在に固執することが、リモートワークを阻害しているということなのだ。
(電子印章があるではないか、という意見は馬鹿馬鹿しくて論議したくもないので意見しないでいただきたい)

問題なのはこれが明らかに日本の成長の足を引っ張っている。「失われたナンタラ」の一因と私は考えている。

海外資本の日本への参入を拒む一因でもあると考えている。課税の重さを言い出す人もいるが、日本より重い国はいくらでもある。それより当該国のビジネスルール、法律を検討するのが当然だろう。殆どの欧米人、いや韓国中国人ですらハンコ文化がない。日本でビジネス活動するのなら日本の法律に従うのは当然。しかし意味不明なハンコ文化が理解できないのは当然だろう。会社の登記という時点でハンコが出てくるのだからハンコ文化を無視して日本で開業できない。
こういう致命的欠陥にたいして目をつぶり続け、現在に至る。

そして今回はリモートワーク推進の足を引っ張っている。

もう1つは収入印紙税制度である。

この悪税、悪制度のせいで特に契約書を初めとする取引関係の書類のペーパーレス化を大きく妨げている。
どこまでいっても最後には「収入印紙を貼れ」縛りがあるため、電子化が不可能となっている。
なぜこの法律を改正したり、電子化したりしようとしないのか、といえば、再検討すると「消費税との整合性がとれなくなる」からなのだろう。
この制度はそもそも戦時中の軍事費増強が目的で、取り引き一般に税金をかけようとしたのが最初。現代からみれば不純なのだ。
いうまでもなく、消費税では取り引きが行われればそれに課金される。つまり同一目的の行為に2つの税金をかけるという、タブーに触れてしまうことになる。正当に考えれば消費税導入時に廃止が必要だった税制度である。(同様にガソリン税に消費税をかけているいうのも二重課税と呼ばれる国家による犯罪行為である)それを「印紙」というゴマカシによって維持していた制度について、見直せば廃止が当然となるため、安倍政権にできるはずもない。

日本でペーパーレス化が進まず、今回のテレワーク移行を大きく阻害しているのはこの2つの悪法が大きく影響している。
ペーパーレスができないのは、よく「意識」とか「慣習」とか、挙げ句の果てに「文化」のせいとまで言い始める輩がいるが、そんなふわっとした話ではなく、根源はきわめて強い強制力のあるこの2つを柱とする悪法たちである。
コンピューター上の認証システムよりも、三文判のほうを信用する諸制度(役所の判断を含む)である。

 

様々なペーパーレスを画策しても、最後にはこの2つのせいで紙が必要となるため、全体として腰砕け、効果が半減以下となって話が崩れてしまう。電子化はその作業自体が大変だし、使いやすいシステムにするのは本質的に難しい。使う人の抵抗や、法律を盾にとって抵抗する人もいる。ただでさえくじけたくなる。「法律ではそうだが、実際の役所の対応は・・・」といい出す人もいる。だから根本的に撤廃しなければダメなのだ。
これは私自身が実際に業務で携わり、分析や検討を行った、様々な経験からの結論である。

 

それでもハンコ文化が染みついている、とかいうのだろうか。
昨今の若い人がどうこうではない。昨今の結構上位職(いわゆる経営職)でも「ハンコ文化を軽視」し始めている。
ハンコ欄にサインをしてみたり、三文判(同様)のハンコを押して返してきたりする。
昔(数十年前)は古文書かよというようなハンコを押すのが上位職の特権とされ威厳を示していたなんて時代もあった。
だから上級職のハンコ欄は他よりも大きく設定をする書式(フォーマット)になっていた。

そう考えると昨今はようやく変わってきたな、上位職がこういう意識になってくれると壁が崩れていくのだろうな、と思った。
1つは海外関連会社での経験(最近の経営職はほぼ関連会社の上位職を経る)が大きいのだろう。グローバルスタンダードのビジネス経験を経ればハンコに価値を見いだすマインドなどありようもない。
私自身もその流れを見逃さず、かなり重要な書類からひとつ「決済のハンコ欄を排除」した。要は決裁者が確認をした証を立てればいいだけなのでそういう仕組みを組み込んだ。上司からの助言も得た。仕掛けを提案、根回しをかけてみたところ大筋ですぐOKが出たので、規則を変更、承認を経て手続きを完了した。

それ以来は紙を回してハンコを押して貰う必要は無くなった。返却されたものをスキャンしてファイリングすることも不要となった。

文化だけなら排除は可能だ。意識の持ちようと、それこそ熱意の問題なのかもしれない。知恵を出せばなんとかなるかもしれない。
上記も「社内ルールの問題」でしかなく、コンプライアンスや意識の問題、論理の整合性の問題なので、それは解決できる。

しかし法律の壁はわめいてもダメだ。「だって法律だから」で議論は打ち切られる。上記の話は成功例だが、結局突き詰めていった結果、失敗に終わったものも多数ある。だから憂さ晴らしに政権を批判したり、与党を批判するしかないのだ。

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