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2016/10/08

国会で「戦闘行為」という言葉の定義が論争されているらしい

『法的に言う戦闘行為とは「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたは物を破壊する行為をいう」と定義づけられている』そうだ。
法的とはなんの法なのかは不見識な私には見当がつかないが、稲田防衛大臣が国会答弁で述べているのだから間違いは無いのだろう。

ここで注意しないといけないのは、こういった法的定義が、一般人感覚とは違いがあるという点である。

戦闘行為とは「国際的な」という前提条件がある

国際的、つまり複数国家間に限定されるということである。
つまり内紛(一国内の紛争)は「戦闘行為」ではないと定義づけられていると言える。
(今回の稲田大臣の答弁やりとりでもそのように受け取れる)

一般的には武器や軍備レベルの車輌等を使用してそれを互いに相手に対して殺傷・破壊行為を行えば「戦闘行為」と感じるのではと思うのだが、法的には違うらしい。

戦闘行為とは「武力紛争」のひとつである

戦闘とは「戦闘モード」なんて言葉があるぐらいで、個人レベル(個人間)でも使われる言葉なので、国家とかそんな限定がされるとは普通は思わないし、もっと“一般的”な言葉であると勘違いしてしまう。
ところが「武力紛争の一環」であるから、そもそも武力行使が大前提である。

法的

法的、というのは今回の様な公人(大臣はもとより国会議員、裁判官、国家公務員)の行動や法律上判断が正確に求められたときにその根拠となるものである。
つまり一般人の感覚ではなく、どこかに書いてあるその根拠に基づく。

それの是非ではない。
言葉というのは人によって見解が異なる。それは仕方ないし当然のことである。
それの位相合わせをするために辞書があり、法的文書にはその言葉への定義がなされるのである。

気をつけるべきは、国会で法律を作る時には、一般人感覚の言葉面ではなく、法的定義に基づいて論議(考察)をしなければならない、ということである。
ニュースや報道番組等では、ついつい一般人感覚で言葉を捉えがちであるが、実はこういう一般人感覚とはずれた形で“定義”がされていることに気がつかないと、とんでもない罠にはまることになる。

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