« 全商品にICタグ(笑) | トップページ | PHS WX02Sからアクオスケータイ2への機種変の顛末 »

2017/03/11

森友学園問題は何が問題だったのか

昨日3月10日に森友学園理事長が記者会見を行い、申請取り消しを持って一連の疑惑についての節目を迎えたといえるのでしょうか。
それにしても見苦しい会見でこれが「美しい国家」を担う子供達を育てようという教育者の姿としては残念至極でした。

不認可は財務状況の悪さと書類不備

結局、不認可に関してはマスコミやネット云々、様々な“疑惑”なんて無関係だったのではないのでしょうか。
ましてや教育方針とかそんなのも無関係でしょう。

もとより財務状況に問題があり、かかった金額が7億円の申請でも“条件付き合格”だったといいます。
それが15億円ならばアウトと考えてもなんら不思議では無いでしょう。

監査も事実上の拒絶、判断する府側が直接事業発注された業者に聞いて“裏を取った”ら15億だというのだからそれで終わりです。
普通に考えて事業者か発注先に聞けば良い話で、この疑惑がなくとも聞いても不思議でもなんでも無いでしょう。
業者は様々な資材の発注書や工程表、下請けへの発注書等をつぶさに調査されたらごまかしきれない数字が出てくるのだから、嘘をつけるものではないからです。

それでも一方的な判断は良くないから調査に出向いた。
“最後の確認”で現地調査を行ったと考えられます。

その場所で理事長が主張する「原本が無いからダメと言って帰った」が本当でも別に問題は無いと私は思います。
「原本を持ってこいとは言われなかった」と主張しています。
既に疑いを持たれており、これが認可判断の重要な確認であった、そういう自覚はあったはずであり、言われずとも原本を用意するのが社会人として最低限のことでしょう。
会社でそこそこの責任を持たされている人なら、あの顛末をみて「そりゃあんたも悪いだろう」とつっこんだのではないでしょうか。

既に信用を失っている相手に対してコピーで対応しようという姿勢自体が問題といえます。
そういう姿勢で対応されてもいっこうに真実が出てこない、つまり時間の無駄と判断されても仕方が無いからです。
これは単に想像ですが、すでに「あの書類は?こういう書類は?と突っ込まれていて、「いやそういうのは今用意していない」がいくつもあったのではないでしょうか。
短いとは言え20分はやり取りをしており、端的なのが「コピーしかない」問題だったのではと想像もできます。
僅かな疑いを持たれてもアウトであって、つまらぬ言いがかりをつけられないように万全を尽くすのが当然ではないでしょうか。

“相手に認可していただく”のだから、少しは身を低くして相手の顔色を窺ってへりくだってやり過ぎと思われるぐらいの対応をするのが世間の常識では無いでしょうか。ここで“つまらない”正統感や自尊心を振りかざしてもしょうもないということです。
さらにマスコミへの説明で、担当者が帰った後にあんな言い方をしてそれをテレビで見られたら心証を更に悪化させるのは当然とは考えなかったのでしょうか。
子供どころかこんな姿勢をまだ若い社会人が見本にしたらとんでもないことになります。
私は「ワザと怒らせて帰らした、もう無理だから破談に持ち込もう」とでも考えているのだろうかとすら頭をよぎったぐらいです。

そもそも最終決断は大阪府知事(なのか大阪府)にあり、私学審議会は審議をするだけであるからそこで合格判定したからといっても参考でしかありません。
勝手に合格と考えて施設を作る方が拙速にしか見えないでしょう。
そのことを理解していなかったのなら、勝手な思い込みで失敗しただけのことです。

教育者としていかがなものかという論議

これもマスコミやネットが歪めて伝えた云々という主張もあるようです。
確かに扇動するような報道もあってそれに乗せられる部分もあるでしょう。

しかし、昨日3月10日の取下げ記者会見の、編集無しの一方的な発言だけを聞いても「これは教育者としてダメだ」というツッコミどころが満載でした。
(ニュース専用チャンネルであるCSの日テレニュースでたまたま見ました。総理大臣PKO撤退発表による割り込みが質疑応答の頭あたりでありましたが、発言の方は生中継のようで全場面ノーカット放送されていました)
それらは「個人的意見の相違」の範疇では無く、近代において長年論議されてきた教育論、重要な要点についてことごとく反対の位置にあるものばかりにしか捉えることができませんでした。
「教育勅語」や「五箇条の御誓文」などはごく些細で典型的な事例でしかありません。

「自分達が選ばれた者である」「自分を認めて欲しいが、相手は認めない」「ごく一部の共感を持てる人だけ認める」「自分は正しく、それを遂行するには多少の問題は看過されるべき」「うまくいかない(いかなかった)のは○○が悪い」「その論議がどうこうではなく、誰が言ったかで判断する」
現在ではこれらはすべて「悪」であると評価されています。
それはなぜでしょうか。

個人意見の相違、感覚の問題では無く、多くの人々による議論の結果なのです。
上記の考えを是としてしまうと、その行きつく先が「戦争である」ということであり、戦争は「悪」とする観点からその要因となる考えは「悪」であるとされているのです。
正確には「なぜ戦争が何度も起きるのか、防ぐにはどうすれば良いのか」ということを突き詰めていくと、これらの考えが根っこにある、という社会学や哲学的に行き着いた結論のひとつなのです。

なお「戦争も是である」という観点まで「個人意見の相違」と認めるのなら根本からひっくり返るので「個人の意見相違の範囲である」と認めざるを得ませんが(苦笑)。

「子供に教育勅語を暗唱させているから戦争になる危惧がある」という短絡的な話ではありません

あの記者会見で言っていることが彼の教育的な理念や思想であり、根本にあるとすれば、それが教育として子供達に根付いてしまうこと自体が危険であると言うことなのです。
それを突き詰めるといさかいにしかならず、それが社会的に充満すると戦争という意味で危険であるということなのです。

「あの記者会見は何を言っているのかわからない」というマスコミやコメンテーターの意見が目に付きますが、私にとってはこれまでの顛末が腑に落ちる、とてもわかりやすいものであったと考えています。
彼の考えがとてもよくわかり「そういう論理だからこういう顛末・行動・発言になった」のだということが腑に落ちたのです。

なお、トランプ政権が“危険”であると世間で言われるのも同様の考えに基づいていると思われます。
相手のことを聞かない、自分が正しいとだけ言い張る、自分の利益のみを優先する。
それを堂々と前面に押し出してくることが、戦争への一歩に向いてしまうこととして警戒されるのです。
大統領レベルになると分かりやすいですが、これが国民の多数に広がったら、ということも結果として同じ事なのです。

ところで8億円ダンピング問題は

とりあえず今回の取り下げで広がりまくった疑惑の風呂敷も畳む方向に向かうのでしょう。
法的・契約的な手続きによればまた財務省が買い戻しとなるのが既定の手続きのようです(麻生財務大臣の見解)。
それでもまだ問題は残ります。なぜ9億円物件が1億円になったのか、という疑惑です。その経緯を破棄した理由も追及すべきだし、「保持期間が一年以下」という意味不明な規定も見直すのが当然でしょう。(「一年以上」等が普通の書類の保持規定)
どういう追求になるのかはわかりませんが、こういう法律の不備も修正していってほしいものです。

会計検査院でいいのか

与党は会計検査院の調査で良いとしていますが私は極めて疑問を持っています。
その考え方、発想自体に問題があると言うことです。

国有地の売却案件は会計検査院の「必要的検査対象」です。つまり必ずなされることは明らかです。ということです。
会計検査院の独立性はいわれますが、財務省はこの検査を“慣例上”通過するだろうと見越していたというのは当然です。
検査院が手心とかを加えて問題では無いと判断するのでは、ということでは一切ありません。
適切で公平な検査をするからこそ、財務省により検査に問題ないようには配慮されており、問題ないという要件は揃えてしまっていると考えるのが妥当であろうということです。

与党も当然それを見越しての発言である、と考えるのが自然でしょう。
今回の案件だけ深く調査をするのなら他の案件も深くやらなければならず検査員として必要な公平性が保たれないと言うことです。
今回の様な案件に関しては“別の観点”からの精査が必要であり、政治的な判断が必要だからこそ、検査員では指摘できない問題点があるということなのです。


|

« 全商品にICタグ(笑) | トップページ | PHS WX02Sからアクオスケータイ2への機種変の顛末 »

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/47063/65000913

この記事へのトラックバック一覧です: 森友学園問題は何が問題だったのか:

« 全商品にICタグ(笑) | トップページ | PHS WX02Sからアクオスケータイ2への機種変の顛末 »