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2013/05/27

「ただちに人体に影響を及ぼす数値では無い」という言葉

「原発危機 官邸からの証言」は未だ読み途中なのだが、目次を眺めて思ったこと。

当時、なぜか政府叩きに使われたこの言葉。
枝野官房長官の使った言葉だったわけだが、私はこの言葉を聞いたときは別になんとも感じなかった。
ああ、そんなもんだよな、くらいの印象だったのを記憶している。
むしろマスコミ(コメンテーターを含め)はこの言葉に対する解釈や見解をなんら含ませずにただ否定的な言葉で糾弾していたほうが奇異に映り、印象的だった。

私は彼らの否定的な言葉を聞いたときに考えた。
例えばこういう言葉はおかしいのか?と。

「塩を一日に30g食べてもただちに人体に影響を及ぼす数値では無い」
この言葉に異を唱える人はいるだろうか。
塩を一度に30g摂って体調が悪化する人は皆無だろう。
この言葉の裏にはもちろん日常的に摂取するのなら別である、という意味が潜んでいる。
「毎日塩を一日に30g食べ続ければ人体に影響がある」
これも病気になるリスクが高まるということは統計学的にも出ているし、異議を唱える人はいないだろう。

つまりそんなレベルの話なのである。
昨日今日明日で影響がでるわけではない。
ただ数年後や数十年後では話は別である、と。

放射能の人体に与える影響もそんなものだということを示しているだけと考えられる。
高濃度であればやけどや直ちに人体被害が起きるのは明確だ。
放射線治療は高濃度の放射線が人体に影響を与えられるからこそ治療となるのだ。
しかし低濃度だと人体への影響に関しては科学的因果関係を示すデータがないとされている。

例えば塩をいちどきに1kg摂取すれば人体が危険状態になりえるだろう。
水ですらいちどきに16リットル飲んだことで危険状態に陥ったという例もある。
だからといって水や塩が一般的観念で危険物であるわけがない。

私はマスコミのもつ偏見や無知からくる間違いによる誤りは取り除きながら見ていたからなのか、当時の与党民主党の動き、菅政権はそんなにおかしなものとは思えなかった。
イラ菅といわれた彼の挙動も話の前後関係をきちんと知ればむしろ当たり前のように思えた。
むしろマスコミの断片的な切り取りによる、印象操作臭さ(不自然さ)の方が引っ掛かっていたというのが正直なところだった。
マスコミは盛んに政府への不信を叫んでいたが私にはマスコミの方がよっぽど不信の対象だったと言える。
マスコミが伝えてくる中での“事実”を丹念に拾い出して想像で埋めながら、また、フリーライターやジャーナリストから伝わってくるものも拾い出して結合していた。

この本で当時の官房副長官であった福山氏から見た官邸の様子はマスコミが伝えていた印象よりも、私が想像していたもののほうがむしろ近い気がしている。

ここのところの橋本氏の慰安婦絡み発言も当初からマスコミによる印象操作臭さがあったが、結果としてやはり印象操作であったようだ。
今回に関してはネットを活用する橋本氏や氏の性格からしても結果としてきちんと時間を取ってあちこちで正確な意図を説明をしている。
いろんな意味でタフな彼だからこそできたことであって普通はあそこまでできないのではないか。

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ところでこれは選挙前だから民主擁護とかそういう観点で書いているわけではない。
私は元々民主党支持ではないし、野田政権は最悪の政権だと思っている。
選挙分析で、自民の支持数は変わらずに民主の支持数が激減し他の政党の支持に回ったのがこの結果である、と出ている。

私は民主支持者すら乖離したのは野田政権のせいだと思っている。
先の衆議院選挙で民主が大敗したのは無茶苦茶だった鳩山政権や菅政権のせいではないと思っている。無責任に言えばあれはあれで面白かった。
震災に関しても菅政権が戦犯のような言い方をする向きもあるが、私はむしろ菅氏だったのは一種の幸運だったのではと思うくらいの評価している。
時系列を見れば菅氏(官邸の介入)が爆発を引き起こしたとか全く荒唐無稽である。
この本でも述べているが、東電の福島撤退を“ありえない”と切り捨てただけでも当たり前のように思えてもなかなか政治の世界ではできないことではないのか。

それよりも自民の劣化コピーと成り果てた野田政権のほうが民主乖離を招いたのではと思われる。
劣化はいうまでもなく円高容認とデフレ進行・景気後退である。
小沢の政局云々のせいとする向きもあるが、消費税増税を引き金とする議員大量離反も、新人が多いからこそ(反自民の意気が強いからこそ)、自民劣化コピーに対して嫌悪感が強かったのではないか。
「反省会」の類に野田が出てこないことに非常に違和感を感じる。
衆議院選挙大敗を受けて江田が党首になって野党としてせっかく与党を経験したはずなのに、より前よりも無能な野党に成り下がってしまっているのも大問題だろう。

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2013/05/26

児童ポルノ禁止法改正案、今国会に提出へ

リンク: 児童ポルノ禁止法改正案、今国会に提出へ | 日テレNEWS24.

表現の自由と規制という断面でも賛否が巻き起こっている案件。
今回の問題点は

・単純所持
持っているだけで有罪という奴である。
インターネット時代になって、一方的に送りつけられるポップ広告やメール添付、表示されず(当人が気づかず)にキャッシュに入るものなど、本人が意識せずとも“所持”に至るケースもあることは論理的に十分にありえる。
ホームページ上で画像ファイルはブラウザに読み込ませるが表示はしない、ということは初歩レベルで可能なことなのだ。
あなたが使っていないメールアドレスにその画像映像が勝手に送りつけられていたとしたらば、それを“所持”しているのはそのメールアドレスの保有主であるあなたである。
実際に先行して単純所持を有罪としている海外諸国では冤罪が発生しているという。

・基準の曖昧さ
例えば“児童”という曖昧さと“「性的好奇心を満たす目的”等の曖昧な判断基準である。
前者は実写なら明確ではないか、というのは大間違いで成年なのに未成年といわれる女性はいくらでもいるではないか。
もう20代も半ばなのに高校生と判断されてお酒を売って貰えないとか、免許証を見せてやっととか、まあそんな話なら笑い話で済むのだが。
日本人女性は米国では20代程度ならみんな未成年に見えるなんて極論を言う人もいる。
そしてこれも外国では映像から勝手に判断されて提訴されたという例もあるようで、弁護士が現地調査をして成年であることを確認したなんていう顛末も発生しているらしい。
ましてや後者はもはや個人的な趣味嗜好の領域になっており曖昧にもほどがある。

そんな論議はもうかなり前から巻き起こっていて、単純所持については慎重論が根強かった。

日本で冤罪発生が大問題なのはいうまでもなく検察・裁判の問題につながる。
“取り調べ”段階での検察の力の一方的な強さ、自白尊重、冤罪が晴らされることは極めて稀であること、冤罪確定後の社会的救済の弱さ。
これらの状況から日本は海外と同レベルに論じられないということも考慮しなければならないと思う。
さらに言えば例の“PC遠隔操作”事件で警察・検察のこの手の知識に乏しいことが晒されている。

そもそも問題なのは、「被害児童」救済のために改正案成立が必要と論じていることではないだろうか。

 自民党の高市政調会長は「被害児童も出ているので、少しでも早く改正案を成立させたい」と述べた

“児童ポルノ産業”を定義したとき消費者となる所持者を摘発することが被害児童を減らすことになるのか。
児童ポルノコンテンツを所持の有無が新たな犯罪を誘発するのか。
当然一切それらが認められる調査はなく、憶測に過ぎない。
テレビ普及が一億総白痴化などというレベルの根拠ではなかろうか。

それよりも被害児童救済は十分なのか。そちらのほうが重要ではないのか。

今回の改正はあくまでも“誘発防止”に過ぎない。
しかもその因果関係はまったく不明。
なのにこんなに躍起になって遠因を理由にして強化をしようというのは胡散臭いとしか思えないわけである。

 

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2013/05/21

CGIプログラミングでのミス malformed header

そういえばこのブログでは滅多に書かないのだがプログラム絡みのネタを。

malformed header from script. Bad header=[Tenki.new] no contents so ret
ごく稀に出るのだが、なぜこのエラーで出るのか不思議で仕方が無かった。

malformed headerというのは不正なヘッダーという意味で、HTMLなんだから<HTML><BODY>の後じゃないとヘッダーに使えるタグ以外は書いてはいけない、という意味である。

よーく見ればヒントはあったわけで[Tenki.new]というのはそれを引き起こしている実行犯であり、その中の記述に問題があることを示唆している。
その次の文字列がその不正な文字列であり、プログラムのどこかで出力をしている。

ちなみにTenki.new というのはTenkiというPerlモジュールの中のメソッドnewを示している。

気付きが遅れたのは"no contents so ret" というのはプログラム中では "no contents so reterun from Tenki.new"であり、途中で切られていることも要因だった。
プログラムからの出力ではなく、なにかシステム的な出力と勘違いしていたのだ。

なぜこのエラーが稀にでるのかといえばエラートラップに対するいくつかのデバッグエラーメッセージのうち、ひとつがデバッグ時(フラグを立てている時)だけでなく常時出力になってしまっていたからだ。
要はprint "err " if $debug; の筈が単に print "err ";だけという単純ミス。

これにより稀に起きるエラーに対するトラップが発動して、処理自体は期待通りの動作をするように記述されていたが、デバッグ用のエラーメッセージも出してしまっていた。
これではモジュールのデバッグでは気づかないのは当然だ。

(このルーチンも使用して)一通り処理を行ってコンテンツを組み立ててから出力していたために、<BODY>が出力される前にこのエラーメッセージが出力されてしまい不正なヘッダを出力している、という結果になってしまったわけである。

理屈が分かればなんということもないのだが、なかなか判りづらい。
どうもmalformed header errorは難解というか不可解なものが多いようで検索してもなかなかこれという回答を得られなかったのも気付きが遅れた要因の一つともいえる。

まあ、結論を言えばデバッグメッセージでバグを生んでいたわけでシャレにもならない大ポカではある。

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2013/05/18

最近変な使い方をする「世界が」という言葉

別に今回の橋本大阪市長・維新の会代表への批判の話に限ったことではないが、マスコミの報道で「世界が反応した」とか良いながら「韓国」「中国」「米国の一新聞」程度で留まることが目につく。
今回の件は「またそのパターンかよ」と突っ込まざるを得ない。

米国が入っているからと論もあるようだが、今回の場合で言えばワシントンポストであり、これは地方の一新聞に過ぎない(とはいえ米国で発行部数5位を誇るようだが)。
米国の新聞は日本の新聞とそれと違って自分の意見を強く持っているので、意見を異とする人にとっては偏向と思えるほどのものがある。(それは良い部分も悪い部分も併せ持つ)。
そういう感覚を持ってみていかないと判断を誤る。

もっとも米国が・・という名指しに対しては国務長官が反論の会見をしたのでこれは米国の反応といってよいが発言の中でごく一部の発言に留まっているわけで、しかも国務長官のニュースでちょっと流れていた単語を見るとなんか正しく伝わっていないような気がする。
少なくともどういう状況であのような発言が行われたのかの説明すらなく反論をしているようにみえる場面を映すのは、私には不信感しかでてこない。

私は東南アジア諸国や欧州各国、ロシアのうちのどこかぐらいは関わってこないと「世界が」という感覚に全くならない。
もちろんアフリカや豪州、インド、中東諸国も世界の中に入るのはいうまでもない。

今回の場合は「中韓米国が・・・」ぐらいなものだろう。

橋本発言の是非はどうあれ、こういう誇大な表現をするマスコミはおかしい。
まあ、全体として「維新の会バッシング」雰囲気になっているのでそれに乗っかっているだけなのだろうが。
そういう雰囲気で特定のものを持ち上げたり逆にバッシングをしたりするのは非常に危険に思える。
それこそが「戦争の芽」だと私は考えている。

なお、私は日本維新の会は出た頃から彼らへは反発感の方が強い。
共感する政策も殆ど無い。
基本的にメリット・デメリットが共存する大規模な改革が多く、それに対して納得に足りるだけの議論が聞こえてこないのも大きな要因だが。
それでもこういう叩き方をするマスコミのほうに反感を持ってしまう。

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2013/05/11

「無料」という言葉について

不景気なのが所得減少もあるのか、「無料」という言葉が目につくようになって久しい。
当たり前だが、時間を割いて人がなにかを提供する以上は無料でできるわけがない。
その“構造”を一度考察してみようと思う。

○ボランティア
誰かのためかどうかは別として、無償行動という意味。
楽しいから(趣味だから)やっているとか、自己研鑽的な意味合いとかが主たる動機であって、理由はともあれ対価を求めるつもりはない。
他にも仕事を持っていてお金はそっちで入るから生活には困らない。
それより対価を貰うと自由(好き勝手)にできなくなるから、という理由の人も多いと思う。

○寄付を求める
購入ではなく、このようなソフトを作る、情報を発信するためにはどうしてもお金が必要なので寄付をください、という形のものもある。
有名になったWikipediaはあの場を提供したり監視したりするためにボランティアだけでは限界があるので寄付を求めている。
コンテンツの中立を守るために、特定企業の支援を得ることはできないし、有料コンテンツにはできないし、ということで当然と言える。

○他で対価を取る
Webサイトに自社・他社の製品の広告を出したりすることで対価を貰う。
直接的ではないが、内容が面白ければ人が来て、CMを見てくれることでお金が入る。
多くの新聞や情報サイトは程度の差こそあれ、このような形を取る。
商品そのもののレビューを書いて販売サイトに誘導するという手段もある。

ちなみにこのブログもアフィリエイトを入れているが「ああ、こんな感じなんだ」という勉強のためで、いつ消してもかまわんぐらいの感覚で入れている。
実際に自分で買ったものだけ放り込んでいるので「こいつはこういうのを買っているんだ」という感覚でブログの一部とみてくれれば良いのではと思っている。
その時の値段もでるし便利な時もある。

他に事業をやっているがこれではお金を取らない、という形もある。
ソフト関連事業だが、本業とは関係ないソフトを無料公開しているパターンもある。
このレベルのソフト技術があるという宣伝にもなるので無償行動とは微妙に外れるし、他で対価を取るというのとは違う感じのところもある。

○最初は無料である時点から対価を取る
スマフォなどの無料ゲームサイトはほとんどがこれである。
最初は無料で遊べるが、一定以上のところで事実上進めなくなる。
昔からある、無料お試し版を配布して、一面だけ遊べてクリアできたらあとは買ってね、というパターンと同じ構造といえる。
熱くなっているところでやればうまく“引っ掛かる”という意味ではあこぎともいえるし、欲しいものを実際に使ってみてからお金を払えば良いので良心的ともいえる。

明確に無料版と有料版を分けているケースも多いだろう。
基本機能は無料版で使え、より高度に使いたい人向けに機能の多い有料版を提供する。
ソフト自体は同じだが、ライセンスを購入することで機能ロック解除できたり、広告表示をなくすなどの差をつけているものも多い。

・個人利用では無償だが、法人利用や商売目的の場合には有償
・使用するだけなら無償だが、サポートを求めるのなら有償
・ダウンロードするなら無償だが、パッケージが欲しいなら有償
など、他にも様々な形態がある。
基本はボランティアなのだが、サポートなんかしたくない、リスクを取りたくはない、ということで有償設定にしている人もおられるようだ。

○単に定額で対価を取る
携帯電話会社の“通話料無料”とかがあてはある。
一定額(基本料金やオプション定額)を払えば使い放題という形だ。
料理のバイキング形式と同じといえる。
無料と言うには首をかしげるが、大手が堂々と宣伝文句にしているところからみればOKなのだろうか。

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