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2014/03/31

加湿器の選び方とか

加湿器の方式はいくつかあるが、意外と理解されていなかったり誤解もあるようだ。
解説記事にもクビをかしげざるを得ないものすらある。
方式の言い方も悪いのか、難しそうに思えるが、原理はいずれも簡単だ。

加湿器の能力はまさに「加湿能力」になる。
○○ml/h (毎時○○ミリリットル)というような言い方になる。
1時間にどれだけ空中に水をばらまけるか、ということだ。

タンクは何時間持つか、というのはあまり意味がない。
タンクの容量をこの加湿能力で割れば、何時間持つかになる。
加湿能力が低ければ長持ちするだけの話だ。
どの方式にしろ、基本は毎日水を取り替えるべきだから、自分の使い方の一日分の時間以上は無意味だ。

またメンテナンスしやすさも考慮にいれよう。
水を蒔くだけに雑菌を繁殖させずに清潔に使い続けることが重要だ。
分解掃除のしやすさは特に超音波式は重要だ。、
信じられないような掃除のしにくさのものもある。

使用シーン(置く場所や部屋の大きさ、日に何時間程度使うのか)をきちんと想定しよう。
三方式にはどれも長所短所があるからだ。

値段も重要だが、不適切なものを買ってしまっても「安物買いの銭失い」になりがちなので注意しよう。

超音波式・ハイブリッド式

最も安いものからあるのが超音波式だ。
原理としては霧吹きと同じ。
水を超音波で振動させることで霧を発生させる。
それをファンで外に送り出す。

安いと言っても加湿能力は低めのものが多い。
加湿能力の割には消費電力は小さく、機器自体も小さい傾向がある。
デザインに凝ったものが多いのも特徴かもしれない。

騒音はファンの音だけなので小さいが、安普請のものはファンか超音波発生のモーター振動なのか、本体と共振して不快な振動音を生じるものもある。

水の成分をそのまま空気中に全部放出する形になるので、水の中のミネラル分までばらまいてしまう。
ミネラルが良いのは体に取ってだけで、例えばカルシウムが乾いて付着すれば白い粉のようなものが付着することになる。
要するに加湿器の周りのものに白く粉をふいてしまうのだ。
もちろんそれは水の性質に大きく依存するわけで、こまめに拭き掃除をする人なら気になるレベルではないかもしれない。
例えば木材とかはさほどでもないが、黒いプラスチックなどは目立ちやすい。

また雑菌も同じ話だ。
超音波式加湿器を使っていて肺病になった例があるが、4日も水をろくに取り替えないで密室で使ったりすればそれはダメだろう。
水タンクをはじめ、こまめに水が接するところや吹き出し口や経路などはこまめに掃除しないとヤバイ。
購入の際はそういうところがきちんと洗えるかを確認していただきたい。
この点でダメなものは意外と多い。

またフィルターやら浄水機能と称するものがついている場合も注意。
これも汚れてカビがついたらどう対処すれば良いか、そこまで考えよう。
除菌ユニットが黴びてしまって雑菌の巣になったら冗談にもならない。

原理的に水の汚れも撒き散らすし、加湿器自体の内部もあちこち汚れやすいのは欠点だろう。

ハイブリッド式はヒーターで弱点を補完するらしいが、結構高くなるし機器もでかいし消費電力も大きい。
私には超音波式の利点が見えなくなっているようにも思うのだが意味がよくわからない。

煮沸(スチーム)式

方式としては最も古典的な方法と言える。
ストーブの上にヤカンやタライを置いてお湯を沸かして(煮沸して)加湿するのと同じだ。

実際に構造的に電気ポットをずっと沸騰させつづけるようなものである。
(電気ポットのフタを開け放していると沸騰しつづけるが、そういう使い方をすると寿命が一気に縮んでじきに壊れるので注意)

消費電力が桁違いに大きいので電気代が気になる人にはお勧めできない。
また加湿能力を可変しづらい。大中小とかそういうレベルだ。

音は水が沸騰するぶくぶく音だが、就寝時などは意外と大きく聞こえる。
それが気になるかどうかは個人差が大きいだろう。

他の2方式は原理的に冷風が出るのに対して、熱いぐらいの蒸気が出るのが大きな違いだ。
それは長所でもあるが短所でもある。
それなりに対策は打っているものもあるが、小さいお子さんがいる家庭ではどうしても心配だろう。
また沸騰しているお湯を常に機械の中に蓄えているわけでそれも危険因子だ。

一方で水を常に沸騰させているので雑菌は繁殖する余地が少ない。

熱い蒸気を空中に散布するので、冷たい窓で結露しやすいように思う。
超音波式も水の粒が大きいせいか結露しやすく、置き場所によっては置いている面や壁などに水滴がつくぐらいである。これも冷たい窓で結露しやすいようだ。

気化式

濡れたバスタオルや洗濯物を部屋で干すと湿度が上がるが、原理としては同じである。
水を空気にさらして気化させるので気化方式という。
乾いてしまうと加湿しなくなるので、こまめに水を掛けたり水を吸わせるなどの仕掛けを持つ。
さらに風を当てて乾きやすくする=加湿能力を上げるという仕掛けもあり、その風量で加湿能力を調整することができる。
消費電力はその風(小さい扇風機)の分だけなので低めだ。

加湿能力の割にはサイズは大きめになる。
その代わり大きくして良いのならいくらでも加湿能力を上げることができる。
空気清浄機との混合商品が多いのもそのためで、もともと空気清浄機は大きいのでその大きさに便乗すれば良いわけだ。

水が気化すると熱を奪う(気化熱という奴)ので、出てくる加湿された空気は超音波式よりも低い。
それを嫌う人もいるようで、ハイブリッド式として温めてから出すという方式もあるようだ。
もっともヒーターで温めるので消費電力が桁違いに上がる。
多少気温が下がる分はヒーターで温めずに普通にエアコンでその分温め直した方が消費電力は少ない。

また「白い蒸気がでてこないので不安(不満)」「加湿能力が低い」という意見も見かける。
これはむしろ逆で白い蒸気というのは水蒸気の粒が粗いのでまた水に戻りやすい。
超音波方式は細かい水の粒でしかなく、空気中を漂っているうちにやっと気化する。
つまり結露しやすく加湿への貢献度が低い結果になってしまうわけだ。
この点で気化式は完全に気化している水なので比較的水に戻りにくい。
つまり比較的結露の程度は低い。

湿度センサーを持って自動的にある湿度を保つ機能(加湿しすぎれば弱める等)を持つのもこの方式では普通にある。(他の方式では非常に少ない)
一日中つけっぱなしで放っておけるのはこの方式ぐらいとも言える。

最も大きな欠点は値段が高いということだろうか。

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2014/03/29

原発はツケ回しばかり

原発を安いというウソを未だに喧伝している人がいる。
産業界の発言にもそういう人がいてそういう発言を聞くとこの経営者は大丈夫かと疑問に思う。

確かに現時点、この世代のスパンで言えば安いという計算は可能だ。
しかしその安さは単にコストを後世につけ回ししているからに過ぎない。

原発は安いから、他の電力は高いから即座に原発を再開しろ、という論理は単に見えない(というか隠している)コストなぞ後世につけ回せば良いという感覚・論理でしかない。

経営者は特に今年の決算がどうなるかだけが重要な事だから、そんな論理に聞く耳を持てるわけがない。
だから原発を再開しろという。

そのことに私は大きな憤りを覚えるのである。
思考構造は不良債権の先送りの時と同じだからだ。

そういうことをいうのは大概「ジジイ」だ。
少なくとも多額の資産を持ったまま隠居したり、おいしいところだけ口出しするようなご身分になるのだろう。
「そりゃ、あんたは数十年もすれば確実にこの世にいないからな」とか悪態をつきたくもなる。

燃料廃棄処理の問題

もう何十年も前からツケ回しの典型であるが、さんざんマスコミでも取り上げられているからいうまでもない。
最終処理場は結局多額の国税を投じて作ることになりそうだ。

発電という産業の産業廃棄物処理を、税金を使って処理するのだからそりゃあ原発の発電コストが安く見えるのは当然である。
考えてみれば燃料の廃棄物が出るのは原子力ぐらいなものだ。
だから発電では燃料廃棄物のコスト組み入れは項目になかったのだろう。
それに乗じてやってこなかったようにもみえる。
だから安く見えるていただけとしたらとんでもない話だ。

そもそも中間貯蔵施設というもの自体がつけ回しの典型だ。
最終などといえないから中間(暫定)とたばかって置かせている。

最終処分はいうまでもなくとてつもなく高額になるから後世につけ回す。
単純に数百万年も保管するとしたら本当は保管費をきちんと後世の管理する人のために積み立てて基金なりにしておかないとおかしいだろう。
しかしそんな仕組みも仕掛けも制約もない。

流石に世間の批判が厳しいから、最終処分場について国がうごくと言うことになった。
今のままでは百年経っても最終処分場はできないだろうからまだましではある、ともいえるが、実はもっと話は切実なのである。
中間貯蔵施設におけている発電所さえもほとんどなく(そもそも施設を持っているのが東電と日本原電だけである)実情として自分の発電所内に置いている。
ほとんどの原発があと10年もたずに一杯になってどうしようもなくなる。
そのことが露呈したのが福島の事故である。爆発した原子炉内にも使用済み燃料、つまり核廃棄物が置かれていたのだ。
これは福島だけではなくどの発電所も大差ない。
実は原発再開するのならもはや最終処分場問題はさけて通れないという事実に直面しているだけなのだ。

国が選定し指定すると言うが、当然ながらどこも大反対をするに決まっている。
おそらく国や役人もそのことは織り込み済みだろう。
その反対があればこそ、国は頑張ってます、という姿勢を見せることができるから体裁を保つことができる。
前に進んでしまえばそれはそれで前進である。
その辺をうまくバランスを取って自分の代の責任にはならないようにうまくやるのだろう。
つまりそれだけうまくつけ回せるのだ。

後世にもっとうまい処理方法が見つかればまた掘り出せるようにしようとか言っている。
これは最終処理施設を置く場所への懐柔策としか思えない。
仮に原発ゼロになればそんな金にもならない研究や作業を誰がするのか。
原発をやっていてもやるとも到底思えない。つまり金である。
その金を税金を使うというのならばそれはまた後世へのツケ回しである。

再開しなくても今の廃棄物は現にあるじゃないか、という人もいる。
その通りだ。
原発即ゼロでももう廃棄物が現実にあるのだからどのみち処理場は作らなければならない。
だからといってさらに廃棄物を増やして良い論理にはならない。
「今たくさん借金があるから、あと数万借りたって大差ない」といっているのと同じだ。
廃棄物処理は可燃ゴミの焼却場を作るわけではない。
埋め立て処理のようなものだ。
当然ながら1つ作るだけでとんでもないコストがかかるのは目に見えている。
やっとなんとか作った最終処理場で今より更に増えたことで収容できなかったらどうするのだ。

廃炉費用

福島の事故でメルトダウンした炉の廃炉費用は絶望的なまでに高額になることは確定である。
少なくとも数十年という時間かかることは分かっているがそれで終わる確証は何もないし、作業方法は未だに見通しが立っていない。
廃炉、つまりは分解された廃棄物の処理の話すらきちんと説明されていない。
それらの莫大な費用は後世につけ回しである。

汚染水問題も根本を言えば事故を起こした廃炉ができないことにある。
これから何十年と汚染水と格闘するのは明確だ。
防御壁などと言っているがそれすらどこまで実効性があるのか分からない。
だいたい今どうなっているのかすらマスコミの話題にすら上がってこない。

だいたい通常の廃炉費用、つまり普通に炉が寿命を迎えて廃棄するための費用すら、きちんと積み立てていなかったことがバレている。
バレてからは流石に慌てて指導が入っているようだが、再稼働の最低条件にすらなっていないという体たらくである。
こんなことでは、その場だけ「はいはい」と言ってごまかされるのは目に見えている。
そして廃炉になった時(何十年後か)へのツケ回しである。

もっとも廃炉にすべき時期になってもきっと停止して燃料棒は取り出してそのまま保留、でまた先延ばしにするのだろう。

事故処理費用

事故が起きてもその代償はつけ回しである。
除染なんて言うが結局は表面の土を削ぐこと、あとはせいぜい高圧洗浄で水で流すしかできない。
実際には洗浄すると汚染水処理に困るので拭き取りをしているらしい。
放射性物質だけ取り除くなんて技術はない。減量なんて微々たるものだ。
だから遅々として進まない。
自然減少も百年単位だ。
原発事故の事故処理のコストは莫大で重くのしかかる。

普通の事故ならば数日でほぼ環境的には復帰できる。
あとは目に見えるガレキをどう片付けるかだけである。

削いだ土は要するに袋に詰めて雨ざらし放置が現実。
置き場も仮すらなく仮仮とか冗談にもならない。
洗浄して流した泥水はどこまできちんと処理されているのか。
現場からは残念な話しが散見される。
何兆円もかけてすらできることなんてそんなものだ。
それが今の「科学」と「技術」の限界だ。

補償問題も重くのしかかるし、それでも全く十分ではない。
補償されたのは本当にシビアに被害を被った人達“だけ”である。
周辺で風評被害にあったところをふくめればとんでもない額になるだろう。
福島から結構遠い観光地である栃木県の日光や群馬県ですら風評被害にあっている。
福島県内も西の方、新潟県境あたりなどほとんど隣接他県より低いぐらいなのに「福島県産」というだけでアウトなのである。
彼らは単に補償を求めていないだけであって補償は本来はすべき対象である。

せめて“資産”を残すべきなのに無策横行

原子物理学は人類数千年の科学史の中でも「近代物理学」とすら言われるほどまだ浅い。
放射性物質の存在の発見すら浅いし、原子力エネルギーなんて概念は、戦後になってから亡くなられた近代の科学者「アインシュタイン」が発見したことである。
そしてそのことを一般人が目の当たりにしたのが「原爆」である。
それぐらい新しい科学であり技術なのだ。

だからこそ放射能が人体に与える影響がよく分かっていないし、一過性はまだしも蓄積的に与える影響はほとんど分かっていない。
だからこそなおさら福島に対する対処が我慢ならないのだ。
起ったことは起ったこととしてこの事故に対して起きたことをきちんと医学的に調査をするべきだし、隠蔽や、ましてや調査の妨害をするなどもっての外だ。
しかし断片的に流れてくる話は残念なものばかりだ。

この件と関係なく、以前から厚生省で例年やっている子供への病理調査から影響への疑問が浮かび上がってくるような事態が起きている。
それに対して繰り返されるのは「事故の影響(関連性がある)とは言い切れない」である。

今回の事故によってどの程度人体に影響を与えたのか。
なぜ現実を直視して調査しようとしないのか。
調査すれば、せめてデータや知識という資産を後世に残すことができるはずだ。

そのやる気のなさはチェルノブイリ事故を起こしたロシア以下だという批判すらある。
結局、借金・負債ばかりをのこしてそういう資産すら残そうとしない。

原発そのものが是非以前の問題

原発が良いか悪いかの論議ではない。
環境問題とか経済問題とかそういう以前の問題なのである。
原発にまつわる本来やるべき諸事をきちんとやってこなかったことに対する批判である。
これらのことは原発前から潜在していたが、この事故で一気に明らかになった。
(ここで挙げているのはもちろん全てではない)

不良債権が溜まっていたのが明るみに出て公的資金(要は税金)が投入されるような自体に陥っているのに、不良債権処理をしないで会社の営業を再開することが許されるのか。
どんなに最低でも処理の工程を明らかにしなければ許されることではないだろう。
原発をまだやる、再開するというのであればこれらの“始末”をつけるのが最低限ではないのか。
安全性とかそんな単純なものは条件の1つに過ぎない。

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朝まで生テレビ(教育改革)

道徳教育について殆どの時間が費やされたが中身としては面白かったが結論としては「指導要領」次第ということになろうか。
道徳の教科書自体は、まあどうでもいい。
指導要領にどれだけ「子供達の議論に任せる」「議論の誘導はしない」「結論は求めない」「先生が総括やまとめをしない」ということを明示するかにかかってこよう。

指導要領というのは教師のアンチョコみたいなもので、教科書にたくさんの注釈やコメントや意図などの解説がふんだんにはいっている代物であるがそれのことだろうか。
たまたま見る機会があったのだが、これを生徒が持っているとテスト内容の予測ができるし、考える力が失われるのではとすら思えるほどに細かく書いてある本である。
基本的にこの通り教えればまあ問題ないというものであるし、どういうやり方で教えれば良いかがわかる。
もちろん意欲のある先生ならこんなもの見ないでやればいいわけだし、逆に自信がなかったり意欲のない先生だとこの通りにそのままやっても無難に授業をすることはできる。

そこで例えば1文1文の意味をきちんと解説していたり、ここが重要とか、ましてやここを最後に説明すること等が書いたりしたらアウトだと私は判断する。

その点はどうも下村文科大臣の言い方は怪しかった。
田原「自由な議論にまかせるべきだ」下村「ただ、…」というやりとりが二回も起きた。
やはり“道徳観”についてなんらかの方向、型をはめたがっているようだ。
下村氏ではなくてそれを審議している“総意”の方向なのかもしれないし、結論がそっちに既に行っているということをほのめかしているのかもしれない。

それ以前の議論の中でも下村氏自身が「私の多様性とあなた(辻本民主党議員)の多様性は違う」と発言している。
辻本氏の多様性は一般的に言う多様性で、いってみれば「なんでもあり」「マイノリティも同等」という感覚のようだ。
一方下村氏の多様性とは「いままでは物差しが1つだったが、それを複数に増やそう」という発想のようだ。

教育勅語の話題もでた。
私も教育勅語自体は別段構わないとは思うのだが、問題なのはこの教育勅語をダシにしてどんどん軍国主義に傾けていった輩がいたことだと思う。
教育勅語は本来は「天皇陛下が率先する規範」であるという説明はなるほどと思うが、その理解を飛び越えて過剰に解釈し国民の押しつけていったりねじ曲げてった輩が出現したということが問題ではないのか。
戦後にそれが起きない事前の歯止めとして「教育勅語反対」になるのも理解できる。
反対する方もその歯止め論ではなくそもそもおかしい、という論にどこかで変わっていことの自覚が足りないから論議がかみ合わないし、感情論に陥るのだと思う。

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2014/03/27

ブレンダーなるものを買ってみた

ブレンダー、つまり混ぜる機械というところだろうか。
写真を見れば分かる通り、そんなに複雑なものでも無くて、電気泡立て器の親戚みたいなものだろう。
値段も5000円程度と相応な感じだ。

まずは付属のコップ、といっても写真のコップの様に見えるものは、実は目盛りが600mlで800ml程度は十分で入るくらい大きい。
このコップに“液体”にしたいものを適当にぶち込む。

普通はフルーツや生野菜を潰して混ぜてというところだろうか。
適度な水分ということで水なり牛乳なりベースとなるジュースをいれてもよいし、フルーツや野菜が十分水気の多いものならそれも不要だろう。

あとはこのブレンダーの先を突っ込んで回すだけ。
先は小さいカップを逆にしたようになっているのでかぶせるようにスイッチを入れて回しながら軽く上から押さえてあげれば固形物がドロドロになっていく。

温野菜でも例えばゆでたカボチャや玉葱などやればスープになる。
固さとしては人間の歯でかみ切れる程度なら大丈夫ではなかろうか。
氷を砕くことはちょっと無理のようだ。

先っぽは100℃まで大丈夫とのことで、熱いままやってもいいし、火から下ろせば直接鍋の中に対してやってもいい。
この辺はミキサーよりも便利である。

周囲のものを引き込み吸い込むようになっているのか、上から押さえた時にはむしろ引っ張られるような感覚もある。

また液面あたりで回してあげると空気が入ってふんわりしてくれる。

普通にフルーツジュースやフルーツミルク、野菜ジュースを簡単に作れる。
水分量を調整すれば野菜ペーストにもなる。
お湯+御飯でおかゆ~重湯になる。
ゆでたカボチャ+コンソメスープならカボチャスープになる。
熱いまま処理できるので応用範囲はミキサーよりは広い。

なによりも片付けが楽だ。先っぽをそのまま水で流すなどして洗うだけで良い。
カップに水を入れて回すだけでも油分がなければたいがい汚れは落ちる。

ちなみに先は交換できて、先が泡立て器にもなるし、これを動力としたフードカッターやミンチ器もあり、最初からセットになっているものがある。こちらはそれなりに高い。
私が買ったのはベーシックセットみたいな位置づけだろう。

これは電気コード式だが、充電台とセットで充電池式でコードナシで使えるモデルもあり実質4,5千円高い。
実際に使ってみると充電式の方が便利な人も多いかもと思う。
私はコードがあっても大差ない、と自分に言い聞かせているのが正直なところだ。

まあ、ジューサー、ミキサーは「死蔵道具」の代表格だから同性質を持つこのブレンダーもいずれ同じ運命を辿るのかもしれないが、とりあえず朝のジュース作りには半月ほど使い続けている。
形が悪くむしろ小粒であるがその代わり安いフルーツや野菜を探すようになったのが買い物の時の心境の変化だ。

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2014/03/21

Firefox Metro版ってあったんだ。

リンク: Firefox Metro版が使われなかったことへの2つの考察 | マイナビニュース.

興味深いと書かれているがうーん、といったところだ。

そもそもMetroアプリがどれだけ使われているのか、という問題にもなる。
まだまだシェアの低いWindows8、その中でもさらに嫌われているMetroアプリ。

・FirefoxのMetro版があるなんて知らなかった

このブログにFirefoxバナーを貼るほど支持しているブラウザだが、知らなかった。
まあ、こまめにFirefoxのサイトをみているわけでもないしアップデートも最近はアプリ側でやってしまうのでそもそもサイトに行っていなかった。

・Windows8(8.1)でしか使えない

XPサポート停止でたびたび数字が目に入るが、8の普及が遅い。
Windows7やVista等でも使えればともかく、シェアが遅々として向上しないOSでしか使えないジャンルのソフトが使われるわけがない。
しかもWindows8ユーザーでも私のように旧来スタイルで使っている(というかディスプレイがタッチパネルではない)人にとってはMetroアプリは使いづらさの方が強く感じてしまう。

・結果的にMetroUIは今の私には受け入れられない

MetroUIはディスプレイタッチで使わないと操作しづらい場面が多々あり、マウスでそのエミュレーション的なことをやろうという気概が感じられない。

マウスでもそれなりに使える(マウスカーソルが手になってくれれば良いだけだ。AcrobatReaderだってやってる)ようにさえしてくれれば良いだけの話なので、MetroUIそのものを否定する論理にはならないが、しかし結果としてMetroUIのアプリを使う気になれない。
画面をスクロールするのに他のアプリでは見たことのないような細いスクロールバーをクリックしろというのは嫌がらせとしか思えない。

特にOSをバージョンアップしてWindows8を使っていてもMetroアプリなんてほとんど使っていない人も珍しくは無いと思う。
普通のデスクトップ画面で作業して、拡張子連動でうっかりMetroアプリが起動したりするとムカッとするぐらいである。
最近はあらかた書き換えたと思われ、ようやくなくなったが、使い始めた初期はたびたび起きて面倒だった。

・多くのMetroアプリはMSサインアップを強要する

ストアで購入する時も毎度のように要求する。
せめてIDぐらい覚えておいてパスワードだけにしろと思う。
これはMSの論理ではPCのログイン時にMSパスワードによるサインアップをしろ、ということらしい。
私はPCにログインする時は簡易IDと簡易パスワードでログインしている。
どうやっても私のPCにログインするには私のPCの前に座らなくては無理だからそれでいいのだ。
そもそも私のPCに電源が入っていなくてはならない。
ところがMSサインアップのIDとパスワードとなるとそうはいかない。
MSのサービスにそのIDでログインを試みてパスワードをサーチされる危険性があるから簡易にするわけにはいかない。
私は通常のネットサービスへの会員登録・ログインは「覚えられないほど複雑なパスワード」にすることにしているので当然覚えられないし、PCを起動するたびに入力するなど複雑故に鬱陶しくてやりたくはない。
ローカルログインしたら自動的にMSログインもしてくれるのなら良いのだがそういう仕掛けを作るつもりもないらしい。

そこまで使い勝手が悪ければ、よほどMetroアプリに惹きつけるものがあればともかくそんなものは見当たらない。

・いわゆるマルチデバイス同期が嫌いなわけではない

マルチデバイス同期は便利だ。
私はFirefoxの同期機能は利用しており、メインのデスクトップPC、Linux Ubuntuの入っているノートPC、Androidタブレット、iPodの4端末でブックマークなどの同期をしているが非常に便利だ。
結びつけのやり方はFirefox単体で完結しており簡単でスマートである。、
4つの異なったデバイスで同期が取れるからこそメリットがある。
片やMSサインアップしてデバイス同期が取れる等と言われても私にはなんにもメリットがない。
面倒臭く[デメリット>メリット]では使うわけがない。

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2014/03/16

原発再稼働に関するまやかし(3)

根本的な問題は規制委員会と政府(国)のやるべき事の押し付け合いである。

顕著に言えるのが避難計画問題で、法律上は規制委員会が見ることになっているらしいが、ガイドラインを作る程度で審査をするとかそういう実態にはなっていないようだ。
ある番組で経産相に質問していたが、どうやらグダグダのようだ。
回答の最初に「まず事故が起らないことが…」から言い始めており、全く認識が福島事故以前と変わっていないことが分かる。(口先では福島の反省を踏まえてとは何度も言っていたが言うのは簡単である)
福島事故の時の教訓は大規模避難というのは非常に困難であるということではないのか。
自治体単位の避難訓練はもちろん福島でも行われており(しかも事故の4ヶ月前にやっていたそうだ)それであれだけ悲惨な事態になったのだ。
特に病院関係で悲惨なことが起き、受け入れ先がなくたらい回しにあって何人も亡くなっているという。

地域性の詳細は自治体しか分からないのだから自治体が計画を作るべき、という論点。
30km規模の避難になれば市はもちろん県単位ですら無理で県同士の調整など無理。つまり国の関与が必要という論点。
強権発動も必要だから法律的な体制確保が必要であると言う論点。
どれも間違っていない。
ではどうするのか、誰が指揮を執るのか、規模によって変わってこないのか。
要するに今までにないレベルの議論が必要なのである。
それをやっていなし、やる計画や意思すらどこにもないと言うことが問題なのである。

このまま行けば、同規模の事故が起れば福島の二の舞なのは確実であろう。
できることは地元自治体、もしくは地元住民のの反対しかない。

ここにも問題があって、結局地元自治体というのは発電所所在の市町村ということになってしまった。
今回被災て避難すらしている市町村はそれに留まらないという現実があるのに、ここでも福島の反省など口先だけだと言うことがよく分かる。

これを踏まえて言えば、「規制委員会の判断をもって再稼働する」という総理の考えも問題である。
規制委員会は避難の問題にも少なくとも関与していなければいけないのに、規制委員会は「それはやらない、ハード面の判断に徹する」と予防線を張っているのである。
法的にどこまでやるのかはわからないが、どうであれ全くやっていないのを知っていて、その問題のある委員会の判断を尊重して再稼働の判断とするのは問題では無いのか。

規制委員会のやることには三条委員会だから政府は口出しできないなどと言い訳をするのかもしれない。
確かに委員会のやることには口出しはできないのだろうが、法的に要求されていることを満たしていないことに対しては行政の長として意見すべきである。
もしかしたらやっていないこと自体に違法性があるのかもしれないが、そうでなくても懸念は示すべきだし意見は言うべきでは無いのか。

少なくとも明らかに案件不足で審査団体自体に問題があることを認識しながらも、政治的判断も可能なのに、その審査団体の判断を持って再稼働とするのはどう考えても不作為の罪ではないのか。
道義的や道徳的、イデオロギー的に問題なのではなくて、法的な枠組みの中で問題があると言わざるを得ない。

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2014/03/15

原発再稼働に関するまやかし(2)

「世界一厳しい安全基準」
これを本気で信じている人がいるのだろうか。
今の規制委員会の安全基準が世界一ではないのは明確である。

例えば2重防壁はないのか。
フランスあたりの原発の写真ではよくみる、コップを逆さにして伏せたような外観である。
福島で起った水蒸気爆発による放射性物質拡散を低減する効果があるのは誰が考えてもありそうだとわかるし、外的衝撃、例えばテロや事故で飛行機が突っ込んだ時にもいくぶんリスクが減るという効果も誰が考えてもありそうだと分かるだろう。
これはとてもコストが掛かるので基準に入っていないとしか思えない。

例えばコアキャッチャーはないのか。
大雑把に言えば、花火をする時に下にバケツを置くようなものである。
燃料がメルトダウンしそうで落ちてもそれを受け止める仕掛けである。
炉を作ってしまった後では追加することは大変困難であるが、欧州などでは最近のものは装備しているそうだ。

他にも様々な指摘がある。

日本ではどうせもう新規はないからいれなかったのかもしれないが、「世界一」をいうのであればこういう仕掛けが入っていてしかるべきではないのか。

世界一の地震大国で津波大国だから世界一厳しいものになるのは当然ですらある。
仮に世界一であったとしてもそれを威張って言うことではない。

もっといえばテロ対策も現在の安倍総理の動きを見る限り、より一層ハードルをあげるべきだろう。
安倍総理は海外での武力行使や武器輸出の範疇を拡げようとしている。
その事の是非はここでは論じないし、言い訳もどうでもよくて、結果として思わぬ国からの“逆恨み”を受けるリスクを高めてしまうのは自然なことだ。

とりあえずは恥ずかしいというか痛々すらあるのでもう「世界一」等という言葉は使わないで欲しいものだ。

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2014/03/14

原発再稼働に関するまやかし(1)

いくつかあるので何日かに分けて書いていこう。
最初は「国富の流出」という奴だ。

11兆円の貿易赤字。
これは事実だが、発電エネルギーの分はこのうち3兆円である。
3兆円自体も多く読み過ぎとかまやかしがあると言う説もあるが、まあ3兆円としよう。

ここできちんと問題としないといけないのは8兆円の方ではないのか。
そもそも貿易赤字になった問題はどこにあるのか。

それは間違いなく円安誘導である。
円安誘導はアベノミクスの一本目の矢の柱ですらある。
円安誘導により海外資産の評価が相対的に高くなり、輸出企業は好景気に転じた。

一方でその前の猫の目で総理の替わった自民党政権、民主党政権、特に野田政権下で異次元とすら言える円高固持を行い輸出企業は次々に根を上げて海外への工場移転を進めてしまった。
つまり日本が少なくとも製造業では輸出大国だったのが輸入大国になってしまったのだ。
自動車もそうだし、製造業の雄と言われたテレビすら国産品は本当にごく僅かになってしまった。

本来なら3兆円程度は余裕で相殺していたはずの貿易立国(これは原料を輸入し製品を輸出して儲けるという意味である)という体制を政府自らが殺しただけのことである。

もちろんアベノミクスは金融緩和と財政出動はただのカンフル剤であって自らが言うように第三の矢こそが重要である。
しかしなぜか国防関係ばかりご執心でほとんどまともな動きが見られない。
ただでさえ緩やかにカンフル剤の効果は落ちてくるのに、自ら消費税率上昇という時限を自ら課している。
新規事業を振興すると言いながら、新規エネルギー開発に対するお金も渋りまくりである。
固定価格買い取り制度についても引き下げしをしたり投資に対する補助金の廃止である。

こういう根本的なところは無視して「国富が流出してるから原発再稼働」とかなんの冗談かと思ってしまう。

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IXY1とWindows8.1を無線LAN接続

前はどうもうまくいかなくてお手上げだったのだが、
Canonのホームページの説明が以前やったときと変更されているような気がしたので再度やってみたらうまくいった。
http://cweb.canon.jp/e-support/faq/answer/digitalcamera/71258-1.html

Windows7の説明だが、Windows8でもメニュー構成や設定項目が同じなので特に言うことは無い。
手順通り、受信規則のICMPv4受信の2項目とワイヤレスポータブルデバイス(UPnP受信)を有効化する。

カメラからPCへの接続を行うと既にカメラとアクセスポイントとの接続はできているので先に進むとカメラにPCの名前が出てきた。
前はここまでは試行錯誤でうまくいったのだがその先で失敗していた。
PCの名前をタップしたがうまくいかない。
今回もいつまで経っても先に行かずタイムアウトしてしまう。

もう一度説明をよく読んだり動画を見るとやっていなかったことがあった。

最初からカメラから接続操作をしてPCの名前が出てきたら、PC側でコントロールパネルの「デバイスの追加」を開いて検索開始させてから、カメラに出ているPCの名前をタップして先に進んだ。
すると「その他のデバイス」としてIXY1の名前が出てきた。
すかさずそれをクリックして先に進むとドライバが自動的にインストールされて「このデバイスが接続された時の動作を選んでください」というWindows8特有の右上にポップが出た。

とりあえずフォルダとして開くようにしたところ無事にカメラをフォルダとして見られるようになった。めでたしめでたしである。
(まあ普通の人はCameraWindowを起動とかの方がよいだろう。)

Windows8.1になって改善されたのか、前にやった設定手順が何か間違っていたのか。

なお、三つのアプリがバージョンアップ/Windows8対応とのことで先にインストールしている。
それもうまくいった理由なのかもしれないが検証はできない。

なおCanonのWiFi接続の紹介ページにある「WiFi接続のための設定」なるツールはIXY1向けにはどこにも見つからないので諦めて手動設定をするしかない。

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2014/03/09

東北防潮堤事業は疑問だらけ

東北太平洋側に連なる一大防潮堤計画が明らかになってきている。
復興予算から8000億円を越える予算がつぎ込まれることもあり、ニュースになっている。

10mは妥当なのか

まず10mという高さについて
今回の様な千年に一度の大地震と大津波に対しては無力な地域が多いという。
ニュースでなぜかやたらと引っ張り出されている県知事が言っていたが、そもそもそういう巨大津波ではなく50年に一度程度の津波を想定しているのだという。
確かにネット上にある公的資料でも50年に一度程度の大津波があり、地域により10mを越える領域もあるぐらい、のようだ。

防潮堤の寿命

防潮堤はどうもコンクリで建造されるようだ。
盛り土では10mは難しいから妥当かもしれない。
しかしコンクリの建造物は大概が60年程度がせいぜいであり、防潮堤も同じくらいのようだ。
普通の建造物でもきちんとメンテして100年が精一杯だろうか。
当然防潮堤は雨風はもちろん潮風が当たり続けるので劣化は早いと考えられる。

50年に一度の防災のために60年の寿命の建造物というのはアンバランスとは思わないのだろうか。
しかも国家事業クラスの巨額が投資されるのだ。

壁?盛り土?

景観を損ねるという反論に対して、内陸の方を盛り土をするという回答がされている。
とても不思議なのは10m近くまでの盛り土をするだけの土をどこからもってくるのか。
周囲を山で囲む集落ならまだしも、かなり内陸まで平地が続くような土地でどうやってそんな盛り土ができるのか。

海岸近くに壁なり小山を作ったら“谷”となったところに豪雨台風などで降水が集中して水没しないか。
堤防を作ると言うことは内陸からみれば今までは水が流れ出る方に壁を作ってその流水を止めてしまうということである。
また元からある川はどうするのか。暗渠にするのか。
どちらにしろ大規模な自然環境破壊となる。
それなのに“環境アセスメント”の声が聞こえてこないのは不自然に感じる。
川をいじると言うことは、その下流の海に影響を及ぼす。
盛り土を取るために山を削ることによる海への影響は無視できない。
小規模漁業、つまり比較的近海で漁業をしているケースのおおい地域で問題がないと言えるのだろうか。

事業として大丈夫なのか

報道を聞いているとハテナマークがたくさんついてしまう。
想像力(脳内シミュレーション)不足にも程がある。
話を聞いて頭の中で景観を描いているとあちこちに破綻を感じてしまう。

本当に大丈夫なのだろうか。
副作用への検証であるとか計画の予算自体がずさんではないのか。

ただでさえ復興住宅建造が遅れに遅れている。
その理由のひとつは資材の高騰である。
直接には入札不調だが、入札不調の理由のひとつは資材の高騰である。
もうひとつは建設をする現場の人もいないし技術の人もいない。

現在の所8000億円台といっているが、本当にそれだけで済むのだろうか。
やってみたら一兆超えちゃいました、とかなるのではないか。
入札不調は、色々な意見があるが役所の想定額の1.7倍とかじゃないと無理、とかいう報道もあった。
そんな状況で2割以上余分にかかって一兆超えても不思議でもない。

そびえ立つ壁になってしまうと景観を損ねると言うことで、内陸部に盛り土をするというがそのお金は入っているのか。
住宅や建造物を考えればそんなのは固め作業も含めてとんでもないお金が掛かる。
だからこそどこも防潮堤以前に盛り土をしてから家を建てるとかいっても進まないし、高台移転前の高台の整地すら進まないのだ。
こんなのはどこまでいってもお金の問題なのだ。

次の世代で大丈夫なのか

もう一つ問題なのは、今回特別復興予算枠でこの事業は行われる。
つまり千年に一度の大災害だからこそ、これだけのお金が国から出るのだ。
この防潮堤の寿命は60年程度できてしまう。
当然だが、60年後の立て直しの時に同じ規模のお金が国から出る理由はないのだ。
自助努力とか言ってもただでさえ貧乏な東北各県が立て直しのための積み立てができるわけもない。
メンテナンスの費用すら捻出できるか疑問視されているのだから。
きちんとメンテナンスをしないと、こういうコンクリ建造物の寿命は縮むというのは常識である。
その点でも不安がある。

防潮堤の側に海岸(砂浜)を残すと言うが、それを聞いて不安が想像できてしまう。
防潮堤というコンクリの壁がボロボロになって危険だが、それを修繕する金もない。
暫定的に落下物危険のフェンスでも作って立ち入り禁止にする、なんて滑稽なことは起きないで欲しい。
お金のない過疎の地域ではそういう対策が取られることをよく見るからすごく心配なのだ。

コンクリというのは施工業者によってばらつきが大きいのはある意味常識とも言える。
下手をすると30年、いや10年程度からやばくなってくる場合もある。
定期メンテで早めに対策を打てるかどうかも重要である。

そしてコンクリ建造物の厄介なところは壊すのにも莫大なお金が掛かるということがある。
負の遺産になりかねない懸念もあるのだ。
金のない東北だからこそすごく心配なのだ。

国民への説明もなし

以上、主だったところを適当に書き連ねたが、疑問山積である。
調べれば調べるほど心配になってくる。

例えばほとんど0m海抜の漁村で10mの防潮堤を作ったとしよう。
景観を考えて9mの盛り土をしたとしよう。
では船までどうやっていくのだろうか。1m登って10m降りるスロープを作って海岸線まで行くのだろうか。
普通に考えてとんでもなく鬱陶しい。

マスコミの報道のやりかたなのかわからないが、地元と行政の温度差を報じている。
県知事や国会議員は「一部の人」と言っており、報道の仕方に疑問を感じているような言い方もしている。
そこはどちらが本当かは分からない。

どちらにせよ、もう国の事業としてまとめに入っている段階のようだ。
まったく不可思議な事業である。
国民の金をつぎ込むのだから国民への説明義務もあるはずなのにそこは無視である。

もう一つの疑問は「なんでそんなに急ぐのか」である。
これは国としての復興予算計画の問題と言うことらしい。
報道で国会議員が言ってることがよく分からなかったのだが、要は5年経つとお金は出せないからさっさとやれという意味らしい。
が、そんなのは役所か国会かで勝手に決めたことではないのか。
意味が分からない。

まあ、私なんぞが思ったことは全部杞憂なら良いのだが。

どうせ福島から青森まで防潮堤を繋げるのなら、直通のシーサイドラインでも作ってしまえば良いのに、とか思ったりする。
全ての地域で海抜10mは譲らない、のだから高低差も無しで信号もなしになる。
途中の山とか削って道を作る場所も出てくるので大変ではあるが。
そうすれば海沿いの交通の動脈ができるわけで一石二鳥である。
もちろん上下で1車線づつで60km/h制限の普通の道幅で十分である。
今の道の大動脈である国道4号や高速道路はかなり内陸の方なので海岸方面への利便は低いのだ。

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2014/03/01

朝まで生テレビで福島・原発問題

朝まで生テレビで福島・原発問題を取り上げていた。
賛成・反対両方呼ぶのは田原さんらしいと思ったが飽きさせないおもしろい番組になったと思う。
そのなかで再稼働問題を取り上げたが、再稼働すべきだ、という人達も、今の状態では再稼働すべきではない、という論であり、反対者も今のままでは再稼働すべきではない、条件付であると言う論である。
温度差はあるが、要するに以下のような認識のようである。

反対論者はおおむね「本来考えるべき」の諸問題解決は不可能だから反対、もうやめるべきである、という観点だと思う。ちなみに私はこの分類に入る。

反対論者も賛成論者もこれらの構成や厚みに温度差はあるものの、考えとしてはこういう視点での断面では大差はないことが一種驚きとともに感心した。

まあ、理論的に考えれば当り前なので相当アホな人や経済しか拝金主義者でもない限り今の方向で再稼働賛成などと言うのはないのだろう。

賛成論者は政府や国会議員はきちんとそれに向き合って論議をすべきだという。
図にあるような安易な感覚を持っている。おかしいだろうと言っていた。
私もその意見には賛成である。議論できるのならやってみろ、という感覚なのだ。
どうせできないのだから原発なんてやめろ、というのが私の観点なだけなのだ。

規制委員会がOKを出せば再稼働OKみたいな話では決してない。
もちろん法的にもそんな枠組みにはなっていない。
こういう言い方をするのは規制委員会に責任転嫁したいという心情の表れか大いなる勘違いをしているかのどちらかなのだろうという言い方もあった。

安全規制基準を満たすのは必要条件に過ぎない。

別の言い方では再稼働の条件を満たすための、たくさんの条件の中の1つに過ぎない。
これも議論の中で異論はなかったことで、規制庁の安全基準は技術的な、建造物的な安全基準に過ぎない。

例えば、もっと安全な建造物のホテルなどでは「スプリンクラーをつけよ」という安全基準があろう。難燃剤を使うとか避難階段の設置とかそういうのが規制庁の安全基準にあたる。
もちろんそれだけでホテルとしての安全基準を満たして運用できるかと言えばもちろんダメだ。これらは前提条件に過ぎないといって良いほどだろう。
例えば避難経路の設定とか掲示とか作動のための定期検査とか定期的避難訓練計画とか従業員の避難・客誘導教育とか緊急時通報や指揮系統や役割分担とかいくらでも必要な条項があるわけだ。

今回の福島の事故でも指揮系統の混乱、国と東電本社と現場との混乱が事故を悪化させたということは指摘されている。
菅総理が突如福島入りしたことが非難されているが、これもそもそも有事の際に総理はどうすべきかをきちんと決めていないこと、現場情報を総理にどうやって届けるかという体制をきちんと前もって決めていなかったことがむしろ非難されるべきと私は考える。

そして今を持ってそれを決めないまま、再稼働をしようとしていることがそれ以上に激しく非難されるべきではないのか。
失敗し反省をしている人を責めるべきではない、失敗から学ばずに改善をしようとしない人を強く責めるべきであるのは当然ではないのか。

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ビットコイン大手破綻

リンク: 114億「なくなった」…ビットコイン大手破綻 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

違和感を感じたのは

コインを預けていた投資家は戸惑いを隠せず、法整備の必要性を訴える声も出ている。

という点である。
この投資家とやらはビットコインやおそらくは現金をビットコインにして“預けていた”人達であろう。
ビットコインはネット通貨と称されるが、これは法的な枠組みで見て何に相当するのだろうか。
法律家の意見を聞いてみたいところだ。

それはおいといても、取引所が資産の多大な盗難に遭って破綻に至った、ということであって、ビットコインそのものの問題とは違うようだ。
おそらく理解の浅いマスコミやコメンテーターはその辺を混同して報道する可能性はあるので、皮肉の意味で楽しみではある。

これは現実の円を扱う銀行でも可能性はゼロではないわけで、オンライン銀行などは特にそうだと思うがクラッキングを食らって預け金や運用金を根こそぎ持って行かれたらどうなるのだろうか。破綻して同じ事態になるだろう。

大手銀行はオンラインにある資産だけではない(運用で動かしているので株や証券としてオフラインや非インターネット上にある)だろうし、現金の保有もそれなりにあるだろう。
そのそもネットバンキングはまだまだ全体資産量からすれば低いだろう。
またペイオフ制度があるので一千万円までなら補償される。
リアルな銀行はその歴史の分、色々と対策が取られているのである。

ビットコイン自体の問題よりもこの会社がセキュリティ不備でクラックされて持って行かれたことや資産のオンライン偏重のシステムが問題であった、とはいえるだろう。
この会社の変遷と共に過去のセキュリティの杜撰さを述べている記事もある。
扱う金が巨額になればなるほどクラッカーの強さ・真剣度等は増し、危険度は増していく。
それに対抗する手段は常に進化し続ける必要がある。
去年のセキュリティ基準で今年安全でいられる保証は全くない。

金融系というのはおもったるいほどに様々な規制やら雁字搦めだがそこは国民の生活へのインパクトの度合いを考えてのものだという理解がされている。
一方でネット系はそういうところが比較的いい加減である。

“投資家”とやらは本来そういうところのリスク(会社への信用調査)なども含めて考えた上で行うものだろうから、今回の顛末で規制、つまり行政へ関与を求めるのはお門違いのような気がする。
まあ出資法などの観点での不正業者の話なのか、ペイオフ的なものが欲しいという話なのかはわからないが。

“盗まれた”という場合はどれだけセキュリティ(これはネットワークでは限ったはなしではない)をしっかりやっていたかが焦点となろう。
極端に言えば、現金を店に鍵を掛けず金庫にも入れずに置いていて“盗まれた”と言っても同情すらされない。
その辺が警察の捜査によっても解明されていくことになろう。

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