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2015/12/26

“総務省の携帯料金に関する会合が終了 | マイナビニュース”から

リンク: 総務省の携帯料金に関する会合が終了 - 全5回の話し合いで見えてきたこととは (1) 首相の要求には応えられたか | マイナビニュース.

目先の果実を追ってたいしたものが得られなかったようだ。
出てきた内容は「じつにつまらないもの」である。

これを「成果あり」などと評価する人間は多分いないだろう。

結局、短絡的な結論だけにして、本質論には踏み込まない、まさにアベ流政治である。

(携帯)電話業界というのは巨大な設備投資=電波・通信網と端末、サービスからなる業界であり、どうやってそれを回収するのかがその本質だろう。
他には無い、ある意味手探りで発展してきた業界の中で多少の歪みがあり、そこを正すのは確かに必要なことだが、“犯人は業界体質”みたいな話で論点をずらし、本質的なツッコミをしないで終わったようだ。

当然のことでこの問題は携帯電話業界がある程度大きくなったころから何度となく議論されてきた問題であり、今更感のある話題なのだ。(違いはMVNOの認知向上ぐらいで、まあ些細な問題だ)

だいたい、本質は根深くて難しい。
年内になんらかの成果を、なんて指示した時点で本質論にもっていけるわけもなく、そんな指示をした人間に問題がある。

また「人選に問題あり」と指摘する膨脹や取材していたらしい“本当の”有識者達の声もある。

リンク: 総務省の携帯料金に関する会合が終了 - 全5回の話し合いで見えてきたこととは (3) サービスで勝負するキャリア | マイナビニュース.

ただでさえ、日本市場では技術基準適合証明(技適)のような規制や日本固有の周波数帯、日本語への対応など、独自のコストが必要になる。

まさに国が取り組むべき本質論はここにある。
気づいていながらこの二行で終わらせているのはなぜなのだろう。

通称「技適」は「ガラパゴス化」そのものである。
「ガラケー」のガラパゴス姓(?)が問題に挙げられるが、それよりこの問題の方が根強い。

昔のPSEへの移行でも大議論になったが、日本の技術的規制にはこういうガラパゴス的事項がが多く、日本の電化製品関係はすべて様々な負荷を強いられている。
それでも日本は「当り前」となっているのでまだ良い。
しかし、海外メーカーから見ればこれは「非関税障壁」とすら映る。
これは経済産業省の所轄問題である。

電波の周波数帯の「ガラパゴス化」も大問題である。
まあ、これは本当の意味でワールドワイド対応機種だと技術発展により些細な問題となりつつあるが、それでも様々な技術的障壁を生む。
電波というのは「国家の最大利権」ともいえるものであり、その管理は総務省管轄である。(今回の携帯電話の論議が総務省主導となったのはこの理由だろう)

なお「日本語への対応」なんてものは既にごく些細な問題となっている。
メモリが数Mbyteとかいう時代ならいざしらず、もはや技術障壁は殆ど無い。

「日本語Windows」や「既にセットアップされたスマフォ」だけ見ている人にはうっかり納得してしまいそうなネタだが、随分前から「日本語は多言語中の一つ」に埋没しつつある。

例えば殆どのLinuxではセットアップは英語で始まり、途中で「言語選択」が出現する。
数え切れないほどの言語の中から「日本語」を探し出し(大袈裟では無く探すほどの量がある)選択すると日本語対応となる。

iPhoneも多分そうだ。iPhoneはフルリセットしたことは無いが、ほぼ同等であるiPodTouchをフルリセットすると、まず英語表示になる。
その後にこれも数え切れないほどの言語の中から「日本語」を探し選ぶと日本語対応になるという構造になっている。
もちろんこのiPodは普通に日本の店で買って電源を入れたときには日本語表示されていたものである。

例えば米国でiPhoneを買って日本語で使うのは簡単な事だろう。
ただし米国のiPhoneを日本に持ってきて使おうとするのは問題となる。
それが先に述べた「技適」である。非認証では使うことは許されないのだ。
また日本の周波数帯をカバーしているかどうかも必ずしも判らない。
(もちろんSIMロックは解除されているという前提で、である)

むしろ“ガラケー”などが日本語のみに対応しているのが奇異に見えるくらいだ。

国としてやるべきこと

料金がどうこうに首を突っ込むのはそもそも本来省庁、ましてや総理大臣や所管大臣が首を突っ込む話では無い。
逆に省庁や総理大臣が上に立って取り組む問題の本論はまさにこの2点である。
この点だけは業界の人間がいくら頑張ってもどうしようもない「コストアップ要因」だからだ。

なぜ周波数帯問題がコスト上昇になるのかについても補足しておく。
周波数が“独自”であれば、当然電波施設も独自のものとなる。
独自というのはすなわちコストアップである。
今や全世界規模で開発し販売するのがコストダウン戦略の一つであり、世界各国で行われていることである。
世界中で使われている部品・設備を転用できれば安くなるのは当然のことである。

比較的先んじている日本が「ガラパゴス化」しているのはある程度仕方ないが、“既得権益保護”になっている面もある。
そこの“調整”、グローバル化への推進が“国”として取り組むべき事である。

もちろんこれは安倍総理大臣の好きな「世論迎合」政策の一つであり、「本質的議論の先送り」であり「単純な人間から票を得るための選挙対策」である。

また「昔からある論議の蒸し返し」をさも自分がやっているかのような喧伝による「世論迎合」である。

結果として毎度のように「トンチンカンなことをやっている」としか言いようが無いのだ。

せめて、安倍総理の「自己満足」だけは満たせたのだろうか。
少なくとも私に取っては実にくだらない結末である。

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2015/12/20

昨今のアベ政権はヒドいを通り越している

国会を開かないで委員会だけこそこそ動かして政治を動かしている安倍総理は最低である、というのは今更言うまでも無い。 日本にいないからとかいって国会を開かないが、委員会にはマスコミ向けなのかきちんと出ているようであるから失笑してしまう。 国会でもこの程度の対応で良いから開けと野党も言っているのにまったくおかしな話である。 それでもまともにやっていればまだしも、色々とやっているようだが、どれもトンチンカン過ぎて害悪ですらある。 名目は非常に良いのだが、中身がどれも的外れでヒドすぎるのだ。 まあ、ポリシーも三本の的(マト)も関係なく、世論迎合、バラマキ政策目的なのだから仕方ないだろう。 しかしそれに騙される人も多いのか支持率が上がっているというのだから呆れる。 呆れるだけならまだしも、それをこえて端々で怒りさえ覚えてしまうレベルである。

軽減税率などと言って

軽減税率などと言っているが、一部のものを現在の税率に留めるだけのものである。
それを“財源”などといっているのがおかしい。

例えば食料品ならそれを5%に軽減して、と言うのならば“財源”というのは理解できる。
使っている言葉からしておかしいのだから呆れてしまう。

しかもその差はたった2%だ。議論すら馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
世界の一般常識でいってそんなみみっちい差で“軽減税率”などと称しているところは皆無だろう。
論議するまでも無く、似通った商品間で税率の差を儲けることは、事務処理上の負担を生じるのは明白だ。
だからこそ、それなりの社会的メリットがあるから、あえて一部の販売店等の負担を強いることが許容されるのだ。
それがごく僅かなのだから話にならない。

こんなせこいものを、自民党や公明党は「軽減税率」といって公約に掲げていたのか。
騙されて自民党に投票してしまった国民はもっと怒るべきである。

さらに私がムカッときたのは新聞の据え置き措置である。
貧乏人は新聞なんか買わない。費用対効果で真っ先にカットするものだろう。
税源がどうの、埋め合わせ策は先送りなどという前提で新聞を盛り込んでくるのなど頭がおかしい。

まあ、あり得ない提案も噛ませてそこを叩かせ、“妥協案”として自分の意見を通すというのは「チンピラや詐欺師のやる常套手段」らしいから彼らもその類なのだろう、と思うしか無い。

他にも様々な減税メニューが示されたが、どれもトンチンカンだ。
とりあえず私個人ではどれもまったくメリットが無い。
市販薬を年に一万円も買うのだろうか。若干越えたとしてそれを確定申告しに行くのだろうか。

どれも比較的裕福な層から大金持ちには恩恵が大きなものばかりである。
「三世代同居住宅減税」などは呆れてものが言えない。
貧乏人、貧困層ほど単身に近い。三世代住宅を建てられるなんて裕福ですらある。

あえて目を引くのはやっとその名前が消える“自動車取得税”である。
もともと消費税導入の時にとっくに消えて無くなるのが筋の税金であった。
しかしそれすら環境税であるかのような税のすり替えが行われるだけである。

自動車への重税というのは先進国中では世界でも酷いもので、これは若者の自動車離れを加速させているのは間違いないだろう。
加えて日本の土地の高さから来る駐車場料金の高さもある。
軽自動車と普通自動車の税金の不平が出ると、軽自動車の税金を上げるような輩だからどうしようもない。

地方創生は良いのだが

地方創生は良いのだが、首都機能の地方移転のはずの政策もトンチンカンである。
移転すべきは首都圏の官公庁や国の施設では無くて、東京23区にあるそれの移転である。

百歩譲っても、神奈川県・千葉県・埼玉県全域ではあり得ない。
例えば神奈川県なら川崎市・横浜市、千葉県なら柏市・千葉市(千葉市だって田舎圏は多い)辺りがせいぜいである。

行政区で分けないとすれば、東京23区内から乗り換え無しで電車一本でどんなに長くても一時間以内に行ける地域(その駅から歩いて行ける範囲内)と言っても良いだろう。

それを神奈川県の中でも田舎である、相模原市、横須賀市のものを移転させるというのはバカとしか言いようが無い。
移転先に発展があったとしても、移転されたその地域が衰退して国全体としては殆ど変わらないだろう。

省庁関係でも、消費者庁など一般消費者や会社等の民間に向き合っているものを地方移転させようとしている様子が見られる。
消費者庁に対面して相談や届け出等をしなくてはならない場合、交通の便の悪い地方であったらコストもかかるし何より時間がかかる。
役人や国の議員連中はそういうところが全く見えていないのだろう。

国会対策がどうこうとかいうバカ大臣がいたようだが、国会対策などは二の次だろう。
基本的機能は地方移転をして、国会対策出張所を東京に置けば良いだけのことだ。

ICTを(どう見ても理解していない様子で)殊更に言うバカ大臣もいたが、本当にICTを“信じて”いるのならば、前省庁が23区内に無くったって構わない筈だ。
つまり口先だけの“ICT”なんだというのがこういうところで露呈する。

携帯電話の料金軽減策

携帯電話の料金軽減策も結局「やっぱりこんなものか」という結論である。
ちょっと詳しい人なら「そんなこと判っているよ」というだろう。
私もその例に漏れないだけのことである。

データ3GBプランしか実質無いというのも調べれば判ることである。
もう少し言えば、それ以外は割高に過ぎてしまうと言うことだ。
そこは流石に改善する方向に行くと思う。
まあ、こんな会議が無くてもそういう方向は見えていたのだし。

いわゆる「無料」の連発をヤメロ、もユーザーに長い目で見て有利になるかは判らない。
少なくともメーカーにとってはおそらくマイナスである。
契約時や初めの二年の大幅値引き=実質無料は、新しい端末に買い換える際の“敷居の高さ”を大きく緩和している。

昨今のスマートフォンは一般的なものは買えば5万円~10万円はするものである。
PCやテレビと比較した場合、“安い”と思える人は皆無だろう。
これらを“タダ同然で配って”“毎月の高い電話料金”で回収しているのがビジネスモデルである。
そんなことはスマフォ前の携帯電話の時代から言われてきたことである。
同様のものに古くからある“宅配新聞”や、一時期の加熱した“ネット回線契約”である。

その額が表にでればその敷居の高さで契約更新含めての端末買い換えがぐんと落ちるだろう。
ただでさえSIMフリー化等でキャリアを変えた場合の端末買い換えの必然が減っているのである。
そこを勝ち残るためには電話機のコスト競争が(結果として過剰に)起きる懸念はある。
別にそこは日本だけでは無く、世界全体で起きており先進国需要は飽和状態になり途上国需要が主市場となったときには、正に価格競争の激化になるのだ。

MVNOに関する議論もなんかトンチンカンに終わったようである。
サポートが、とかそういうのを端折っているから安いという前提を忘れている。
MVNOはLCCのようなものである。
安い値段だから機内食は出ないか別料金で、毛布の配布も無い。嫌なら大手を使え、である。
アホな店員が取り扱っていたり、ネットのみの対応だから安いのである。
それを大手三社キャリア並にやれば、下手したらそれよりも高くしないと対応できない。

繋がりにくいという質の低さを言っていた人もいるが、それもありえる。
激安に抑えるために、旧い3G回線を流用すればこれは酷いことになる。
正に旧い時代の携帯電話のようにちょっと鉄筋の建物に入っただけで電波が弱くなり切れる。
これは極論だが、旧い施設を安い値段でリセールすればカバー率等で“今の携帯電話”よりも落ちるのは必然だ。
しかし「それでも良い」いう前提で使うのならそれはアリでは無いのか。

そういう前提もなしでなにか議論がされているようにも伝え聞くので「アホやなあ」と思うばかりである。
そもそも安倍総理は論外としても、専門で無くてはならない総務大臣もトンチンカンだからしょうが無い。
テレビで自分の素人さ加減を堂々と言っているぐらいだからまともな論議になるわけが無いのである。

夫婦別姓

最高裁裁判での結論が出た。
これも安倍政権での問題と言える。
少子化や晩婚化とも大きく関係しているのに“家族の絆”とまでいってどこまでも否定的なのか安倍政権であり、多くの自民党である。

最高裁までもっていかないとらちがあかないと思ったからこそ、こういう裁判が起きてしまったのだと考えるのが妥当だろう。

それにしても裁判の結論も意味不明だ。
違憲かどうかを論点にしているのに、「世間一般に定着しているから問題なし」とはどういう“回答”なのか。
「通名が定着すれば不利は起きないだろうし」というのも問題ではないのか。
裁判官が「通名」つまりは“偽名”を推奨する発言で良いのだろうか。疑問だ。

海外でも活躍する女性研究者の中には、通名を使っていたがそのためにパスポート記載名との不一致を咎められたという実例もある。
先進国の中では強制的同姓は殆ど無いから理解されないケースもおきかねない。

とりわけ国会議員の中には「ネットでの偽名」を強くなじる人(自民党議員)がいる。
通名は法的には偽名では無いのか。こういう二枚舌を使う議員もそれ自体が問題だ。

マスコミの議論もおかしい。別に別姓にしろなんて一言も言っていない。
同姓になることの重みが重要だとか、そんな話では全くない。
「絶対に別姓にしないとダメ」というのはいい加減やめようといっているだけだ。

別に無茶無理ではなく、これも単に「先進国での“普通”にしよう」というだけの話だ。

TPPも締結し、海外から企業をどんどん呼び込もう(企業減税は実効性はともかくとして、そういう主旨のはずだ)、外国人観光客をどんどんいれていこう、等という割には、こういうところの“グローバルスタンダード”には目をつぶっている。
それがアベ流とすら思えてくる。

まあ、憲法改正条件の議論でも、ウソの“グローバルスタンダード”を喧伝するぐらいだったから嘘つきなのか世間知らずなのかどっちかなのだろう。

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