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2018/03/31

原発/安全基準に適合すれば安全というウソはやめてほしい

安全基準では事故発生を防げない

原発再開やら推進に関係して「世界最高水準の安全基準」を言い出す人がいる。
特に政治家は役人に“洗脳”されただけだろうが、まあ頭が悪いと考えた方が良い。
もとより世界最高水準かどうかすら怪しいのだが、その論議は今回は置いておく。

そもそも安全基準では事故は防げないのだ。

このことは規制委員会でも言っていることではあるが、それを持ち出して「委員会は無責任」論を言い出す人すらいて呆れてしまう。
世の中のすべからく「安全基準」となんてものはせいぜいが
・事故が起こる確率を抑制する(確率ゼロなんてありえない)
・事故が起きたときの過酷さを下げる(簡単に言えば死ぬか怪我で済むかという話)
・事故が起きたときの原因解明を円滑にして再発防止に役立てる
と言った程度だ。

そう考えるともとより事故が起こると大変な原発にはあまりそぐわない考えなのだが、それでも「大爆発」ではなく「放射能漏れ」「蒸気漏れ」程度で済むといった効果は期待ができる。

安全基準の例

世の中すべからく、と言ったので事例を挙げてみよう。

例えば自動車の安全基準。
比較的、乗員(運転者や同乗者)の安全確保が大きいが、ある程度は“ぶつけた相手”の安全性も問われる。
しかしながら、これがあっても交通事故がゼロになっていないのは自明だろう。
これによって死亡事故が減って重傷で済んだり、重傷が軽傷で済んだりする。
もちろんそもそも事故にならないですんだものもあるだろうが、一部なのは普通に想像できる。

例えば家電やらスマホやらの電気用品にも安全基準がある。
これによって、機械に触っただけで感電したり(絶縁性)、発火・炎上したり(難燃性等)といった事故を抑制する効果がある。
それでもこれらの事故がゼロになっているわけがない。
家電の場合でも、中にホコリが溜まったり、虫が入ったりによって、それが回路ショートさせて発火したりという事故がおきる。機械側に問題がほぼなくても事故が起きるのだから。
もちろんこういうことも予期して安全性は考えられているが、際限がない。

安全基準だけで安全を論議するのはナンセンス

自動車では運転に免許がいるし、歩行者などの周辺の人々を含めての交通安全教育がされている。
原発だって同じ話というだけだ。

設備で働く人々の運用マニュアルやら人材確保や教育はもちろんのこと、周辺環境にあたる、万一事故が起きたときの避難計画なども含めての安全確保である。
これが地元住民への協力という意味になる。

普通の発電所の事故ではごく限定された範囲の住民だけで済む話だが、福島原発の事故で、周辺数十km、いや百kmを超えるような地域でも問題の影響が出たのは事実である。
事故直後は最悪で関東圏全域すら避難対象という可能性すら検討されたことを忘れてはならない。

昨今ようやく“周辺住民”が地元自治体のみではないという見解が見られるようになった。
いわゆる協力金の問題もあるだろうが、立地の自治体の同意のみで良いと言ったそういう卑近な考えが問題では無いのか。

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