« 多くの日本人はなぜ勉強したのに“英語が下手”なのか? | トップページ | Windows10 Creators Updateでトラブル »

2017/05/03

2017年憲法記念日

憲法記念日ということで安倍首相か何か言ったらしいですが、本気なのでしょうか。
官邸周辺を始め、そもそも自民党憲法草案やら日頃の姿勢からみて論外にしか見えません。
野党は「安倍総理の下で」という言い方をしていますが、安倍総理以前に、今の自民党憲法草案の姿勢で見ると賛成出来るような案が出てくるとは到底思えません。

環境権という極めて難しい課題

環境権というと良いように思われますが、それは大間違いです。
下手に扱えばこれほど恣意的に使える危険な“権利”は無いからです。
環境権の発端として公害などへの反省が挙げられますが、そのような単純な問題にとどまらないからです。

“環境”について、身近な問題で例をあげてみましょう。
・自宅前の道路に重油がぶちまけられた
このような場合、それが許容されないことはあらゆる角度で自明です。
しかし
・自宅前の道路が整備舗装されることになった
となると、とたんに難しい問題になります。
舗装によって春には美しい桜が咲いていた木々が切られてしまう。
また自然の動植物もアスファルトで塞がれ死ぬものもいる。
こんな状況であれば、一般的にこのような行為は“自然破壊”であり自然環境保護の観点で言えばアウトです。
一方では雨の日の道のぬかるみがなくなるなど住人の生活環境は向上するのでプラスなのです。

ここで仮に自然環境を切り捨てたとしても話は終わりません。
実はその舗装は10年後には遠くの幹線道路からのバイパスにするという都市計画の一部だったのです。
果たして自動車がほぼ通らず静かだったはずの環境が、バイパス道路となったために日々バスやダンプトラックの騒音に悩まされることになりました。
・・・などとなっても不思議でも珍しくも無いのです。

バイパス化によってドライバー達にとっての労働・生活環境向上した一方で、その道路周辺に住む人達の生活環境悪化が生じるということなのです。

原発問題もそうです。
原発推進は「地球温暖化ガス=二酸化炭素排出」削減という美名の元に進められてきました。これは環境保護という観点です。
しかしひとたび事故がおこれば百年単位の生活環境破壊を広範囲にもたらすことが実証されてしまいました。

辺野古基地建設もそうです。
国家事業として行われていますが、どういう理由があろうとも沖縄県の辺野古地域の環境破壊、とりわけ珊瑚の破壊など通常であれば大問題となることが行われているのは事実なのです。

これを「詭弁」と言うのならば、「環境権」なるもの(発想)がいかに曖昧で「詭弁の道具に容易に使われる危険なものだ」ということを認めることになるのです。

そもそも環境というのは“自然”と“人間”の立場で正反対にもなりやすいし、自然を切り捨てたとしても、今度は同じ人間同士でさえ立場によって容易に対立しうるものなのです。

環境権を「簡単で受け入れやすいから憲法改正の試しにする」などとは、とんでもなく浅はかな見識であるといわざるをえません。

もちろん私は環境権というものを否定するつもりは毛頭ありません。
近代的権利だからこそ、論議が深く必要であり、それが何者であるかの広い公知が必要であり、難しい問題であると言うことなのです。

人々が「環境」に対する、法的な取扱を含めてその基本すらを如何に知らないかということは、豊洲問題の騒ぎで浮かび上がった側面だと思います。
さすがに最近の大方は「まあ、大丈夫じゃね?」という空気になっているようですが、冷静に判断出来ない人も無視出来ないことは確かなようです。

環境権よりやるべき題材

個人的には同じ近代的権利である「プライベート権利」「知る権利」を憲法で制定してほしいものですが(笑)、今の安倍政権とは真逆ですから不可能でしょうね。

“維新の会”案で言えば「憲法裁判所をつくる」根拠としての改憲(加憲)は賛同出来ます。
これは憲法に手をつけないとどうしようもないですし、よほど変な条文にしない限り弊害は考えづらいです。
今の「実害が無いと違憲立法審査も出来ない」というのは法治国家としてどうかと思うのも理由として挙げられます。
でもこれも政権にとっては都合の悪いものなのでやらないでしょうね。
維新の会もこれをやったら歴史に名を残すので是非頑張ってほしいものです。

2020年施行という荒唐無稽

2020年施行と言うことは通常の法律感覚では2019年制定になります。
(憲法をどうするかは慣例が無いので分からないという問題もあります)
今まで憲法改正論議というものをろくにやってこなかったのに、あと二年程度で論議を尽くそうというのでしょうか。余りに無理があります。

そもそも通常の法案すら、一度作ったモノは頑として変えようとしない風習があるようですから、そんなやり方で話が進むわけがありません。
そもそも中には「憲法改正議論」アレルギーを持つ人すらいて、議論の席に着かせるのにも時間がかかるのは当然なのですから。

反対するのなら対案を出せというレトリック

何かの政策においてはその通りです。
そのままなにもしないことが悪化を招くことが明確なら当然です。
しかし(憲法)改正においては「現状維持」つまり廃案も選択肢の一つです。

そこをワザと混同しミスリードを誘う輩もいるので困ったものです。

「過半数の国民の賛成」というレトリック

最終的には国民投票にかけられるわけですが、「全有権者数の過半数」ではなくて「全投票者数の過半数」であることに注意すべきでしょう。
仮に昨今の選挙のように投票率が50%そこそこなら、全有権者数の25%程度の賛成でも成立してしまう、ということです。
もちろん全国民ということになれば(未成年も含むということです)さらにその率は下がるのは当然です。

|

« 多くの日本人はなぜ勉強したのに“英語が下手”なのか? | トップページ | Windows10 Creators Updateでトラブル »

「法律」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/47063/65230205

この記事へのトラックバック一覧です: 2017年憲法記念日:

« 多くの日本人はなぜ勉強したのに“英語が下手”なのか? | トップページ | Windows10 Creators Updateでトラブル »