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2016/12/19

「やめられない理由 原子力発電所」

検索フレーズランキングに「やめない理由 原子力発電」が挙がっている。
やめない理由というよりやめられない理由というほうがしっくりくる。

原発の長所短所とは

長所短所を考えるだけでも、やめられない理由はわかる。
長所というのは「燃料代が安い」「燃料が備蓄だけでかなり持つ」だろう。
(燃料が準国産という理屈は私には理解できない)
他にはというと「原爆に転用可能」ぐらいだ。
個人的には原爆で相手を威嚇するような姿勢は醜いと思うのでやめた方が良いと思うが、まあ、これをメリットとする声は確かにある。

短所というのは「建設に金が掛かる」「安全設備にも金が掛かる(建設後も強化される)」「運営管理に金が掛かる」「燃料廃棄が面倒で高い(現状は目処が立っていない)」「廃炉(発電所の原状回復)のコストが高い」等がある。

短所を隠す政治的システムや電気料金体系

さて、短所だらけなのだが、様々な政治的システムで覆い隠したり回避してきた。
私には理解できないのだが「それは政治的問題」という言葉で片付けたりもしている」
私は所詮は“発電事業”なのだから事業者として解決できない問題を政治が負担するという理屈はよほどの正当な理由がないとおかしい。

ともあれ、一方で長所2つをことさら強調してきたのである。
発電コストが安いからやめられないなんていうのは“ライスサイクルコスト”という言葉を知らない無識者である。

問題なのは、原発をやめるとこの政治的システムが崩壊して短所で挙げた様々なコストが原発所有者に降りかかってしまうのだ。
もしくは税金が投入されるか、である。
今、役人や政府、事業者が画策しているのはそのコストを電気代にどうやって組み込んでごまかすかである。

電力自由化もその一環としてうまく作られているようにも見える。
「システムとしてなんか歪んでいるな」というところは精査してみるとその可能性が高い。
“一般化”して新規電気事業者への負担にすれば“(彼らの観点で)公平な競争”になり自分達の負担は一切ないようにしようとしている。

それらが済めば原発はやめるかもしれない。
もちろんその負担は全国民が知らぬままかぶることになる。
その一つがこの記事の一つ前の話である。

減価償却

まず、建設に金が掛かったと言うことは減価償却費も高いはずであるが、これは60年ローンを前提としていたようで安いということになっていた。(原子炉は60年使うという前提)
60年ローン前提なのに、例えば30年でやめろといわれたら困るだろう。
ものはないのにローンだけ継続か、一括返済を迫られるということである。
会計上かなりの問題である。

燃料廃棄問題

実は現在の日本では廃棄処理として引き取ってさえ貰えていないというのが実態だ。
多少詳しい人は「六ヶ所村に・・・」というが、あれは一時預かりである。
しかも再処理でまた燃料になるからという前提がある。
仮に「再処理は不可能」「ただのゴミ」とみなされたら突き返される。そういう約束なのだ。
「もんじゅ」は明らかに失敗したのに、更に続けようとするのはこの事情がある。
もちろん「原発やめた」となれば、これも同様だから突き返される。
事業者は処理できない廃棄物を抱えて身動きが取れなくなるのである。

もっと言えば“あれ”は会計上「廃棄物」どころか「資産」扱いなのだそうだ。
つまり、「原発やめた」で資産から負債に転換してしまうという会社として恐ろしいことになるのだ。

廃炉問題

数年前、廃炉の積立金もろくに積み立てていないと言うことが露見した。
本来は発電コストに含めて積み立てるのが当然なのだがやっていなかった。
ふざけた話である。
そして現在、廃炉コストを新電力販売事業者を含めた「全国民で負担」することが検討されている。
廃炉コストは電気代の一部というスキームに組み込まないと会社の経営に悪影響を及ぼすレベルということでもある。

再稼働はひとつでもしないと“電気料金”に組み込めない

原発は発電をしているからこそ、そのコストを電気料金に転嫁することが可能である。
原理的には原発事業であるべきだが、ぎりぎり全体にかぶせられるのが発電をしているということである。
発電をしていなければ電気事業とは関係なくなるので「自己完結で勝手にやってくれ」となり、上記のとてつもないコストを所持者である各事業者がかぶることになる。(もちろん当然の結末であるが、現実として潰れかねない)

コスト先送りの結果

これらは、昔の世代が建てて利用していた原発というコストのツケを、今の世代が払うという図式になっているのだ。
今の“年金破綻”と図式は同じである。(別に世代間対立を煽る話ではないので勘違いされぬよう)
本来は享受者が払うべきコストをずっと先送りにしてきたのだ。
そしてその“謝罪と精算”を先送りしている現政権も問題である。

考えてみれば事故がなくとも、廃炉の期限が来たら露呈する問題だったとも言える。
もっとも60年が近づいたらもっと伸ばすという算段があったようだ。
どこかで正しい見識で諦めればまだしも、老朽化による事故が起きるまで続いていたのだろうか。
恐ろしい話である。

まずはこの図式を直視しなければならない。
原発を段階的になくす、というのは、単に発電所の稼働数を徐々に減らすというだけではない。
これらの莫大なコストを一括で払うのではなく、短くても今後の十数年の“ローン”で払っていこうという算段なのだと思われる。
よく言えば「ソフトランディング」である。

“原発即時撤廃”を現実として日本が取れないという国家レベルの問題である。
きちんとその時々で“決算”していれば即時撤廃でも障害はもっと少なかった。
ドイツは撤廃が速かったが、これはあたりまえのことをきちんとやっていたのだろう。

例えば、最悪でも数兆の税金を突っ込めば解決するのなら、一国のトップ判断でできることである。
しかしやらないのはトップがよほどヘタレなのか、数兆なんかで済まない話だからである。
単純にこれは政治・政策的な問題である。
他の国はできても日本ではできないという理由である。

更に現状悪化させようとする現在の官僚と政府の問題

様々な過去に組み立てられたシステムの負債があるのは今言っても仕方ない。
しかし、更に原発関連費用を不明瞭にするシステム設計は大問題である。

過去のものは仕方がないので精算していき、今から設計するシステムは極力、透明性を持って原則論でやるべきだ。
しかし明らかに逆行しているやり方を進めているのは、今の官僚はもちろん、それを看破できない政府(内閣や総理大臣)の問題である。

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