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2013/12/25

猪瀬都知事辞職

石原前知事が「服務規律でアウト」宣告が決め手になったように伝えられる辞職問題。
百条委員会発動の前に辞めないと色々と“傷がつく”から諦めて辞めるようだ。

この服務規律云々の話は東京新聞が11月29日に記事にしていたようだ。
もっともこの規律は一般職員、つまり試験に受かって職員になった人が対象であって選挙で受かった人は別という説もある。
そこに倫理観だの示しがつかないだのという感情論が入ってきてぐちゃぐちゃだ。

都議会の追求でこの話が出てこなかったようなのも不思議で、「取り調べごっこ」をするくらいならこの規律を持ち出せば一発アウトだったはずである。
もしかしたら都議会の面々も誰も知らなかったのだろうか。

石原氏は素直に「この規律の存在を知らなかった」と述べており、猪瀬氏ももちろん誰も知らなかった可能性は高い。
もしかしたら「選挙で受かったほうは関係ない」という感覚だったのかもしれない。

実際に法的に問題かどうかはどうもその辺は曖昧のようで、ある記事によれば都の役人も即答はできない案件のようだ。

なんとも曖昧で後味の悪いというかもやもやとしたまま終わるのだろうか。

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2013/12/24

太陽光発電潰しが本格化

リンク: 【藤本健のソーラーリポート】消費税増税だけではない! 太陽光発電システムを導入するなら今すぐアクションを - 家電 Watch.

なんともはや。
口先だけは「ベストミックス」などと言いながら「太陽光発電なんぞぶっ潰してやる」というのが本音のようだ。

消費税に対しても全く手当はせず(同じ大口買い物の住宅にはローン減税、自動車には購入税の廃止が手当てされている)、買い取り価格をおそらくはまた引き下げ(原発事故後も下げ続けているのである)、そして気持ち的なインセンティブとして大きく効く補助金も全額カットである。

その一方で原発関係には相変わらずがんがん税金が突っ込まれているし、いわんや事故処理には湯水のように税金がつぎ込まれることが決まっている。

高額の買取制度は税金を食いつぶしているかのように言われることがあるが、買取に関しては既に電気料金でしっかりと取られている。
再エネ発電賦課金等とかいうやつである。とはいえ100円にも満たない額である。

一方で原発関連にだけしっかりと基本料金の一部が流れている。
その額は100円程度と言われている。
もちろん表向きはそのことは明言していないのだから質が悪い。

原発事故以前と同様に「原発は保護して」「太陽電池発電は競争に晒して殺す」という方針がより露骨になっていくようである。

日本が補助金カットのせいで太陽光発電世界一位からずり落ちたが、次はそれどころでは済まなくなるかもしれない。
もちろんそれは電力会社各社の望みであろうが。

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2013/12/19

東京都知事辞任問題

知事辞任で幕引きなのか

また“ハラキリ”で終結なのか。
玉虫色で根本的なところは闇の中。
いや辞任はハラキリですら無いかもしれない。
本来は有罪にすらなるかもしれないのに、その職を引責辞任すればおとがめ無しなのか。

なぜか都議会の様子がみえてこない

集中審議とか2,3日ほど猪瀬知事への追求が議会で行われていたようだ。
マスコミが伝えるところはごく僅かでなにも伝わってこないに等しい。
あれがもっとも重要なところだとすれば都議会は何をやっているのだろうか。

普段の東京都議会の審議の内容はテレビ中継が行われているそうで、それは東京ローカルのTOKYO MXという放送局による。
しかしながらこれもブログで伝え聞くところだが当日はなぜか都議会中継は行われずにテレビショッピングだったそうである。
これだけ日本中の話題になっているコンテンツなのに放送局としては美味しいはずなのになぜかやらなかった。
と考えれば裏で何かしら糸引きがあったと勘ぐりたくなる。
ちなみにTOKYO MXの筆頭株主は東京都だそうである。

ある掲示板では知事が糸を引いている?いやそれは無理だろうという意見もあった。

私はむしろ東京都議会が放送を望んでいなかっただけではと疑っている。
それはろくな審議(質問)が行われていないという疑いがあるからだ。

猪瀬知事が「この質問が何の意味があるのか教えていただきたい」というような発言をしたのが普通のテレビニュースでも伝えられている。
ネガティブな意味で伝えているつもりに見えるが、私は猪瀬知事のいうそのままの意味で受け取っている。
つまり都議会の各議員が枝葉末節の質問ばかりをしていて、猪瀬知事自身すら自分が本質な追究をされている気がしなくなっていたのではないのか、そんな滑稽ともいえる事態になっていたのではないのかということである。

日付間違いで執行猶予無し有罪の前例

政治と金の問題でおおごととなったのが小沢一郎氏の疑惑であろう。
結局は秘書が有罪となり小沢氏は何ら有罪とはならなかった。
道義的責任とかグレーがどうのとかトカゲのしっぽ切りだの色々と言われていたがそこはどこまで行っても終わらない。
事実だけが問題である。
政治資金規正法に対する有罪判決が出た、ということだけが大きく言われ、その中身があまり言われなかった。
むしろそれよりも道義的責任がどうこうとかいうのが大きく言われたのだ。
このようなマスコミの論調が多く見受けられ、国会でもグダグダ言う人がいたりして私は首をかしげた。

内容は記載漏れではなく、金額も間違いでは無かった。
虚偽記載は記載の日付が実際と異なっていたということだった。
それで執行猶予無しの有罪判決が出たのだ。
私はかなり厳しい判決だと思ったのだがそういう論調もあまりなかった。

それが道義的にどうこうとか、本当はもっと色々やっているだろうからとか、そういう論調もでたりしてこの点でもまた首をかしげてしまう。
それでは“人治主義”であって“法治主義”ではない。

疑わしきは罰せずであり、きちんと証拠に基づき立証し法に照らして判断をしなくてはならない。
証拠つまり事実が出なかった以上は罰することはできないのは言うまでも無い。

なぜもっと有罪論議が出ないのか

猪瀬知事の問題ではそれなりに“政治資金規正法違反”や“公職選挙法違反”はいわれることはいわれるがどうにも主流になっていない。
“贈収賄の疑い”すらある。
疑いというのは贈収賄自体が成立していないが、金銭の授受による贈収賄の前振りであって、成立する前提が揃っているということだ。

・5000万円自体が借り入れではなく贈与(寄付)
これは疑いにすぎず借用書の形態がどうとかそういうのはあまり意味が無い。
どこをどう追求しても手をつけていない形式が成立している以上、もう何も出ないだろう。
しかしなぜか東京都議会はこの点(の更に前)から進む気が無いように思える。
どのように持ち帰ろうが鞄に入ろうが入るまいが何の意味があってそんな“質問”をしているのか理解できない。
言葉のほころびを見つけて叩いたところで何が進むのだろうか。

・借り入れとしても利息ゼロならそれだけで問題
利息がゼロの貸借関係であることを言った時点でそれが問題であるとなぜ追求しないのか。
一般的に考えて、借り入れ5000万円なら年利2%の低金利でも年間100万円にもなる。
普通なら5%にはなろうから年間250万である。
利息ゼロで貸すと言うことはすなわち利益供与となるのは当然である。
東京都知事(予定)という信用を前提として貸したというのならそれは買収工作、贈収賄が成立しないのか。

・期限無しも大問題
世間で「期限無しで利息無しの借金はもらったも同然」である。
当り前では無いか。

・借り入れという収入が記録されていない
政治資金規正法違反が成立する可能性は高く、選挙中の出来事なので公職選挙法かもしれない。
どちらにしろ無記載という大問題であるのは間違いない。
それは猪瀬知事が5000万を受け取ったと認めた時点で発生する問題である。
貸金庫に入れようが銀行に預けようが、事務所や自宅の金庫に入れようが、貸金庫を変えようがどうでもいいことである。
その辺りは証拠隠蔽の意思があったのかというような余罪の問題、刑期の長さを決める程度の問題であり、有罪無罪の話では無い。

・選挙資金か個人的な借り入れなのか
これも殆ど意味が無い。
個人的という取り扱いが許容されるのであれば公職選挙法なんかザル法である。
バックの政治団体やら選挙事務所も含めて選挙期間中は公私混同ぐらいでお金の出し入れを全部記録をしていかないと疑いが生じるのは当然だ。
今回の件は少なくとも猪瀬知事本人が受け取ったのだからアウトである。

なぜか動かない検察

小沢氏の時はあれだけ執拗に動いていた検察が動くそぶりがないのが不可解だ。
とりあえず議会の動向を見ているというのもあろうが、一部の報道によれば知事の辞任で幕引きとして、もう追求しないという感じのようだ。
私には不思議で仕方が無い。
再度言うが日本は法治国家では無かったのか。
これでは法の公正が損なわれているのではないのか。

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2013/12/16

Windows8.1を入れてみた(その後3)

私はさしてこだわりも無いのでXPSもたまーに使っていたのだが、Windows8になってからちょっと戸惑った。
まず作成でMicrosoft XPS Document Writerを使った時に常にデフォルトでOXPSになってしまうことである。
Windows7/VistaのこともあるのだがらXPSも共存するようにしておけば良いものをどうしてもOXPSに誘導したいようだ。面倒臭い。
まあ、個人的にはどうでもよいというところだが。
ちなみにファイルサイズも有為な差がないようだ。

次に困ったのはWindows8ではデフォルトでアプリストア型の“リーダー”で開いてしまうことだ。
アプリストア型アプリの欠点は何枚もの書類を並べて見られないことであり、実用に供さない。(タブレットなら妥協するのかもしれないが以前に普通にやっていたことができないのは劣化である)
まあ、別にたいした話では無くて、プロパティを開いて規定を普通のWindowsアプリである「XPSビューワー」に設定すれば良いだけのことである。
XPSだけではなくOXPSも同じように設定しておこう。

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2013/12/14

経済産業省のエネルギー基本計画

経済産業省のエネルギー基本計画

(5)原子力
1位置づけ
燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる準国産エネルギー源として、優れた安定供給性と効率性を有しており、運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もないことから、安全性の確保を大前提に引き続き活用していく、エネルギー需給構造の安定性を支える重要なベース電源である。

この文章、意味が分かるだろうか。
言語明瞭意味不明瞭とはその昔とある総理に向けて云われた言葉だが、官僚の作文にもよくこのような言葉があてはまる。

まず燃料投入量に対する云々だが、それをいえば太陽光や風力、水力、地熱などの天然系エネルギーでは燃料自体がゼロであり、これらが割り算をすれば無限大という答えになってしまうほど比較不能なほどに大きい。

準国産というのも備蓄が大量にできるからというのは論ずるまでも無く変な論理だ。

その後は但し書きで「運転」がついているように、運転時に限った話であり、それ以外のコストは一切考慮から外している。
もちろん意図的であるのは間違いないだろう。
温室効果ガスも天然エネルギーでも運転時は排出しないので特段優れてはいない。

最後のミスリードは「重要なベース電源」という言葉である。
「ベース電源」というとなにか重要で優れているかのような錯覚を起こしがちだが、そこが巧みである。

そもそも「重要な」のと「優秀な」のは明らかに異なる。
「重要」というのはかなり主観的であり評価者によって異なってくる。

「ベース電源」とはなにか

年間を通して、また一日を通しても電力消費量が変動する。
日本は四季の寒暖差が激しいから変動は大きいし、工業国なので昼間の消費量は大きい。
その中の変動しない部分を分担するのがベース電源といわれる。
逆に言えば変動できない、稼働や停止が困難な、融通のきかない発電方式をそこに充てるのが当然である。
その代表格が原子力発電方式であり、また先進の石炭火力発電や地熱発電もそうであると言われる。
特に原子力は停めるのが大変困難であり、今は“停止中”といわれるが完全停止してしまうと稼働まで数ヶ月はかかるといわれる。
実はいわばアイドリングストップ状態であり、発電どころかむしろ電気を食っているぐらいである。
それはともあれ、先進石炭方式や地熱の発電力可能量で比較すれば「重要」であると言うのは当然すぎる結論であり、だからなに?という話にしかならない。
「いまたくさん発電所があるのだからさっさと再稼働すべき」「これからも推進していくべき」などという論理は明らかにおかしい。

優秀なのは「ピーク電源」のほう

一方で変動に追従して増減をさせる部分を分担するのが「ピーク電源」である。
変動できる、つまり稼働や停止が比較的容易なガスや石油火力発電方式がそれを担っている。
ダム式の水力発電もそうであろう。揚水方式は多すぎたベース部分を“削る”こともできるので発電方式としては優れているといえる。

いうまでもなくピーク電源をベース電源とすることは容易なことであり、ピーク電源として使える方式は優秀な方式なのである。

ちなみにその中間の「ミドル電源」というカテゴリーも存在する。

結局なんの意味の無い話

ここまで露骨に言えば分かると思うが、電力方式の発電時の問題についてだけ論じるのはあまり意味が無いし、原発政策の転換を語る根拠とするには問題がある。
原子力発電所の発電時のコスト等のメリットを述べられてもなんら意味が無いのである。

そういう「事故前」の全く同じ論理構造で「重要だ」と述べられても全く賛同する余地が生じてこない。

この話題を今日改めて書いたのは、昨日金曜日のBSフジのプライムニュースでこの関連の話がでたからである。
番組の内容もなかなか面白かったが一つ思ったのは、相変わらず官僚は“論旨をワザとずらした資料ばかり出している”ということである。
そして相変わらず“きちんと論旨にあった数字を出して論議がされていない”ということである。

例えば「原発をとめて石油やら買っているから3.8兆円も富が流出している」という話である。
国会でこの話があり、官僚が(実績に基づくものでは無く)2010年と同じ電力消費がされた等の前提で出した数値だという。
2013年度のグラフまであって2011年、2012年のグラフがあるものだから実績値(統計値)を書いているのだと普通は思ってしまうが、それは間違いであり、ある一定の仮定条件でわざわざ算出した予測値なのだという(この時点で意味がわからないのだが)。
国会では嘘をつくと大変なことになるので追求に対して官僚がこのような答弁をしたわけだが、マスコミや一般国民への説明としてはウソも同然な話を出してきていたのである。

巧妙な発表日時

基本計画が発表されたのが今月6日。
あの「特定秘密保護法案」の強行採決が新聞トップの一面を飾ったときである。
おそらくこの強行採決がなければこの記事が一面に踊っても不思議では無いほどのインパクトのある政策転換であり、トピックなのだが、官僚からしてみればうまく隠せたようである。
もちろんたまたまだというに決まっているが、この手の調整は官僚にとって基本中の基本技であるからそれ以上言うことも無い。

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2013/12/09

規制緩和で規制強化された薬ネット販売

規制緩和とはむしろ逆行

三木谷氏の発言などで注目を集めたネットでの薬販売の規制緩和問題。
マスコミではあたかも規制緩和が進んだような報道がされたが、実態はむしろ逆で規制が強化されてしまった、ということである。

私もこのあたりはすっかりと騙されていたが、ネットのおかげでぽつぽつと情報を見るようになってきた。
みんなの党代表の渡辺喜美氏もテレビ番組で明言していた。
おそらくは殆どの人は知らずに過ごしているのだろう。

法案確定前は規制がなくなっていた

薬のネット販売についてはその権利について訴訟が行われており、最高裁で判決がでている。
対面販売についての正当性は認められず、ネット販売を規制する妥当性は無く、販売行為は問題が無いという司法判断が出ていたのである。

大ざっぱに規制をするほうからみれば「無法状態」になってしまったのである。
現状では司法により認められてしまったのだからなにか手を打たないといけない。

もう一度法律を定めてしまえばその司法判断は根拠を失うので、どこかで法論議をすべきだと考えるのは当然である。

規制を取り戻すために

そこでアベノミクス・規制緩和委員会というものに目をつけたのであろう。
官僚というのは本当に狡猾である。
あたかもいままで薬のネット販売は規制にがんじがらめであったかのような一般認識を利用して規制緩和を行うという世論の流れを作った。
巧妙なマスコミの情報統制の一つと言える。

ここでも記者クラブやら省庁からの情報を鵜呑みにする、鵜呑みにせざるを得ないマスコミの弱さが出てしまった。
当然この情報の発表先は厚生労働省であり、既得権側である。
繋がっている既得権者は病院(開業医は経営者と医者が同一であるのは普通のことである)やその隣の処方箋薬局を含めた薬局とそこに勤める薬剤師である。
直接的、間接的に医者や薬剤師の既得権保護、そこまでいわなくとも市場や職場保護である。
当然ながら医師会やら薬剤師会やらの繋がりもあり、族議員の代表格である。
いま、選挙法違反で摘発をうけ、東京都知事まで巻き込んだ騒動になっているのも、その大元は病院の経営グループである。

ちなみに医師会や薬剤師会は人数はともかくとしても献金が半端ないそうで数十億にものぼるらしい。一人当りの計算はしないほうが精神的によさそうだ。

規制緩和したのは実は一割程度

そもそも薬とは大別して“処方箋薬”と“市販薬”がある。
それ以下のところで特保やら医薬部外品やらあるがその話は除く。

この処方箋薬の扱いが根本的に問題だったのである。

話題にも上らなかったのもおそらくは厚生労働省の情報操作のひとつともいえる。
薬市場規模という点で言えば市販薬を1とすれば処方箋薬は10あるという。
市販薬の規制なんかどうでもよくて処方箋薬の解禁が重要だったとさえいえる。

今回の報道では規制対象は数%で数える程の品種のみであり、ほとんど規制緩和となったような印象操作が行われたが、実際には9割が規制対象のままで緩和されたのが1割程度、というのが真実だったのだ。

上で述べた司法判断によって薬全般を規制することができなくなっており、処方箋薬も例外にはならない。
それではまずい。放置していれば既成事実化してどんどん広まってしまう、と官僚達が考えても当然である。

そこで話の焦点をうまくずらして解禁する薬を定めようとしたのである。
逆に言えばそれ以外は規制対象という論理である。
規制緩和の流れの中で規制強化をしれっとやったのだから驚いてしまう。

議論の中で、市販薬について“強い薬”のいくつかを規制対象としている。
その論拠のひとつとして、元は処方箋薬であったものを市販薬に“格下げ”したものであるということを言っている。
これも実に巧妙な論理であり、処方箋薬ははなから規制対象であることを印象づけるのが目的だったのでは無いのか、と勘ぐってしまう。

更に言えばこの論理自体もおかしいのである。

処方箋薬こそ安全

処方箋薬は医者から「これを使ってください」といわれて買うものである。
医師が病状やら体調やら副作用やら様々な問診を行った上で判断を下し選定されたものであり薬剤師が選定する余地はもはや無い。(そうでなければ処方では無い)
その処方に当たって注意点なども当然説明を行う。
薬剤師は処方にあたって間違いなく出すぐらいが仕事になっている。

いやいや、他の薬の飲み合わせとかアレルギー確認とかしているのではないかというが、それはむしろネットの方が確実にできる。
販売履歴も残っているし個人情報登録をしておくことで本人が言い忘れそうなことも確実に確認できる。
実際に服用している薬を全部覚えているとも限らない。
例えば薬局の対面販売で市販薬を買う場合に、処方箋薬をしっかり聞き取る例があるのだろうか。
なにかの治療で大量の薬を服用していて、単なる風邪で風邪薬を買うような場合だってあろう。
個人情報への踏み込みになるので一介の薬局の薬剤師はそこまで踏み込まない。

しかしネット販売なら履歴さえあれば薬剤師によるチェックはもちろん自動チェックさえできるかもしれない。
適切な風邪薬を選ぶ参考にもできるだろう。
むしろ処方箋薬も含めてネットで買ってもらった方が安全な方向にいくとすらいえるのだ。

役人の五感をフルに発揮するという論理

厚生労働省などは対面販売の重要性を“真剣に聞いているとわけがわからなくなる”説明をしかできていない。
言葉を色々言い換えても、対面販売で五感をフルに発揮することが重要だとの一点しかないのだ。

ここで勘違いしている人がでるのだが、ネット販売でもきちんと薬剤師がいて管理販売している。
きちんと書面で説明も行っているし電話での応対もしている。
もしその点で疑問や問題があるのならそこを出店に当たっての要件としてきちんと法制化すれば良いことである。

この展開で私が問題に思うのは、薬剤師にそんなスキルを求めて良いのか?と点である。
厚生労働省は「五感をフルに発揮して」という。
薬剤師という資格にそんな試験があるのだろうが。
資格として対面販売のスキルという項目は少なくとも無い(実務とやらに入っているようにもみえるがペーパーテストの範疇である)
メンタリスト的な要素が必要だし、少なくとも面接試験は必要だろう。
というか、そんなのを試験できる試験官がいるとも思えない。

国会では

厚生労働省と自民党はとりあえずタッグを組んで推進していたわけだ。
これもいつもの光景である。

では野党のチェックはきかなかったのか、という話になる。

委員会での野党枠は各党二人程度だったという。
党人事としては当然ながら医療問題に詳しいものを出すわけであり、各党にはたいがい薬剤師や医師の資格を持っている人がいて選ばれるだろう。

ここまでいえば分かると思うが今回の話題でその人達は“既得権益”側の人間なのだ。
どんなに差っ引いてもこの流れに少なくとも反対はするとは思えない。
さらに多少の疑問を持っていてもスルーという大人の対応をするだろう。
いうまでもないが自民党多数なので一人がドンキホーテを気取ってみても容易に潰されるのは目に見えている。(まあその前に党幹部から外されるだろう)

かくして無風状態で厚生労働省の思いのままに事は進む。
パブリックコメントやら一般意見徴集など横に流せば良いだけのことである。

岩盤規制打破はどこにいったのか

アベノミクス、岩盤規制打破などといって逆に官僚に上手く利用されたのがこの顛末であったというのが実態だったようだ。
三木谷氏がどうこうなどほんの些細な話なのである。

特定秘密保護法案も構造が同じに見えてならない。
理念やら方向は妥当で「やるべき」という世論を含め流れを作っておいて、実態はうまく官僚が動ける、また既得権益を確保するという法的枠組みにしてしまう。
国民はまんまと騙される。
さすがに特定秘密保護法案は様々なことが露見して、最後は強行に押し切ってしまった。
大分印象が悪くなったが、一方で監視機関の設立など“焼け太り”を獲得ができている。

これで少しは安倍内閣の支持率が急落すればまだましなのだが、なぜかどこも世論調査を行おうとしていない。

自民暴走を許す布石は、参議院選挙の前にマスコミが妙に「ねじれ国会」という言葉を連呼していたことがあったとおもう。
私は直感的に不信と不安をもって少なくとも自民党にいれることはすまいと思っていた。
「ねじれ」というのはネガティブな印象を持つが、「チェック」システムが存在するという面も持つ。
くしくもその不安が的中してしまい残念である。

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2013/12/08

大手マスコミとネットの調査の差

リンク: ネットは「秘密保護法」賛成が多数! 背景に大手マスコミへの不信感 (1/2) : J-CASTニュース.

マスコミへの不信は当然だと思うが、きちんと冷静な分析をしなければ「これだからネットは」と揶揄されるだけである。
記事にある山本太郎氏の行動にしろ、ネットを盾に妙な行動を取る人達は私から見ればむしろ「ネット潰し」に見えてしまう。
山本太郎氏の当選は興味深いものだと思ったし、叩きかたも首をかしげるものがあった。
しかし実際の国会議員としての行動には報道のされ方を差っ引いてもどれも首をかしげざるを得ない。(社会人としてもどうかとおもうレベルだが)

その話はさておき“国民調査”で差違が出ているというのは事実である。
ではその差はどこにあるのかをちょっと考えればわかることではなかろうか。
「マスコミだから」などと考えるのは短絡に過ぎる。
それは調査方法の違いがまずあげられるだろう。

マスコミの調査は今回のもいつものように行われたとすれば、無作為抽出された(要はランダム電話番号で有効なもの)へ電話をかけ、音声のやり取りによるアンケート調査であろう。
通常は2000~3000人くらいであり、日本国民の人数からすると適性であると統計学上でいわれている数である。
欠点としては一見公平に見えるが平日の昼間に行われるため、普通に仕事や学校などに行っている人は回答できないのでは、という懸念がある。
このことから老後を過ごしている方達や主婦層に偏るのではという懸念がある。
もちろん電話がない人の意見は全く無視されるが調査結果に対して影響を与えないレベルと考えられるので問題は無いとされる。
ただしかける電話番号は固定電話だけで携帯しかないひとはどうなのだ、という疑念があるがその点について明言はされない。まあ普通に考えればケイタイまで拡げるのになんら困難は無いからやっていないのもおかしいとはいえるが。

ネットの調査は通常はメールによるアンケート調査か、Webのボタンによる投票である。
欠点としては当然ネットに接続でき、Webを見たりその上の投票行動ができるという人に限られる。
そのために電話調査と比較して逆に若者~壮年層に偏るという懸念がある。
また一票=一人とはいえないという問題もある。IPアドレスによる判定ぐらいは行っていて当然だと思うが、ネット投票においてはそれすらやっていないものもある。
やっていてもIPアドレスを変えながら何度も投票することは容易なことである。
これは回避をしようが無い問題である。
IPアドレスによる個人特定はプロバイダの協力があってこそ可能になることであり、一般の調査でそれを行うことは実質的に不可能である。
また電話調査は「プッシュ型」調査であるのに対してWebサイトによるネット調査は「プル型」であるという大きな差もある。

長々と書いたが、「マスコミの調査」と「ネット投票の調査」の差は、ひとつは回答層の違いでは無いのか、ということが言えると思う。
年齢層や職業層の違いがひとつと、電話では能動受動型関係ないのと、ネットは自分からそこにいくという能動型に限定されてしまうという差は言えるだろう。

マスコミのアンケートでも「こういう法案はいるか」ということには「いる」という回答は多い。
また朝日新聞系でもWebアンケートでは異なった結果になったのも、別にそのマスコミに偏りがあるわけでは無く、アンケート手法の差に起因としているのではと考えた方が妥当では無いのか。

マスコミ調査では電話無作為で新聞社なりの依頼を受けて調査会社が実行するわけで別に新聞を取っている人にアンケートしているわけでも無い。
一方でWebアンケートは日頃Web記事を見ている人に偏りがちになる。

どちらが平均的国民かと言えば、それは自分がいるサイドを「平均的」と言うのは当然の心理であろう。
私はどっちもどっちだなあとは思うし、どっちか選べと言えば電話(半強制)の方が平均的かなあ、程度のものである。

そんなわけで意見の結果がマスコミの恣意のような記事を書くのはちょっと首をかしげざるを得ない。

また賛否の回答というのは設問によって異なってくるのは前の記事でも書いた。

「この法案に賛成ですが」
というのと
「このような法案は必要ですか」
というのは賛否異なるのは当然のことである。

今回の件では「法案に賛成」だが「審議はキチンとすべき」「審議が足りない」という意見もあるし私もそう思う。

本旨から話がそれるが最近の感想が数日前と若干変わっているので書いておく。

様々な人の意見をあれからテレビの発言を聞いたりネットの記事で見たりしたが、私の印象ではやっぱり審議が足りていないという所につきる。
不十分だから法文も不十分で悪意のある人につけこまれ問題が生じる。

今審議している人や内閣、今の国会の人々や役人がやらないとしても、そんなものを担保になんかにならない。
法文も出さずに「問題ないから安心して」などと何度言われてもそれはこちらが困る。

法案の中でも5年とか10年とか30年とか60年とかそういうスパンの話が出ている。
何代も代替わりをするまでこの法律が有効であると言う想定があるのに、である。
受け継がれているのは気持ちではなく法文そのものだけなのである。

ただ問題なのは審議がきちんとかみ合ってできていないというのも事実であろう。
野党の問題もあり審議が深まっていないと指摘もある。
野党側の質問が同じことの堂々巡りであればこれで審議打ち切りと考えられても不思議では無い。
ただ法案提出側がきちんと回答をしていなければ何度も質問して当然である。
その点は残念ながら私は確認ができていない。流石にそこまでの時間はないからだ。

その辺をマスコミが報道して欲しいところなのだが、「マスコミの法案の問題点を質問する」ような話題の取り上げかたばかりでそこから話が前進しない。
のらりくらりの回答に対してツッコミすらしない。
それでは出演する議員なども、いささかうんざりしているのではと察する。
だからなおさら適当な回答しかしない。

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2013/12/07

特定秘密保護法案というか

官僚秘密保護法案というほうが妥当だという感じになった。
これ以上あら探しをされては困るので採決となったようである。
これまでもだいぶ荒らされたので「もう十分審議はつくした」という感想になったのだろう。

修正案が“各党の意見を受けて修正”されて新たな話が出る毎に却ってその色が濃くなっていくのにはもはや失笑するしか無い。
官僚というのは本当に頭が良く巧妙であることがよく分かる。

それが良くわかるのが監視機関なるもので、官僚でがっちり固めているという茶番である。
有識者ももちろん官僚(形式的には大臣とかにするのだろうが)の推薦となろう。
(日常的に行われているからその例に漏れないのは当然)

民主党党首の「官僚による…」というくだりは正に正鵠を得ているだろう。

各党の意見を反映するために聞く耳を持つ姿勢を持ったのにどうも胡散臭さを持っていたのだが、なるほどこういう意図があったのかとその狡猾さには感心してしまう。
その修正案を審議する時間を与えずにさっさと審議を打ち切ってしまう。

公聴会の意見は一切無視だったのはうまく取り入れられる材料がなかったからだろう。

その典型的な話が衆議院での維新の会の決議での退席問題だ。
マスコミで正確に報道されておらず一部批判が出ているが、維新の会の中田氏がテレビでそのことを語っていた。
意見交換をしたのはいいのだが、その後一切の修正案の確認も無しに、もちろん委員会等での審議も無しにいきなり可決に持ち込むという行動に出たから、ということだ。
誰が見ても時系列的に無理な話で、せめて水面下での確認でもあったのかと思っていた。しかしそれもなかったのでは維新の会としては手続き的にもそんな経緯で賛成をできるわけが無いし、おそらく意向も法案文に反映されていなかったのだろう。

おそらくは数年は“おとなしく”しているだろう。
最低でも監視機関が一年後の施行までに作られるかが焦点、というといいたいところなのだが、今の案通りに作られても何の意味があるのかわからない。

その次の区切りは五年後だろうか。
“特定秘密提出促進条項”と揶揄される「五年のうちに何も秘密条項をださなければ以降秘密条項は出せない」という普通に考えれば意味不明な条項である。
一年ごとに提出数の推移をきちんととっていると面白い数字がでるかもしれない。
四年後から数字が不自然に増えたとしたら予言的中といったところであろう。
政治家達は「そんなことはおきない」などといっていたが、これをするのは官僚達である。
法案を作った政治家がいうべきは「そんなことできない」と答えるべき(そういう法案にしておくべき)で「やらない」「おきない」という回答は官僚の立場での回答である。

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2013/12/06

無茶苦茶な特定秘密保護法案における審議運営

ひどい審議運営

最初に言っておくと、私も秘密保護法案自体は必要の立場である。
その辺からして世論調査が無茶苦茶で、マスコミ毎に賛否の割合が違うことが伝えられている。
これは当たり前で各社で微妙に設問が異なるからだ。
賛成が比較的多いのは「法案は必要か否か」と問うている。
反対が比較的多いのは「(本)法案に賛成か否か」と問うている。
私の場合は前者は賛成だが、後者の質問なら反対である。
つまりそういう人が多いわけで、そこをしっかり伝えないでいるマスコミも多かったりするので混乱に拍車をかけている。

特に酷いのは公聴会であろう。
衆議院可決直前になって開かれた福島での公聴会では7人が意見をいうことができて全員が反対の意思を表明した。
しかしまったくこの意見は抹殺したも同様である。
パブリックコメントでも7割か8割が反対だそうであるが、これも全く行動として反映されていない。
これで「国民の声を聞いた」というのだから意味不明だ。

さらに茶番なのが参議院に対応する公聴会であろう。
今回は意見を言うのがわずか三人で、傍聴席すら関係者だけが入れるようにしており、外で反対者がひしめいている一方で、傍聴席が見た目で3割は空席である。
なんでも2日前くらいに会場を抑えたそうであまりに急すぎて傍聴者の予定が立たなかったのだろう。
意見人のうち二人は自民党推薦でどうみても平均的国民には見えない。
人選の甲斐あってか酷いほどの賛成論者である。
悪い言い方での「有識者」の類であろう。
つまりは「これのどこが公聴会なの?」と切り捨てるのが妥当なレベルである。

審議自体での話し合いも酷いものだ。
特に政府の答弁が酷いのだが、例えば『「これは特定秘密ですよ」と断らない限り特定秘密にはならない』ような言い方をしていたが法律文にそんなことは書いていないのだから全く空虚な説明だ。
質問する方も「それはどこに書いているのですか」と突っ込まないからダメだ。
もっともたまに突っ込んでも「そういう解釈はいたしません」と逃げるのだから呆れる。
作った人間の意図など関係なく「書いてある通りに解釈される」のが法律だ。

今回の法案と審議の中でいい加減だと思うのはきちんと法文に従って論議をしていないことが根源だと思う。
まあいつも法案審議でも似たようなものだからやってるほうは別段違和感が無いのだろうが、今回は法案内容と説明が乖離しすぎているからひどいと思わざるを得ないのだ。

さて、この法案の酷いところを改めて書いておこう。

特定秘密の定義

外交と防衛にだけ限るのならまだ分かる。
なぜかスパイとテロを入れ込んできたのだからここも問題だ。
スパイ防止法や破壊活動防止法があるのにそれとの整合性も全く無しに論議をしているのが問題である。
従来の類似法との整合性や役割分担をきちんとやらないと混乱する。

もはや笑うしか無いのが「その他政令で定めるもの」という定義である。
政令で定めるもの、言い換えれば政府が勝手に決められるのであれば他の6項目すら法案に盛り込む必要は無く単にこの項目だけあれば良い。
つまり他の6項目はこの項目を紛れ込ませる為に書き並べているということだろう。
まったく酷いものである。

秘密自体もそうであるが他にも様々な曖昧な定義で構成されている。

量刑の強化

特定秘密を知らされた公務員の量刑が重くなる。
量刑が重くなってどのような効果があるかと言えば、個々人での萎縮効果であろう。
もっとも有罪になれば何年であろうとクビになるのは確実だから大差ないとは思うのだが。
まあ、その辺はアメリカの要望らしくクライアントが要求するのなら従おうという意図らしい。
今でも有罪無罪については大差なく漏らせばアウトである。

ちなみに過去15年間で有罪確定したのは2件で1件は執行猶予付きで1件が刑務所行きである。
立件されたのは10件程度でいずれも不起訴処分等となっている。

罪が軽いから漏れる、という話であれば年数を延ばせば良いだろうがそういう状況が無い。

ただこれからは「秘密」が「増える」ことになり、抵触する危険性は確実に増える。
その上で秘密の定義を曖昧にしておくことと、量刑を重くすることで、公務員の萎縮効果を狙ってのことと考えるのが自然だ。

一般人への刑罰の追加

特定秘密を保持する公務員(官僚)だけが対象ならまだいい。
問題なのは「(秘密をひきだそうとした)一般人」が有罪の対象として追加されたことである。
今までは秘密を知ろうとしても有罪にまでは至らない。(もちろん違法行為をすれば処罰はされるが)
しかし今回の法律ではある一定の条件を満たして秘密を知ろうとすると有罪となる。

この点はなぜか法案審議の中であまり問題視されない点である。

実情として「マスコミの取材」が該当されるとして警戒されたためマスコミは除外規定とされた。
そこに問題が矮小化されたというかすり替えられたのが問題である。

一部のジャーナリスト達、例えば田原総一朗氏や鳥越氏が反対表明を出したが、彼らに共通するのは実態としてマスコミというバックボーンの無いフリーのジャーナリスト達である。
勘違いしている人も多いが彼らが活躍しているのがテレビなどのマスコミという場であるに過ぎず、彼らはマスコミでは無いのだ。
マスコミというのは局の看板(腕章)をつけて動いている人達であると考えられる。

フリージャーナリスト中にはもっと知名度の低い人はいくらでもいる。
仮に捕まっても知らされないようなひとさえいるだろう。それが問題なのである。

例えば江川紹子氏はオーム真理教関連の取材で多大なる貢献をしたが、それ以前には殆どの人が知らないような無名ジャーナリストであったといえるだろう。(私も知らなかった)
そういう人達を潰すことになりかねない。

監視機関

それでも審議の中でようやく監視機関の話がでたがこれも酷いものである。

・秘密の定義や範囲など→有識者
有識者が第三者などと言うのは噴飯物である。
いわゆるお抱え学者、御用学者を集めればなんとでもなる。
問題なのはその有識者を誰が選ぶか、である。
例えば与党では無く野党第一党が人選権を持つなんてアクロバットを出せば反論できないが、今までの様々な有識者会議をみれば第三者など程遠いことが分かる。

・秘密の定義に適合しているか→政務次官
政務次官というのは議員から選出されるが、要するに官僚の実務上のボスである。
その上に大臣・副大臣がいるがこれは比較的内閣との連携が強く政治家としての色を保っている。
一方で政務次官は官庁にいる事が多いのでどっぷりと浸かり官僚に取り込まれることが多い。
大臣・副大臣の前のステップ役で任命されて勉強不足のことも多くなおさらだ。
どちらにせよ、政府からの意思か官僚の意思かのどちらであり、第三者とは程遠い。

他にも叩けばいくらでもホコリが出てくるような状況で可決しようとするのだから無茶苦茶だ。

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2013/12/01

電子ノート WG-N20 を買ってみた

アマゾンで購入したのだが、まず届いた時点で驚いた。
普通はこの手のものは段ボール箱に入っていると思うのだが、個別包装に書籍やCDアルバムなどを一つ頼んだ時と同様な段ボールクッション付封筒に入ってポストに入っていた。
個別包装でCDケースより一回りか二回りほど大きいだけなのでそういう判断も分からないでも無いが。
包装も簡素だし、中に入っているのは本体(カバー一体)とスタイラスペン、USBケーブルである。
この手のものはなんだかんだで結構重くなるものなのでそういう先入観があると「軽っ!」と思ったりもするぐらいだ。



タブレットがあれば不要か




ネットで見るとタブレットが安く売られている現在では存在意義のない製品のように語られることもあるようだ。
発売後のメーカーによる調査では20代にはあまり支持されず、30代以上からの支持が多いそうだ。

私はタブレットやらIT機器にありがちなうざったさがないのが良いと思う。

電池も充電無しでも週単位で持つレベルなのもいい。




アップデートもそうだしウィルスだのセキュリティだのとも無縁なデバイスだ。

いえばUSBメモリと同じ程度のセキュリティ対象だろう。

この点は特に会社でも使うような用途には適していると言える。

カメラがついていると持ち込み禁止となる領域もある。




タブレットは数年も経てばOSのアップデート対象から弾かれて実質使えなくなる可能性がある。

そういう不安が購入を躊躇する原因になるのはおそらく会社で経験を積んだ世代だ。




タブレットでも同じことができる、というのはPCならなんでもできる論と同じだ。

実際にこの電子ノートと同等以上の機能を実現するアプリは存在するのか。

今この時点で存在しているのかが重要である。

それはバックアップやらPCとのリンクの環境を含めての話である。

無料ソフトでできるわけもないからその値段を加算してどうであるかということになる。




実際に使ってみると、お絵かきソフトなどで言う「レイヤー」のような動作をする部分があり、単なるペイントソフトでは代用できるものでは無いことがわかる。




詳細は後述するが、「書式(罫線)等を表示」「使用者のペン入力」「使用者のマーカー入力」の独立した三つレイヤーがあるかのような動きをする。

「マーカー」は「ペン入力」の下に必ず入るし、マーカーを消す操作をしてもペン入力は消えない。

書式は常に一番最下層でペン入力とマーカーには一切影響を受けない。


充電はUSB端子




充電はUSB端子で行う。直接ACに挿すようなものは無い。

箱にはPCなどのUSB端子で充電と書いてある。

PCはもちろん、テレビやDVD/BDプレイヤー・レコーダーやゲーム機などにもUSB端子がある時代なので問題は無かろう。

そういうのがなくてもUSB充電用のACアダプタはどこでも売ってるしテーブルタップさえある。

本体側はマイクロUSB端子であり昨今のケイタイやらデジカメのトレンドに合わせており一般的なものといえよう。




開封時は電池のゲージが1/3でありとりあえず充電が必要のようだ。

充電器を探すのも面倒だったのでテレビに挿してみた。

挿すとUSB端子の横にあるLEDがケース越しに透けてオレンジ色に光って見える。(普段はどこにLEDがあるかわからない)

十分であり、コストもかからず、なかなか良いセンスである。

最近は流石に減っているが、なんでもかんでも青色LEDにしたがるアホな感性には困ったものである。




充電は2時間ぐらいかかっただろうか。測ってはいないのでわからないが。

ところで白モデルだからこうだが、黒モデルはどうなっているのだろうか。


持った感じ




箱を持つと軽いと感じるが、本体で持つとまた別の問題。

手帳(ノート)という先入観になるのでちょっと重い感じがする。

ノートというとキャンバスノートを思い浮かべるが、これはA6ノートのような小さいメモ用ノートを想像した方が良い。

感じとしては結構ぎっしり紙を入れたシステム手帳を想像すると近いと思う。

(色々入れてずっしりさせたシステム手帳を持っている人もいるがそれよりは軽い)


見て書いてみた感じ




画面がテカって見えてその点はいまいちである。

コントラスト感も無いと言って良い。

バックライトは不要であろう。

確かに昨今アンドロイド端末が1万前後でも買えることも考えると高いという印象はある。




初めて電源を入れてやることは予想に違わずタッチ調整で十字を5回ほどつつくアレである。

その後に年月日時間をいれることである。これは多くのタッチデバイスではお約束。




とりあえず色々書いてみると悪くは無い。

走り書きというレベルでは線が途切れてしまうが、速めに書くぐらいならついてきてくれる。

これは反応速度が云々で無くて、ある程度筆圧がないと入力されないので、走り書きの中でペンが紙をなでる程度だと紙ならインクがつくがという圧で、タッチだと入力されないレベルということなのだろう。

実際に最後まで力をちゃんと入れて書けば問題が無いし、線を引く時も最初から最後まできちんと書けばどんなに速くペンを動かしてもついてきてくれる。

メニューの移行などのレスポンスは全く問題ないし、ページ送りやらの表示速度も問題は無い。


スペックとか




画面サイズはおおむね800x600のようだ。

多くがXGA以上だったりRetinaとかいう現代ではスペック不足も感じる。

結局はコストや電池の持ちとのトレードオフだろうし、必要とも感じない。




ページ数でメモリ容量は書かれているが、設定を見ると2Gバイトであることがわかる。

もっともビットマップ保存ということになろうからその情報はあまり意味が無いだろう。


セキュリティ




暗証番号を設定できるようになっている。

4桁の数字であり、10回間違えるとロックされる。翌日になればロック解除されるので総当りでは最悪でも1000日かければ解除可能とも考えられる。




PCと繋がれると関係なくデータを抜かれるのでは?とも思ったがそれは大丈夫。

PCとの接続開始にはかならず本体メニューからの操作が必要であり、暗証番号でロックすればその操作ができないからだ。


要するに買いかどうか




単純には言えないところだろう。

キングジムのポメラと同様にある意味相手を選ぶ。




もう少し色々実験してからまた書くつもりだが、PC連携も含めて自作のフォームを作ったりをすると活用方法が色々出てくると思う。




面白い活用としては、漢字検定合格のために「書き取り問題」を自作している記事も見かけた。

またシャープのホームページでは数字パズルの問題を提供している。




ドキュメントや資料のブラウザとして使うことも考えられる。

これもシャープのホームページで和暦ー西暦換算表や、単位換算表を提供している。

同様な発想をすれば元素周期表とか鉄道路線図とか色々考えられる。




私は若干電子ガジェット的な趣味方向の興味で買ったところもあるので、まあ一万円前後なら良いか的な感覚である。

電子ノートとして新製品も出たようだが、それの記事を見て「これなら現行品がいいや」と改めて思って購入したぐらいである。




ちなみに新製品はスケジュール管理が売りのようだが、今時クラウドなり他のデバイスのスケジュール管理と連携できないようなものは使い物にならない。

アラームが鳴るシステムがあっても、今時、自動時計合わせをしないようなデバイスでは信用できない。

中途半端な仕掛けなら手書きメモと腕時計で管理した方が安心できる。



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