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2018/07/19

なぜ夏に体育祭?

連日の猛暑で、毎日のように学生たちが熱中症で病院に搬送されている。

常識的には考えられないがこんな中で体育祭を行った学校があるらしい。
なぜ今頃体育祭なのか。
ネット検索してみたが理由は不明だった。
というか、検索してもその話題すら数件しかない。
疑問に思っている人すらいないのだろうか。
(もしくは検索エンジンがアホなのか)

体育祭(運動会)は春か秋

検索すると「なぜ春?」という話題は出てくる。
これは簡単な話で、祭りといえば春か秋。

農業中心で考えれば、春になって動けるようになり農繁期になってから農閑期になる5月頃から暇なので祭りには好都合である。(豊作祈願もある)
秋はいうまでもなく収穫祭。
収穫が終われば農閑期なので祭りには好都合という側面もある。

夏は暇といえば暇なのだが、早朝と日暮れになってからは農作業をする。
日中はもちろん働かない。もしくは屋内作業である。
強い日照りの中、屋外に出るなどアホのやることである。

授業時間の問題

若干視点をかえてこのような学校イベントについて考える。
詰め込み教育(ゆとり授業ですらあんなのはゆとりではない)のせいでともかく授業時間が足りない。
正確に言えばカリキュラムが多すぎてどう考えても時間が足りないらしい。
つまりなにをするにも日程に余裕がない。

では、一年を通して授業にならない時期はいつか。
実感で覚えがある人は多いだろう。
それは期末試験が終了して長期休暇に入る前である。
子供たちは試験プレッシャーからの解放と待ちに待った長期休暇が目の前でウキウキである。勉強に身が入るわけがない。

工程的観点からも授業としてやりづらい。
カリキュラムは試験を区切りとして授業を行うものだ。
試験終了後のカリキュラムは長期休暇後をはさんでさらに経過した中間試験まで学習の成果として出てこない。
要するに授業をやっても忘れられてしまう。

どうせ「空白の期間」なのだから、そこに概ねは楽しいとされる体育祭(連続性の薄い行事)を突っ込むというのは“良策”であろう。

なぜ夏休み前なのか

ではその機会はといえば一年に三回である。
まず、学期末である春休み前。体育祭にはクラスの結束力を高める、というお題目があるらしく、学年にもよるがクラス替えがおきえるこの時期ではそのお題目に沿わない。

冬休み前ではあまりにも寒く、雪国では体育祭どころではない。

となれば消去法で夏休み前しかない。
暑いかもしれないが酷暑ではないかもしれない。雨は降りづらい。
そんなことは年初にはわからない。だからそこに決めてしまう。それだけのことだろう。

「子供たちの健康など二の次」はやめろ

そもそも夏休みというのは夏に暑すぎて授業ができないので休み、というのが建前であろう。
さっさとクーラー完備して夏休みを削った方が良い。
その分、体育祭などの日程の融通にあてるようにする。

暑い日(最悪でも30℃以上)は屋外での授業などは禁止である。
もちろん体育館などで気温が30℃以上なら同様である。
暑い屋外での部活など論外である。気温をしっかり確認して指導すべきだ。

特に酷暑の中、高校生に野球大会をさせて喜んでいる大人どもがいるが、これも論外。
これが「体育」なのだからほんとうに軍隊ではないかと見まがうばかりである。
あんな中で実力を発揮しろというのだから頭がおかしい。

熱中症の状況として、酷暑の中、体罰で校庭40周とか論外だが、人文字を作らせていてとか、体育館に集合させて講義とか、大人の勝手で子供たちが犠牲になっている事案が連日起こっている。
みんな「自分たちは問題ない」とか「予定なんだから仕方ないんだ」とか思っているのだろう。
これらは酷暑が悪い=天災ではなく、人災ではないのか。

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