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2019/04/28

相次ぐ高齢者運転暴走事故報道に思う

家族の責任にするな

家族が説得しろとか酷い論調がまかり通っている。
こういう事故を起こす人間というのは、人の言うこと、もちろん家族の言うことは聞かないのではないか。
強情であり、自分を過信しており、という人間というのだから。
そもそも「孤独老人」だったらどうするのか。
地域?警察?そんなの無理に決まっているではないか。

運転免許証とは何なのか

免許というのはその技術や知識に対して与えられるものだろう。
更新が必要と言うことは、その資格が不足になっていることが想定されているからではないのか。
免許更新はたびたび「書き換え」などと言われるが、それこそ制度がなめられている認識の証左であろう。
実際、視力検査ぐらいであとは10分程ビデオを見て(もちろん見ているフリだけで十分だ)終わりである。
(これは優良運転者の場合で違反経験者などは変わってくる)

高齢者は実技試験、筆記試験もキッチリ行って、ダメなら更新不可にすれば良い。
ただそれだけのことではないのか。
必要なら認知症検査もやれば良い。両方を判定結果に反映すれば良い。

「返上」などという何か既得権であるかのような認識がそもそもおかしいのではないのか。

技術や知識を維持しなければ免許を維持できないという基本認識に立つべきではないのか。

地域の問題

地方で足が無くなるという問題に関しては、それは更新の時の手心である程度調整できるだろう。

そもそも地方では免許取得の基準が甘いということは周知の事実である。
だから都会からわざわざド田舎の教習所にわざわざ来たりする。

更新も緩くすれば良い。
例えば車庫入れで多少ズレても「まあいいだろう」でいい。
そもそも免許取得の時点である程度教官の感覚的な判断だ。
でも逆走レベルは困る。
都会ではミリ単位できっちり合わせられないと実際困るから要求する。

原付自動車がなぜできないのか

自動車がなくても原付自転車があれば間に合うのではと言う人もいる。
ド田舎、とりわけ東北以北ではそれは厳しい。冬に零下になるところでは走るのが厳しい。

一部ピザ屋さんの原付が近いイメージだが、風が当たらないものが欲しい。
冷暖房はなくても外の空気が入ってこなければ大分助かる。
原付のように時速30k程度で近所に行くには十分だ。もちろん一人乗りで充分。
もちろん事故はゼロにならないが、致命的にはなりにくい。

なぜこういう解決策(選択肢)がないのか。

いつになるのか判らない自動運転技術とか言う前に、こういう解決策がなぜ言われないのか。

自動運転(自動車の進歩)で解決できるのか

いわゆる「完全自動運転」が近日実現するのなら構わない。私もそれを望んでいる。
しかしそれはいつになるのかわからない。この壁は恐ろしく高い。
技術的問題だけでは無く、社会的法的な問題であるからだ。

それ以外は運転者に責任がある。
ということは自動車の基本設計として運転者の意思が最優先せざるを得ない。
つまり「アクセルとブレーキを踏み間違え」てもその意思が優先される。
確かに目の前にどうみても壁があればさすがに止まるかも知れない。
しかしそれ以外は、関係者は口ごもるのが現実だろう。

さらにこれらが解決したとして、それを購入するのか、買える金額になるのかという問題がある。
高度なセンサーや判断力を持った自動車が高いのは至極当り前の話。
実際に現在の自動運転車は当然高級クラスにしかついていない。
オプション設定であるのも普通だろう。

「オレの運転に何ら問題は無い」と思っている人が高い金を出してそういうのを買うのか。
ごく標準になって、いまのマニュアル車のようについていない方がむしろ高いぐらいになるのはいつの日か。

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