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2017/01/17

なぜ「日本の生産性」は低いのか

リンク: BUG024 - 日本の生産性が先進国中最下位とか、どこそこの国に抜かれたとか、どうしても信じられないんですが:エルカミノリアルは今日もバグだらけ:エンジニアライフ.

上記のブログを見て自分の思慮の浅さに愕然とした。
「労働生産性」という言葉は良く聞くが、その定義について調べようとしていなかったからだ。

労働生産性とはそもそも何か

この言葉が出ると必ず「業務の効率化」とか「効率」の話が出てくるからすっかり勘違い=騙されていたのだ。

労働生産性=GDP÷就業者数(または就業者数☓労働時間)

不可思議なのは日本は世界第三位のGDPであるのに「低い」と言われていることである。
日本の人口は世界10位だという。GDPを議論できる国で、日本より人口が多いのは米国と中国だけである。
生産性が高いと言われる欧州各国は桁違いに人口が少ない。最も多いのがドイツで日本の3分の2である。

まずうさんくさいのがGDPという数字事自体である。
GDPって何?と調べると色々な解説があるが、きちんとした定義がない。
そもそも国が発表しているその数字の算出根拠は公表されていない、つまりその定義は非公開なのだ。

次に就業者数である。
いうまでもなく、日本は非正規雇用者、つまり賃金の低い人が多い。
近年ではワーキングプアという週5で8時間働いても年収が百万台とかの人も良く聞く。
その人の稼ぎが必ずしもその人が産み出した価値ではないが、もし価値が高ければそれはその人の賃金が不当に安い(雇用者のぼったくり)ということになる。つまりある程度は比例する。

労働生産性を高めるとは

仮に「労働生産性」を国家的に高めよう、と考えれば、高く売れる業種だけ選びそこで仕事をする人達だけを働かせて、低い業種は潰して仕事を無理に作らず失業させておく、という施策が適切である。
具体的には農業・漁業・林業・福祉関連は潰して、証券・金融・銀行業やITベンチャー、マスコミ業など高給取りを推進する。

“就業者”であると認められる以上は、パートタイムのようなのは論外で、必ず一定以上稼ぐようにノルマ的に働かせることが重要である。

もちろんこれは極論である。

現在やっている「自由な働き方」をやれば、ゆとりを持つために仕事を減らして自分の給与を下げてもよいという人も出てくるだろう。これは逆行している。

この就業者数というのは国内だけである。
直接金銭を稼ぐ、いや、お金が実際に動く仕事をすると良いのだ。

海外工場移転が「生産性」を下げた?

製造業で考えてみる。
直接金銭を稼ぎ出さない間接部門は海外に出して(アウトソーシング)、稼ぐ工場部門などは国内で動かして部品やユニットを企業間で売買したり、最終製品を作って国内で捌いたり海外に売りつける。これが上げるための施策である。

なんだ。ひところの、昨今の日本と全く逆のことではないか。

簡単な話である。日本の工場の海外移転、本社機能を日本に残すというのが、実は「労働生産性を低くしている」のではないか。

数字を上げるためのテクニック(工場移転)

しかしここにもやり方の落とし穴がある。せめて軽減できるワザがある。

日本のノウハウを海外工場に移管する時のテクニックである。
たいがいは無料で教えて帰ってくる。それがダメなのだ。
回り回って品質が良くなるから自分達の利益になる、だから無料でもいいのだ、という日本人の発想が間違っている。

海外の工場にノウハウを置いてくる代わりに、きちんとお金を持って帰ってくる。
自社の海外工場というのは子会社であって別会社。売上であるからGDPに勘定されるはずである。
決算上の利益・損益では相殺されるだろうがそこは論点ではない。

更に言えば、定期的な指導・監査やら工場設備のメンテナンス、部品などは握っておいておいしいところでお金を吸い上げればよい。
これによって日本から派遣した人達の稼ぎを具体的な数字で作ることができる。
こうやってお金を日本に持ってくればGDPを押し上げてくれる。
タダの出張で帰ってくれば会社としての稼ぎには勘定されない。

ところがここも日本の会社は「独り立ちさせる」などという美辞麗句でやらないのだ。

数字を上げるためのテクニック(クロスライセンス)

これは特許のクロスライセンスにも言えるのではないか。
日本の企業間では一種の紳士協定なのか、“お互いを訴えない”という形が多いように思える。
結果としてお金がまったく動かず、売上にならない。
特許はそれができるまでに少なからず人員がかかっているのにも関わらずである。

ここで“実質0円”だが、お互いに一千万円ずつでも払ったらどうであろうか。
GDPでいえば二千万計上されることになるではないか。
もちろんきちんと実施相当額を計上して算出するのである。
微妙に差が出たら、それは払っても良いし、“値引き”でもして合わせれば良い。

前者では発明をしたその従業員の(発明による)稼ぎはゼロだが、後者ならそれなりの額が数字として出てくる。

効率を上げても労働生産性は上がらない

「労働生産性」というのは生産効率の類とは全く関係ないということがわかる。
いってみれば一人あたりのお金を動かした額にしか過ぎないということである。
コンビニでいくら効率よく働いたって、銀行員よりもお金を稼げない。

上記ので挙げた例はわかりやすいものに過ぎない。
このように会社が「ただ働き」させているのだから「労働生産性」があがるわけがないのだ。

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