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2012/02/26

国のやり方恐ろしい…意見交換会欠席の双葉町長 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

リンク: 国のやり方恐ろしい…意見交換会欠席の双葉町長 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 欠席の理由について井戸川町長は、中間貯蔵施設の用地を国が原発事故前の実勢価格で買い取ることを検討していると、事前に一部報道されたことなどを挙げた。

検索で調べてみるとどうやら朝日新聞系のみの報道のようだ。 朝日新聞の記事にも「関係者によると」という形の記載もあることからリーク情報・スクープのつもりに見える。 一方で町長もややヒステリックになってしまっているように思える。 責任は朝日新聞にあるのであって、政府にそれをみるのはどうかと思う。

そして私のような論調があちこちで出るのが町長の言う「事実かはっきり分からないが、世論が判断してしまう恐れがある。」ということなのだろう。
別に政府の方も「一方的に決めて説明する」と限ったことでもあるまい。
欠席して聞く耳ももたない、という姿勢は町長の立場としてどうかと思う。
まずは感情は押し殺して話し合いの場に臨み、もし一方的に推し進めようとしたらならば机を叩いて退席をすれば良いだけのことだ。

中間処理施設云々は除いても、どう考えても地域によっては除染は不可能であり国もしくは東電による買い取りとならざるを得ないのは冷静に考えれば致し方ない。
科学的・物理的に撒き散らされた放射性物質がその放射能を失うのにはとてつもなく長い時間がかかる。
仮にそれを除染してもまた周囲の森林などから降りてきてしまい汚染されてしまう。
住民の感情をどう推し量ってもそれは覆らないという冷酷な事実・現実なのだ。

朝日新聞の報道も不用意と言わざるを得ない。
こうなることが予想できなかったのか。他の新聞はそれができたから報道は伏せたのかもしれない。

国が買い取りの検討というのはむしろ今までそれをしていない方が無能というレベルで、なんで一年になろうとする今まで放置されてきたのか、無策にもほどがあるというくらいだ。
だから事前に検討という報道があっても感情的には我慢できなくとも、現実的な方向性としてそういうことはあっても致し方ないとまずは押し殺すのが長としてのあるべき姿勢では無いのだろうか。

今日、テレビで浪江町の子供達の様子が報道されていた。
未だに仮設住宅暮らし。
学校は過疎合併があったのだろうか、隣町の学校に通っている。
浪江自体もだし、その隣町でも避難した子供達がほとんどで学校には殆ど残っていない。
浪江に戻りたい。そう訴える声が痛ましかった。

それを見てもなお、いや見たからこそ、こういう生活は少しでも立ち切って欲しい。
友達と別れるのはつらいと思う。
だからこそなおさら新天地で少しでも早く普通の生活に戻って欲しいと思う。
普通のサラリーマンの子供だって親の都合で転勤になって友達と別れ、別の地に移り新しい友達を作る。
愛着のある土地を離れ友達と別れるのは一時はつらいが世間的に見てもさほど冷酷な話では無いと思う。

今回の原発によって愛する土地を奪われたのは非常につらいことだと思う。
そのことに関しては私も非常に憤りを感じている。
このブログでたびある毎に東電や原発を叩いているのはその感情も原動力として否定できないくらいだ。

しかし、それよりも仮説住宅で、親が農家だとしたら耕す土地も無いか、よそ者として借りている日々を送る方がつらいのでないか。
一刻も早く新天地で新生活を始めた方が良いのでは無いか。
もちろんそれには大前提がある。
金銭的な補償は当然十分になければならない。
住宅家財は当然ながら、農地があればその分の補償も必要だ。

今回の震災前の価格評定で買い取りというのはごく当然の処置である。
強制移動なのだからその分の上乗せも当然のことだ。
ダムに沈む村や区画整理による立ち退きと同程度の措置というのはこれも当然のことであろう。

おそらく莫大な金がかかるだろう。
しかしそれは原発を運営してきたこと、結果として事故をおこしたことに対するペナルティだ。
決してこのことで軽んじられるのでは無く、むしろ重くのしかかっていく。
いや、いかないとおかしい。
ここは税金でまかなうのは断固反対である。
まずは税金で肩代わりせざるを得ないが、後で東電から回収するのが当然である。
原発というのは一端事故をおこせばこれだけのペナルティを払わなくてはならないという事実が残るのだ。

今回の事故は痛ましいが、それを解決するのは現実として金しか無い。
どんな事故も解決する手段は最後は金でしか無い。

原状回復は現実に不可能な地域はどうしてもでてしまう。
一年経っても原子炉からの放射能漏れが一時期より減少しただけでいまだに止まっていないことからみてもどうしようもないことだ。

感情論として現実を直視したくない気持ちはわかるが、長として少しでも住民の生活において先に話が進むように協議して欲しいと思う。

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あちこちで原発再稼働という話が出ている。のど元過ぎればなんとやらなのか。
あまつさえ北海道電力では再開が訴訟沙汰になって「事故は起こりうるもの。飛行機だってクルマだって・・」などと述べたという。
飛行機でさえ考え得る最悪の事故が起きても会社が債務超過になるほどにはならない。
東京都内につっこめば別かもしれないが、そういうことは理論的にあり得ず最悪でも海に突っ込めるからだ。
クルマもたいがいは「無制限の人身補償」はある程度乗る人なら基本の保険プランだろう。
そうすれば交通法規をきちんと守っている限りは破綻することは無い。
しかし原発は同様の事故を起こしたら会社が破綻するのだ。
感情論では無くて経済的に現実として起きていることなのだ。
それを直視せずに「原発を再開すべき」と論を張れる感覚を疑う。

もし今回の様なことや一連の国による補償を「国がやって当然」と思っているとしたら非常に腹立たしい。
1会社がおこした不祥事をなぜ国が税金で補償しなければならないのか。

以前、細野大臣が除染を最後までやるなどとリップサービスを出したのには驚いた。
あれは撤回したのだろうか。
感情論では良いことだが、それは現実的・科学的・物理的に不可能なことだ。
金銭的にもそれこそ天文学的な金がかかる。
絶望というのはこういう時に使う言葉なのだろう。

除染は絶望であれば現実の落としどころを探るのが科学的・論理的な姿勢である。
およそ補償問題ではできうる限りの誠意ある原状回復の上で、最後は金で双方の妥協点を探るのである。

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2012/02/18

ルンバ577を買ってみた(3)

前回の記事→ルンバ577を買ってみた(2)

577は5シリーズでは最上位機種なのだが、本当に最上位である必要があるのか、検討される方も多いと思う。
その辺を書いてみたいと思う。

○自動帰巣機能は必要か
掃除が終わると自分で充電スタンドに帰る機能がある。
それ以外で必要かどうかということになるが、私はスケジュール機能すら必要だと考えたので必須としか言いようがない。
手動で掃除を開始し、終わったらACアダプタを手で繋ぐなんてかっこわるいでは無いか。

○スケジュール機能は必要か
せっかくのロボット掃除なのだから毎日定時に勝手にやってくれると嬉しい。
毎朝出かけに開始ボタンを押しても良いのだが、スマートとは言い難い。
また掃除の本質的な部分でもスケジュールの方が良い。
普通に生活していれば人間は常にホコリを巻き上げたりまき散らかしているものである。
エアコンやらも同様だ。
それらが床に落ちきるのは数時間はかかるそうだ。
よって掃除を始めるのは人がいなくなってから数時間後以上経ってからが望ましい。
それならスケジュールタイマーを装備するのが良策だ。

○リモコンは必要か
現実にはリモコンは余り使わない。
たまに特定の場所を掃除したかったりしてそこまで移動してスポット掃除機能で掃除をしたりもする。
特定のところまで移動するにはリモコンが必須である。
まあ、自分でもって動かせば良いのだが、それなりに重いし、それなりにホコリが本体についているものを持って移動するのは多少躊躇われる場合もある。

○バーチャルウォールは必要か
これは私は余り使っていない。
ビーム状に向けた方向に衝立を作る、という感じではない。
結構広く角度をもった禁止領域を作るという感じであり、これにより掃除不可領域が結構でてしまう。
もちろんこの辺は取説にきちんと書いているのだが、あまり好ましい仕様とは思えない。
例えばうちの場合では玄関もほぼ段差なしのため、玄関も掃除してしまう。
玄関は土汚れや水気がある場合も多く、掃除させたくない。
そこでバーチャルウォールで禁止すると玄関前のかなりの領域を掃除してくれなくなってしまう。
結局玄関の前の廊下の縁に“壁”となる段差を作っている。
この機種にはバーチャルウォールは2つもついているのだが全く出番がない。
バーチャルウォール兼用で部屋に誘導して引き入れる機能もあるのだが正直何に使うのか良く理解できていない。
これがなくても普通に全ての部屋を渡り歩くので掃除残しとかは無い。
もしかしたらかなり広いお屋敷のような場合に使われるのだろうか。
それとも廊下が迷路のようになっていて帰ってしまうようなケースがあるのだろうか。
どうやら「部屋」という概念を把握するためのもののようだが少なくとも私は必要だとは思えていない。

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ルンバ577を買ってみた(2)

前回の記事→ ルンバ577を買ってみた(1)

概ね一月ぐらい経ったわけだがルンバ君は毎日働いてくれている。

大分“落ち着いた”のかルンバのゴミ取りは三日に一度くらいで良くなっている。
たぶんもう少し長くても良さそうだ。
毎日掃除をすれば実際のゴミの量は少ないというのは当然だがそれを実感する。
主婦でも無いとなかなか毎日は掃除できないのが実態だろう。

最も欲しい家事家電のランキング一位になっているようで気持ちは凄く分かる。
4位にダイソンのサイクロン掃除機があることから、おそらく高くていざというと買うのを躊躇う、その費用対効果にはちょっと考えてしまうと言うことなのだろう。
あるラジオでも自分で買うのは躊躇うがもしプレゼントしてくれるとしたら欲しいもの、でルンバを挙げていた芸人さんがいたのを思い出す。

私はというと「ルンバを買う前はどうしていたんだろう」と思い始めているくらいに生活になじんできている。
実を言えば、大分片付けたとは言うものの、またロボット掃除機では掃除できない、モノが積んである場所がある。
しかし徐々に取り崩して捨てたり売ったりと整理を続けている。
気が早いが、もしこれに寿命が来れば次はその時の最上位機種を買うと思う。

さて、動作について書いてみたいと思う。

基本的に掃除する場所は“ランダムウォーク”になっているようだ。
とりあえず直進してぶつかったら方向を変えて進んでいく。
ただほぼ壁に並行してぶつかった場合はそれに沿うように走行する。
でこぼこがあってもそれには沿っていく感じだ。
それと突如方向を変えてランダムに動くことを繰り返す。
あまり自分のいる場所の認知、“空間把握”は大雑把にしているように見える。
ある程度自分のいる周辺の範囲を決めて、その辺りをくまなく走行して掃除をする。
終わったらそこからある程度いきあたりばったりに走行してある程度離れたらその周辺を掃除するという感じに思える。

この辺のいい加減さ、ランダムさ加減は絶妙で、何度も走行することで結果としてきちんと全部屋の全域をきちんと掃除していると思われる。

同じロボット掃除機でもこの辺を思いっきり手を抜けば安く作れるのだろう。
ルンバが高いのはこの辺をきちんと作り込んでいる分の開発費なんだろうと思える。
カタログスペックではこの辺はいくらでも手を抜けるし、店頭やらでは分からずに買ってからようやく気がつくあたり話である。

ぶっちゃけ、“ロボット掃除機”は手を抜けばいくらでも安く作れる。
基本構造自体は手で動かすようなローラー式の“箒”であり、それを自走式にしているだけ。
自走もぶつかれば適当に方向を変えるようにすれば外見というか一見同じ製品ができる。
しかし実際に動かしてみれば明らかに異なるものになろう。
重要なのはソフトウェアであり、掃除をするための走行アルゴリズムであろう。

ルンバには前方をみる光学センサーと衝突センサーがある。
つまり前方に障害物があると基本的にはよけれるはずだが、そうでもない。
完全な壁だと速度を落としてくるのだが、自分より小さい(細い)ようなものにはそのままぶつかっていく。
他の方の記事でも机や椅子、ベッドの足などにはガンガンぶつかってくるという話はよくあるが、その通りである。
細いほど検知できなくてそのままぶつかる。
たぶん物体との反射率もあるようでスチール面のあるゴミ箱は検知するが、黒いプラゴミ箱にはぶつかっていく傾向がある。
ただ、ガンガンといってもさほど衝突の強さはない。
もちろんぶつかると衝突センサーがそれを検知してブレーキをかける。
だから例えば足にぶつかってきても別に痛いとかそういう感じは一切無い。
もちろんそれで方向を変えてしまうが全く問題は無い。

空間把握能力が無いというのは、同じところに何度も突進していくことからもみられる。
最新機種では賢くなっている(いわくロボコップと鉄腕アトムぐらい違うそうだ)そうでこの辺が改善されているのかもしれない。
ルンバの良い点に壁に沿って走行しながら壁の隅に溜まったゴミもかき出していくということがあるが、だから壁にほぼぴったり付きながら走行する必要がある。
この機種では衝突・修正を繰り返しながら走行しているが、もっと賢ければ衝突なしでスムーズに走行できるようになろう。

机などの足にぶつかっていくのも軽減されるべきことで、何度も学習せずにぶつかっていくのをみると「アホだなあ」と思わざるを得ない。
まあ、微笑ましいレベルなのだが。

ただ、高級な調度品とかにぶつかられると嫌な向きにはあまりよろしくはない。
この辺は弁償問題になりえると思われるので取説にも書いているが、傷がつかないレベルとは言い切れない。
毎日何度もぶつかればそれこそ“雨滴石をも通す”ではないが、塗装がはげたりへこみになったりという懸念も当然生じる。
まあ、うちにはそんなもんはないのでどうでもいいことではある。

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根本からやり直すべき「保安院が新たな安全対策」

リンク: 原発電源・ベント強化…保安院が新たな安全対策 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 経済産業省原子力安全・保安院は16日、東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえた原発設備の新たな安全対策や、東日本大震災による地震・津波の影響評価などをまとめた四つの中間報告書を、内閣府原子力安全委員会に提出した。

これには全く呆れる。
つい最近、安全院の斑目委員長が国会

「諸外国で(厳しい安全指針が)検討されている時に、日本ではそこまでやらなくていいという言い訳ばかり時間をかけて、意思決定ができにくいシステムになっている。そのあたりに問題の根っこがあるのではないか」と語り、構造的な問題があるとの認識を示した。

と述べたばかりである。
これを踏まえれば本来なら諸外国での安全指針も踏まえるべきなのに、今回の事故を踏まえただけで結論としようとしているのには呆れる。
もちろん日本特有の状況を前提とした安全対策は必要であるし、今回の事故を踏まえての対策も打って当然である。
しかしそれは所詮は今回の災害以上の災害や異なった脆弱性を突かれた場合のことは考慮できていないのではなかろうか。

今回の災害において福島はひどい災害に見舞われたのは間違いないし、今回の大震災は千年に一度の大きなものであったのも間違いなかろう。
しかし、考えるべきは福島の原発に対しては震災が“直撃した”わけではないことだ。

次に大震災や津波が起こり、今度は偶然に原発に対して“直撃した”らどうするのか。
また“想定外でした”と開き直るのか。

こういう非科学的で非論理的な展開の末に結論するのは私にはどうにも我慢がならない。

今回の原発事故をもって「科学信奉の崩壊」とかいわれるが私はその言葉を聞くたびに腹が立っている。

様々な科学技術の進歩は今回の災害で多くの命を救っている。
まだ十分でないとは議論されているが、様々な津波警報システムにより早期警報により多くの人が救われたと思っている。
確かに今回の震災で多くの方々の命が失われたが、昨今の同等規模の震災による他国の状況と比べてどう思われるか。
間違いなく技術のおかげで救われたと考えるべきでは無かろうか。

鉄道も驚くべき対応能力を見せた。
震災時には(うろ覚えだが)27本の新幹線が被災地域を走行していたというが、なんと全てが未然に徐行もしくは停止して脱線すら一本も無かったという。
もちろん線路の脱線防止対策も行われていたという。

まだ記憶に新しい新潟中越地震では脱線が一本あったがけが人は無かった。
しかしそれすらもまだ問題と考え、科学技術を持ってゼロを目指し、見事に今回の震災でその成果を実証したのだ。
在来線でも迅速な対応により死者どころかけがすら無かったという。
残念なことにこれらのことは余り取り上げられないがこれは科学技術や管理技術のたゆまぬ研鑽の結果である。

一方で原発では今回取り上げたような非科学的で非論理的な話ばかりで呆れてしまう。
原発技術は“科学技術界”の面汚しである。

こんな状態が続いていくのであれば私は「日本は原発を辞めるべき」としか言えない。

原発自体が問題の本質ではない。
しかし今までの日本の政治・行政・電気会社の中で作られてしまったこの構造自体を改善すべきだろう。

これだけの事故を起こしての唯一と言っても良い構造改革となる原子力規制庁でさえも 「原子力規制庁、片道出向は幹部のみ 独立性維持に限界も」 といった体たらくだ。

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