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2019/11/15

総理大臣花見会騒動

総理大臣以下、説明対応が酷い。ここまで酷いのも就任以来ではないだろうか。

花見会自体は税金の無駄遣いだからヤメロ論もあるが、私はいいんじゃないかと思う。

ただし、規模は現在一万人(と規定にあるらしい)だが、千人程度で十分だろう。予算も大幅縮小で良い。
一回招待した人は推薦しないという慣例もあるらしいが昨今特に守られていないらしい。

議員推薦枠も構わないと思う。
自分の選挙区で招待に値するという隠れた功労者がいるのならその人を推薦するということはいいことだ。
地方には目立たずとも良いことをしている人はいる。そういう人に声をかけるというのもひとつの良い励みになるかも知れない。

今回問題なのは、誰を招待したかわからない、誰がどういう理由で推薦したのか分からない、という点だけだ。

さっさと名簿を出して推薦者には推薦理由を追記(推薦時には不要だったらしい)させて、国会に出せばいいだけだ。
それができないから「何かあるに違いない」と思われる。当然のことだ。
名簿は破棄したというのなら、再度作成すれば良い。今年の4月前に推薦した人ぐらい覚えているだろう。

個人情報とか意味不明の言い訳をしているが、「税金でねぎらうに値する、功労を認める立派な方々の名前」を出して何が問題なのだろうか。
個人情報保護という言葉は、それを出すことでその個人に不利益を生じる場合に使うべきものである。

大々的に表彰に値するような人であってむしろ名前をどんどん出してあげるべき人達ではないのか。

それを「次は中止、その次からはプロセスを透明にうんぬんかん」などというゴマカシをするからダメなのだ。
プロセスなんかどうでもいい。

何という人が招待されて、その人がどういう理由で推薦されたのか、それさえ分かれば良い。


「保存期間一年未満なので廃棄しました」、という言葉が今回も使われている。

ある政治ジャーナリストによると「保存期間一年」という規定はあるが「保存期間一年未満」などという規定はないという。
ありえないと思っていたがやっぱりそうだったのか。
日本語としておかしい。「保存期間ゼロ」と等価であり一年という単語に意味が無い。
「保存期間一年」というのは普通に解釈すれば「一年後も保存してあること」なので「一年以上」となる。

要するに無茶苦茶な解釈が霞ヶ関ではまかり通っているということになる。
これはただちに是正されるべき事である。
こういうことをしっかり監督指導すべき内閣府が今回こういうことをやっているのだから、あきれてしまう。

国会議員(野党)から是正を求めるしかないのだろうか。

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2019/11/01

新幹線の水没

新幹線を水没から救え

結びの言葉が耳に痛い。

浸水だけではなく、過去の危機と対策について掘り起こし、検証と対策が必要だ。これはJR東日本だけの問題ではない。他の分野の企業、自治体にも当てはまる。証言者たちは世を去って行く。ご存命の間に耳を傾けたい。

過去の危機と対策。自然災害だけにとどまらず全てに言えることだろう。

「想定外」

この言葉は免罪符なのか。私はこの言葉を聞くたびに「想定できなかったことの罪」を考える。
簡単に言えば「深く考えていなかった」ということだ。よくそんな言葉を平気で口にできると不思議にさえ思う。

「想定」少なくとも「想像」はできていたのに、コストカットにより切り捨てただけではないのか。
ある程度のコストがかかると感じた時点で思考停止しただけではないのか。

昔と違い、今は大変だ。

「ひとたび問題が起きれば土に埋めて証拠隠滅を図る」ような国家国民を相手にしなければならない。
そいつらと同じレベルに落ちざるを得ないのかも知れない。では本当に落ちて良いのか。落ちてまで勝利を得たいのか。

「証言者たち」は昨今のリストラという名のレイオフで真っ先に切られる、または自分から去って行く人達だ。
昨今の感覚からすれば彼らは「オーバースペック」「余計なことをする」「やり過ぎ」「無駄」と言われて冷遇される。

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