« Windows10 Ver.1903のダウンロードサイズ | トップページ | 総務省による携帯電話料金施策 »

2019/07/14

そもそも人によって色の見え方はバラバラ

スニーカーの色で、何色に見えるか論争というのがあったらしい。

テレビで取り上げられていたので検索してみた。
どうやら、もう数年前の話題のらしい。

私はネットの話題にかなり疎いようだ。
そうはいっても「論争」には何の意味も無いので多分知っていても加わらなかったと思う。
まあ、ともあれ単に私の認識を述べてみたいとおもう。反論意見されてもどうしようもない。

私の回答は「グレーとシアン」である。
緑?ピンク?無彩色と有彩色のレベルで差違があることには愕然とした。

正解(?)はピンクと白らしい。
疑惑の写真は撮影したときの光が特殊であって、普通の(?)白色光で撮るとこうなるという種明かしらしい。
いや、その写真を見ても紐はシアンに見える(薄くはないがシアンがかっている)し、ピンクは認識できるが、かなり薄いのでそりゃあ光の具合でこのレベルだと見えなくなるだろうというのは容易に想像ができる。

とりあえず写真をカラーピッカーで調べてみる。これは私の習いなので仕方ない。
「本当はピンク」と主張する地の部分は多少の揺れがあるが、RGBともにほぼ同じ値なので無彩色であり「グレー」というのが妥当。
「本当は白」という紐の部分はRがやや低く、GとBがほぼ同じ値。つまりシアン系の色というのが妥当。

つまり、この写真で存在している色は「グレー(無彩色)とシアン(有彩色)」であり、私の認識はなんら間違っていなかった。
そこにある色をきちんと認識して判断できていたようで安心した。
「本当の色」とかどうでもいいし、何の意味も無い。
「本当の色」とやらを推定するのはその次の段階だし、可能な情報が足りているかがまず重要な話になるからだ。

テレビでは「補正」をするか否かの差と言っているが、まあ、補正と錯覚は脳による変換という意味では同じ。
正しければ補正で、間違っていれば錯覚ということになるだけの話なので、まあ、どっちでもいい。

「暗いところ」の「写真(特にデジカメだろう)」という認識が働いた時点で、無意識に補正することを放棄したのだと思う。
デジカメなどの撮像デバイスは暗いと疑似色といってウソの色を発色してしまうし、レンズも信用し難い(ここがレンズの値段差でもある)。
また、質問も「何色に見えますか?」だから見えたとおりの認識を答えただけ。その後で「本当の色は・・・」なんていわれても「だから何?」という反感がもたげるだけのことだ。

仮に質問が「本当は何色だと思いますか?」なら推察・補正をしたかもしれない。それでも「どうせ正解を特定できない(正解が複数存在し得る)ような不確定なネタなんだろ」とかいうネガティブ感情が邪魔したかも知れない。(実際そういうネタだし)

おそらくこれで論議になっているポイントは、持っている手が映っているかどうか、にあると思われる。
テレビでは手(指)らしきものが映っているが、ネットではそこは除かれているものが見受けられた。
それではそもそもの課題を変えてしまっているのでは無いだろうか。

「補正をする」にはリファレンスが必要となる。それが手であって、肌色ではないかなり悪い色に映っている。
それが肌色になるように脳内補正する返還式を構築して、その補正でスニーカーを見れば「ピンクと白」に見えるのだろう。
そうなると白人と黒人と黄色人と褐色人とではまた違ってくると思われる。見慣れた肌色に補正しようとするからだ。

これが盛り上がったのはおそらくその人の経験(育ち)に大きく左右されるのだと思われる。
私は職務上も、色に対しては意識して偏見を持たずに捉える訓練をしてきた。
周囲の光などに影響されることに関しては、光自体を定量的にコントロールすることを前提としている。
それは再現性のある認識(つまり科学的認識)、ということが重要だからだ。
勝手に周囲の光を錯覚して対象物の色を錯覚することは一番避けるべき事と叩き込んできた。

まあ、そこまでいわなくとも、左脳的(論理優先)な人は「グレーと緑」、右脳的(感覚優先)な人は「ピンクと白」という考えもあるらしい。

ともあれ、色を論じるときはまず、外光(色温度)に気をつける。
色というのは所詮外光を反射または透過して得られるものだから、その根本がズレていては話にならない。
私がこの写真をみて違和感を持ったのは、かなり暗がりで撮影している物体であって、あまり感度の良いカメラで撮っているとも思えないので色を論じる自体が「引っかけ問題」なんだろうということにある。

また「色盲・色弱」というのは典型的だが、色の認識というのは個人差が大きい。
虹は七色というのは日本の常識であって、他の国で育つとまた違った認識になる。
そもそも虹は白色を分光した「グラデーション」なので「何色か」という自体がナンセンスな論議といえる。
「それを表現できる言葉だけ色が存在する」という哲学的な話になってしまう。
要は、文化的、常識、教育、その他様々な認識に基づく。

例えば「緑」「青」というレベルでも、時代によって全く異なる。
よく言われるのが「信号の青」って「緑」やろ、って話がある。
先に私は「シアン」と言ったが、「シアンって何?」って言われることもある。
コンピューターなど色の基本を一度やっている人なら常識なのだが、一般には「青か緑」のどっちかになるらしい。
個人的にはシアンは「青の範疇」なのだが、テレビでもネット全体でも「緑」らしい。
まあ、そこは個人的な認識なので議論に意味は無い。そもそも「青か緑」の二択するのが間違っているのだから。

念のため説明しておくと、光の三原色は「赤・緑・青」。ここまでは知っている人はほとんどだろう。
これらの組合わせであらゆる色が作られる(合成される)わけだが、シアンというのは「緑と青」の混合色。
なので「シアン」という概念がなければ緑か青としか表現のしようがない。

なお、プリンタでもいいが、印刷の基本をやっていると「シアン・マゼンダ・イエロー」が三原色という。

さて、こんだけブレのある色なので、色をやっている人は「色見本」というのを持っている。
昔は単語帳や小さいメモ帳みたいな奴で、色の短冊が印刷されている。スマホアプリでも存在する。
スマホだとバックライトや液晶のカラーフィルターの色でずれが生じる危惧があるので確認が必要になるが。
ともあれ、それと比較することで正確に確認することができる。

色を確認する用途もあるが、人に色を説明する時にも重宝する。
先に言ったように「シアン」すら知らない人もいるので、「緑」や「青」といった言葉でやり取りをすることは実質無理と考える。

パソコンやスマホ画面上なら便利なもので、先の述べた「カラーピッカー」という機能が重宝する。
表示されている画素の横にRGBの数値が表示される。「緑」とか曖昧な表現ではなく再現性のある数値で議論ができる。

|

« Windows10 Ver.1903のダウンロードサイズ | トップページ | 総務省による携帯電話料金施策 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Windows10 Ver.1903のダウンロードサイズ | トップページ | 総務省による携帯電話料金施策 »