« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013/03/23

福島原発停電の原因はいつになったら判明するのか

リンク: 【福島第1原発停電】仮設配電盤に焦げ跡 ネズミが接触か - MSN産経ニュース.

東京電力福島第1原発で18日夜に停電が発生し(中略)、東電は20日、(中略)焦げ跡を確認した。(中略)東電は小動物が接触し配電盤がショートした可能性があるとして、詳しい原因を調べている。

停電が発生すれば電源系統を手繰って要所(配電盤などは真っ先に確認するべきところだろう)を調べていくのが常識だと思うのだが、たかがそんなことになぜ丸一日以上かかっているのだろうか。 そして”詳しい原因”とやらはなぜいまだに発表されないのだろうか。

ネズミが電線を囓って云々というのは良く有る話で、東電関連法人の関東電気保安協会でも「ネズミの事故は人災です」とまでいって注意を呼びかけるほどである。

予見して予防策を取っていなかったのも問題であるし、停電事故が起きてまずそういうことを疑って調査をしていないのかというのも問題では無いのか。

現場の危機意識不足をなじる人もいるが、私はそうは思っていない。
現場はぎりぎりで頑張っていると思っている。

平時ではありえないような事が起きている。
福島原発の事故が起きてからはや2年以上が経過。
現場が如何にまだ平時とは程遠い状態であり、まだまだ事故収束とはとても言えないような状態であると言う証左であるのかもしれない。

最近、原発再開が云々と言うが、事故が収束もしないのに他の原発を再開できるはずもない。
再開したいのなら一刻も速い収束を目指さないでどうするのだろうか。
国会では事故の総括もまだなされていない。
この間は現場に来た事故調査委員を故意か不手際かどちらでもいいが、追い返してしまった。
総括もしないで再開などあり得ない。
安全基準ができれば云々と言うが、それは事故の収束と総括が行われるということは言うまでも無い最低限のラインではないのか。

事故の収束と総括。
再開したい政治家と電気事業者は懸命はこの2つを完結させるのが最優先であり、最低限の責務。
あまり情報が流れてこないが、東電以外の電気事業者は事故の収束のために原発技術者を福島に派遣しているのだろうか。
政治家達はこれで事故の総括を国会(委員会)で終決させたと思っているのか。
2年経ってもグダグダと先延ばししていても何も進まないのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不可解な東京電力カンパニー制

リンク: 電力供給サービス:発送電分離を先取りした新組織、東京電力が4月からカンパニー制へ移行 - スマートジャパン.

テレビのニュースではあまり見かけないのは気のせいだろうか。
まあ、それはともかくこのカンパニー制の概要をみて根本からおかしいと思わないのだろうか。
つまり発送電分離を本気でやるつもりとは思えないのだ。

分離をするのは発電・送電であろう。
つまり発電部門は火力他関係なく発電に関わる事業をすべきなのになぜか「フュエル&パワー・カンパニー」では「火力」とわざわざ限定している。

一方で送電部門に相当するのが「パワーグリッド・カンパニー」なのになぜか「水力発電による発電事業」や「建物や設備管理」が入っている。
建物や設備管理は送電施設や変電所等の話ならいいのだが、もし発電所も入っているとしたらおかしい。

カスタマー・サービスカンパニーの事業内容もおかしい。結局は発送電まとめてのお客様対応をここでやろうという発想だとすれば、発送電事業をまとめてここで面倒を見ると言うことであり、そもそも発送電を分離する気が無いのではと勘ぐってしまう。
さらにいえば「安価な電源調達」とある。これも不可思議である。

つまりわざと境界をしっかりと引かないで色々と曖昧にすることでごまかそうとしている目論見が感じられる。

普通に考えて思うのは、従来にあった原子力発電事業やいわゆる再生可能エネルギー発電事業はどこに位置するのだろうか。まさか両方とも放棄するのか。
そして電力開発という研究部門的な役割はどこにあるのか。

どうにも不可解な構造であり、散々「どこを向いて経営しているのか」といわれながら一向に体質が改善されていないことが現れている。

好意的に見れば従来の「東電」が「カスタマー・サービスカンパニー」であり、個人・事業者はここと契約を行うことになる。
この会社が他企業を含めて発電事業者を選定、電気を購入して送電させて集金をする。
しかしこのようないびつな分離構造で公平な運営ができるのだろうか。

単に東電の持つ構造的な赤字構造を自ら露呈することによって電気料金値上げを正当化しようとしているだけではないのか。
さらにいえば本来、カンパニー制度によって得られるメリットが得られるとは思えない。
メリットの一番大きなところは発電事業の分離によって発電コストを下げることである。
しかし火力水力を分離しないからそれが得られるとは思えない。
火力しかやっていない「パワーカンパニー」は火力しか選択肢がないからである。
「フューエル」などといれている時点で燃料の不要な発電方法を念頭に置いていない。

よって、カンパニー制によりおきる本質的な問題のうち、経営的オーバーヘッドの大きさ(コスト上昇や判断スピードの低下)等が大きく浮かび上がるのではないだろうか。

結論として「カンパニー制度はそぐわない」から「発送電分離は日本にはそぐわない」などといおうとしているのではないか。

どうせ破綻している会社だからという打算もあるのだろう。
はじめから失敗を狙ってやっているとしか思えない構造である。
それによって得られる蜜(発送電分離の回避)を狙っているのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ATOK2013でOffice2013/Excel2013でVBA上のIME動作がおかしい件

タイトルではよく分からないと思うので説明する。
ごく限定条件なのだが・・・

・IMEはATOK2013
・Office2013のExcel(試用版だが製品版が違うことはないだろう)
・Visual Basic for Application(VBA)において2つのテキストボックスを作る。
・ひとつはIMEをON(fmIMEModeHiragana)、もうひとつはIMEを禁止(fmIMEModeDisable)の設定にする。
・一度IMEを禁止するボックスを選択してから再度IMEをONにするボックスを選択する。
・なぜかローマ字入力モードだったのにかな文字入力モードになっている。

ただし以下のような条件では問題はない。
・MS-IMEでは問題ない。
・Excelの通常操作ではATOK2013は全く問題ない。(Office2013連携ツールを提供しているほどだから問題あるわけもないといえる)
・fmIMEModeDisableではなくfmIMEModeOffなら問題ない。

ATOKの設定をみてみると以下のようなところがあったのでチェックを入れてみると(デフォルトはチェック無)問題が起きなくなる。

Atok_3

「アプリケーションからのモード変更を無視する」ことで改善したと言うことは、アプリケーション、つまりExcelからのモード変更通知によって「ローマ字入力」から「かな入力」に変更したということになる。(ATOKではこの2つの状態の違いも「モード」と呼ぶ)
DisableからEnableに復帰するときに通知している内容(情報)に問題があると言う推測ができる。

そうするとATOK側が悪いという確率は低いように思える。
今回に限らず「MSによるATOKへの嫌がらせ」は都市伝説的に聞くのでそれなのかなとも思ってしまう。

まあ実態は嫌がらせではなくてMSの技術力不足や配慮不足が要因で自社製アプリ間ではなんとかごまかしで動いているが、外部性アプリとは齟齬が生じてしまっているように私は見ているのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/03/21

「「原発回帰」安倍政権 再稼働の行方」シリーズはなかなか良い

とりあえずこの辺のリンクを張っておくので適当に前後を読むとおもしろいと思う。

リンク: 「原発回帰」安倍政権 再稼働の行方(4) 10~20年で考えると原発に経済合理性ない システム技術研究所・槌屋治紀所長にエネルギーの未来を聞く (2/4) : J-CASTニュース.

ところでふと目にとまったのが

震災後2回も、消費電力が増える夏のシーズンを経験して、「節電はもう限界」という実感を持っている人も多いのではありませんか。

というのがある。以前にもこのブログで書いた気がするが、間違った節電をしている(これはマスコミの喧伝のやり方も悪い)ためにこういう人がでてしまっているのだろうか。

そもそも「計画停電」も無茶苦茶な論理でさすがに去年は行われなかったが、そもそもすべきは「電力消費のピークカット」である。
だから深夜の就寝時に節電と言ってエアコンを切るのは全く意味がない。
むしろその間に部屋を冷やして「蓄冷」をすべきぐらいの話だ。

使わなければ節電になると勘違いしている人も多いがそれも大間違いである。
(ここでの節電は自宅の支払い電気代を節約するのではなくて、日本全体としての消費エネルギー量を減らすという意味である)
電気は発電した分を使い切るのがベストであって、使わなかった分はまさに霧散する。
消費を減らすことで、発電会社が発電予想量を減らして発電量を減らすことで初めて節電となる。

要するにピークカット、最も電力消費量の多いときにだけ我慢をして電力量を減らすのが重要なのだ。
その日のピーク(最大)値よりも低い時間帯に我慢してもそれは無意味である。
その無意味な我慢をしてしまった人がたくさんいることは想像に難くない。

さらに言えば我慢というのはエアコンだけの話である。
テレビを見ないとかPCを使わないという我慢するぐらいはたいした話ではないだろう。
つまりはエアコンを我慢するよりもエアコンをもっと低消費電力のものに買い換えるという方が賢い選択となる。
また比較的電力量の低い時間帯に室温を落としておいてピーク時間をやり過ごすという方法もある。
まあ、国民全世帯でやってしまっては意味がないが、こうやって分散することが重要なのだ。

こういった論理立てしての”節電”の呼びかけなら良いのだが、感情論に近い非論理的な節電を呼びかけるから間違った我慢をする人がでてきてしまうのだ。
さすがに今はないが「(野球などの)ナイトゲームは自粛しよう」などというがあったがそれも典型例だ。

この節電ひとつとっても論理的・科学的な話が薄いのでおかしな方向に行く。
原発論議や、再生可能エネルギー論議もきちんと数値的な論議を行わないからおかしな話になる。
この記事にもあるが「太陽光発電は高くて元が取れない」「不安定で使えない」などという感情的でもはや”昔の話”を持ち出す人がいまだにいるのだからおかしくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/03/20

「行けたら行け」サインで自滅 策におぼれた侍ジャパン、球史に残るボーンヘッド (2/2) : J-CASTニュース

リンク: 「行けたら行け」サインで自滅 策におぼれた侍ジャパン、球史に残るボーンヘッド (2/2) : J-CASTニュース.

ダブルスチールは「行けたら行け」は基本的に駄目だろう。
両走者がよほど「呼吸の合ったコンビ」ならともかく、異なるチームで組んで数えるほどしか試合をしていないのだから。
ボーンヘッドと言うよりもこれは指揮のミスといえる。

仮に勝負をかけるのなら「このカウントで走る」とアウト覚悟で両者とも全力で走るしかない。

もしくは「行けたら行け」ならまず二塁ランナーが三盗に走り、それに応じてキャッチャーが三塁に投げた瞬間に一塁ランナーが走る(ディレイドスチールとする)しかないだろう。
もし投げなければ動かずに次で二盗をするかバッターに任せるかしかない。
一、三塁ならホームスチールも考えに入るので二盗できる確率は高くなるという点もある。

しかし走りのスペシャリストではない内川にそれを求めるのは酷というものである。
事前にきちんと指示をしていなければあの極限場面でできるわけがない。

場面は3-1なのだから2走者ともある状態で4番にバッティングをさせないといけない。
片方がアウトになった時点で勝利の確率はぐんと減るのだから三盗の成功は必須であり、三盗が失敗しても最悪二盗が成立すれば良い、という論理は無いのだ。

ボーンヘッド的な面があるとすれば内川が二塁ランナーを見ずに下を向いて全力疾走に入ってしまったことだろう。
もし自分がアウトになっても鳥谷の三塁到達を最優先としてディレイ気味に走って囮になる(キャッチャーに二塁に投げさせる)というぐらいの感覚が必要だろう。
それで一点返して次の回に期待を回すことも可能とはいえる。
もしくは戻って一塁三塁でも十分だ。

そもそもダブルスチールではキャッチャーはかなりの確率で三塁に投げる。
今回は3-1なので同点のランナーを殺すという意味で二塁に投げる可能性もないとはいえないが。。
それを考えれば一塁ランナーは何も見ずに全力疾走するよりも先行するランナーの動きを見ながら動く方がはるかに重要となる。

策におぼれたと言うよりも、策に伴う細かい野球の論理力が足りていないという感じではないのだろうか。
繰り返すがそこまで内川に求めるのは間違いである。

だからこそ最初に戻るが「ダブルスチール」で「行けたら行け」は無茶苦茶な指示であったということになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

福島原発停電 事故は収束していない(北海道新聞[社説].)

リンク: 福島原発停電 事故は収束していない(3月20日)-北海道新聞[社説].

使用済み核燃料の保存プールにおいて冷却システムが停止したことを受けての記事であるのでちょっと過熱しすぎのような感はある。
即座の発表が必要と外部は言うが、おそらく東電ではさほど重大・緊急視はしていなかったのではなかったと思われる。

一事が万事なので即時発表は今回は必要だったと思うが、技術的には即時ではなくてもかまわない問題のようだ。

この記事でも65℃に達するまで4日の猶予がある。
安全基準として65℃があるが、これはここまで上がると言うことは冷却がなされていないという感覚で決められたものでここを超えたから危険という話ではないだろう。
次の危険は水が蒸発し出す100℃に近づいたときであってここまではさらに倍ぐらいの猶予があるという。
空だきを言うのなら注水という手段もあるしここまで時間がかかるのだからこの点でも余裕がある。
放射性物質の拡散を言うのならそれは何を今更で、いまだにプールも炉もむき出しで拡散しまくりであり、問題視するのならそこである。

猶予があるので確実に時間をかけてもやればよいだけのことで、それが間に合わない事態になればバッシングだが多少上がっても問題ないのだから問題はない。

ただし、なにより大問題なのは、機能停止をした原因が未だに不明と言うことである。
わかっていて隠しているのか、本当に不明なのかは知るよしもないがどちらであっても大問題である。

さらっと何を今更と書いたが、未だに放射性物質拡散しまくり状態なのが大問題なのである。
その意味で「事故は収束していない」というのはその通りであろう。

また使用済み核燃料を処分する方法がないから発電所に置いている、というそもそもの重大問題もある。
これはどこの発電所も似たようなもので、捨てられないからゴミを自宅に溜め込んでいるようなものなのである。
青森にある再処理目的で置いている仮置き場もすでに9割を超えて普通に発電していればあと数年でいっぱいになるというレベルである。それに対して何も対策を打てていない。
この事故がなくてもこの点で日本の原子力発電事業は行き詰まりへのカウントダウン状態であり、その事態の打破策は未だに全く進展していないのが現実である。
むしろ今回の問題の本質はそこであろう。

発電所(炉)と使用済み核燃料をほぼ同じところに置いているということの問題についても指摘してくれるマスコミは残念ながら見かけない。
安全(規制)基準についても少なくとも同じ建屋内にしないとかそういうほうが重要ではないのか。

こういう”ゴミ処理問題”について改めて議論が白熱するとよかったのだがマスコミ的にはそこはアンタッチャブルなのか何を今更なのかのどちらかなのだろう。

「乾式」について書いているがこれ自体はあまり本質的ではないと思う。
乾式であっても密閉状態にある室内は普通に温度上昇するから空調が必要となる。
その空調が停止すれば同じことである。
まあ水蒸気爆発のような事態にはならないし、猶予日数は増えるかもしれないが。
そこがどうこうで解決するような話ではないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/03/16

アベノミクス批判というか間違った円安誘導批判

リンク: アベノミクス 小麦9.7%値上がりしパン1斤で0.9円値上げ | エンタメ | マイナビニュース.

こういう評論しかできない経済評論家の意見を採り上げるからダメなんだろうなあと思う。
そもそもの原因や構造を理解して言っているのか、理解しながら問題を隠蔽しようとしているのか。

表題にある小麦だが、TPP問題でも大きく採り上げられているとおり、日本政府が間に入って売っている構造と同時に、関税を大きく掛けているものである。
なぜ関税を掛けているのかと言えば、国内小麦の保護が目的であるのは言うまでも無い。
国内と輸入品との格差をどの程度かけるのが妥当か、という論議が重要であって、円安で輸入価格が上がったらそのまま上げる、というのは関税本来の目的から言えば不作為とも言える問題では無いのか。
長期的に見れば関税引き下げによる調整をするのが妥当であって、小麦の値上げをあたかもアベノミクス=円安誘導の害のようにいうのは短絡的過ぎる見方である。

電気料金に絡めて言うのも電気会社の喧伝を鵜呑みするようでは呆れてしまう。
そもそも主力は油では無くガスでありそれを原油価格連動などという価格で買っているのが間違いであり価格転嫁すれば良いという感覚で買い付けをしている電力会社の姿勢こそがバッシングされるべきなのである。
異常な円高や原子力政策で隠れていた問題がちょっとの円安誘導で露見したというのが実態では無いのか。

生産過程で石油を使う、トマトやきゅうりといったハウス栽培による農作物、加工食品。トイレットペーパーやティッシュペーパーなどの紙製品。材料に石油製品を使う化粧品やメガネ、プラモデル。旅行も当然高くなります。

なんか色々書いているが、実生活で影響を与えるのはハウス栽培の農作物や加工食品の類だけだろう。他は微細すぎて挙げる価値も無い。実はその程度なのだ。

とうもろこしや大豆は国内産を使っていれば便乗値上げ以外は影響を受けない。
とうもろこしは茹でたり焼いたりして食べるものは国内産ばかりだから、影響は加工品でお菓子やシリアルの類になるだろう。
醤油、味噌、豆腐も大豆の品質に直結するのでそこそこのランクのもの以上は国内生産品大豆が多く、そうではないいわゆる安物が値上がりするということになるのではないか。
国内品も農機具の燃料代などによってあがるかもしれないがその程度だろう。

深刻なのは海外産のトウモロコシや大豆等の飼料に頼っている農家であろう。
そもそも海外飼料に頼る構造自体が、円高円安関係なくずっと前からカロリーベース食糧自給率を大きく下げている(食料の安全保障問題)として問題視されている。
円高で安易に頼っていた構造がむしろ健全化に振れるという意味ではむしろ良いことなのだが、短期的には当然コスト高に繋がるのが実態だろう。

それよりも打撃度が大きいのは原材料を海外産に頼る一部の外食産業だろう。
異常な円高に乗じての原材料コストが低さからか、価格下げを何度となく行ってきた。
それが経済番組や一般ニュースではよく話題となり全体のデフレ基調ムードの一因になっていたのではないか。
それが町のおっちゃんおばちゃんが経営する定食屋や国内産や地産地消でがんばる飲食店を圧迫してはいなかったのか。

円高にも円安はどちらが良いでは無くて、双方に利点欠点がある。
別の言い方をすれば得をする業界と損をする業界が存在する。

円安誘導によって企業の収益が回復して給与の上昇にいくのは時間がかかるだろう。
というのは、円高によってもはやぎりぎりまで死にかけている企業が多いためでその痛みから回復するまで時間がかかるのは当然のことだからだ。
もしくは死ななくて済んだだけで賃金を上げるまでには至らないケースも多いのでは思われる。

1つ言えることは鎖国傾向の政策をするのなら円高の方がメリットが高い。
逆にグローバル化、特にTPPのような関税なしの自由貿易をするのなら円安であるほどメリットが高い。
加工品を輸出するのが日本の貿易立国というのはよく言われる。
原料が高くなるではないかというトンチンカンなことを言う人もいるが、付加価値をつけてより高く売れるのだから手元に残るお金は円高の方が多いのだ。
問題があると言えば電気料金でその根本は国際的に異常な高価格で買っている燃料代がそのまま転嫁される構造でこれでは国際的に価格競争力のある商品づくりが難しくなる。

そこを原子力問題に転嫁するから話がおかしくなるのであって、仮に原子力依存を完全に是としても出力調整のできない原子力発電方式では構成比は50%程度が経済的にせいぜいなのであって調整が可能な火力方式は必須で不可避な話なのだ。
それは四季があり年間を通じて消費量の差が倍も異なるのが日本の電力事情を考えれば容易にわかることだ、

再度言うが、貿易赤字をおこしているのは原油やガスの燃料費によるものだが、それは国際的に異常に高い価格で買っているのがそもそもの原因であって、それがそのまま社会全体に転嫁されることにより高コスト社会を産み出していることがそもそもの問題なのだ。

ガソリン販売価格で言えば国際的に異常に高いのは元々の原油の調達価格が高い上に本来の価格と同額の税金がかかっているからであって、言えば100%の販売税をかけて売っているのだ。
さらに税金を含めて消費税を掛けるという悪辣さが原因なのである。
例えば消費税抜きで160円だとしても実は本体価格は80円で税金が80円であることを忘れてはならない。そしてさらに消費税が8円もかかっているのである。
先進国の一般常識では税金に税金をかけるのは論外なので実質的にガソリンは消費税が10%であるという見方もできる。(消費税が10%になれば実質20%となる)
エネルギー政策全般からも調達の多様化によって原油調達価格を下げること、一般会計に混ぜ込んで知らんぷりを決め込んだ“暫定税率”の廃止、時代遅れの道路拡張政策をやめて修復に絞ることで税率の低減を段階的でも良いから行う。
それだけでガソリンの価格は十分に下がるのは明白だがきちんとした議論さえ起らない。

最後にバターやらの値段にも言及しているが、何年か前のバターの値段高騰と店頭からバターが消えたというショッキングな現象を思い出す人もいるかもしれない。
あれは農業関係者なら誰でも知っていることだが一言で言えば農政の大失策(要するに官僚の無能ぶり)が招いたものである。
もはや突っ込むのも面倒だがマーガリンは植物油加工品であって牛とか関係ない(失笑)
節約アドバイザーとやらはこの程度の知識で話をしているのかと思うと呆れてしまう。

まあこの記事の最大のオチは最後の転用元だというところかもしれない。
いわゆる釣りという奴だったと願いたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/03/11

東日本大震災からはや2年。

東日本大震災からはや2年。
マスコミでも特番など組まれているが皆の意識はだんだんと薄くなっては来ているのだろう。
特に原発はまだ何も進展していないに等しいにも関わらず、容認論をかざす自民政権になってしまい、安倍内閣では慎重な言葉を選んではいるが基本は容認の方向だ。

例えば除染の問題も取り上げられる。
一度除染してもまた数値が上がってしまうと言う。
それはごく当たり前のことである。
そこよりも濃度の高いところがあればそこから流入する。水が高いところから低いところに流れるくらい自然の事象である。
高いところとはなにか。
福島辺りならごく普通にある森や林であり、荒れ地である。
除染対象外(まあそこに手をつければかかるお金が何桁もあがるわけだが)となっているからであり、しかし手をつけなければ居住区もいたちごっこ状態が続くというジレンマを起こしている。
そしてなにより原子力発電所において未だに超高濃度の放射性物質がほぼ野ざらし状態で放置されていることである。
これもなにも怠惰では無くて高線量過ぎてそこに建造物作業ができないためで封鎖のための囲いを作れないのである。

前者はお金の問題であり、後者は高濃度放射性物質を取り扱うが故の制限である。
低濃度では人体への影響は意見が分かれるが、原発敷地内は確実に人体の影響があるというレベルでの危険が存在しているのが現実なのである。

要するに前者は原発を運用している電力会社が責任を持ってそのお金を出せば事が済むのであるから、原発再開するのならそのお金を担保する見通しを持つ必要がある。
というのが理論的な道筋なのだが、なぜか誰も言い出さない。
その財力が無いのならそのシステム自体を運用する資格が無い。
お金というのは今回の場合で数百兆円位という試算があるが、だから国が担保するという論理は自由経済主義の日本ではおかしな論理だ。

例えば火力発電所でも爆発など事故を起こしても電力会社がきちんと賠償して後始末ができるだろう。水力でもなんでもそうだった。
原子力だけやらないでいいなどという理屈は無いのに、なぜか原子力だけは国が担保したりと金銭上の責任すらきちんと問われないという奇異な状況なのが問題では無いのか。

後者も、原発推進者は放射能汚染で人が死んだりはしなかった、というが、それはその通りではあろう。(直接という意味では)
しかし作業者を含めれば放射線で傷害を受けた人は確かに存在をしている。
そして傷害を受ける危険性があるから作業ができない現場が存在しているのも紛れもない事実である。

例えば、処理後汚染水の海への放出である。
事故前なら論外だった放射性物質の濃度レベルでの放出となりそうな感じである。
ただ、この記事では全く分からないわけで問題は処理して放出する濃度と単位期間あたりの総排出量がどの程度かというのが最重要である。
希釈して放出という言葉もあるが、今までの様々な公害から学んでいないのか。
ひとつは生物濃縮というメカニズムを忘れてはいけない。
単体で化学変化などで有害性が変化しない物質については、上位生物にいくほどその毒性が濃縮されていくという危険性がある。
有害物質をまずプランクトンが体内に取り込み、それを食べる小型生物、そしてそれを食べる大型生物へと有害物質が濃縮されていくのだ。
これは机上の空論では無く、有機水銀の工場からの流出で実際におきてしまった公害が現実にあり、この生物濃縮だったのだ。
それが今度は放射性物質で起きないという理屈はないだろう。

なによりも問題なのはいままで陸上に置き続けていたタンクが満杯になったから海に放出するという論理であって、一時的流出ではないということだ。
要はこれから継続して海洋に放射性物質を流出し続けるということであり、それはメルトダウンして制御不能状態の炉を冷やし続ける限り続くということであり、核燃料を取り出す数十年後まで継続することになるということである。
論理的にそうとしか考えられないのだから、そこまで取材ではきちんと追求すべきであり、記事でもきちんと書くべきであるがごまかしている。

きちんと認識すべきはこのように福島の原子炉は冷やし続けないと駄目な状態が依然と続いているという現実だ。
報道ではがれきの山が映し出されているがそんなことは本質的な問題では無い。
事故の総括どころか、このレベルですら、まだ事故現場は片付いていないというのが現実なのである。

原発再開論議をするのなら、このあたりもきちんと直視して、また起きないようにする、という論理だけではなく、起きたらどのようにだれが担保するのか(金をどうやって出すのか)、事故処理をどうするのかをきちんと技術的論理的に議論した上で再開をしていただきたいと思う。

賠償問題も国の解決センターでは処理しきれずに裁判沙汰が増加しているそうである。
まず福島発電所が2基爆発しただけで会社が破綻したのも事実である。
きちんと賠償する以前に会社破綻という論外な展開だったのが事実なのである。
それは東電が元々経営不安定だったからか。どこも似たようなレベルでは無いのか。
そうならないような経済的な担保をしてからでないと原発運営は認められないというのが当然の論理では無いのか。

今回の事故での教訓は色々あろうが、原発において事故を起こした場合に電気会社はその責任を負い切れずに破綻(普通なら倒産)すること、その結果血税が投入されること、そして日本国レベルで内外に不安を与えること、さらに二年経っても原状回復からも程遠いほどに解決が進まないこと、これらが現実となって判明したことであろう。
そしてこのような展開に二度とならないよう仕組み作りをすることが重要ではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/03/01

フジテレビ「アイアンシェフ」3月で打ち切り

リンク: フジテレビ「アイアンシェフ」3月で打ち切り : J-CASTニュース.

2クールと言うことだが結構他の特番のあおりでやらなかったりして実際の放送回数はもっと少ないはずである。

私は料理の鉄人のファンであり欠かさず見ていた。

三人の鉄人のそれぞれのキャラが立っていて、いうまでもなく腕は超一流。
それでいて料理上達のヒントがあちこちにちりばめられていて楽しい。
自分以外のジャンルを取り込みながら、あくまで自分のスタイルは保ち続ける。
「和」「中華」「フランス」料理とはそもそもなにか、それを改めて認識させてくれる部分もあった。

アメリカ版の「アイアンシェフ」も見ていたがこれはいまいちだった。
そもそも「アメリカ」「ギリシャ」「イタリア」と言われても日本人から見ればどうしてもなじみが薄い。アメリカ西北部とか南部とかいわれても違いがピンとこないのは致し方ない。
しかしそのことよりも料理の手法がハイテクで参考にならないのだ。
様々な珍しい調理器具や調理方法が家庭では到底手に入らない、いや、普通の料理店ではないだろうものが表に出てくるのだ。
アメリカらしいと言えばそうなのだが、なんか現実離れして面白くない。

さて今回のアイアンシェフはというとこれはいまいちだった。

根本的に面白くないのが本編である料理バトルの時間が短すぎると言うことだ。
バトルの時間は一時間で二人別に動くから二時間相当、番組が一時間番組、だから当然ダイジェストとなるのは致し方ない。
それは「料理の鉄人」の時も同じことだ。

しかし明らかに短く感じるのは事実だ。
それが気になりだしてから何回かで実際に測ったところ最短で僅か13分足らずだった。
これでは彼らの料理の課程の1割強程度しか映していないことになる。
その時の“前置き”はなんと10分もあったのである。

「ノイミー」制度もうざったいことながらそれを絡めた前置きがなんとも長すぎる。
「いい加減バトル始めろよ」と悪態をつきたくなることもしばしば。
料理の鉄人では挑戦者のプロフィールは紹介されるが、登場から主宰の前に歩き着くまでに終わっている。

テイスティングの時間も長い気がする。
この番組のキモは二人の料理人の料理っぷりであって、ぶっちゃけ勝負の行方なんかおまけなんだし、できあがった料理を食べてどうのこうのもオマケである。
料理の鉄人ではきちんと料理の評価をできる人がやっていたが、今回は俳優やらなんやら素人が多いからさらにどうでもよくなっている。
記憶では料理の鉄人は「あれっ?」ってくらい瞬時に料理評価の時間が終わったこともあったように思う。

ただ、それは思い出補正という奴で、もしかして料理の鉄人でも時間は同じだったのかもしれない。
そうだとすれば編集があまりにも下手くそだという結論になる。
どこかで魚(鮭?)を捌くときに血がどばっと出るのを見て気持ちが悪くなった、という批評があったがこれも明らかに編集の問題である。
その批評はハイビジョンだから云々を絡めていたが、それならばハイビジョンに適した編集技法ができていなかったと言うことになる。
いくつものカメラが入っているわけだし、角度を変えるか、そこのカットを一瞬だけにする等で良いだけだ。
この番組は料理人の手際を映すのが主眼では無いのか。
素材は二の次で良いし、完成品になっていく課程を映せばよいだけである。
そこもなにか違っているような気がしてならない。

この番組の醍醐味の1つが素材からだんだんと形になっていく面白さである。
下ごしらえのときはまた部品でそれがどう組み合わさるかがわからない。
時間が無い故に何皿かを同時進行するのが通常だからである。
それが組み合わさっていき形がなしていくとき、その下ごしらえの意味も分かってくる。
その課程をどう丁寧に追っていけるかがこの番組の楽しさのキーだと思う。
それがいつの間にかほとんど皿に盛りつけられていたりポイントをいくつも飛ばされてしまうと面白くも何ともない。

それにはコンマ何秒単位のカット割りと編集つなぎあわせの細やかさが要求される。
どれだけアナウンサーに台本があるのかわからないがそこも問題がでる。
ほんの一瞬だけ出せば伝わる場面、じっくりと映すべき場面、1割程度の時間に圧縮するのだからそれは難しくて当然である。

細かいところを言えば鹿賀丈史氏が醸し出していた非日常的な雰囲気が今回はないとか、ノイミー制度がよく分からないとか、味覚の一流人が集まっているとは思えないとか、鉄人自体の威厳が感じられないとか、まあそういうこともあるだろう。

しかしそれよりも上記に挙げたような、番組作成自体の根本的な方針での違いや大事なはずの編集のところや番組の構成に疑問があったり、そういうところで番組をスポイルしてしまっていたのではなかろうか。
またテレビ離れの話になるがこういう放送局の劣化もテレビ離れに繋がっていると言わざるを得ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2020年に8Kスーパーハイビジョン本格放送開始へ

大もめに揉めながらもやっと収まりつつある地デジ。
現実にはまだ難視聴地域問題は解決しきっていないし、直接は関係ないと言えば無いが東京タワーからスカイツリーへの電波塔としての以降は今年の春からだ。
また地方の電波中継塔のリプレイスもあるようで、これも地デジ対応でVHFからUHF帯に変わったり周波数が高くなることでリプレイスする必要があるところでは未だに変わることでのその地域での影響はまだあるようだ。

そんな中でのこのニュースでちょっと驚きもある。

リンク: 2020年に8Kスーパーハイビジョン本格放送開始へ -AV Watch.

時期尚早すぎやしないか、と。
ただし内容をよく読んでみるとなんのことはない。

東経124/128度のCSデジタルやCATV、IPTVを前提に検討を進め、「高精細、高機能サービスを求めるニーズに積極的に対応する」。

俗に言うプレミアムチャンネルでの放送と言うことである。
普通の人は地デジ→BS→110度CS視聴と順に視聴者が少なくなっていると考えられるが、ここまでで通常のテレビの内蔵チューナーで対応するのはここまでである。

この言い方では現在のハイビジョンは2kであり、8kということは横方向で4倍、縦方向も同じく4倍だから16倍の情報量が必要となる。
ただ放送規格では圧縮効率が2倍になっているのでBSの8チャンネル分の帯域が必要となる勘定である。
地デジはもともともう少し少なくて横が5.3倍程度なので21.3倍、その半分で切り上げて11チャンネル分の帯域が必要となる計算になる。

ニーズとか置いといても地デジ(UHF)で8k放送を普通にするということは到底不可能な話なのだ。

そもそも4kだとか8kという話はどこから出てきたのかと言えば技術的な量的拡大だけである。

それは言い過ぎとしても、現在のハイビジョン規格は30型あたり以上で必要であってアナログな標準画質では粗くて困る、というのがそもそもの話だ。
しかしそれも画面がでかくなるに従いその上が欲しくなってくる。
60型あたりも手が出る値段になってきたと思うが、この大きさだとハイビジョンなのに「あれ?画面が粗い?」と思う人が出てくる。
それは当然でこの規格が決められたのがブラウン管の時代で30型以上を作るのが困難となり(だから強度を上げるためにガラスが厚く重く安くできない)、もはやブラウン管で40型を作るのは不可能とわかった時代だった。
それはブラウン管が真空管であり大気圧がそれを破壊してしまうのだ。

だからせいぜい30型でまあ新たなディスプレイ技術ができても60型とか夢物語だったわけである。
ところが気がつけば60型すら安い。80型でも百万を切る。
そして億単位の家を建てるような人なら手に入る100インチ越のものもある。

それに対応するには解像度を上げるしか無い。
要は一画素の大きさの問題だからそれを維持しつつ画面を大きくすると言う発想ならば結果として解像度が上がることになる。

あとはPCとの融合になろう。20型モニタでHDが普通の時代。
テレビがでかいのに同じ解像度というのは残念である。

とりあえず、この流れが一般国民に対する影響は殆どないと考えて良いだろう。
逆にこれは4k/8kの流れを加速させるものの実際は売れない、しかし今のHDテレビの価格下落をより加速するのではと推察するのは杞憂だろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »