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2014/02/27

政府 エネルギー基本計画

ベースロード電源

造語ではなくて専門用語らしい。
まあどっちでもいいのだが、誰かが一般的な言葉を使わない時にはその人を疑った方が良いのはいつの時代も同じだ。
ごまかしたり騙したりと煙に巻くための常套手段だからだ。
それにしてもどこを読んでもツッコミどころ満載で、もはや突っ込む気さえなくすのが“彼ら”の戦法なのだろうか。
いわゆる再生可能エネルギーをやろうという気が更々ないのが良く伝わってくる。
なんでもいいからともかく原発をやれればいい、あとは適当にごまかそうという雰囲気が強く伝わってくるのだが、もう少しましな文章は作れないのかとさえ思う。

結局、「安全基準を見直しただけ」である。
しかもそれすらも「世界最高水準」なんて噴飯物で「あれもこれもない」なんて突っ込みまくられている状態である。
こんなんで事故がもう起らない、悲劇を繰り返さないですむ、なんて思っているのだろうか。
もう一度くらい重大事故を起こさないとわからないのだろうか。

2010年に東京で原発の電気は不要

森元総理がお得意の“失言”で「原発再開しないと東京オリンピックを返上しないといけない」などとのたまったらしい。
この言葉をきっかけに「あれ~?」と思った人達が調べたところ面白いことが分かった。

国民的関心を呼んだ(らしい)あのオリンピック招致プレゼンは安倍総理も駆けつけてスピーチを行うなどの一大イベントと化した。
安倍総理自らアンダーコントロール等という言葉も繰り出して失笑する人が出るくらいだったわけで、わざわざそんな言葉を出したのだから原発が1つの焦点となっていたのだろう。

当然ながらIOCからは電力事情は大丈夫か、という質問が投げかけられていたという。
まあ、福島や原発停止の話がなくても、世界各国の中には都市でも電力事情の悪い国はたくさんあるのでそのことは基本設問の1つのようだ。

その答えとして「原発がなくても電力事情は全く問題ありません」と大見得を切ったそうだ。
なにせカラー刷りの綺麗なプレゼン資料の中にあるのだから言い訳ができない。
安倍総理もそれを見ていないわけはないし、国に関することなのだから間違いなら正す義務すらある。

しかしそれに反するように日本国民には「原発が必要」などといっているのだ。
そして安部総理を筆頭とする内閣で閣議決定をしようとしている。

さて、嘘をついたのはIOC委員に対してなのか、日本国民に対してなのか。

それとも「東京は大丈夫だけどそれ以外はダメ」とでも言うのだろうか。

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2014/02/23

東京都知事選と反原発と

猪瀬氏辞任追求の不可思議

猪瀬氏の釈明も褒められたものでは無いが、この顛末も釈然としない。
辞職で責任追及が終わるというまた“ハラキリ”決着である。
知事である猪瀬氏だけではなく都議会議員も同様の“借り入れ”があったのではないか、という声もあがっている。
その辺も全部チャラになっている。
また贈収賄、政治資金規正の都の規律にも触れる問題であるのに、検察も動かずじまいである。
重さとしては小沢氏の秘書逮捕・有罪並にはあるはずではないのか。
「道義的責任」とかいう曖昧なもので首が飛んだり飛ばなかったりは、私には好ましいものとは思えない。

陰謀論的には電力会社系の罠ではないかというのもある。
その猪瀬氏が震災後に東電の対して対立的な立場を取り、株主総会でも意見を出し、都という大口購入者として東電以外の購入先を模索したりもしていた。
原発(少なくとも東電が原発運用を続けること)に対しても批判的な意見を持っているようだ、ということも伝えられていた。

所詮はたかが一都知事が、そこまでは結局できないという意見もある。
しかし猪瀬氏の過去の実績の中で大きいものとしては、道路公団の民営化、というものがある。
猪瀬氏は国会議員でもなんでもないのに、一委員として公団の民営化を成し遂げてしまった。
本来はかなり重い政治問題であるのにも関わらず、「国民の信託を得ずに」やってしまったのはあまり言われないが凄いことである。
もちろん当時は民営化に対してはほとんどが反対の空気の中でやり遂げたのである。
そこまでやってのけた人は実はそうはいない。
マスコミで目立つ政治家よりも、知識人よりも、実はこういう人間を怖れていても不思議では無いのである。

都知事選で今回のシナリオが一番穏便

これは自民党のベテラン議員がテレビ番組でさらっといっていたが、今回のシナリオがもっとも良かったという。
もっと悪いシナリオはありご丁寧にいくつか挙げていた。
・細川氏が突如立候補を降りる
“殿様”細川氏ならやりかねないということで突如やめたりすれば全部宇都宮氏にその票が流れて桝添氏当選が怪しくなると言う。
実際に票として確かに僅差であった。
・細川氏が降りて小泉氏が立候補する
これが悪夢に近いシナリオであれから時間が経ったとは言え小泉氏のカリスマ性はまだ健在という見方である。
わざわざ細川氏を打ち出したのだから小泉氏が出るわけがないというのは当然の見方だからあり得ないとはいうところであるが。

終わってみれば無風選挙

終わってみると小泉陣営がそもそも勝つつもりはなかった、という見方は結構多い。
泡沫に終わっては困るが、当選して都知事になるのもまずい。
つまりは二位がベストという感覚である。

そもそも「メモを見ないでカメラをみて会見をする」スタイルもウリにしていた細川氏が、出馬会見を始めとして明らかにメモを見ながら、さらに街頭演説でもメモを見たりしているのはなんのジョークかと思ったのは私だけではあるまい。
いうまでもなく小泉氏もメモなんぞ見ずに訴えかけるように喋るのがスタイルである。
こんなのが明らかに印象が悪いのは小泉氏も当然分かっていたわけで勝つつもりなら絶対にさせるはずがない。

もうひとつは度重なる討論の拒否である。
討論なんぞのらりくらりと逃げられるくらいの力量は細川氏にはあるわけで、出ないというのは不戦敗でそれよりもましである。
つまりここで一定数の票を“削る”方策と考えた方が妥当だろう。

さらに選挙対策事務所でゴタゴタがあって中枢部の入れ替えが起きたという。
これも勝つつもりはないからわざと、もしくはそれをおさめるつもりはなかったのでは、と思える。

これに加えて選挙期間中は「原発関連の話題自粛の御触れ」が各放送局に届いていたという。ばらしたのはラジオ関係だが、ラジオにすら行っていたと言うことは当然テレビ局にも行っていたわけである。
都知事選関連もなるべくやらないというのもあったのではなかろうか。
都民の低い関心を保ち、投票率が低ければ低いほど有利なのは固定票を持つ自民公明与党であり、その恩恵を受ける桝添氏である。

本気で反原発だったのか

結果として「反原発」票は細川氏と宇都宮氏で割れて効力は弱められた。
まあ、元々多くの東京都民にとっては原発は遠くのことであるから東京都知事選挙の結果(票数)でどうこうというのもおかしな話ではある。
なんにも具体的な話しが一切なかったから“原発議論”が沸き上がるわけもない。
だいたいそこを訴えるべきである討論の全拒否である。
これではむしろ小泉氏は反原発潰しを反原発と言いながらやっているのではと勘ぐらざるを得ない。
反原発はそろそろ理論的で具体的で冷静な議論が必要なフェーズに入っているはずなのに、未だにヒステリック気味に反対を唱えるのは「ちょっと時代遅れ」の感がある。
冷静に議論されて困るのは原発推進派の方であり、反対派がヒステリックな反応のままでいてくれたほうがありがたいのである。

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2014/02/22

キーボードのチャタリング防止

メカニカルキーボードは比較的チャタリングがおきやすく、どうもキーボードの問題にされている傾向がある。
確かに接点部分の交換で直ったりするのでハード的な問題とされることも多いし、事実ハード的に改善できる部分もある。
いわゆるマイコン時代やいわゆる民生機器で設計をしていた時の経験からすると、突き詰めて言えばソフトとハードの両方で改善を行うのがコスト的にもベストである、と考えるべきだというのが私の考えである。
つまりキーボード側とOS側(BIOSが制御していればBIOS)の両者で対応すべきと言い換えられる。

チャタリング防止処理というのは、非常に速い間隔で二回(以上)押された場合に二回目を無視すれば良いだけなのでそんなに難しいことでは無いはずなのである。
「一秒間に16連射」なんて言葉があった時代もあるが、一般人ではせいぜい10連射でも速いぐらいであり、つまり0.1秒以内に再度押されたものは無視すれば良いだけのはずなのである。

話しはいきなり卑近になるが、Windows8、とりわけ8.1になってからチャタリングが酷くなった印象がある。

WindowsVistaで使っていたシステムをそのままWindows8にアップグレードした形なので、つまりはキーボードは変えていないのである。
Vistaで使っていた時はチャタリングが起きた記憶がない。

そこでOSでチャタリングを防止するための設定を変えてみようとした。
結論から先に言えば徒労に終わったので結論だけを知りたい人はこの先を読んでも多分ムダだろう。

設定を変えるのはコントロールパネル。
まずはキーボードのプロパティ関連をみてみると
[表示までの待ち時間] 長く-短く
[表示の間隔] 遅く-速く
の2つがある。
私には理解に苦しむのだが、なぜこの2つが「キーボードの」プロパティに入っているのか。
もっというとカーソルの点滅速度すらある。
これらは「キーボード」ではなく「文字入力」の項目あたりが妥当だろう。
だいたいタブレット等も視野に入れているWin8ならソフトウェアキーボードも可能性としてあるわけでもしかしたら音声入力だってある。

まあ、それはともかくとして、一つ目の待ち時間というのは、キーボードを押してから表示されるまでの時間だという。
変えてみても私には違いが分からないのだが。
まあ、分かる分からないはどうでもよく、押してから表示されるのは0秒で良いはずなのになぜ遅延が必要なのか。
これはあくまで表示されるのが遅くなるだけであり、いわゆる先行入力が可能であって、チャタリングで入力されたものを“入力”されてしまう。
要するに意味がない。
二つ目の表示の間隔というのはキーリピートに関するものである。
押し続けた場合にどの程度の間隔で文字入力とするか、を決めるものであって、素早く二回押した時はそのまま二回分入力される。
つまりこれもチャタリングを防止することはできない。
滑稽なのは押しっぱなしにした時より、素早くキーボードを連打した時の方が高速に入力できるという状態にできるということである。
常識的に考えればこの間隔よりも速く連打されたキー入力はキャンセルするという仕様にするものだと思うのだが、これではなんのための押しっぱなし入力なのか理解に苦しむが、まあマイクロソフトがこの手の訳の分からないことをするのは今始まったことではないので呆れるだけにして追求するのはやめよう。

さて、この2つは使い物にならないと言うことが分かった。

他を探してみると「コンピューターの簡単操作」の「コンピューターの簡単操作センター」というものがある。
いわゆる障碍者のために誤操作対策をして負担を軽減するためものである。
キーボード関係で言えば手や指が震えるなどで意図せず二重押しをしてしまう方のための対策と聞いた事がある。

そこで「キーボードを使いやすくします」に行ってみる。
この中の「フィルタ機能を有効にします」にチェックを入れて「フィルターキー機能の設定」に行ってみる。
どうも使えそうなので試してみよう。
「バウンスキー機能を有効にします」がよさげだ。
試してみると、何か押した後、0.5秒は同じキーの入力を受け付けないというものである。
しかし間隔の最低時間が「0.5秒」であり使い物にならない。
ローマ字入力でも吃音などで同じキーを連打するし、letterなど英文字でも連打はする。
削除やスペースキーなどもだ。
多分これが0.2秒ぐらいの設定ができれば良い感じだろうか。

仕方ないので「キー入力の間隔と速度を有効にします」を選んで「キー入力の間隔と速度の設定」をしてみる。
キーボード操作の繰り返し間隔や押し続け間隔の調整を行うのだが、これも最低時間が0.3秒である。
ものによっては0秒とかにしたいところもあるのに、である。
かなりだるい感覚になるが、チャタリングは大分抑えられる状態になったように思える。
「大分」というのはそれでもまだ稀に起きるのだ。
理論上はキーボードで細かい連打してもそれをソフト側で無視するはずだし、試しに連打しても確かに無視しているようなのだが、まだ稀にだがそれを受け付けているということなのである。
ひとつ考えられるのはこの0.3秒というのが実はいい加減でばらつきが酷いという可能性が考えられる。
またそう考えると最低が0.3秒というラフとも言える設定なのも細かい制御をできていない証左ではないかとも思える。
試しに連打をしてみるとわかるのだが受け付けたり受け付けなかったりする間隔に違いを感じる(表示される間隔もばらつきがある)ということもある。

正直納得は行っていないが、これである程度の対策になってはいるようだ。
ただカーソル移動をカーソルキーでやっている人(が普通だと思うが)には遅すぎて正直ダメだと思う。

と、設定を確認しながらここまで来たところで突然キー入力ができなくなった。
驚いて一端保存し、ログオフ(サインオフ)してパスワード入力画面を出すとなぜかパスワード入力はできる。なのでキーボード不良ではない。
フィルターキー機能をOFFにすると入力できてONにするとキーボード入力できなくなるという状況に陥ってしまったらしい。
全く不可解である。
まあ、OSのバグとしか説明のしようがないと思う(キーリピートとか関係なく全く入力できないのだから)ので、ばからしくなったのもありこれ以上の追求は諦めるとしよう。

それにしても設定でなんとかできそうなのに、こんな顛末で“できない”というのはふざけた話しとしか言いようが無い。

なんか無駄な時間を費やしてしまったと思ったが、打鍵時にはきちんと最後まで押し込む、というキータッチにすることで結構誤入力は減るものだと言うことを改めて認識した。
まあ、原理的にも当然だし、メカニカルキーボードを使うのならそうすべきではある。

註:なお、Bluetoothキーボードで文字単位で通信を行っている場合はOS側ではどうしようもないので通信を行っているキーボード側のマイコンのソフトで対策を打つべきである。

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2014/02/16

「オリンピックに出られるレベル」というだけで十分です。税金で遊んできてください。

リンク: メダル逃した選手は税金泥棒なのか 強化費不足の中「メダル取れ」は選手に酷、為末大が異議唱える : J-CASTニュース.

とりあえず強化費で言えば、記事には4カ国の額が載っているがその額の違いを見ると日本は順位をつけるならかなり低いところにあると思われる。
あえて「費用対効果」という観点で言えば日本の選手達は十分すぎるほどメダルを獲得しているし入賞など含め順位を得ているのではなかろうか。

当然金をつぎ込めば取れるというモノでは無いが、金をつぎ込まないで取れというのは論理的におかしい。
そこを為末氏は「ブラック企業の論理」と言ったのだろう。

企業で言えば「研究開発費」や「日程」が相当する。
開発費が潤沢で、かつ日程があれば良い商品が開発できるわけでもない。
しかしそれが不足していれば良い商品ができるわけがない。
“ブラック”な企業、というか経営者達は「そんなに日程や開発費がいるわけがないだろう。じゃあ日程があれば売れるモノができるのか」といった理論で絞り込む。
必要条件と十分条件という観念がそもそも欠けているのだから話にならない。

例えばメダルの数を増やしたければもっと「マイナーな種目に金をつぎ込んで有能な選手達を育てることである。
マイナーなスポーツは企業スポンサーがつかないので選手達が生活すら維持できない。
そこを補償するぐらいでないと成立しないのだ。
しかし官僚的発想ではそんなところに金をつぎ込むと批判を食らうことになるので絶対にやらない。
当然選手が育ち厚くなるまで10年単位でかかるだろう。成果はなかなかでないのだ。
結局、有名で団体もしっかりあって選手層が厚くメダルを取れるような種目に金を充てることになる。
むしろ批判すべきは特定種目への偏重ではないのだろうか。

だいたいメダル云々で評価するのがおかしい。
特に冬季オリンピックは自然条件、要するに運不運が順位へ影響するものが多いという。
特定種目で上位三位までしかメダルはないのだから実力だけではどうしようもない。

「オリンピックに出られるレベルの選手」というだけで十分に評価に値するし、税金でオリンピックという場に送り出してあげても全く問題ないと思う。
試合を楽しんできてくれて全く問題ないし、ついでに観光してきてももらっても構わないと思う。
そのくらいの余裕はある国だし、数十億とか日本の国家予算からすればチリみたいなモノだ。
一人頭でもたかが数十円である。

その程度の“無駄遣い”を気にするのなら、叩くべき所はごまんとある。
この間の補正予算で、一度ダメ出しをされた事業がたくさん“復活”していたことがニュースにもなったがその多くはそういう規模かむしろ多いぐらいの「クダラナイ事業」ばかりである。
なぜか批判が多かった“事業仕分け”で“代表で叩かれた”事業も数十~数百億の事業が多かったが、こんなにもたくさんの“くだらない”ことに金を突っ込んでいるのかということが世間に晒されたわけである。
もちろん今もそんな状態は変わっていない。
いうまでもないが兆円規模で当り前のように行われている公共事業も同じである。
昨今は公共事業の効果が薄れている、というのは経済学者が多かれ少なかれ指摘することである。

これらは要するに国民の政治・行政への無関心からくる無駄遣いであり、比較にならないほどの由々しき問題が山のようにある。
それらに目を向けないで「税金の無駄遣い」を盾にして「オリンピック選手叩き」に向かうのは単なる「弱いモノいじめ」にしか見えない。

税金の無駄遣いともし叩きたいのなら、強化費なり諸経費を税金から彼らに出すと決めた役所なり団体なりに直接抗議をすべきである。
少なくとも選手達に向けるモノでは全くない。

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2014/02/12

酒たばこ購入時の「タッチパネル年齢確認」 はただのムダ

リンク: 酒、たばこ購入時の「タッチパネル年齢確認」 「合理性ない」とイオングループが廃止 : J-CASTニュース.

コンビニではたまーにしか酒を買わないのでわからなかったが、各コンビニでやっていたらしい。
コンビニではビールぐらいしか買わないし、普通はディスカウント系酒店で買う。
なにせ安いし日本酒や洋酒などは種類の数が全く違うから。

まあ、それでも私はたぶん確認とか出たらムカッとすると思う。
なんでだろうか。

いくつかの掲示板とか記事とか見ていたけど、腑に落ちたのはほとんど無かった。
「未成年に売っちゃいけないんだから確認を取るのは当然」とか「押すのに一秒もないでしょ」とか“正論”をかざしても何の意味もないと思ったりもする。

私は基本的にコンビニは滅多に行かない。
だって高いし品揃えは貧弱だし弁当もまずいし何も良いことはないじゃないですか。
でも行くことはあるのはなぜか。

理由の多くはその時の感情に関係があります。
気が滅入っていたり、イライラしていたり、ともかく気が急いていたり、他の店が開いていない時間なのに必要なものがあったりした時です。
何か一点だけ買う時(ドライブ中に飲み物一本だけ買うとかも自販機よりは品揃えがあるので)便利です。
店が小さいので何点か買うものがあっても一分足らずで買い物が済みます。
店員がどうせバイトなので交わす言葉もどうせ紋切りで気が楽です。
機械的に袋詰めなども流暢で面倒がありません。
私がコンビニに求めて入るのはこれらの利点があるからです。

だからものを買うという最小限の行動以外は眉ひとつ動かしたくないのです。
某チェーン店では「○○カードありますか」と聞かれますが、それに答える気すらありません。
「しまった、××(←コンビニ名)はいちいち聞くんだった」と毎回嫌な思いをします。
私がコンビニで弁当を買う際に常に不愉快なのは「温めますか」と聞く慣習にあります。
これらは全く無視すれば問題は無いのでそのまま会計で済みます。
店員も無視すれば全部否とみなして進んでくれるのです。
しかし年齢確認のタッチは無視すれば買い物の行程が止まります。
止まる秒数が問題では無く、止まること自体が問題なのです。

「あなたは未成年ですか」という極めて馬鹿馬鹿しい問いに対して答える気分では全くないのです。
「簡単な事だろう」とかそういう次元の話しではないのです。

これらの“細かい”ことにピリピリしないような気分の時であれば、私はそもそもコンビニなんぞには行かないのです。
普通の買い物ならスーパーに行きます。しかし結構な距離を歩き時間もかかります。
弁当ならいわゆるホカ弁の方が美味しいです。でも調理時間分は必ず待たされます。

常にコンビニを愛用しているような方々には理解できないのは当然のことでしょうし、そもそもこんな人は少ないのでしょう。

器物損壊は犯罪ですが、正直、確認を求めた液晶パネルをたたき壊した人の感情は理解できます。
正確に言えば問われたことに腹を立てたのではないのです。
もともとからモノを壊したい、破壊衝動があるようなイライラしてその気持ちを理性で抑圧しているところに、このような人をおちょくっているような問いが引き金を引いてしまっただけのことなのです。

もう一つの観点は、問答であれば聞かないような言葉を、レジの表示画面に出して押させるという行動を取らせていると言うことにあります。

どうみてもご老人の域で、髪も真っ白で皺もある方に「お客様は未成年ですか」なんて聞けばよほどの方でなければ「はぁ?」と多少なりともイラッとするだろう。
いくら「規則で聞くことになっているので」と言われても納得できるのだろうか。
逆に童顔でいつも居酒屋で未成年扱いされるような人ならばコンビニで「未成年ですか」と聞かれれば「ああまたか」という感じで済むだろう。
どうみても未成年で揉めるのであれば、それは店長が出てきて対応すべき事だ。
バイト店員に対応させてトラブルを減らす為にこんなシステムを作ったとしたら根本から考えがまちがっている。

ここまでは“感情論”を言ってきた。
お客商売なのだから“感情”“客の心理”を考えることは重要な事の筈であるからだ。

ワザと最後に持ってきたが、感情論だけで済む話でも無いのだ。
そもそも販売に際してこのような確認方式で“済ませている”こと自体に問題がある。
法律では「未成年に売るな」と言っているがその確認手法については言及していない。
タバコ販売には許可が必要であり、酒も免許が必要な代物だ。
タバコの場合は認可制度であり当然申請や遵守すべき要件があり、守らなければ取り消しである。
その中に

未成年者と思われる者に対しては年齢確認(「運転免許証」等、購入者本人の年齢が確認できるものの提示を求める)を確実に実施すること

という項目がある。
「成年であることを確認しろ」ではなく「年齢確認ができるものの提示を求めろ」が要求事項なのだから、「はい」「いいえ」を押させるだけでは不十分である。
やるべき事はレジ打ちの店員が提示を求めて目視確認を行うことである。
一方で「未成年と思われる者」に対して行えば良いのだから明らかに見かけが成年であれば提示を求める必要はない。

要するに「余分なことをしながら肝心なことをしていない」という間抜けなことをやっていたというのが実態ではないのだろうか。
別の言い方をすればお客に意味のないことをさせていたのである。
「合理性がない」とかそういう以前の問題では無いのか。

それにしてもJTの人もコンビニでタバコを買う人もいるだろうからこの実態を知らないわけがないと思うのだが、なんで認可取り消しをしないのだろうか。
その点も不可解であり、胡散臭いのである。

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2014/02/11

ソニーのVAIO売却

リンク: 【笠原一輝のユビキタス情報局】ソニーがMicrosoftとIntelに突きつけたレッドカード - PC Watch.

VAIO売却はPC業界を見てきた多くの人にとってショックであろう。
私はメーカー製PCにはさほど興味もないし特にSONYのVAIOはあまり趣味に合わないという感覚がある。
それでもただのWindowsが動く機械ではなく、VAIOという商品を作るのだ、という気概に関しては最も意欲を持ち続けてきた会社であると思っている。(他社ならLavieとかDynabookというブランドがそれである)

そこが、いや、だからこそVAIO売却を決意したということなのかもしれない。
それを上記の記事では述べているのだと思う。

昔から「PCで最も高いパーツはWindows」というメーカーの愚痴は時折漏れている。
上級PCではCPUが最も高いのだが安いCPUは単体売りでさえ数千円程度のものがある。
またCPUはAMDという別の選択肢もあるためにIntel一人勝ちとは言い切れないので比較的値切りもしやすかったが、昨今ではまたIntelが一気に引き離したので実質的にIntel一人勝ちの様相を呈してきている。(まあそれ自体は自由競争の結果とも言えるのだが)

一方でOSであるWindowsはどうしようもない。
値段はというと一般売りでも「DSP版」というものがあり、それが相当し、Windows8で一万数千円といったあたりだ。
もちろん大手にはボリュームディスカウントはあるだろうが、数割引いてもである。
しかもその上で、Windowsの使い方のサポートはハードメーカーがやれ、ということになっている。
マイクロソフトがパッチを配ってなんか不具合を出したら、それをかぶるのはPCを売っているメーカーがかぶれ、ということである。

あと、この記事で書かれていないのだが、Windows使用には不条理なライセンス事項があることが知られている。
例えばソニーが持っている特許を、マイクロソフトが抵触して使用したとしても一切それに関して文句言うこと、要はライセンス料の請求やましてや使用の差し止めなどに一切応じないということになっているらしい。
最近のWindowsは映像や音声に関するものがたくさん盛り込まれている。
一方いうまでもなくソニーは映像や音楽の技術に関する特許を(世界規模で)多く保有している。
VAIOによる縛りでできなかった特許権の行使を考えているのでは、その収入というのも視野に入れているのでは、というようにも見える。
マイクロソフトにとっては、パートナーを失った以上に、新たな敵が現れた、ということなのかもしれない。

PCというなんでもできる、とされている機器はもうやめたということなのかもしれない。

例えば家電用のチャチなCPUでは実現不能な、汎用性の高いパワフルな映像機器を作りたい、というのがVAIOの1つの指標だったと思う。
いまはそれは自社のゲーム機であるPS4やPSVitaが担っている。
PS3でTorneやNasne等を出して“実験”を繰り返してきた。
これは当然PS4に引き継がれるわけだし、“持ち運び”に関してはVitaやケイタイが担う。

ネットワーク系に関しては従来通りケイタイやパッド、PSVitaなどが担っていき、PCの出番はない。
メールやSNSは言うに及ばず、ネットショッピングやバンキングなどもケイタイで十分だ。
大画面でというのならTV自体のスマート化が進むし、PS4が担っても良い。
とっくの前からキーボードが繋がるなどPCの代替化は十分に進んでいる。

そうなると本当にPCって何のために必要なのか、ということになってしまう。
私も含め、PCの活躍の場面が激減したというのは珍しい話しではない。
広い画面でキーボードを叩きまくる必要のある、こういうブログ等で比較的長文を書いたり、プログラミングをしたり、サーバーのメンテナンスをしたりといった時ぐらいである。

ビジネスマンは会社の仕事のためにOfficeがというかもしれないが、まあ、それだけだ。
(酷いことにご丁寧にそこもマイクロソフトSurfaceRTがぶっ潰してくれている。)
そこは業界の棲み分けで言えば(元IBM)のLenovoや東芝Dynabookの得意とする分野であって、VAIOはそのあたりのターゲットはあまり狙っていないのだ。
(まあ、かっこつけたビジネスマンが薄型VAIOという感じぐらいであり、個人的にはソニー系列某社の営業が「いや、実利考えたらこれですよ」とThinkpadをもっていた印象も強い)

例えば10年前とかならいかに事業見直しでもVAIO売却までは行かないだろう。
それだけ様々な環境が変わっていき、IT業界も変遷し、SONY自身も脱PC、脱マイクロソフトでやっていくための駒が揃ったということなのかもしれない。

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2014/02/09

任天堂に必要なのは事業構造変更なのか

リンク: 任天堂が3期連続の営業赤字へ、事業構造変えないで再起できるのか : J-CASTニュース.

私はほぼ発売直後にWiiUを購入した。
一通り使ってみて思ったことは「これ、売れないってことにならなければいいな」だった。
正直出来が良いとは思えなかったというか、少なくともWiiを買った時のような高揚感がなかったのだ。
なんというか凄く直感的な部分で色々ダメなのだ。
ゲームというものはそういうところでダメだともうダメなのだ。
娯楽なんだから気持ちよくなければそもそもダメだという言い方もある。

Wii U GamePadは成功なのか疑問

ネーミングもダサいが、持った感じもダサい。
野暮ったい感が酷すぎやしないか。それに感覚的に重い。

基本コントローラーをPadにしてしまった。

基本構成からすればそうだ。
Padにはボタンがぞろぞろとついていて嫌だ。
まあ、Wiiが国内では一億台、つまりほぼ買い増しになるのでWiiリモコンを流用して欲しいという感じだろうが、オプションと言えばオプションだ。
Wiiが売れた理由の中に「思い切ってボタンを基本2つにした」というのがあった。
いわゆるゲーマーやゲーム業界からは非難囂々だったらしいが私は大賛成だったし、多くのユーザー、とりわけ女子供に受けが良かったようだ。
なにせ財布のひもを握っているのは女(奥さん)と子供(お年玉等)なのである。
「一億台」を目指すのならゲーム好きの男だけ狙っていてはダメなのは自明だ。
ゲーマーなんてオプションでPROコントローラーとかをあてがえば良いのだ。

この辺の不透明さが購入者に不安を持たせてしまっている。
いくら手元に画面があると言ってもPadを持ってゲームとかちょっと考えにくい。

一方でPadがあるからこそ、の訴求がまだまだ足りない。
それは決算発表でも課題と言っているがそこもWiiUの成功失敗のキーポイントとなろう。

GamePadの充電台

ベーシックセットではGamePadの充電はいちいちACアダプタを接続するらしい。
あり得ない。
もちろんオプションでも売っているのだが疑問符がつく。

ネットワーク周りの弱さ

任天堂は自覚しているのだがWiiUになってもなかなか改善しない。
Wiiからネットワーク関連のものはどれも起動が遅いのだ。
バーチャルコンソールショップは呆れるほど遅かったし、任天堂チャンネルも動画を見るために選択してから動画が出るまでが遅い。
出前チャンネル等も二度と使う気がしなくなるのではと思うほど遅い。
「いつの間に通信」でOFF時に収集するのはいいのだが、実測で5Wほども食っており褒められたことでもない。

ネットワークが絡むと遅い、が今回は電源起動時から起きている。
いわゆる起動するとまずSNS画面とメニューが出るのだが、そのデータを読んでいるのだろう。
お知らせ系も読んでいるのかもしれない。
また任天堂ショップも起動が遅い。
その批判については今回の決算発表で改善することを表明しているので期待したい。
ゲームをやるだけならクイック起動、はむしろ必須なものだろう。

テストの甘さ

テストはバグがないのは前提としても、ユーザビリティについて徹底的に任天堂クオリティでやってきたのが支持されたのではないか。
Wii Fit Uがちょっと我慢できない状態だ。
「ミラーモード」というのがあってWiiPadのカメラで自分を映して画面に出せるというのがあるのだが、毎日最初の項目開始時に使うかどうかの確認が行われる。
うちではカメラ(Pad)を上手くおける場所がないので毎回「使わない」確認をする。
ある項目ではWiiリモコンを持つ手として「右利き」か「左利き」か聞いてくる。
これも毎日なのだ。
右利き左利きなんか日ごとに変わるものじゃないんだから一回聞いたらその後の変更は個人設定あたりでさせればいいじゃないか。
この2つが致命的にイラッとする。
他にも細かい問題点があり、気持ちよく使えない。
各トレーニング項目(ゲーム自体)には文句はないのだが、全体の流れ、メニューシステムに問題がある。

実を言うと「多分○○という意見があったのでこうした」という理由があるんだろうなとか察してしまう。
職業病的にそう思ってしまうのもイラッとする要因だったりするのだが、そんな妙に少数意見を満遍なく取り入れる的な観点ではなくて、昔の任天堂なら「こうしないと気持ちよくないだろうドアホ」みたいにスパッと決断されたんだろうなとか思ってしまうのだ。

事業構造の問題なのか

私は「昔の任天堂に戻れ」とすら思う。
特に先代社長の山内氏の退陣はもちろん影響が薄れるにつれてなにか合議制的な空気が強くなったのかともかく面白くない。
評論家などは事業構造の変革とかいいながら、結局はスマホゲーム事業の真似をしろという範疇から出ていない。
安易に真似をすれば一時的にはともかく、長い目ではじり貧になるのは当然だ。
そもそもスマートフォンゲームは所詮スマートフォンというハードの限界の中でしかゲームを作れない。

アーケードゲームもハードを自分で開発できなくなって、ほぼ家庭用ゲーム機をアーケード(ゲームセンター)において小銭を取って遊ばせるようになった。
一時的にはハード開発の経費がほぼゼロとなり、それで収益は改善したようだが、それではゲームセンターの意味はどこにあるのだ、ということになり、一部の対戦ゲームやいわゆるUFOキャッチャーやプリクラばかりになってしまった。
そもそもアーケードゲームは家庭ではできないような先進のハードを持っており、驚きや感動すらあるモノがあったからこそわざわざそこに行って遊んだのだ。

スマホでマリオができれば良いのに、という人もいるが、簡単に言えばスマホ用のマリオは作れない。
新しいマリオを作るために、そのためのハード(WiiU)を作ったという順番だからそもそも発想が違うのだ。
少なくとも任天堂の基本姿勢では作ることが本質的に困難なのだ。
じゃあ任天堂以外の人間がマリオを作ったらそれはマリオなのか、ということになる。

ただし、スマホゲームの料金体系というのは大いに研究すべきだろう。
無料ゲームです、といいながら途中でお金を出さないと進めなくしてしまう。
本質が収集ゲームなのにお金を出さないと絶対にコンプリートできない、そういう仕掛けである。
リアルなカードゲームですら、所詮はお金をつぎ込んでたくさんカードを買った人間が強いカードを入手でき、勝利を得られる。
当然そういう仕掛けはカードゲームタイプ含め様々な形でスマホゲームには取り入れられている。
それは一種の射幸心の煽りであり、倫理的に疑問符がつくと考える人も多いだろう。
明らかに行き過ぎとみなされた「コンプガチャ」などは実際に大きく取りあげられた。
しかし本質的に類似のことが横行しており、それが現実としてスマホゲーム業界を支えるひとつの要素となっているのではないか。
小さい子供にも安心のブランドを持ちたい任天堂はそこに踏み込むのは理念的に難しい。

Wii等でも最初は低額で、先のステージを追加コンテンツ購入というものもあった。
WiiUでも追加コンテンツ作戦は色々とやっている。
お試し版も大分やっている。
しかしながらお試し版と本番ではなくてそこをどうシームレスにするかが課題だろう。
盛り上がってきたところでとめられてつい勢いで購入してしまう。
多かれ少なかれそういう部分も必要ではないのか。(射幸心との兼ね合いもあるが)
ショップに飛ばしてしまうとそこで醒めてしまう。
わざと醒めさせるべきなのか、熱いまま買わせるのが正しいのか。
企業倫理のところの話になってくる。
任天堂は前者であるべきと思っている様子だが、スマホゲーム会社はほぼ後者である。
そこを変えないまま、スマホゲーム業界に入っても勝てるわけがない。
もちろん株主は後者であることを期待している。微妙な倫理観よりカネだからだ。

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2014/02/08

原発再稼働論の騙しの論理

3.6兆円という数字のトリック

原発再稼働論者は原発を動かさないから3.6兆円もの国の富の流出とか言っている。
しかし現実には2010年比で石油・ガスの輸入総量はさほど増えていないという。
このことはなぜか隠されている。
それを購入している額が3.6兆円増えているのも事実。このことだけが大きく言われている。
そもそも全エネルギーのうち、電力というのは額では2割程度であるという。
石油・ガスで言えばその半分だから1割程度ということになる。
石油は当り前だが発電だけではない。ガソリンとしてたくさんの自動車を動かしている。
流通の主はトラックであることが問題となっている。
CO2問題も発電もそうだが、このトラック偏重の方が深刻と言われている。
事実は何かと言えば、単にエネルギーの購入単価が高くなっているだけのことなのだ。
その要因となっているものは大きくは2つある

アベノミクスによる円安誘導

額が増えた理由のひとつはアベノミクスによる円安誘導の結果だ。
円安誘導の是非は別として、現実に70円台から100円台にまで変動しているのだから2割以上は高くなって当然の結果である。

貿易赤字黒字で言えば本来は円安になれば輸出がもっと伸びる目算だったのだろう。
そのアテが外れているのは円安政策転換が遅すぎたという結果であろう。
輸出企業の殆どは円高対策(簡単に言えば工場・生産拠点の海外移転である)を大規模に行っており、それでは輸出は増えようが無い。
一度行った海外移転をまた日本国内に戻すことは容易ではない。それこそ何年単位以上はかかるだろう。
それでも短期的には海外資産の評価額は上がるので決算(経理)上の(見かけだけとも言える)好景気にはなっている。海外からの“アガリ”も自動的に増額される。
しかしそれは貿易収支全体からしてみれば相殺されてしまっているのだろう。
その結果の貿易赤字の大幅赤字となっており、経済政策結果の一面である。
(もちろんそれを相殺する経済的効果があがればなんら問題は無いのだが)

原油価格の高騰

増えた理由のもうひとつは原油価格の高騰
原油価格は実態として投機要因もあり高騰が続いている。
高いのはどこの国も同じと言えるが、日本の事情で言えばLNG等のガスも原油価格連動という買い付けをしているので原油が上がればガスの価格も上がるというバカなことになっているのだ。
いうまでもなくシェールガス革命によって米国を中心としてガスの価格はむしろ暴落しているというレベルである。
国策なのかエネルギー会社の調達の問題なのかは知らないが、このようなエネルギー調達政策を続けているのが大問題なのである。
これは別に今始まったことではなくて原発事故以前から散々指摘されてきていることなのだ。

再稼働論者は話のすり替え、騙しはいい加減やめろ

エネルギー価格の高騰以外にも言えば貿易赤字は11兆円であり、そのうちエネルギーは3兆円である。
なぜか差し引き8兆円近くの論議がされたことがない。
富の流出を言うのなら8兆円の要因がどこにあるのかをもっと論議すべきであるし、3兆円部分のことをいうのなら上記の二つの要因をもっと論じるべきである。

原発再稼働の是非と貿易赤字(富の流出)を関連づけて論じるのは筋違いである。

推進論者はこの点をきちんと説明せずに話をすり替えている。
「数字の取り方は色々あるだろうから」なんてごまかしをするもんじゃない。
ウソを前提とした話はどこまで行ってもウソなのだから全く説得力など無い。
そんなもんは当然見透かされている。
その結果が「再稼働反対60%、賛成30%」という結果ではないのか。

最終処分場問題はどちらにしろすぐ直面する

最終処分場は中間貯蔵施設の問題とも直結している。
私は「トイレ無きマンション」というのはおかしな表現だと思う。
「ごみ回収を拒絶された家」というのが正しいのではないか。
ゴミは生活をしていれば出る。しかし捨てられないので家のどこかに置いているのだ。
福島も使用済み核燃料を原発内のプールに置いていた。
どこも似たようなものでそれが原発の“ゴミ処理”の実態である。
しかしそんな生活もいつかゴミで部屋が狭くなり破綻する。
ほとんどの発電所があと10年もたないといわれている。

再稼働しなければ破綻は先送りされるが、再稼働すれば破綻に向かって進むだけである。
破綻までに何かしらの手を打たなければ自動的に稼働不能に陥る。

本当は最終処分場行きにしたいのだが、日本には最終処分場は存在しないので、ごまかしで設定された「中間貯蔵施設」なる場所に置く仕組みにしている。
もっともそんなやり方も破綻が近い。
「中間貯蔵」は前提条件として廃棄ではなく再利用・資源としての位置づけであり、「核燃料サイクル」が前提であるが、もはや破綻したも同然だ。

その代わり浮上したのがMOX燃料という、リサイクル材(要はゴミ)を新品の燃料に混ぜてまた燃やすというやり方だ。
困ったことにこれは原理的に事故リスクが従来型より高いし、リサイクルで良くある話のコストが高くつくというデメリットもある。

再稼働をしたいのなら真摯に取り組め

やるべきことは山積しているのだ。
「規制委員会で安全性が確認されればよい」というのは自民党(か内閣)の勝手な思い込みではないのか。
それで国民が納得するのか。
仮に技術的に安全性が担保されたとしてもそれは前提条件の1つに過ぎない。(現在の安全基準に対する不足感すらある)
今回の福島原発の事故原因もきちんと解明されていない。
それを前提で憶測で言っても、事故の原因は技術的問題だけとは到底思えない。
運用の問題、つまり人的問題である。
多くの事故が様々な分野で日々起きているのは事実だ。
その殆どにおいて、人的問題が大きいというのは、そういう問題に取り組んでいるひとなら誰しも思うことではないのだろうか。
人的問題、例えばいわゆるヒューマンエラーに対して技術的補助をかけることもよくあるが、それは全体の一部しかカバーできないものだ。
金銭的に技術的補助をできないこともよくある。それならば運用をきちんと決めてエラーが起きないように手当をする。
技術的側面と人的側面は決して不可分ではなく、むしろ相互を折り合わせてやっとなんとかなるものなのだ。

原発の事故対策、二度と起らないようにというレベルでやっているはずなのに、全く人的な側面での対策が考慮されているように見えないのだ。
私は、それは現在の規制委員会では範囲外であると考えている。
ではどこがどうやるのか、今、未だそこが議論すらされていない段階と言うのが問題なのだ。
これらはほんの一部でしかない。(いつかまとめて書こうとは思っているが多すぎてまとまらない)
例えば補償・賠償問題、地域避難の問題、重大事故時の廃炉費用問題。
単に、たかがカネの問題すら全く仕組みが構築されていない。
「事故は起きない」という大前提が全く変わっていないのだからそうなっているのだ。
そして推進論者(再稼働論者)は二度と事故は起きないという相変わらずの楽観主義で論を展開しているから支持されないのだ。

二度と起きないようにするということもただの前提条件の1つに過ぎない。
その上で再度事故が起きた場合にどうするのかという論議も当然必要なのである。

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2014/02/02

WiiUのバーチャルコンソール(その後)

リンク: WiiUのバーチャルコンソール: etc.

いまさら気がついたのだが、正確に言えば“WiiU上のWiiのバーチャルコンソール”であった。

ともあれ、この記事で色々書いたのだが、どこかの時のシステムバージョンアップで万事解決されていた。
元が4:3画面のバーチャルコンソールゲームではきちんと表示領域が4:3になり、左右は“黒帯”になる。
主だったゲームを一通り起動してみたが、きちんと判別して動作しているようだ。

めでたいことだが、対応が遅かったんじゃね?という苦言は残しておく。

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「自動ブレーキ」搭載車

リンク: 「自動ブレーキ」搭載車が続々登場 欧州車にリードされてしまったのはなぜか : J-CASTニュース.

欧州と日本の国民性の違い?

欧州では普及を推進しているようだ。
日本では霞ヶ関が足を引っ張っているし、マスコミ・ネットでの意見でも否定的で足を引っ張るような発言が目立つ。
どうも日本はDIY(Do It Yourself)的な発想が欧米に比べて弱い。
自己責任的な考えの違いも感じる。
日本では「自動なんだからクルマが悪い=メーカーが悪い」になるが、多分欧米では「所詮はクルマなのに何を期待しているの?」てな感覚ではないだろうか。

このことに限らず私はクルマに対しては欧州的な感覚が強いように感じる。
どうも日本のクルマのジャーナリズムには違和感を感じることが多く、話半分というか斜めに読んでいることが多い。(もっとも日米欧限らずそもそもあまり読まないが)

「運転手の足を引っ張る挙動をした」のならクルマの責任を問うが、そうでなければ問題は無い。
「ちょっとでも助けてくれればありがたい」ということである。
運転手なら誰しも“うっかり”はあるのでそれをカバーしてくれれば助かる。
軽く壁でこすっても(ちゃんと)直すのには何万円も飛ぶのがクルマだから、そういうのを事前回避してくれるシステムに金を出すのは経済的にも当然の理である。
「クルマが運転手の代わりをしてくれなかった」と言うのは根本的に違和感を感じる。
それはこの先にある「自動運転システム」においても同感である。

「自動ブレーキ」といわれる違和感

そもそも「自動ブレーキ」なんてどこのメーカーは言っていない。
まず、各社の名称について記事の要点だけ引用してみよう
SUBARU「EyeSight Ver2」
トヨタ自動車「プリクラッシュセーフティシステム」
三菱自動車「e‐Assist」
マツダ「i‐ACTIVSENSE」
ホンダ「シティブレーキアクティブシステム」
日産自動車「エマージェンシーブレーキ」
ダイハツ工業「スマートアシスト」
「ブレーキ」という言葉すら、使っているのは7メーカー中で2メーカーだけである。
「自動ブレーキ」なんてマスコミが勝手に、もしかしたら一部の販売会社が言っている言葉なのかもしれない。
ただメーカーも問題である。
どこもカタカナ語か英語で表記しており、しかもわかりにくい。
わざとぼやかしているのではと勘ぐりたくなるような感じである。

これをみるとモータージャーナリストをはじめとするマスコミの責任が大きいのではと思わざるを得ない。

試乗会事故

試乗会でシステムが作動せず事故が起きたという。
まず問題なのは安全性の確保である。
「試す」のでシステムを理解していない人が安直にやる可能性が極めて高い。
実際の試乗会では壁はハリボテであるからぶつかっても大丈夫だったのだが、そのほぼ直後に金網がありそれにぶつかった衝撃で重症となってしまった。
もっと距離をとっていれば重症には至らなかった可能性が高い。(誰だって“壁”にぶつかったら反射的にブレーキを踏むであろう)

このシステムは30km/h以上では作動しないものとなっており、事故の時は衝突時にその速度を超えていたのではという。
もちろん担当者は事前説明しただろうが、世の中にはひとのいうことなぞ全く聞いていないバカはいるものなので、事故が重大化する可能性がある以上はそれに対応するのは必要なことではあったともいえる。

このシステムの30km/hというのは、急ブレーキをかけたときの衝撃やクルマの挙動、制動距離で考えれば妥当な速度設定と私は考える。

またアクセルを踏んでいる時には効かせないというのも不思議なことでもない。

ブレーキを踏めば止まるものでは無い

いうまでもないが、クルマはブレーキをかけさえすれば止まるなんてとんでもない誤解である。
しかしそう考えている人は実際には多い。
そもそも物理的にクルマはどうして止まるのか、そこを理解していないのでは危険ですらある。
クルマの教習所やモータージャーナルの欠陥なのか、科学的・物理学的な説明をきちんとしている人や本などは少ない。

F1ドライバーでも、一番難しいのはブレーキであると言う。
自動車の運転中において、ブレーキング中が最も危険である。
逆に一番簡単なのがアクセルを踏むことで、クルマも最も安定している。
平時走行中でも軽くアクセルを踏むことでクルマの挙動を安定させることもある。

ある程度以上の速度でいきなりフルブレーキをかければ横に流れる等のスリップを起こす。
通常の運転ではそもそもそんなことはしないし、事前からそろそろとブレーキをかける。
危険回避のためにフルブレーキが必要な場合でも、ただべた踏みするよりも、上手くブレーキングすればより短い距離で止まれる。
それがABS(Antilock Braking System)でタイヤを“ロック”させずにうまくブレーキをきかせるシステムである。
ブレーキをかけたり離したりを繰り返す動作になるのだが、それ故に「かえって運転手の不安を煽る」とかいって、これが登場当時は拒否感が生まれたのだ。
一部の自称「運転がうまい」モータージャーナリストにも反感を持たれたようで「それよりも運転技術を向上させるべき」云々と言って否定的な論調を言う人すら見受けられた。
自分のほうがブレーキ操作がうまいのであれば切るなり自分の車ならそんな装置はつけなければ良い。
しかし機械の方がうまいのなら運転手は単にべた踏みをすれば最短の制動距離をだしてくれればそれに頼るのは間違っていないだろう。

アクセル、ブレーキ、ステアリング(ハンドリング)をするのはどこまでいっても運転手である。
しかしそれを機械として最適に補助してくれるのならそれは有効利用すべきである。
そのシステムをきちんと熟知し便利に使うのが文明人というものである。
しかしその姿勢をスポイルしているのが、「自動ブレーキ」という無神経な言葉でくくってしまう一部の人達であると言わざるを得ない。
また経済産業省や国土交通省も否定するのではなくて、どうしたら最新の技術をきちんと一般国民に伝えることができるのかを考え、業界をリードしていくのが役割ではないのか。
業界全体としての用語等の統一のためにガイドラインを定義して広めていくのはまさに国のお役所の仕事ではないのだろうか。

保険料率低減

ブレーキ補助システム搭載を理由にその車種の料率を低減することに金融庁がコメントしたという。
報道がいい加減なので是非はよく分からない。
料率の低減というのはその(システムを搭載した)車種の事故率・平均損害額が他の車種と比べて低いというデータが出ていれば全く問題ないだろう。
そのクルマの性能やら機能やら関係なく、元々そうやって決めている部分はあるので、ことさらブレーキ補助の有無は関係ない。
逆にデータが出ていて、単にそれがブレーキ補助という名目を出すのを止めたというのなら金融庁がおかしい。

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