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2016/12/24

「この世界の片隅に」

2009年頃に出版された漫画です。
そして映画化され、一部で大絶賛されております。

大手では映画化できずに、クラウドファンディングで映画化されたそうです。
だから最初は上映される映画館もごく一部だったようです。
それでも口コミで拡がり、上映される映画館も拡がっていったそうです。

私も漫画を読んでみました。

この作品の特筆すべきところは、本当の意味での“戦争の恐ろしさ”です。
主人公の幼少の頃、つまり戦争前からのごく普通の田舎風景から始まります。
ごく普通の人にとって、戦争は「いつの間にか始まり、空襲や物資不足などの“被害”に遭い、いつの間にか終わった」ことが淡々と描かれています。

これこそが何よりも恐ろしいことだ、と私は思います。

空襲や戦争による物資不足は“天災”ではありません。天災でなければ“人災”です。
しかし戦争を“人災”ということは一般的にはされません。
この歪みこそが戦争の恐ろしさというもの、と私は感じます。

作者あとがきによれば「戦時の生活がだらだら続く様子を描くことにしました」とあります。
空襲の惨事を描いた作品は多くありますが、これは戦時のごく普通の生活がだらだら続く様子が描かれたからこそ希有な作品であるといえます。

特に主人公は広島生まれであり、嫁に行った呉での生活が描かれています。
当然原爆の話は不可避ですが、直撃の惨事ではなく、その後でジワジワと迫る死や病気、いや体の不調が描かれています。
これは“数字には出てきにくい”レベルの話である、というのが重要なところでしょう。

数字に出てくるものだけで語られがちですが、実際はそうではないのです。
統計の数字は重要ですが、それは物事の一部を語っているにすぎない、そのことを改めて肝に銘じなくてはなりません。

最近「戦争の時の雰囲気に似てきている」と指摘する方もいらっしゃいます。
「戦争法案」がどうこうでは私はないと思います。
「九条改正」がいわれるからということでもないと思います。
そんな短絡的な話ではないと思います。

「ものごとがいつの間にか決まり、それが知らされない、マスコミが正しく伝えない、知らされても国民の反応も薄い」というのが空恐ろしいのではないでしょうか。

「シールズ」の「デモ」程度で過剰反応する人がいるというのもおかしな話です。
逆に見ないフリをしている人達も気持ち悪いです。

「他にどうしょうもないから先に進むために・・・」という論理がちらつくのも恐ろしいです。
それが戦争を始めた「根本的な理屈」だったのではと私は考えています。
いわゆる知識人の中でも官僚出身者にこの理屈を振りかざす人がいたりします。

“論理的には”正しいと思っているから質が悪いのです。
もっと恐ろしい言い方に「これを言っても一般の人には判らない論理だから・・・」と“説明”を拒むに至っては「なんだこいつは」と思わざるを得ません。
こういう考えをしている人もいるのです。官僚から飛び出した人だからまだまっとうな人と思われますが、じゃあ、官僚の内部はと思うと空恐ろしいものです。

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