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2020/02/23

ダイアモンドプリンセス号下船:厚労大臣:一部乗客、”必要な検査せず”謝罪

なぜこのようなことが起きたのか、きちんと検証する必要があるだろう。
謝罪しただけで済むような問題ではあるまい。

よくケアレスミスのような片付け方をされるが、これは「下船(上陸)許可発行」時の問題のはずである。
きちんと文書(確定情報)というエビデンスに基づいて行われるのが至極当然のこと。
いい加減な確認のもとで行われてはならないはずだ。
行政の現場において、文書への軽視、いい加減な取扱が行われているとすれば大問題だ。

いわゆる桜問題において総理大臣から発した「モラル崩壊」が指摘されているが、ここでもその「汚染」が拡大しているのではと感じてしまう。
そ仮に検証ができないとすれば、正に「桜問題」の問題の本質と同質であると断じざるを得ない。

これから行政として必要な事は、今回の顛末を全て記録し、次の同様の感染に対して「きちんとマニュアル化する」ということだ。
言うまでもなくマニュアル化というのは法整備(立法)を含む、というか、できるだけ法制化することが良い。
もちろん行政に限らず、一般の会社においても同様だ。緊急・危機管理への対応はマニュアルの上位として会社の規則に落すというのは必要な処置である。

今の政府や自民党はこういう時に対応するために「緊急事態条項」が必要などとうそぶいているが、こういった対応をすれば憲法なんぞいじらなくてもいくらでも対処できる。法制化すると言うことは事前に十分協議するということだ。法の執行において「人権侵害」云々が問われるということはそちらの方がおかしい。
法制化の論議の中でどうしても憲法の制限でできないことがあれば、そのことを公にし、改憲議論に移行すれば良い。

マニュアル化すると、行動が硬直化する、柔軟性がなくなる等と懸念する人がいる。
これはマニュアル化の意味をキチンと知らない人に多い。

まず、そもそもマニュアルというのはカーナビに従って運転するようなものである。
初めての道を行くとき、とても安心感がある。しかしそれは安穏とするためのものではない。
そこで生まれる余裕を、周囲への気配り、必要な細かい行動へ振り分けるのだ。
マニュアル内でベストと考える行動をする。時にはあえてマニュアルを逸脱することもが良いのかもしれない。
怠惰でマニュアルを逸脱することは許されないが、熟考の末、逸脱したとすればそれを非難する人がどれだけいるだろうか。
そしてそれらの行動を記録し、後日、どうすればもっと良かったか反省し、マニュアルを更新する。逸脱した方が良かったすれば、マニュアル自体を変更すれば良い。

PDCAという考えをご存じだろうか。
様々な解釈ができるが、マニュアルはPlanである、という捉え方もある。マニュアルとは行動計画そのものといえる。それに基づき行動(Do)、行動後に反省(Check)、マニュアルを更新(Action)と対応させることができる。

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