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2019/08/16

ファイアトーチは”野外学習”なのか?

どの報道をみても、このそもそも論に言及していないのが気にかかる。

”野外学習”で検索しても”野外体験”や”野外活動”に言い換えられてしまうようにごっちゃになっているし、文部科学省周辺を見てもハッキリした定義が分からないのでこの言葉が正しいのかもわからないのだが。

文部科学省の文書などをみてみるとどうやら通常の学校授業は”座学”であるのに対し、実物を見るために外に出て学習をしようということらしい。

例えば地理を座学で勉強する一方で、地元の地理を実際に外に出て勉強するなどになるようだ。
地図の読み方は座学でまずすべきであり、その次に実際にその場所に行って地図と見比べながら体感するということは非常に重要である。
座学というバーチャルと野外というリアルを両方体験する、というのはどんな分野でも重要な学習姿勢である。

スポーツでもルールや理論を座学で勉強し、実際にやってみて初めてできるようになる。どちらか一方でもダメで両方をバランスよく行うことが上達の早道であることは議論の余地がないだろう。
英語でも国語でも数学でも理科でも同じことである。
学校ではどうしても座学中心になるが、よくできる子は自らリアルとの関係をきちんと体感しているものだ。

では今回のファイアトーチは野外学習に相当するのか。
そもそも公立学校でファイアトーチのやり方を学ぶことに意味があるのか。

私にはまったく理解できない。

これは体育祭などにおける「組み体操」や「ピラミッド」と同じ発想に思える。
あれも体育教育と出し物をごっちゃにしている。
明らかに歪んだ教育的発想で危険な行為を正当化している。
危険行為が全て悪いわけではなく、その教育目的とリスク、安全確保策のバランスで考えるべきなのはいうまでもない。

「普通の教育カリキュラム以外のなにか」を「その他」の括りとしての「野外学習」だと勘違いしているのではないのか。

マスコミには是非とも「これ(ファイアトーチ)のどこが教育(学習)なのか」『リスク(危機管理)とメリット(教育効果)をどう考えているのか」ということを追求していただきたいものだ。
大した教育効果や目的もなく、あんな危険なことを強制的(と認められる状況で)行わせていたとしたら、傷害罪にも相当する。

仮に「火を扱う」ことが学習であれば、火がついたときの教師の緊急対応はまったく不可解だ。
「もし体に火が移ったら」を想定しての対処が全くできていない。
マニュアル通りすらできていないというのは論外であり、「踏んで消火する」とかいう対応は、それが暴力的行為かどうか以前に、消火活動として明らかにずさんで原始的な方法なんだろうか。
マニュアルではバケツの水や濡れ雑巾らしいが、普通に考えれば濡らしたシーツぐらいが必要だろう。
人の体に燃え移ったレベルなら毛布で体(今回なら腕)全体を覆うぐらいでも消火は有効だ。
そういった基礎的なことすらできていないというのは呆れるしかない。
普通に考えたら衣服のフラッシュバック現象による燃え広がりを考えれば小型の消火器ぐらいは用意しても不思議でもない。

このこと1つとっても全く杜撰で教える態度もできていない。
充分な管理指導ができないのなら、やるな。
完璧は求めるつもりはないがあまりに今回の件は杜撰だ。
さすがに杜撰だと認めたのか、あの火傷の酷さで世論も相当に騒いだのだろうか、当面中止という判断は出た。
ほとぼりが冷めたら再開するのだろうか。

 

別に学校教育に限ったことではない。
夏の高校野球、昨今は真夏に行うようになったオリンピック大会も同様だ。
およそスポーツを行うような環境でない場所で、強行しようとしている。
ご存じのように60年前の東京オリンピックでは10月に行われた。
その頃から明らかに熱くなっているのに、8月に行うというのは狂気の沙汰であり、その理由が単なる経済的理由である。

オリンピックと言えば先般も時期的にも同じとなる”予行練習”が行われたが、暑さから競技距離を短くすると言う”異常事態”が発生した。
また水が臭い等の競技環境問題が発生したがそれを「生活排水」とかマスコミは問題をすり替えた。
大雨が降ったら生活排水が流れ込むと言っていたが、さて、最近東京で大雨が降っただろうか。

映像を見る限り水が深緑色になっている。つまりこの暑さで藻やプランクトンが大量発生して腐っていると考えるのが妥当だろう。
この時期、溜め池など水の流れの少ない池や湖、流れの遅い川などではよくある話である。
汚水が入らないようにバリアを浮かべるとか言っていたが、私には逆効果にしか思えない。
まさに「流れの少ない池や湖」状態にしてしまうのだから。(ただでさえ入り江で流れが悪いようだし)

なお、別に夏の高校野球やオリンピックをやるなとは言っていない。

夏の高校野球はどこかのドーム球場でやればいいのだし、オリンピックも以前のように秋に行えば良いだけのことだ。
どうしても甲子園のネームバリューとかいうのなら、甲子園を早急にドーム化すべきである。
「猛暑の中やるからこそだ」とかバカな論は真っ先に潰していただきたい。

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2019/08/12

「お使いのアカウントの一部に注意が必要です」ってなんだ?

Windows10になってから色々酷いが、これは余りにも酷い。

「新しい通知」機能はいちいち神経を逆なでするものばかりで、そこに出てくるメッセージも腹立たしいものが多いが、これもそこ経由で出てくる設定の1つである。

Photo_20190812231201

もはや日本語として意味が通っていないし、たぶん、英語でも意味不明だろう。
私はデバイス間の共有(下の方で設定ができる)は切っているのだが、ここでこういうエラーが出る。
それもいつぞやのUPDATEで勝手にONになって勝手にエラーを起こしていたので切ったのだが、それでもしばらくしたらこのレベルでエラーが出るようになった。

よくわからんが(わかりたくもないが)「お使いのアカウント」というのはOutlookのアカウントが勝手に作られていて、勝手にエラーを起こしていることの話のような気がした。そもそも不要なので削除した。
本当にいちいち面倒臭い。勝手に自爆して処理を求めないで欲しい。
こういうのがWindowsのいう「新しいエクスペリエンス」という奴なのだろうか。

だいたい、こういう意味不明なメッセージやエラーを出して、行き当たりばったりの対策をさせたり、パスワードを不要に入れさせたりするという習慣をユーザーにつけるというのは、セキュリティ上、極めて危険なことだ。
そういうことが分からないメーカーがWindowsという基幹OSを作っていることに寒気すら覚える。

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2019/08/04

総務省による携帯電話料金施策

総務省が長期契約者へのサービスを規制するかのような発言をしているそうだ。
数年前までは総務省は長期契約者優遇を標榜していたように思うのだが姿勢が違ってきたのだろうか。
まあ、総務大臣も代わったわけだが。
こういうところに監督される業界の方々には同情せざるを得ない。

そもそも官房長官による発言を含め政府に「おもちゃ」にされている気がするぐらいなのだが、この政権下での扱いは酷いものとすら思える。

まったく本丸を攻めないのは前の頃からだが、ここのところ些末なところをいじって事態を悪化させているとしか思えない。
この業界にあまり興味は無いのだが、余りに酷いので苦言を吐き出したいと思う。

紛らわしい広告・説明の氾濫

最近見かけたものでは「使い放題プラン(※ 7GBまで)」というようなフレーズだ。
意味が分からない。「飲み放題!(※7杯まで)」と同じではないのか。

総務省の意図が「乗り換えの活発化」にあるのならば、「適正表示」「明朗会計」という、本来ならごく当り前の状態を求めるべきではないのか。

また「月々○○円~」がやたらと多い。
まるで「3000円ポッキリ」のぼったくりバーに見える。
この手のものは本当に最低限の最低状態で○○円なので信用できないと考えてしまう。
実際の段になると「普通はこれやこれをつけますし、これがないと実際不便ですよ」とか言ってくる。
「じゃあ、お前は普通じゃない価格で釣っていたのか」と怒鳴りつけたくなる。

これらも含めて、詳しく説明を聞いても、要するに料金がどうなるのか判りづらい。
だから怖くて乗り換えられない、または乗り換えて得になるのか判らない、という人も多いだろう。

私は仕事上のこともあって、そこそこ法律文書を含めてむつかしい書類を読める方だと思っているのだが、それでも「これはどういう意味なんだ?」と首をかしげざるを得ない文があちこちにある。
「これって2つの意味に取れるんだがどっちなんだ?」というものもある。

ひとつだけ言っておくと、きちんとした店で買えば、こちらが知りたいことは、きちんと系統立てて質問すればきちんと全部教えてくれる(調べてくれる)ものだ、ということは申し上げておく。
この業界がそこまで腐っているわけでは決してない。深く追求しない人を多少は騙そうという雰囲気は見え隠れするが。

ベンチマークを作れ

総務省が、一定の使用モデルケースを示して、かかる料金を表示させたらどうか。
(契約月によって変化するのなら全て表示しなければならないとする)

「そんなことをすると数字だけよくなるようにするのではないか」という疑問がでるかもしれないが、それは当然起こりうる。
それでも限界はどこかにあるから、一定の効果がある。

別にこのような考えは珍しくも無い。
例えば自動車の燃費、家電製品の年間消費電力表示が挙げられる。

自動車の燃費は外見で判らないし、「いやあ乗り方次第ですよ」と言われれば返す言葉がない。
でも燃費の表示はされている。これはなんなのかご存じだろうか。

国土交通省が定めた「こういう乗り方をした場合はどういう燃費になるか試験して表示せよ」となっている。
「いや、それはオレの走り方と違うし」という人はいるかも知れないが、ある程度の基準になるし、他のものと比べる基準にはなる。
「そもそも実態と違いすぎやしないか」という批判が出れば、その「こういう乗り方」の基準を見直す。

テレビやエアコン、冷蔵庫などの「年間消費電力」も同様だ。
「こういう使い方をしたとして、一年間の消費電力(電気代)はどれだけ」を表示している。
テレビなんか一日中つけっぱなしの人もいれば、ほとんど使わない人もいる。でも平均ならこのくらいですよという提示をしていており、購入時の参考にはなる。

それでもなお「モデルケースなんか決められるわけが無い」というのだろうか。
そもそも「日本の携帯電話料金は高い」と言い出したのは、あるモデルケースで計算した他国との比較による話が根拠にある。
できないというのは単に「モデルケースを決めたその責任をとりたくない」としか思えない。

 

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