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2017/11/23

“人工知能時代”に求められる人間の能力、たった1つの答え

リンク: “人工知能時代”に求められる人間の能力、たった1つの答え (4/4) - ITmedia エンタープライズ.

 大学もその動きに呼応するように、リベラル・アーツ教育を行うところが増えてきました。例えば、東京工業大学では「リベラルアーツ研究教育院」が設けられており、特命教授として池上彰氏も就任しています。そんな時流に対して、政府は職業教育、実学教育を推進するというのです。その理由は「斬新な発想が生まれないから」。本当にそうなのでしょうか。

全く同意します。政府がやろうとしていることは私にも全く逆にしか思えません。
「斬新な発想」とは誰から生まれるのでしょうか?
既に「斬新な発想」が求められがちな地方創生でよくいわれるのは「変えられるのは若者、よそ者、バカ者だ」です。
手に職をつけ、専門性を高め、実学を学べば学ぶほど「斬新な発想」は生まれにくくなるということなのです。
「斬新な発明」ほど門外漢が成し遂げている例が珍しくありません。

もうひとつ、職業実学優先の裏返しでしょうか、相対的に文系や基礎研究系を縮小が懸念されているということです。
こういうことを政府に公式に問うと「そんなことはない」というのですが、予算が固定されている中でどこかに強化(予算投入)すれば、どこかが弱体化(予算減額)になるのは至極当然の結果です。
安倍政府の問題なのか、最近の役人のせこいところなのか、こういうセコい騙しが目立つのがなんとも腹立たしいことです。

ともあれ、むしろ基礎力や文系を含めた広い感覚が重要ではないでしょうか。
それがこの記事で語られている「リベラルアーツ」というひとつの形です。

池上彰氏の名前が象徴的です。
いままで使っていた言葉や意味をもう一度基礎から学び考え直す、というのが氏のテレビ業界での立場であることが多いでしょう。
既存の事柄を浅くなんとなく分かっているだけでは本質を掴めない。だからこそ「そもそもそれってなんなの?」を問い直すことが重要であり、それを喚起してくれる氏の立場が支持されているのではないでしょうか。

多くのビジネスパーソンが「プログラムは書けないから」「難しいことはよく分からないから」という理由で、本質を学ぶ努力を放棄しているのが現状です。人工知能という道具を使うための知識を得られなければ、人工知能に使われる側に回るのがオチでしょう。そんな大人を大量生産する大学を推進していいのでしょうか?

この話は人工知能に関してのことですが、一般業務でも「私にはできないから」「難しいことはよく分からないから」という理由で新たな業務や新規開発から逃げる人はたくさんいるのではないでしょうか。私の周りにも多いので本当にイライラします。(実はイライラするだけでは進歩がないので、私もそういう言い方を自分でしてみています。これをするととても楽なのだと理解できました)
本当に門外漢ならまだいいのですが「そういう仕事だと分かって入社したはずだろう」「そういう役職だろう」という人ですらそうなのです。
彼らがやっているのは「先人がやっていることをちょっとだけ変えたやり方の繰り返し」です。
なぜそうなるかといえば、ものごと(仕事)への理解が浅いからです。
外側しか理解していないので、外側がちょっと変わっただけで「なんか大きく違う」と感じて拒絶するのです。
本質(根本)が分かっている“デキる人”は新しいと言っても「根っこは同じだから新規と言ってもまあ問題ない」と感じるのです。
結構な違いであっても「多少枝振りが違うだけだな」なのです。

人工知能で奪われる仕事とは何でしょうか。
それが、この「今までの踏襲でできる仕事」です。
OA化、IT化の時代は「いままで定型化してマニュアル化された仕事」の置き換えでしたが、それが「今までの踏襲でできる仕事」と範囲が広くなるだけなのです。

私が考えている人工知能の本質とは「たくさんの経験や(その分野の)知識に基づいてすることもコンピューターでできるようになった」です。
いままでは人間が“プログラム”という形で、細かい業務手順書を作成し“手取り足取り”教えないとダメだったのが、その関連の事柄を教えてやるだけでそのまま、もしくは“応用”してできるようになったということなのです。
もう少し細かく言えば「業務手順書などをなくても、基本的にはOJTで一通り教えればできるようになる」というレベルになった、ということです。
従来との大きな違いは、教えるにあたって、ある程度は曖昧なところがあってもよく、その代わり失敗も繰り返しながら成功するにはどうすればよいのかを“学んで”いくことができるのです。(つまり教えていない範囲で“失敗”はするのですが、それが違うよと教えるだけで自分で“直して”いくのです。)

ここで重要なのは「失敗」と「成功」を判断するのは“誰”なのかということです。
将棋や囲碁は簡単で“勝ち”が成功です。だからこそ人工知能の研究として格好の題材なのです。どんな“好手”にみえる手を打っても、負けたら“悪手”です。
株判断なども人工知能が入ってきていますが、これも“株価動向予想が当たり”、“株式運用で儲かれ”ば成功です。これは量的な判断でも成否が判断されるだけです。
もっと儲かるように試行錯誤を重ね、予想が当たったかを自己判断して“研鑽”することが可能です。

ここまで考えると人工知能の不得意な分野が見えてきます。
それは本質的に「成功・失敗」が判断しにくい、もしくは評価そのものが難しい分野です。
また「成功・失敗」がわかるまでのスパンが長いものも難しくなります。

例えば将棋や囲碁は一局”打ち終わる”まで通常は数時間です(持ち時間制限などによりかけることができません)。コンピューター内部での検討ではさらに短くなります。“閉じた世界での評価”ですから昼夜問わずできます。だから“進化”が比較的速く、得意であるといえます。

“人工知能時代”に必要なのはこの「失敗と成功を判断する」人であるという考えもできます。
では、この判断基準をどうやって身につけるべきかといえば、一般で言う“広い教養”であり、この記事で言うリベラルアーツと言えるのでしょう。
教育として重視すべきは、抹消な事では無く、もっと大局を見る人材である、ということです。
もう少し現実的に見ても必要なのは「その業務に詳しい知見がある人」であり、コンピューターそのものへの知識の深さは殆ど意味がありません。

これはOA化、IT化の時代でも同様だったと思います。
これらに抵抗したり「自分はコンピューターとかよく分からないから」という人は必ずいるものですが、実はコンピューターを知らないというのはただの言い訳なだけが殆どでした。
実態は「自分の業務範囲ですら実はよく分かっていない」「前例基準でなんとなくやっている」「判断条件が曖昧・適当(もしくは俺様基準)」等の非論理的な思考でしか業務をしていないだけであり、それが露呈することを避けているだけなのです。
そのことがよくわかる事実として「業務手順書」を求めると、大概が「無い」か「非常に簡単な箇条書きだけ(これって業務概要じゃないの?)」であることが殆どなのです。

問題なのは理系大学を出ているくせに「事実(手順)をきちんと文書として書き下すことすらできない」という基本的能力(技術力)の無さなのです。
テクニカルアーツなんて高尚な話以前にこんな基本力すらないまま社会に出す教育の問題(まあ、きちんとテストして採用していないのもどうかしていますが)があると言えます。
ハッキリ言っていくらプログラムを書けるとしても、日本語の文章すら論理的にきちんと書けないのでは論外でしょう。

ところで、私はおそらく多くの人のもっている人工知能への怖れとは別の、人工知能による社会変革を怖れています。
多くの人は、個々の会社等で人工知能が入ってきて仕事が奪われるようなイメージをもっているのではと思います。
私はそうではありません。
起きるのはごく一部の企業により、各企業に対する実質的な支配が進むということです。資本論的に言えば、一部の人に、より多くの富が集中する、というのが加速します。
ごく一部の知的“川上”企業から、川下企業は支配・搾取され続けるという構図です。
現在も知的財産権などを背景にしてこれが進行していますが、さらに範囲が広くなり、その手段として人工知能が使われるということです。

個々で頑張れば、というレベルではないのです。
例えば個人商店がフランチャイズや大型店に勝つのが困難であるという構造と同じです。
個人店がどんどんフランチャイズ傘下に入っているのは、集客ブランドもありますが、流通力、コスト力、新商品開拓力、商品管理ノウハウなどが強く、それがないような個人商店では現実的にあらがえないからです。

人工知能を使わないとコストが合わない、競争力が無い、という時代は必ず来ます。
その時に、人工知能を“売り”に来た人にどれだけあらがえるのか、が重要です。
ここで必要なのは生半可な技術的知識より、むしろ人間としての“胆力”でしょう。
(あらがえうというのは抵抗するのとは少し違います。鵜呑みではなく自分達にとって最大限有利な取り引きにするにはどうするかということです)
世界的にみて、以前より日本人の(取り引き)交渉力の弱さは指摘されており、これは教育の問題であると言わざるを得ません。
ここを強化するというのは必要な事のはずです。

また、これらはある程度“標準化”されたものですから、自分達がどう活用していくかを考えることも重要になってきます。
これも、自分達の業務と、その人工知能という”システム”の、双方の本質を見抜くことが重要になってきます。

最近”働き方改革”とか言っていますが、本質は自分達の業務の見直しです。
「業務の棚おろし」という言葉もありますが、不要なものがあれば捨てることです。
この業務はこのままで良いのか見直すことです。
場合によってはIT化したりアウトソーシングしたりします。
アウトソーシングできるということは、今後、人工知能に移しやすい業務であると考えられますし、喜んですべきことになります。
これらの判断も狭い業務経験では到底できないことです。

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