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2012/10/26

MicrosoftのSurfaceとWindows8

まずはSurface。
なかなか良いと思うし、米国では$499ということから円高の今、検討しても良いかなと思った・・・のだが、なんと日本の販売は今回見送りという。
なんともずっこける話だ。
日本語対応とか云々色々あろうが、いまどき・・・といった感覚がある。

対抗馬はもちろん、AppleのiPod touch~iPadの層であり、GoogleのAndroid端末であろう。
Appleの方しか実は分からないが、初期設定の段階で最初に言語を選び、国を選ぶ。
正にグローバル製品で各国で同じ商品を出しており、ユーザーによる初期設定でローカライズをしてもらう製品だ。(もちろんパッケージやスタートガイドの紙はローカライズしているが)
AndroidもLinuxベースであり、Linuxも同様に最初に言語を選び国を選ぶからにたようなものとは思う。
しかしMicrosoftはWindowsもそうだが「各国版」がわざわざ発売されている。
記憶装置が1バイトいくら、の時代ではあるまいし、時代遅れも甚だしい。
生産・流通・在庫コストを考えても経済的にも時代遅れなのである。
なによりも全世界同時発売しないという、ユーザーにとってのデメリットが多大であろう。
先行する国の方々は意気が上がるが、逆に遅れる方は消沈するも甚だしい。
こういう新しもの好きはなによるも先に手に入れたいという欲望が強く、そっから広まっていくことを考えればビジネスとして失敗する可能性を強めてしまう。

なにやら記者発表では自信満々だったようだ(口では何とでも言える)が、やる気の無さや自信の無さ(実際の行動、実情)はこういうところで隠すことができないともいえる。

Windows8発売もあったのだろうが、果たしてどこまで伸びるのか。
タブレットやスマホ市場の拡大により、PC不要の雰囲気は広がる一方である。
だから8でタッチパネルやらを押してきたのだろうが「じゃあスマホとどこが違うの」という答えにはなっていない。
画面解像度にしてもiPad Retinaでは並のPCディスプレイより高いぐらいである。
キーボードにしてもBluetoothキーボードをつければ差は無い。
デジカメ接続にしてもSurfaceならUSB接続できるすごいでしょ、みたいなデモをやったらしいが、Windows8でも同じ話で、今時まだ優先接続なの?そんなのWiFiでつないだりクラウド経由でいけてそっちのほうがスマートじゃね?とか言われたらどうするのだろうか。
スキャナにしてもプリンタにしてもどんどんネットワークなりクラウドしており、ストレージ(HDD)すらそういう風になっている。

つまり相当ヘビーでニッチなところしかPCは使う必要が無くなってきている、というのが現状といえるだろう。

これはWindows8での価格からも読み取れる。

http://japanese.engadget.com/2012/07/02/xp-39-99-windows-8-pro/によると

Windows XP / Vista / 7 から上位版 Windows 8 Pro へのアップグレードは、2013年1月末日までのプロモーション価格で 39.99ドル (約3200円)。世界131か国が対象になります。

米国発表価格からなのでMSKKではもう少しぼったくるかもしれないが、せいぜい4000円以下にはなろう。
これはダウンロード版の話で、パッケージ版でも$69.99。
以前は一万を優に超えており、超限定キャンペーンで一万以下なのがあったので私はそれでWindows2000からVistaに乗り換えたクチだ。
XPからの乗り換えが芳しくなくセキュリティのサポートに苦しんでいるMicrosoftとしてはここでなんとか乗り換えて欲しいというところなのだろうか。

ただ、じゃあVistaから8に乗り換えるかという気にもあまりならない。
Vistaは重いといわれるがどうせCPUパワーは有り余っているし、メモリも一部RAMDISKにするほど余っている。
UIもデスクトップ全面にローンチボタンとか、あり得ないほどダサいとしか思えない。
そもそも“ボタン”があり得ないほどダサい。
横長ディスプレイのタスクバーに小さいアイコンを並べた方が使い勝手が良い。
初期設定で背景色を選ばせるとか意味が分からない。
私はずっと昔から背景色は黒で好きな写真(CG)を壁紙に貼り付けるだけだ。
そこを変えるとか考えたことすら無い。
まあ、伝え聞く話だけではまったく興味をそそられないのだ。

ソフトがタッチ対応で便利になってくれば考えないでも無いし、そのうちタッチ対応のディスプレイも当たり前のようになって価格下落すれば考えないも無いが、それまであと何年かかるのだろうか。
OSが対応する云々の話はかなり前から伝わってきているが、肝心のアプリがタッチでどのように便利になるかの話が全く伝わってこないのは気のせいだろうか。
例えばアドビ系でもまずはReaderがタッチで拡大するとかは基本中の基本だろう。
そもそもMSのOfficeがプレビューで云々かんぬんも同様だ。
現状ではそれすらもしかしてできないのでは?できるの?という不安を持ってしまう。
それはMSへの不信というのもある。

このあたりは実際に実機を触ってみればわかるのだろう。
普通ならすくなくとも初期のレビューやらでイヤでも目に入るものなのに、それが全くないのは一体どういうことなのだろうか。
そのうち分かるだろうと思っているうちに発売日になっていたことに多少違和感を感じていたりもするのだ。

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2012/10/13

田中法務大臣へのバッシング論調について思う

田中法務大臣へのバッシングが酷い。
外国人献金問題は確かに問題だが、今回の暴力団との関係を持ったことについては過剰な批判では無かろうか。
問題とされているのは約30年前に暴力団員の息子の結婚式の媒酌人を頼まれて行ったという話。
氏は現在74歳なので44歳頃のことであり、その時は神奈川県会議員であった。
たいしてゆかりも無い有力者に媒酌人を頼むと言うことは別に珍しいこともないし、議員としては業務の一環みたいなものだろう。
暴力団規制みたいなものが厳しくなったのはせいぜいがここ10年程度の話であり、それ以前は結構おおらかというかいい加減であったのではなかろうか。
そんなご時世下で、県会議員の時点でわずかとはいえ関係を持っただけで大臣免責というのはあまりに過剰反応としか思えない。

逆に言えば県会議員なりの時点でうっかり暴力団の結婚式等に出た前歴のある議員は、もはや一生、大臣になる資格が無いということなのか。
近年でのつきあいや国会議員になってから、であればまだしもあまりにも厳しすぎる判断だとは思わないのだろうか。

野党がともかく解散しろの思いで叩いているのはみっともないとは思うが、政局運営としては妥当とも言える。
しかし新聞が社説で叩いたりしているのは、報道の立場と論理性から言って疑問に思う。

念のため言っておくが、私は民主党、野田政権を擁護する気持ちはさらさらない。
現状はまさにレイムダック状態であり、まったく政治問題を進めようとしないのは明らかなサボタージュであり、憤りさえ感じる。
だからといってこんな些細な問題で追求するのはさらに野田政権にサボタージュの理由をつけてあげているだけではないか、と思うわけである。

こんなことで私が過剰反応をしてしまっているのには訳がある。
それは「放射能つけちゃうぞ」発言で当時鉢呂経産大臣が辞任に追い込まれたことに関連している。
実はこの発言は“捏造”であり“冤罪”であったことが後に複数の人間から語られている。
マスコミやテレビは全く取り上げていないが、ラジオなどを中心に複数のフリージャーナリスト、さらには民主党の敵ですらある自民党の河野太郎衆議員までもが語っている。
「ゴーストタウン」発言は真実のようであるが別に私も問題だと一切思わなかったが、「つけちゃうぞ」発言にはおおいに問題を感じたし、このブログでも叩いた。
しかしその発言をしたという事実がウソだったとしたら彼がやめる理由は一切なかったし、それでもやめろという声があれば叩くのはむしろそっちの方だったろう。

なぜこんな“捏造報道”がされたのか、どうやら原発推進者ばかりであった会議だったか審議会/委員会だったかに「もっと公平に反対派もいれて半々にはするように」という趣旨をいったことと関係があるらしい。(車中のラジオだったので細かく聞けていない)
所轄大臣だから当然そういう会議への意見は重くなる。
鉢呂氏が原発推進なのか反対なのかは不明だし単に中立の立場だっただけかもしれないが、どうも推進派には都合が悪い人間だったのだろう。
そしてマスコミ報道を利用して失脚させたような動きがあったとすればそれこそが大問題では無かろうか。

同様の“事件”には鈴木大地議員、小沢一郎議員も挙げられる。
世間というかマスコミ的にはバッシング対象であり悪者扱いだが、これもフリージャーナリストやら、当人や周辺の話、むしろ悪人と主張している方々の話を綿密に聞いて総合していくとどうも“悪人にしたてている”感が強い。

昨今「ネットの声」をうまく誘導しようとするマスコミの報道テクニックが巧妙になっているように感じる。
一次情報はどうしてもついつい大手マスコミになってしまうわけで危険である。
私はなるべく各紙をみて判断するようにはしているが、ついつい面倒だったりもする。
さらに鉢呂氏の時のように、申し合わせたように全紙が同じ報道をしてしまうと結果として誤った判断をしてしまう。
難しいことであるともっと意識しなければと思ったわけである。

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2012/10/04

規制委員会の発言に思う

原子力規制委は科学的審査のみ、最終判断は国

政府は再稼働是非を規制委員会に任せるような発言をしていたので違和感を感じていたのだが、やはりそんな話にはなっていなかったようだ。
大間の新規建設にしても、そんなもんは事業者が採算をとれるか判断してやればいいだけであって規制委員会も本来は政府すらも関係ない。
ただ、安全規制に関しては行政が一定の安全基準を呈示するのは当然であり、それを遵守出来なけばダメだ。
そんなことは原子力に限らずあらゆる業界にあること。
当然事故を起こしたら事業者が責任をもって賠償する事。
事故を起こしたら会社破綻とかそんな事は許されないこと。
社会的に当たり前の認識がないことが原子力ムラの問題なのだからそこを直していかないとダメだろう。
当たり前だが規制というのはそれを守れば免罪と言うことは全くない。
守らなければ、また守らずに事故を起こせば行政処分として事業停止などの罰をくらうことになる。
守っても被害者への賠償などの事故収拾は事業者の責任だ。

原子力発電所が事故を起こすと、その賠償規模は一民間事業者の負える責任を超越している、というのであれば、そもそもそんなものはやるべきではないのだ。
民間事業者で負えないから政府が担保するということはそもそもおかしいことではないのか。
少なくとも国民はもう今後はそれに血税を投入するのはNOと言っているのだ。

もちろん自分達で負いきれるというのであればやれば良いと思う。
しかし負えるという担保(つまり、会社の内部留保や資産、保険会社の賠償額の契約内容等)が提示されなければならないのも最低限の話だ。

そういう議論を持って今後の推進や新規建設、再開の是非を論じて欲しいと考える。
今後、電気が足りないとか、経済成長の妨げになるとか、エネルギー安全戦略がどうとか、そんな筋違いの論調で話を曲げて欲しくはないのだ。

当たり前だが規制委員会というのは「これで駄目だ」と否定するのが役割であって、「これなら大丈夫だ」とお墨付きを与える立場ではないし、そんな判断ができるわけがない。
そもそも従来の安全委員会が「これなら大丈夫」と言ってきたこと自体がおかしな話で、それでも事故を起こしていないから国民も黙認してきたわけだ。
そこが否定されて規制委員会ということになったわけだろう。

そもそも僅か5人であり、しかも原子力発電に関する“素人”が多数であっては大丈夫というお墨付きを出せるわけがない。

ところで規制委員会委員の任命時に例外規定を発動したが、それは現在はいまだに「緊急事態宣言発令中」という認識を野田総理大臣は持っていることを示した。(そうでないとこの例外規定は発動できない)
多くのマスコミやネットでも、国会を通さずにやったこと、例外規定を持ち出したことを「これは野田総理の暴走」というような論調が多いが、私はそれは論旨のすり替えがおきてしまっていると思う。
ここでむしろ問題なのは未だに総理大臣が現在もなお福島原発の事故は収束などまったくしておらず「緊急事態宣言発令中」と認識しているということなのだ。
このことにスポットを当ててもっと喧伝すべきだ。

そしていまだに
「緊急事態宣言発令中」という非常事態なのに大飯原発の継続や大間新規建設容認などもってのほかだ、不謹慎に過ぎる、という論調に持って行くべきではなかろうか。
さらに緊急事態中なのに悠長に臨時国会を再開せずにいることをもっと叩くべきではないのか。

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