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2020/03/19

給付?消費税減税?両方やればいい

景気落ち込みで景気対策が盛り上がっている。

リーマンショックで現金配布があったというが、私には全く記憶がない。
1万2千円なんて、残業代の多少のブレの範囲内レベルなので、銀行残高だけ見ていれば気がつかないレベルだろうから、当然といえば当然。
その時も残業時間は減少気味だから余計そうだし、その補填にもなっていなかったということだろう。
最低でも5万円程度は、10万あればさすがに気がついて記憶にも残っていただろうが。

マスコミの報道を含め、政府の説明もだが、問題なのは「困窮層への対応」と「景気(全体)への対策」が混同されていることではないのか。

前者は給付が特効薬である。また、公共料金などの延滞猶予も同様。だが、困窮層でもない人達には殆ど意味が無い。

景気全体への効果を望むのなら消費税減税が特効薬になろう。税金で一割も高くなっているのが、なくなればこれは消費を刺激する。
一時的に安くなると聞いて、消費を刺激されない人はいない。
裕福な人が得するだけ等という反論もあるが、経済全体を上げるが目的であるのなら何が悪いのだろうか。
金持ちだろうが中流層だろうが、ともかくどんどん金を使ってくれることで経済が活性化されることを否定しては何も進まない。

つまり、どっちが良い悪いではなく、打てる手は全部打てという話では無いのか。

また上げるのは大変?

前提なしで下げる必要はない。下げるときに「○○になるまで」と明確な条件を切って「自動的に戻す」と前提を明確化して下げれば良いだけだ。
消費税を払う国民が「それなら下げるな」という人はいないだろう。有期限でも下がって損は無いからだ。
そもそも「上げる」のではない。「戻す」だけである。
戻す(上がる)時も、予め決めた条件で自動的に戻すのだから、誰の責任でも無いし決断もないし大変でもない。単なる事務処理だ。
条件は一年後のような日時でも良いし、成長率などの指標でも良い。

財源ガー

消費税を下げるのは景気対策が目的なのだから、税収が下がった分の補填を景気対策費の範疇で行うだけのことだ。
では「景気対策費」の財源について、論議したことがあるのか。ないではないか。
ゆえに今回の消費税減税の目的からして財源の論議は必要がない。

消費減税を拒む彼らの心理

財務省筋はだいたいが反対する。
なぜか。

消費税によって景気の落ち込みを招く、経済成長の足枷になっているというのは統計上明らかであるにも関わらず、財務省筋はそれを頑なに否定する。一部認める人でも、大勢は他のトレンドによるものと言い張る。

消費税を下げるということは近代日本史上初めてのことである。つまり初めて行われることで、事実が一つ明確になる。
ここでスポットで減税をして景気が回復してしまったら、確実に自らの主張が崩れてしまう、誤りであると言う実証になってしまうことを怖れているのではないだろうか。
彼らにとっては日本の経済がどうこうより自分達の保身が優先するのだろうから不思議でも何でもないが。

手続きが時間がかかるという

よく言うわ、である。特に先般の消費税上げは酷かった。
かなり突然言い出して期限が少なかった。殆ど総理大臣の独断専行ぐらいに見えるレベルではないか。

数字を上げるだけならまだいい。問題は軽減税率という新たな制度、また電子マネー還元をいう新たな制度。
対象商品の区別もいうまでもないが、この二つを流通システムに加えねばならない、つまり改修が必要となった。
レジですら買い換えねばならないほど面倒。すべて電子システムでがっちりやっているところのエンジニアは阿鼻叫喚だったろう。

下げるのは簡単だ。例えば全品ゼロにするなら、軽減税率対象品も変えずにゼロに設定するだけだ。

変更に二ヶ月もかかるとかいう話もあるが、もう何度もやっているのに何にそんなに必要なのか。
締め日の関係で一ヶ月程度はかかるのはわかるが。今回は決定から実施まで買い控え機会となるから最小限にする必要がある。

元財務相の評論家が何気なくもらしたが、二ヶ月以上かかるのは「慣習」らしい。
バッシングを食らっていたが、冷静にみれば財務官僚の感覚を忌憚なく言ってくれてありがたい。

つまり詰めてやっている話ではないし、上げるのが前提だからゆっくりやるのは歓迎されるだけであって、買い控えも考えなくて良かっただけのことだろう。
要するに単なる抵抗で怠惰でしかない。

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2020/03/07

カズレーザー氏「勉強を必要としない仕事にしか就いていない」

勉強の必要性に対する質問への回答としてテレビの番組で答えたことという。

https://npn.co.jp/article/detail/200001869

全くその通りで、実際、私が新卒就職後の20年くらいは大学まできっちり勉強していないとできない仕事だった。
技術職というのは、個人が自学している部分も重要だがそれは所詮独学であり、それと体系づけられた学力というか知識、考え方と合わさって力を発揮する。
ただし、日本の多くの企業において、それがキチンと評価され、報酬に繋がっているのか、というと甚だ疑問であるが。それも私が仕事をしてきて感じたことではある。

必要としない仕事であっても、勉強していれば「楽にできる」仕事というのもある。
IT(情報技術)というのはなにか特別なスキルと勘違いしている人も多いが、単に勉強の延長線上にあるものだ。
それを応用すれば、例えば事務仕事の作業効率はぐっと上がる。いわゆる時短、生産性向上である。

また、ITを利用しなくても、従来のシステムを変えることで時短、生産性向上になることはいくらでもある。

日本の工業力が高いというのは現場の改善の積み重ねと言うことはよく言われた。(今はそれすら失っているので過去形)
勉強をしてこなかった人は「なぜそれが必要なのか」を捉え、整理し、検証する手段を持っていないことが多い。
「お前頭が良いな」ではない。単に技術であり勉強によって習得するものだ。
学力が深い人ほど、根本的な改善に気づくことが可能となる。

その中でITというのは桁違いに時短を可能とするポテンシャルを持っている。
他の人は数時間かかっている作業を、私の場合はPCが瞬時に終わらせるので数分で終わらせていることも珍しくはない。
もちろんその為にPCへ仕込みをする時間やらは必要だが、その仕込みにはシステム設計なども含め、勉強が前提となっているのだ。
だから「勉強をしてこなかった人」に対してそのシステムを説明するのが難しい。
魔法のように見えるらしいが、全部ガチガチの理屈であり、理屈を文書(プログラム)化したにすぎない。

私が説明をしていて理解してもらえない理由を突き詰めていくと、明らかに相手の学力に欠損があり、それが理解の妨げになっていることが判明することは珍しくない。
「これって中学2年ぐらいで習っているよね?」と。結局はそこに突き当たり、それを説明するハメになる。

カズレーザー氏は

「数学や物理や化学は勉強しないとできない。実際に目にしているわけじゃないから、何が起こっているかは分からない。だから暗記するしかない」

と言う。私はちょっと違和感を持つ。暗記という言葉の持つ意味が違うのかも知れない。
書いたものを見ないでそらで言えるように覚えこむこと。 」という意味では確かにそうだが違和感がある。

Wikipediaによると「暗記という言葉の用法を大まかに分類すると、理解の伴う記憶とほぼ同じ意味を表す場合、サヴァン症候群のように理解の伴わない記憶を表す場合(丸暗記)の2通りある」とのことだ、
私は後者のことだと思い込んでいたので、自分の理解を修正せねばならないとともに、使い方に気をつけねばと思う。

「数学や物理や化学は勉強しないとできない。実際に目にしているわけじゃないから、何が起こっているかは分からない。だから理解して記憶するしかない」

と置換えれば違和感がない。「するしかない」というのはいささかだが、私はこれを「世界が広がる」と感じて楽しかった。
元々空想力がたくましい子供だったので新たに見えてくるものが増えるのだからなによりも楽しい。

高い学力というのは「何が起こっているか分からない」ことに対して説明をつけることが可能なことが多い。
よく「なぜ空は青く見えるのか」が取り上げられるが、このようにいくら目を凝らしても理解できないことに対して、学力がつくほどに「より深く理解ができた」と感じられることは嬉しい。逆に学力のない人にいくらその説明をしても理解はできない。

理解しないほうの暗記をしていくら勉強したつもりになっても、それは意味が無い。
受験勉強とみなされる、受験対策テクニックをいくら習得しても、それは意味が無い。

昨今、受験方法が変わったからと言って悲鳴を上げるような人に対しては「あんたらもおかしい」と言わざるを得ない。

ほんとうに頂点にある大学を目指して、本来の学力だけでは僅差しか得られないので、テクニックも磨かざるを得ないというごく一部の人達に対しては仕方ないなあ、まあ、頑張れとは思う。
そうでもないのなら、小手先のテクニックではなく、基礎学力をきちんとつけるのが先だろう。
日本の殆どの大学は、学校で習うようなこと(学習指導要領)の範囲を脱することはできないし、それをきちんと理解すれば良いだけだ。
大学ランクなどすら、学習指導要領の範囲できちんと理解いるかどうかの範囲でのランク付けでしかない。それを勘違いしてはいないか。

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2020/03/01

検察定年延長問題が起こしたこと

今回の件で様々な問題が指摘されているが、私が一番の問題であると考えるのが

やっぱり法律(案)というのは解釈の余地があってはならない

ということだ。与党や政府(官僚)の提出する法律案というのは、曖昧で問題を含むものも多い。
おそらくわざとやっているのだろうが、後で解釈の余地を残してのものだろう。
野党に問題を指摘されても法律文を一切修正せず、場合によっては強行採決に踏み込む。

そこで妥協案として出てくるのが、附帯決議という「付け足し文書」をつけること。
(注)にあたるようなものや解釈を書いたものもある。とりあえず今回はこれでやってみるが、5年後には必ず見直して再決議するべし、というようなものもある。
これらは立案者にとってはかなりの譲歩であり、簡単には行われない。

多くは国会や委員会質疑(問答)などで「これはこういう解釈だから」という口頭で決着する。
国会の場であれば、議事録で残されるので一定の効力を持つ。
今回は想定問答集が出てきたのでそこで文書の訴求は止まったが、出てこなくても議事録まで遡ることは可能だったろう。

こういう時、野党は「今の政府では大丈夫かも知れないが、後の政府ではどうなるか分からない。重大な問題だから明文化が必要だ」という意見に対し、政府は「信用して欲しい」と答弁するのがパターンである。
今回の森法務大臣を始め、政府はこの「お約束」を自ら唾棄したも同然のことであり、極めて重大なことをやらかしている。今回のような答弁というのは「信用して欲しい」は全くの空手形(紙くず同然)と自ら言っているに等しい。
このような答弁を許すのであれば今後一切口約束は信用できないということになる。

いわゆる「野党との信頼関係」もこれで絶望的なまでに政府から破壊してしまったと考えるべきだ。
野党が紛糾する場面がテレビでも映し出されていたが、ごく自然なことだ。

野党も今後このようなことがあれば「警察定年延長の時のようなことがあるので、法律に明文化するか、最低でも附帯決議必須」と徹底するのが当然となろう。

少なくとも今後この政権と野党の関係においては(もちろん今後の国会運営においてもだが)一般法案の審議においてより慎重な論議が必要となってしまった。
当然ながら、改憲論議などは遙か遠くに行ってしまっただろう。

憲法の文章はこのような「口約束」は通じないとしてより厳格な文章である必要がある。
厳格でありながら、一方で見た目は簡素な文であることが求められる、非常に難しいものである。
(その立場で見れば、自民党案とされるものは全くお話にならない)
イデオロギーが一定であっても、それを言語化するのはとても難しい。イデオロギーが異なる与野党で作り上げるのである。この政権下ではあまりにも無理すぎる。

 

 

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