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2012/07/16

東京新聞:仙台聴取会 騒然 発言者に東北電と原発推進団体幹部:社会(TOKYO Web)

リンク: 東京新聞:仙台聴取会 騒然 発言者に東北電と原発推進団体幹部:社会(TOKYO Web).

政府は十五日、将来の原発比率について国民の意見を聴く二回目の意見聴取会を仙台市で開いた。

事務局によると、聴取会には百七十五人の参加応募があり、抽選で百三十人を選んだ。うち意見表明を希望したのが九十三人で、0%案が六十六人、15%案が十四人、20~25%案が十三人。 これほど差があるのに、バランスを取ろうとするため、0%を支持した人はいずれも宮城県の人だったのに対し、15%と20~25%案は東北電力関係者二人のほか、東京都の会社員二人、神奈川県の会社員一人と、いびつな発言構成となった。

まず趣旨は「政府は十五日、将来の原発比率について国民の意見を聴く二回目の意見聴取会を仙台市で開いた。」のであるから電力関係者はご遠慮願うのが当然の理ではないのか。
ましてや会場には「関係者」の席があったとも伝えられておりその姿勢に極めて問題があると言わざるを得ない。
また、各地で同様の会は行われるということであり、参加応募者から抽選で人を絞るのであれば他の地での参加が可能であればまずはその方々にはご遠慮願うのは当然ではないのだろうか。(東京・横浜で行われないとは考えられない)

 政府代表として出席した細野豪志原発事故担当相は「抽選で選ぶので仕方ない。福島で開催するときは一般の県民の声が聞けるよう選び方を考えたい」と話した。

そして今回の会の「トリック」はここにある。
“抽選で選ぶ”というのは一見公正に見えるが実はそれが大間違い。
前提条件の0%、15%、25%の三案を“公平”に扱うという自体が作為だからだ。
まず、0%というのは廃止であり15%と25%は推進であるから、三案を公平に扱うということははなから推進ありきの姿勢であるということになる。
さらに作為があるのは9人という奇数設定である。
3人対6人でそもそも推進圧倒であるが、仮に1人が揺らいでも4人対5人でまだ推進多数である。
このような「国民の意見を聞く」という比較的開かれた会でもこのような一見公正な作為をする。
ましてや密室の「有識者会議」の類がどのようになっているかは推して知るべしと言わざるを得ない。

電力会社の幹部が当選したというが、私は抽選自体は“公正に”行われたと思っている。
なにせ25%案はわずか13人。ここから3人選ぶのだからその確率は二割五分。
完全ランダムでも四回に一回は当選しうるのだから、驚くような幸運でもない。
どうせその他も幹部クラスであったのではなかろうか。

そもそも“25%枠”というものを設定し、抽選で選んではむしろ不公正、不公平と言えるのだ。
25%を表明するひとなど、一般市民にいるとは到底思えない。
福島の惨状を目の当たりにしており、自らも風評被害を受けている(もしくはそれに直面している知り合いがいる)確率の非常に高い一般の仙台やその近辺市民ではなおさらであろう。
さすればそこの枠に応募する人は極めて限定されるのは自明。
もはや原子力利権サイドの枠と言っても過言ではなかろう。

私が面白いと思ったのは以下のくだりである。

 この日は進行側の手違いで、0%案四人、15%案二人、20~25%案三人だった。

手違いと言っているが私はこの一名は“たばかった”のではないかと思っている。
私と同様にこのような“枠”を設定したことに不信を抱き、実際は0%論者なのに15%と“ウソ”をついたのではないのだろうか。
手続き上で人選が決定して後にそのことをばらすことでこの枠設定への不信を表明したのではなかろうか。
運営側はマスコミ的には手違いと言うことにしたのであろう。

原子力の是非を論議するためのお膳立てをする時点でダメなのだからお話にならない。

原子力自体の是非の問題よりもこういう体質が問われていることをなぜ理解できないのだろうか。

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