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2011/11/30

太陽光発電は本当に高いのか?

リンク: 家電-コラム-藤本健のソーラーリポート-太陽光発電の今が分かる「太陽光発電シンポジウム」イベントレポート.

 一般的に太陽光発電の発電コストは1kWhあたり48円または49円とされ、非常に高コストだといわれている。では、これはどんな根拠で計算されているのか。たとえば3kWのシステムの場合は、導入コストを200万円と仮定。東京の場合1kWのシステムで年間1,000kWh発電し、システム寿命が20年だとすると、3kWのシステムなら60,000kWhの発電をすることになり、1kWhが33円という計算になる。さらに、200万円を20年ローンで購入すると計算し、金利が4%とすると、約48円になるというのだ。

この根拠を見ると反太陽光発電の方々はどんだけ高く見積もろうとしているんだという感じだ。
金利4%の20年ローンという前提をわざわざ組み入れるに至ってはなにか悪意があるのではとさえ思えてしまう。

まず3kWのシステムは、現在は150万円を切るくらいになっているし、

また20年で寿命という設定もあまり根拠はなく、実際40年以上の連続使用という実績も出てきているので、

この2つの前提を鵜呑みにすれば 33×(150/200)×(20/40)=12.375 だいたい12円程度になる。
記事にもあるようにパワコン(パワーコントローラー)の交換はだいたい10年に一度程度らしいからこれをいれるともう少し高くなろう。
40年というのも多少は眉唾かもしれない。
それでも48円とかいうあたかも絶望的な数字を言うのは明らかにおかしい。

変換素子自体の寿命は半導体なので非常に長いのは自明。それよりも周辺の金属接点が先にやられるというからその辺の問題も解消されれば格段に寿命が延びる。
電気製品というのは半導体が壊れるよりも周辺の特にコンデンサあたり、電源部がやられて壊れるのが殆どだ。
もしくはホコリが溜まって水分を含んでショートを起こして変なところに電気が加わり半導体が壊れるケースは考えられる。
発電は野外で行われるものだから雨風に耐えられるようにするというのは重要だろう。

基本的に可動部の無いものは寿命が長い。
寿命が倍になれば燃料費がタダなだけに発電コストもほぼ半分になるのも特長である。

別の言い方をすれば金利4%とか価格200万とか、要するに大分昔の算定条件を元に論議をしているということだ。
メガソーラーに至っては家庭用とスケールメリットが異なるし、事業と家庭ではまた話が違ってくる。
それを十把一絡げに話をしているのだから乱暴も甚だしい。
この話を吹聴しているのは時代の流れが遅い重電関連の人達ではないかという推測もできる。

さらにいえば、ヨーロッパのメガソーラーでは15円/kWhを実現しているというし、日照時間の長い南ヨーロッパやカリフォルニアでは7円/kWhを達成しているという。

日本ではヨーロッパあたりが目処となると思われる。
現実に実現しているのならそれが目標になる。
まずは何が違うのかを明らかにし解消していけば追いつけるわけだし、日本は自国生産できているのだから追いつける力はある。

高速増殖炉なぞは未だに世界中のどこを探しても実用化できていないのに比べたらはるかに現実味のある話だろう。

現在の太陽光発電は全発電量の2%しかないという。

これではスケールメリットが出るわけが無いし開発も急進がなかなかされない。

原子力は莫大な国費(税金)を毎年投入されて推進・研究されている一方で太陽光発電の研究は民間で細々とやっているレベルだ。
なんでもエネルギー予算の75%が原子力につぎ込まれ、残りで他の方式(再生可能エネルギー等)や省エネルギー化に使われているそうだ。
アメリカなどはだいたいこれらの3つは同じくらいだそうで、日本では明らかにバランスがおかしいだろう。

私は最近は原子力発電をやめろなどはあまり考えなくなってきた。

ただし国費の投入はやめるべきではないのかと考える。

原子力は確かに現状で発電コストが安い非常に優秀な発電方式であるという。
それならば国費で研究や産業を補助・助成する理由は全くないではないか。
それで続けられるのであればこれからも続ければ良いと思うし、ダメならやめればいい。
その基本原則を国費投入でねじ曲げるのは明らかにおかしいという面もある。
立地や推進に国が口を出すというのもそもそもおかしな話だ。(法律からしておかしい)

補助金や助成金というのはこれから伸びる・伸ばすべきところにいれるのが基本的な考え方ではないか。
だからこそ原子力予算はどんどん減らして再生可能エネルギーや省エネルギーの研究に金をつぎ込むのが誰が考えても正論だろう。

もちろん太陽光には弱点があるのでそれで50%賄えるとかそんなのは夢の話だ。
しかし10%でも20%でも支えられれば十分ではないのか。

電力というのはピークに合わせて発電量を確保することが肝要だ。
ではピークはいつくるのかといえば例えば夏場の日が出て暑い時期。
冬も寒い時期だがこれも曇りより晴れている方が気温が下がるのはよく知られている。
つまりピークが来るのは晴れの時であり発電条件としては良いという面がある。

晴れや曇りで発電量が異なるのは問題だとしたり顔で言う人がいるが、必要なときに発電量が上がり、そうでもない時には下がっても構わないでは無いか。
夜は発電できないという点でも、夏場は日が落ちてからは必要は電力量は明確に違う。
冬は夕方の6時周辺が最大になるがそこからどんどん電力量が落ちていく。

また余り語られないことだが、電力の地産地消というのは実は重要だ。
電気なんかどこで発電しても電線で繋げば同じじゃ無いか、という人もいるがそれは大間違い、というか素人レベル。
まず送電線を建てて維持するのだって金が掛かる。
喩えでは無くまさに山を越え谷を越えて送電線(塔)は建設されている。

実は原子力は遠い(なにせ東京神奈川千葉に関東ですらない福島から電気をひっぱっているのだ)のだから、例えば近距離の火力と比べるにしても、その分の送電線の維持費も原子力のコストに加えるべきである。
しかしそれはなんだかんだと理由をつけて入れていない。

電線でも輸送すればロスが生じる。
ロスは長さにも当然依るが、長距離になると半減するという説もある。
長距離というのは曖昧だが、普通に考えれば福島から東京までは長距離だろう。
また、変電所でのロスも馬鹿にならないらしい。
ごく大ざっぱに言えば福島原発の200万KWは東京に建てた火力の100万KWと同等という言い方もできる。
一番ロスが無いのは各家庭で発電する電力量なのは自明。
つまりロスという点では家の屋根につけた太陽光発電がもっとも効率が良い。
本当はそういった観点を含めて“1KW辺りの発電コスト”を論じるのがより科学的な見地だがそこまでやった話を聞いたことが無い。
半減はかなりのきついケースだろうが、普通に数十%とかそういうオーダーでは違いが出てくるわけで決して無視できるレベルでは無いはずだ。
これは立地条件が厳しく遠隔地に作らなければならない原発や水力には不利に働き、近場に建てやすい火力や太陽光には有利に働く要素だ。

今回の原子力問題はエネルギー政策に大きな疑問を投げかけた。
原子力事故は不幸な出来事だったが、これを期にエネルギー政策の歪みがもっと明らかにされ、正しい方向にいくことを願うばかりである。

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2011/11/27

もんじゅ廃炉検討:基軸失う核燃サイクル…政策転換必至 - 毎日jp(毎日新聞)

リンク: もんじゅ廃炉検討:基軸失う核燃サイクル…政策転換必至 - 毎日jp(毎日新聞).

これは酷い記事だ。事実誤認なのか、ミスリードを狙っているのか。
どちらにしろ新聞で載せる記事レベルでは無い。

2010年までに16~18基の原発で実施する計画だったが、原発立地自治体の了解を得るのに難航した。

あたかも計画が頓挫しているのが立地条件の問題であるかのような言い方だ。
そもそもプルサーマルの実験段階ですら成功していないのに自治体の了解も何も無い。
経緯はよく知らないが、もしかしたら「実験施設の建設に難航」ならあり得るがあたかも実用段階に移れなかったような言い方だ。
そもそもプルサーマル自体最低でも実用の目処は立っていない。
日本が、ではなく世界のどこでも実用化されていない。

高速増殖炉を断念しても、片方の軸のプルサーマルを使っての核燃料サイクルは可能だ。しかし、東京電力福島第1原発事故後、既存の原発の再稼働すら見通しが立たない。また今後、新たな原発を造らず、寿命の原発を廃炉にする「脱原発依存」政策を進めれば、核燃料サイクルは成立しない。そうなれば使用済み核燃料は、再利用せずそのまま処分する道しかなくなる。

ここもミスリードを狙っているのか。
プルサーマルはある程度はリサイクルだが、従来の核燃料と混ぜて使うものであり、しかも結果として核廃棄物は発生する。
あたかも“使用済み核燃料”がなくなるような錯覚を与えるこの書き方は間違っておろう。

まず既存の原発からでる廃棄物を処理できるだけのプルサーマルを作る。
それらが順調に稼働して“使用済み核燃料”が不足するような事態になってから新設を考えれば十分ではないのか。

プルサーマルが稼働すると新たな問題が発生する。
それはプルサーマルは高速増殖炉と異なり、新たな“使用済み核燃料”が発生するわけであり、これは先に書いた“使用済み核燃料”とはまた別物のようだ。
これをまた再利用できるかもわからない。
例えば木を燃やした炭は燃料として使えるが、炭を燃やした白い灰はもう燃やせない。
最低でも同一の燃料から取り出せるエネルギー量は多くなるのだろうが、廃棄物が発生することには変わりは無く、廃棄物処理問題という課題の解決にはなっていないことは自明であり、記事の論旨は間違っている。

ところでで簡単に“混ぜる”と書いたが単純に同じ容れ物に入れてかき混ぜれば良いものでも無いらしい。
つくるものは“MOX燃料”というらしいが“混ぜる”というより2者からの“生成”のようだ。この生成にコストがかなり掛かると言うことはあちこちで指摘されている問題だ。
コストと言うことはエネルギー(普通に考えると電気)が必要となる可能性が高い。
原子力はコストが安いというのが何よりもの存在意義でありそこにほころびがでればアウトだろう。

この記事の発端は「提案型事業仕分け」ではないかと思われるが、そこで言われたことを書いておく。
私自身は見ていないのでほかからの纏め的なところにはなるが。
大きく分けて三つの論になる。

・現在の体制で「もんじゅ」を続けるのが妥当なのか?
もんじゅという考え方には問題は無いとして、今も実現化していないのはやっているところに問題があるのではという考えだ。
95年の事故後から未だに復元して先に進めていない。
その間も年間200億もの国費が投入されており、現状は社会常識的におかしい状態にあると考えるのが妥当という考えだ。
トータルでは兆を超えているわけでその成果を鑑みれば妥当とは到底思えないという考えである。
原子力というのは非常に専門性が高いため代替えが困難ではあるが、例えば海外の研究者の誘致や共同開発体制、最低でも現場の指揮者、トップの総入れ替えなどが考えられるだろう。

・「もんじゅ」を続けるのは妥当なのか?
もんじゅは高速増殖炉の一方式であり、またもんじゅ自体が古い施設でこれを続けるのが妥当なのかという疑問という考えだ。
別方式に切り替えたり今の施設は廃棄して新設した方が良いのではということだ。
あちこちに痛みが来ているのも修理しつつ使い続けるより、新しく買った方が安いという考えはあながち間違いでもない。

・高速増殖炉自体を続けるのは妥当なのか?
高速増殖炉自体が実は実現不可能な、もしくは現世紀の技術では不適当な技術では無いのか、そういうものを巨額な国費を投入して存続することは妥当なのか、という論になる。
現実に各国で高速増殖炉に挑戦して諦めているという。
理論的には非常に良い方式だが現実化するには困難な技術・理論というのは世の中にはたくさんある。

私がある意味驚いたのは、この論は論理的な整理された形であると言うことだ。
発言や考え方が論理的である枝野氏や細野氏の影響が強いと思うが、政治家や官僚がいあるような論議の場でこのような論理的な話がされるというのは珍しいと思う。
まあ、その現実が悲しいことでもあるが、国会の小委員会では論理的におかしいことがあちこちに散見され、それがまかり通って話が誘導され結論されてしまうことが頻繁にある。

くしくも事業仕分けの判定人だったが「聞き惚れていた」という発言があったがその前提はきちんと筋道建てられた流れで話ができていたということであろう。

そのなかで中川文科大臣がアウェイの空気の中で「止める止めないの二者択一でもない」という言い方をして、その間は微妙な空気になっていた。
そういう言い方自体、玉虫色の言い方が否定される空気になっていたのが非常に良かった。
言うのなら「止めるとしても最低でも研究としては存続することは検討すべきだ」というような形になろう。
うっかりそういえば実現化の廃止の肯定・研究費の大幅削減の受容を意味するからできなかったのだろうが。
まあなんにせよ大臣が4人も出席する会議でこのような論議をできたことは大きな一歩であろう。

しかしあくまで一歩を踏み出しただけでさらに進むのはこれからの話である。
引き続き議論を尽くして欲しいと思う。

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2011/11/23

もんじゅ抜本見直しを提言…政策仕分け開始

リンク: もんじゅ抜本見直しを提言…政策仕分け開始 : 電力 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
仕分け初日 主な結果が画像ファイルなのでテキストに落としておく

○高速増殖原型炉「もんじゅ」
研究開発の存続の是非を含め、体制、計画を抜本的に見直す。出力試験再開を前提とする調整費は、2012年度予算の計上を見送るべきだ。
○原発新規立地に備えた「周辺地域整備資金」
使途を着工済みの中国電力島根原発3号機など3基分に限定し、縮減を検討すべきだ
○原発立地自治体向けの「電源立地地域対策交付金」
事故対策や防災対策を拡充する仕組みを検討すべきだ
○エネルギー対策特別会計
存廃を含め、国民的見地に立って抜本的に見直すべきだ

どうもアーカイブが見つからないのだが、USTREAMで最後の1セッションはあったので貼っておく。
原子力エネルギー等予算のあり方等[USTREAM映像]

「もんじゅ」自体のあり方と高速増殖炉の存続は別問題という見方もあるようだ。
既に40年近くにわたり総計で兆単位の税金を突っ込んでほとんど成果が無い「もんじゅ」に対する批判、指摘があった。
この場では指摘されなかったが、どこの国でも高速増殖炉の実現性についてギブアップしているらしい。
原子力の依存率の高いフランスでも、大国のアメリカやロシアでも実現ができていない。
だから日本がいかに技術立国と言ってみてもできていないこと自体は恥では無い。
しかし未だに実現性の目処すら立っておらず、実現まで2050年という途方も無い計画を出してくるようなものに対してこれ以上金を突っ込めるか、というのが単純な話だろうと思う。

まさに「夢」の発電所であり論理的には可能かもしれないが、実現は不可能なことをやっているのかもしれないわけだ。

上記の「予算のあり方」の中で枝野経済産業大臣が私と同じ思いのことを言っていた。

原発は安いというのが存続の前提であり、それならばもう国が金を出す必要は無い。
その中でやっていけば言いわけだ。
原子力三法等による立地所への補助金すら国から出す必要はないはずだ。
万一の事故時の補償問題でも安全の確保が十分できているのならば民間の保険会社で保険をかけるなりをすれば良いのでは無いか。それが現実に引き受けてくれないということは十分ではないという評価をされているということではないか。

この会議の中でも予算の中でアンバランスなほどに原子力にお金がつぎ込まれていることが指摘されていた。
ある予算枠の数字でいえば6割が原子力の一方で再生可能エネルギーはほんの2%だという。
そんな予算配分で再生可能エネルギーが育つわけが無い。
それがエネルギー対策特別会計の項目の話で石油石炭税などの具体的な単語も何度も出ていた。

どうやら原発というのはそれ自体の問題もさることながらいわゆるゼネコンをはじめとする利権が大きく絡んでいるというのが見えてくる。

一方で再生可能エネルギーというのはその対局である。
小規模から始められ、燃料の存続的な確保などの政治的要素が必要ない。
万一ソフトバンクの孫氏のように野心的にビジネスで発電という動きが拡がってしまうと下手をすると発送電分離が事実上実現化してしまい、電力会社とその周囲ゼネコンにとってまずいことになると考えるのが自然だろう。
それゆえに全力で潰しに掛かっているとしても不思議でも何でも無い。

そうなると官僚経由で最初に丸め込みにいくのは経済産業大臣である枝野氏となるが、その枝野氏が“原子力事業の完全民営化”論者であるとすればありがたい。

この会議でもあるように誰しもが明日から原発停止にできるとは思っていないが、現実として現体制はおかしい、見直すべきだという話に終始したのはこういう会議にしては珍しいことらしい。
どうやら最も原発支持側なのは中川文部科学大臣だったようだが、それでも周りの雰囲気に飲み込まれたのかかなり回り持った表現に終始していた。

まあ、政策仕分けがどうこうということもあろうが、こういう話し合いがもたれたこと自体がまず第一歩であることは間違いない。
各大臣がきちんと認識を持って実際に法律にまで持って行く、官僚が抵抗しても大臣が主導で議員立法をしてしまう、というやり方もあるはずだ。
仕分けの結論に政治的強制力が無い、というのは事実だが、それならば法律を変えてしまえば良いのだ。
仕分けは強制力や拘束力が無いから無意味だ、という考え自体がナンセンスだ。
それならば力を持つにはどうすれば良いのかと考えれば良いだけのことだ。

まったくゼロから議員立法をしても現実にダメだろう。
しかし仕分けの中で一定の議論は行っている。そしてその方針に従い、ワークグループを作り、立法さえしてしまえば法的拘束力を持つ。
そして一度立法してしまえばそれに従わざるを得ないのが霞ヶ関の鉄則だ。

だから霞ヶ関はあの手この手で自分達で直接にしろ間接にしろ立法して国会を通したがるのだ。
間接的な具体例としては「有識者会議」なるものを仕立ててその意向に従い法律化したり政策を決めたりする。
一見公正に見えるがその「有識者」を決めるのはどこか、ということが重要である。
いうまでもなくそれは役所であることが殆どである。
現実に有識者を選ぶ時点で結論は決めることが可能であり、適度に反対者も入れて最終的に多数決では役所の意向になるように人選をする。
時間を適度に設定すれば“議論は尽くされた”として最終的には多数決となるからだ。
普通に考えればそんなことをやるのは別に不思議でも何でも無い。
そしてその会議を持って委員会を“族議員”中心に編成し法文化と国会提出にこぎ着ける
現実にはここまでいけば国会は確実に通る。
よほど重要な議題は国会で審議されるが、それでも委員会の結論が重視され時間切れで採択され通る。
末端の議員(というか殆どの議員)は自分の関わりの無い案件は党の意向に合わせて賛否をするだけの役割でしか無いのが現実だ。

逆に一番いやがるのは役所の意向を無視した議員立法であり、あの手この手で妨害工作をする。

最悪でも法律文を改変させて曖昧にし、自分達の裁量権を維持しようとする。
それが過去の、そして現在の日本の国会による立法の現実なのだ。

これらは空想で言っているのでは無く、いくつかの法案に関して実際に自分でトレースしたり委員会の内容まで見て(委員会は見ようと思えば全部アーカイブされている)感じたことだ。
また一部のジャーナリストも同様の意見を持っていることを見聞きしている。

役所を使うのが本当の民主政治である、というのも一つの見識だが、役人に言うことをきかせようとしてもなかなか従わない。
そこを勘違いして失敗していたのが鳩山総理と菅総理だった。
一番役所の人間に“効く”のは法律、つまり政治家による議員立法なのだ。
政治家に従わない役人を問題にするのは難しいが、法律に従わない役人はクビにできる。
自分のいいように法律を作ろうとするのは正にクビがかかっているから必死であり全力でやるのは当然のことだろう。

そこを民主党が本当に変えられるのかどうか。
これからのエネルギー関連の法改正、そして再来年度の予算審議の時にはっきりとするだろう。

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SSD Corsair Force 3 を買ってみた

PC環境改善と言うことでSSDを買ってみた。
起動時間の短縮が主目的なのでシステムが入れば良いのでたかだか60Gもあれば良い。頑張ればもう一ランク下でもいけるのだがあまり詰めるのは疲れるので余裕を持っている。
データディスクとして今まで使っていた普通のHDDも併用する。

ということで買ったのはCorsairのForce Series3の60Gモデルである。
カタログスペックが良いことと、きちんとSATA3対応、Trim対応であるのもポイント。
まあVistaではTrimは意味が無いのだがとりあえずではある。
いずれはOSを変えなければならないのは自明なので対応品を買うべきだと考えた。

スペックの詳細は左のアマゾンリンクなりで確認していただきたい。
ちなみにこのリンク先では異常に高いのでここで買うのはお勧めしない。
私が買った時の値段と比較するとその時は九十九で特価だったとはいえ5割近く高い。
2.5インチサイズであり、3.5インチベイへのマウントフォルダとねじもついている。

当然ながらシステムのクリーンインストールとなる。

うちのはWindows2000からのアップグレード版なのでやっかいだったのだがこの顛末は別に書くこととしよう。

RAMも増設した。当然ながら16ビットOSでは3.5G以上は普通は無駄となるのでGevotte Ramdiskを導入してそれで使うようにする。それにしてもRAMは安くなったものだ。
ほんの数千円なのでこういう昔なら贅沢な使い方も気にならない。
ここにブラウザのキャッシュやReadyboost等を設定する。
ブラウザのキャッシュに対しては効果が大きい。

TEMP/TMPも設定したいのだが、調べていくと「次のブート時直後に使用する」アプリや「しばらく使用する」ファイルもこのフォルダに入れるという慣習もあるらしくそのようなアプリを使ってしまうと不具合が発生しかねないようだ。
キャッシュの一種なのか「起動時にないと新たに作成する」ものもあるようでこれで却って遅くなっては本末転倒になってしまう。
よってこれはHDDに割り当てるようにした。

同理由と容量をなるべく空けるためにデスクトップやピクチャーなどのいわゆるユーザーファイルもHDDになるように設定した。

これらは頻繁な書き換えによるSSDの寿命問題やフラグメントによる速度低下の軽減のためでもある。

インストール直後は早かった。しかしパッチが当たる毎に遅くなっていく。
ディスクのアクセスランプが消える時間が長くなり、その分起動が遅くなってく。
つまりディスクの読み込みでは無くそれ以外の時間が長いと言うことだろう。
うちのはSP1のディスクからだが、最新状態になった後と比較するとだいたい倍ぐらいは違う。
流石にSSDにする以前よりは速いのだが驚くような差がなくなってしまったのが残念だ。

それにしても気がついたのはインストール後のアップデートが長い。
全部で百を超えるアップデートが必要でパッチを当ててからでないとあてられないパッチもあるようで再起動も何度か必要だった。
サービスパックすらパッチを当てないとダメというのは困ったものだ。

ベンチマークは本当は素の状態で測るべきだが、一通り終わってからそのことに気がついたため今さっき測ったものである。 容量もだいたい半分くらいは使っているためこの分も落ちているはずである。

-----------------------------------------------------------------------
CrystalDiskMark 3.0.1 (C) 2007-2010 hiyohiyo
                           Crystal Dew World : http://crystalmark.info/
-----------------------------------------------------------------------
* MB/s = 1,000,000 byte/s [SATA/300 = 300,000,000 byte/s]

           Sequential Read :   197.602 MB/s
          Sequential Write :    71.047 MB/s
         Random Read 512KB :   184.205 MB/s
        Random Write 512KB :    68.849 MB/s
    Random Read 4KB (QD=1) :    13.692 MB/s [  3342.7 IOPS]
   Random Write 4KB (QD=1) :     8.177 MB/s [  1996.3 IOPS]
   Random Read 4KB (QD=32) :    34.199 MB/s [  8349.4 IOPS]
  Random Write 4KB (QD=32) :    20.709 MB/s [  5055.8 IOPS]

  Test : 1000 MB [C: 59.4% (33.2/55.9 GB)] (x5)
  Date : 2011/11/23 11:29:25
    OS : Windows Vista Home Basic Edition SP2 [6.0 Build 6002] (x86)

それでも結構速い。
SSDならではの点としては、シーケンシャルとランダムの差が少ないことが大きい。
通常起動でシステム関係などはランダムリードになっているのが普通なのでHDDではシーケンシャル値より大幅に低くなるためにその点でも起動時間の短縮につながる。
結果としては読み込みが速くてもそれ以外で停まる結果となって効果が激減しているが。
たぶんSSDの速度としてはもう少しチューニングする余地はあるようだが、主目的がシステムの起動時間短縮なので意味が無いと考えやっていない。

おまけとしてRamdiskのベンチマーク結果も貼っておく。
Gavotte Ramdisk

-----------------------------------------------------------------------
CrystalDiskMark 3.0.1 (C) 2007-2010 hiyohiyo
                           Crystal Dew World : http://crystalmark.info/
-----------------------------------------------------------------------
* MB/s = 1,000,000 byte/s [SATA/300 = 300,000,000 byte/s]

           Sequential Read :  5211.610 MB/s
          Sequential Write :  5460.445 MB/s
         Random Read 512KB :  1927.311 MB/s
        Random Write 512KB :  1968.043 MB/s
    Random Read 4KB (QD=1) :    21.102 MB/s [  5151.9 IOPS]
   Random Write 4KB (QD=1) :    20.814 MB/s [  5081.5 IOPS]
   Random Read 4KB (QD=32) :    20.628 MB/s [  5036.2 IOPS]
  Random Write 4KB (QD=32) :    20.401 MB/s [  4980.7 IOPS]

  Test : 1000 MB [R: 1.4% (43.7/3072.0 MB)] (x5)
  Date : 2011/10/16 16:56:10
    OS : Windows Vista Home Basic Edition SP2 [6.0 Build 6002] (x86)

興味深いのはRandomの4KB(QD=32)ではSSDの値がRamdiskの値に匹敵していることだ。
Ramdiskとはいえ、小さいファイルではファイル処理のオーバーヘッドが支配的になってくるために転送速度としては落ちてこのようなことになるのだとは思う。
もちろんこれはRamdiskドライバの出来によって大きく違ってくるわけで、フリーソフトでもあるこれではあまりチューニングされていないとしても不思議でも無い。
それでもSSDがRamdiskと並ぶこと自体が凄いことである。

結論としてはRAMと合わせても一万ちょいの投資としては十分な効果があったと思う。
マシンの速度の律速はディスク周りが握る、とはディスクが世に出てからずっと言われ続けていたことだが今だに普遍であると感じる。

大容量で全部SSDにできれば理想的だがまだまだそこまで安くはなっていない。
しばらくはSDD+HDDという形での運用がベストだと思う。
もしくはNASやUSB-HDDという考えもあろう。
そこで最近安く出回り始めたUSB3のHDDの話を次に書きたいと思う。

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2011/11/18

記者腕章貸して厳重注意に論議 ネット上では「問題なし」が圧倒的 : J-CASTニュース

リンク: 記者腕章貸して厳重注意に論議 ネット上では「問題なし」が圧倒的 : J-CASTニュース.

   大沢克之助編集局長は、取材に対し、こう説明する。

    「人道的な緊急措置でやむを得ないとは認識していますが、記者倫理からみて、腕章を渡した行為は慎重さに欠けていたということです。まず、腕章は、報道目的に使うのが主ですから、目的外使用になります。そうすると、腕章への信頼性が失われる危惧があります。さらには、ジャーナリズムの中立性が損なわれる可能性も否定できません。もちろん、報告や連絡、相談という社会人、職業人としての倫理からどうかということもあります」

何を言っているのか良く理解ができない。
腕章というのはそんなに特権的なものなのか。
例えば警察などの制服や緊急車両などは特権の性格を持っており安易に貸すことは非常にまずいであろう。
これは国家という背景を持つ特権であるという性質もあるからだ。
しかし報道機関の腕章など一私企業が所有するモノであり、仮にその現場に入るための符号であるとすれば警察も報道も同じ立場ではないのか。
貸したという状況も、貸して貸した人間の見ていないところで濫用されると場合ですらなく、貸した人間が見ている範囲内での行動となる。
報道を特権行為かなにかと勘違いしているのだろうか。

   もし記者から相談を受けていたとしたら腕章を貸したかについては、大沢編集局長はこう言う。

    「非常に難しい判断ですね。仮定の問いには、答えにくいです。一般論としては、人命がかかっていてやむを得ないとして、腕章を貸すこともあると思います。今回についてもなかなか言えませんが、記者については、もう少し対応の仕方があったということです」

この見解も随分とひどいものだ。
どうしたらいいのか自分では即断ができないことを述べていながら、現場の記者にはもっと別の対応があったのではないか、としている。
現場の人間は常に反射神経的にベストな判断をしている筈だ。
ましてや人の生き死にがおきかねない現場では一瞬の判断が要求されるだろう。
自分ではできないくせにそのレベルのことを部下に要求する。
人として、社会人として問題なのはいったいどちらなのか。

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2011/11/16

アイドル声優のブログの閉鎖・休止が相次ぐ 「愛してる」「結婚してくれ~」叫ぶ粘着ストーカー : J-CASTニュース

リンク: アイドル声優のブログの閉鎖・休止が相次ぐ 「愛してる」「結婚してくれ~」叫ぶ粘着ストーカー : J-CASTニュース.
ブログの閉鎖休止までいかずともコメント欄やトラックバックの禁止をしてしまえばいいと思うけどなあ。
有名人では結構コメント欄禁止のものや一端保留して検閲後に公開するパターンは多い。
本人が検閲するのが嫌なら事務所のひととかの他人に頼めば良いだけだと思う。

こんなことで相次ぐのは悲しいなあと単純に思うだけなんだけど。
そういうのを考えるのが面倒ならはなからコメント禁止にしてもいいんだし。

ネットの世界は現実世界の投影なのでどうしても行き過ぎた人間が出るのは仕方ないので、それはそれでネットの仕掛けを使って遮断するしか無いしそれができる。

「ブログに書いた私生活の情報」に関しては本人が統制するしかないわけで、これに関してはブログに限らずツイッターでも問題になっていることだから「自己発信の自己管理」というものはこれから形を変えていくらでもあることだと思う。
何が要因だろうとストーカー行為は単純に犯罪行為なのでそれはそれで法的措置をとればいいだけのことだし。

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2011/11/14

ナベツネ騒動

リンク: ナベツネ騒動、最大の「ピエロ」は江川か  裏にチラつく「巨人戦」の視聴率事情 : J-CASTニュース.

まあ、この記事の内容には首をかしげるところもあるがその辺を突っ込むのは面倒なのでやめておこう。

今回のような内紛は別に珍しいことでも無く、しばしば起きていた。
しかし文部省に行って涙ながらに告発するという点では珍しいと言える。

ネベツネの方針で色々と一度決まった話が変わるのはよくあることで、英断と思えることもあるが首をかしげることも多かった。

このようなやり方に呆れてジャイアンツ球団を嫌いになった人も珍しくは無いだろう。

この構造の最大の問題は権力と責任である。
トップにいる権力の行使にはその結果に責任が生じる。ごく当たり前のことだ。
しかしその責任を取る、いや少なくとも責任を感じた言動はすべきだろう。
それが一切無い。
それどころか責任を他に求めて非難したりもする。

そもそも讀賣グループを束ねる会長という上位職が、たかがその中の一会社の球団の人事に口を出すということ自体が異常だ。
好みや意向を言うのはともかく、具体的な人物まで指図して実際に動いて現場をひっかきまわすのは上司として最低のやり方だ。
現場の人間が上司に上告するのは当然だが、逆に現場の上司をすっ飛ばして現場の人間に指示を与えるのは現場の混乱を招くため社内の統制上、間違っている。
それがコンプライアンスかというと疑問ではあるが。
その辺りの感覚が上司に欠如しているというのが問題なのだ。

現場に任せられないという時点で会社の組織上、問題だろう。
単純に自分を抑えられないという幼稚さなのかもしれないがそれで現場が混乱するのだから大変だ。

ところで視聴率の件だが、これも中途半端なグループ経営が直接関係しているのだろう。
昔は中継は地上波しか無かった。
記憶違いで無ければホームゲームだけでは無くビジターゲームも放映していたはずだ。
しかも延長戦もいとわず重要なゲームであれば無制限。
平常時でも10時くらいまでは延長していた。
そのこと自体で批判もあったが、野球ファンにとっては良いことに違いない。

ところがどんどん縮んでいき9時前でカットされることが多くなった。
元々負け試合は早々にカットすることもあったが、弱かった年はそれも当然増える。
弱くても負けていても応援したいのがファン心理なのだがそんなのは無視だ。

一方でデジタルBS放送が始まると系列のBS日テレでホームゲームは全試合最初から最後までやるようになった。
デーゲームでも夜間に再放送を行う。
またCS放送ではG+(ジータス)という放送を行っている。
これもホームゲーム限定とは言え最初から最後まで放送する。

つまりこの時点で3局同時放送という時間帯さえ存在するわけだ。
単純にここで視聴率の分散が起きるのは当然のことだ。
視聴率というのがこれらの合計でいっているのならともかく日テレだけの話としたら見込み違いも甚だしい。

まずいのはこれらはホームゲーム限定のため、ビジターの期間には放送が無いことが多い。
もちろん巨人戦はなんだかんだで視聴率(収入)があるため他局で放送されるがそんなには多くは無い。
大事な試合がビジターになってしまうと中継がされないということになる。

元々プロ野球は巨人戦しかまともに視聴率がとれない、というのは昔からの話である。
いうまでもなく巨人のファン(アンチを含む)が多いということであり、それを支えていたのはほぼ全試合をなんらかの形で中継を行っていたことが大きい。
巨人の試合はホームビジター関係なく日テレ系がほぼ独占し、おこぼれを他局が放送していた感じすらあった。
これらはスパイラル的なもので、どこかが崩れれば縮小の一途となる。

視聴率の低下というのはこういう根深い問題だから、監督が華があるとかそんな小さい問題では無いのではないか。

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2011/11/12

TPP交渉参加は大丈夫なのか

リンク: asahi.com(朝日新聞社):野田首相、TPP交渉参加の方針表明 - 民主政権.

記者会見をテレビで見て強く違和感を感じたのは記事にもあるこの発言だ。

「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そうしたものは断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築を実現する決意だ」と強調。こうした懸念に配慮する姿勢をみせた。

原則として関税・非関税障壁を撤廃する貿易においては自由経済が基本となる。
規制の少ない自由経済下、特にアメリカ流の経済ではアメリカの現状をみるように「勝ち組負け組」の差が大きく分かれるのが当然の成り行きである。
それを是正するのが国の政策であり経済への国家の介入である。
日本は「成功した自由社会主義」といわれるようにかなり社会主義的な背景があったのはいうまでもない。
これにより中間層が強くなり「一億総中流国家」を実現した。

それらを再構築するという意気込みは大変結構だが、TPP参加はむしろそれと対極にある仕組みでは無いのか。
これはTPP参加自体の是非論では無い。
TPPにはメリットデメリットがあり、かつそれを日本に当てはめた場合どちらが得かという点については全く論議が不足の状態ではある。
しかしながらTPPの基本的な考えからすれば野田総理の言った言葉はTPP自体の否定ではないのか。
何のためにTPPに参加するのか。まったく分からない。

ガス抜きで言ったのであればとんでもない発言だし、本気で言ったのであればTPPというものを根本から何か勘違いしているのではなかろうか。
そんな状態で参加の方向に向いているというのは極めて心配だ。

「貿易立国として活力ある社会を発展させていくためには、アジア太平洋地域の成長力を取り入れていかねばならない」と述べ、交渉参加の意義を訴えた。

これもいうまでもなくアジアの成長力と言えばGNP2位に躍り出た中国は不参加。
ロシア、ブラジル、インドネシア、タイなども不参加。やや外れるがインドも蚊帳の外。
東南アジアも乗ってきている国は少数派だし何を言っているのだろうか、という感じだ。

中国はむしろ「不自由貿易」「不平等貿易」をうまくつかって急進している。
自由貿易にすれば良い、成長できるという理屈は全くの誤りである。

このブログでは何度も言っているが、世界貿易の中で日本は円高という枷を嵌められており、この時点で他国と大きく差がついているのだ。
本当に公平に自由に競争したら負けるのは日本だ。

他国に輸出しての商売はいうまでもない。
さらに日本国内で輸入品との競争でも円高は日本国内企業に不利に働く。
これらは「~だろう」ではなく自明の理だ。
国内企業が負ければ雇用の減少になる。
農業に限った話では全くない。
加工食料や魚介類、穀物、果物などあらゆる商品に及ぶ。

TPP自体が悪いとかそういう話では無い。
日本の現状にあまりにもあっていない。
国益になるとも思えない。
参加表明の中でTPPの精神からすれば逆の意見をいう。

そこに強く不安を感じる。

何よりも不安なのは日本の外交力ではなかろうか。
既にTPP交渉すら出遅れており、実際の参加認証まで半年もかかるという状態だ。
今参加しなければ手遅れという参加論者もいるが既に手遅れにも程があるのではないか。しかもそのことを初期は隠していた。
米国に入れと言われて入る論議をしたのでは明らかに遅きに失している。
その点でまず負けている。

次に交渉の参加表明をしないと詳細が分からないということだ。
参加論者の参加すべき理由に挙げられていたりして呆れるのだが、それすら参加しないと現状の詳細が入手できないような外交交渉力で、果たして参加してまともに交渉できるのか。
さらにいえばそういう情報を公開しないような協定が本当に自由貿易を実現するための協定なのだろうか。
TPP下では非関税障壁となるような理に合わない遅延行為(検疫などの理由で遅延させれば貿易障害となる)なども排除される。
もちろん軍事協定などは極秘事項のオンパレードなのは当然だが、これは自由貿易に関する協定である。
非参加国にひた隠しにするような協定が本当に自由を目指す協定なのだろうか。
その点においても極めて疑わしく感じる。

さて日本固有の問題として基本的な外交能力の低さは国境問題で顕著に表れている。

韓国との竹島問題、ロシアとの北方四島問題、中国との尖閣諸島問題。
もう何十年も長きにわたってきちんと解決できていないし、実効支配に対しての対応がまったくまともではない。
円高も外交能力問題だし、そもそも関税自体が外交問題ではないのか。

どうみても現在のTPP参加への状態は負け戦につっこんでいっているようにしか見えないから問題なのだ。

賛成派はおそらく負けても自分には問題ないとか、負けても自分に利するものがあるから賛成とかそんなところだろう。
意外と知らない人が多いので改めて書いておくが、金融で儲ける場合は経済や社会が動くことが重要なのだ。
どう転んでも良い。例えば株が下がっても上がってもどっちでもいいのだ。
株が上がれば儲かる、などというのは株でも末端の人間のレベル。
上層の人間となるとどちらになるかさえ間違わなければ儲かる。
もしくは自らどちらかに決め打ってそちらにしてしまえばいい。
要や動いたときの差分が儲けになる、ということだ。

逆にいえば儲からないのは動かない時。
だから懸命に世間を煽って経済や社会を変化させようとする。
彼らの煽り文句は「現状に満足してそれでいいのか」「このままでは死を待つのみだ」「変化を畏れず積極的に生きていこう」などだ。
そう言われてそれを否定できる人間は少ない。そこにつけ込んでいるわけだ。
そこをきちんと認識しなければならない。

自分ではものを産み出すことができないからこういうやり口で儲けを出すしか無い。
しかし農業や漁業などや一般の製造業はこんなことをしなくても儲かる。
自然の恵みを集める、あるものを別のものに変えてそれを売ることで儲ける。

実際の世間はもちろんもっと複雑だが根っこはこういうことだ。
誰が騙そうとしているのか、騙されないように自分はどうすれば良いのか。

TPPというのはそういうことを改めて考えさせてくれる一件でもある。

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2011/11/11

iOS5.01アップデート

アップデート後なぜかネットワークにつながらなくなった。
アクセスポイントがみつからないという状態で設定を確認すると空っぽ。
SSIDのスキャン一覧も検索中のまま出てこない。
SSIDを手動で入れてもダメ。もちろんパスワードも入れてもダメ。

設定 - 一般 - リセットの中に「ネットワーク設定のリセット」があったので実行してみたところ今度はSSID一覧も正常に出るようになった。
パスワードを要求されたので入力して無事接続完了。

iOS5への移行でさえもネットワーク再設定は不要だったのだが、なんかミスったのだろうか。

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2011/11/09

ゲーム離れかどうかは数字ほどでは無いと思うが

リンク: ユーザーの53%がゲーム機の購入予定なし、プレイ時間も減少傾向にある調査結果が明らかに - GIGAZINE.

具体的に理由を自分で分析できているところをみていく。

・ゲームソフトの値段が高い
いわゆるPS(プレイステーション)世代からみると高い。
CDをメディアにしたりハードウェアの圧倒的なスタートダッシュによってスケールメリットが出てソフトを安く出せた。
これ自体は良かったのだがその後がダメでどんどん高騰していった。
せっかくディスクにしてコストを下げたりしているのに制作コストが高騰していった。
そしてそれがゲームの面白さに直結していない。
安易に映像(動画)に金をかけたりムダに量だけ増やしたりと金ばかり掛かって面白くなっていかない。

・課金をしなければゲームを楽しめない
これはPS3やXBOX360やソーシャルゲーム(いわゆる携帯電話の無料ゲーム)での話で任天堂系では無い話ではあるがこういう事態も多いようだ。
この辺はそんなゲームやらなければいいのにと思うだけなのだが。

・システムが複雑でよく分からない
私もこれは強く思う。PS2あたりでひどくなった。
操作だけとってもそうだ。
例えば週末にだけとなると基本操作すら忘れてプレイできない。
任天堂系は逆にシンプルすぎる気もするが実はこんなもんでいいのかもしれない。
ゲームシステムで言えばいわゆるRPGやFPSあたりが酷い。
一見さんお断り風味で、メーカーのホームページに行ってゲームシステムを読んでいるだけでお腹いっぱいである。
最初はシンプルで深みにはまるほどプレイヤーの要求に応じて徐々に複雑化して行けば良いのにと思うのだがね。

・起動や読み込みに時間がかかりわずらわしい
これも同意見だ。ソニー系がPSのころから特に酷い。
カセットの頃は電源(コンセント)をいれたらほぼ一瞬でプレイできたのだが最近はゲーム機にそれ以外の機能をいれているせいで遊べるまで時間がかかる。
ひどいのはどっかに移動したら読み込み、シーンが展開したら読み込み、いい加減にしろという感じだ。
これはムービーが長くてスキップができないのもはいるのではないか。
ムービーを見ていたら眠ってしまったのはまだしも、ボタンを触らないのでコントローラーが切断するとか(最近のゲーム機は無線接続なので省電力のために一定時間操作しないと自動で電源が切れる)、なんの冗談・笑い話だろうかと思う。
制作者側が実機でのテストを如何にやっていないかがわかる。

ちなみに制作側はもちろんゲーム機本体で開発をしているわけが無い。
ぶっちゃけパソコンで開発しており、そのパソコン上でプレイもしている。
だから読み込みが遅いとかそういうことが殆ど気にならないのは容易に想像がつく。
流石に最終テストは実機でやっているだろうがそのころには大きな変更はもうできないだろう。

購入予定ゲーム機に関してはあまり参考にならない。
本来、ゲーム機世代交代の端境期になる今年の年末が最低になるのは明白だ。
買うもの無し、としているのが半数以上なのは当然だろう。
ゲーム機5年周期説はハードの発展速度もあるが、ゲーム機の普及の限界を迎えてしまうのもこのころだからだと思う。

3DSは出てから時間が経っているから最初の需要は一巡しただろう。
そうなると年末に発売を持ってきているPSVitaが首位になってもなんら不思議は無い。
というかここで一位でなければ発売前からオシマイだろう。
本当はこの2つがもっと数を稼いでいないといけないのだが。

もはや来年の早々には次機種発売が決定しているWiiはもっと落ちていても不思議では無い。次のビッグタイトルはゼルダの伝説とドラクエぐらいなものだ。
そうなると値下げでようやく値頃感がでて、かつ善し悪しは別としても次機種が出る見込みの無いPS3が次点に入るのも自然だろう。(SCEは実質倒産、引き取った親会社のソニーも体力が無いために次機種開発不能状態に陥っている。どんなに良くとも来年発表で再来年発が最短となろう)
PS2の稼働が意外と多いのも注目点でやっと今自分になってPS3に移行しようと考えている人達がこの層なのかもしれない。

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2011/11/07

不思議なTPPのはなしの行方

不思議なTPP論議としようとおもったが、論議すらされていないようなのでやめた。

それにしても賛成論者の意見がおかしなものばかりで論理的におかしい。
各論の論破は他のところでいくらでも見つかるのでここでは書かない。

それにしても理解云々以前に「お前は何を言っているのだ」レベルの主張である。
対談やテレビの議論っぽい中で賛成派が最後には「じゃあ対案出せ」「このままじゃ滅びるのを待つだけだ」という発言が出たりするに至っては呆れて苦笑せざるを得ない。
なぜならこの言葉は自分の意見に匙を投げたり論議を放り投げる場合に発するものだからだ。

結局のところ色々なところで探したが、賛成意見、つまりメリットが何一つ分からないわけで反論する俎上に出すことすらできない。

とりあえず反対意見のほうで論理的に明確なことはいくつかあったので書いていく。
考えてみればごく単純で当然の話のレベルでやるべきではないとなってしまう。

・デフレを加速する

輸入品が安くなることは良いことだ、と短絡的に考える人も多い。
これはインフレ状況下なら正しい。
しかしデフレスパイラルに陥っている現在の日本の状況下では危険因子となる。
農業問題云々を持ち出してきて日本の農業は実は強いから問題ないとか、そうやって詭弁の論理展開で問題なしとする話の展開が特にマスコミに多い。
しかし、そんな話は全く関係なく、関税撤廃してものの値段が安くなる自体がデフレスパイラルを加速し危険因子である。
デフレを止めて経済成長戦略、という話をしているはずなのに全く逆行する危険因子を増やそうとしている。しかも農業品というものは生活必須品だから強い因子である、

・円高を加速する

関税が撤廃されるから輸出競争力が高くなって経済が潤う、と短絡的に考える人も多い。
間違いである。
間違いの理由は後述するが、仮に賛成論者が言うように潤うほど輸出が盛んになるとしよう。
それはすなわち円高の加速である。
言うまでも無くたくさん輸出するほど外貨をたくさん獲得して円高となる。
為替レートの変動には様々な要因があるがこれが基本中の基本であろう。
今の日本はただでさえ円高に苦しんでいる。
政府はもちろん円安にしようと努力している筈だ。(もしそうでないなら殴ってやりたい)
それなのにTPP参加でさらに円高を加速しようというのか。

さて間違いの理由をいえばこれも簡単な話で輸出産業の殆どの現状にある。
例えばよくとりあげられる自動車やテレビなどがあるが、これらはほとんど現地生産か海外生産に切り替わっている。
輸出産業で大きなところが、確かに円高で苦しいがなんとかやっているのはこの海外移転を一部もしくは完成品においてはどんどん進めている。
もちろん部品単位での日本からの輸出があったりするが、殆どの場合関税は製品(完成品)に掛かるものであって部品には掛かることが少ない。
部品は円高が直撃するから海外移転しても円高の影響は残る、といった状況だ。
実際問題としてメーカーなどで関税によって苦しい、競争力に支障があるという声は皆無だ。
海外移転したい理由のトップにくるのは円高で、関税があがっていた調査など見たことがない。
つまり関税が撤廃されても大差なく、円高のほうが大問題なのが実態だ。

経団連が推進しているのはそのわずかな関税でもないほうがおいしいからだろう。
デメリットなどは知ったこっちゃ無い、となればわずかなメリットでもあったほうが良いに決まっている。彼らの論理はその程度だ。
関税の分を社員なりに分配されれば良いが、どうせこの程度の利益の上昇は内部留保で貯め込んで経済にまわる可能性は非常に低いのではないかと邪推する。
まあそこまでは言い過ぎとしても円高で相殺される程度でもある。

この2つは否定しようのない話だろうと思う。
仮に今の日本が円安かつインフレ状況下であるのならばまだいい。
しかし両方とも逆なのが現状でしかもそれが深刻化していることを否定するひとは誰もおるまい。
そして現在においてのTPPへの参画は明らかにこの二つを加速する。
つまり自分の首を絞めるだけとしかいいようがない。

それなのになぜ賛成推進できるのか。

それは推進する人達は円安でデフレのほうがおいしい人達だからだ。
ではどういう人がおいしい人達か。
それは資産をたんまり持っており、経済が多少停滞しても構わない人達だ。
経済界でも上の人達は「デフレ円安で会社経営が厳しい」「このままでは潰れる」といって従業員達を絞めていけばよいだけの話だ。
実際に彼らの報酬をみてみればわかる。
無論、彼ら自身も若干は下げているものの可処分所得で考えれば痛みなぞないだろう。
資産を持っている人達はデフレの方がおいしい。
なぜならどんどんものが安くなっていくからだ。
また官僚連中もデフレがおいしい人達だ。
経済が悪くなっても給料が下がらないし国家運営も赤字無視でどんどん金を垂れ流していく。
赤字が増えたら増税だ。
それが今度の消費税10%とか様々な控除の撤廃であり彼らの将来は安泰だ。

他にも色々な理由はあろうが、ごく単純な理屈で考えても一般国民にとってはTPP参加のメリットなんかない。
デフレや円高が確実に雇用の縮小、給与の減少と言った形で生活を直撃しているのはいまさら言うまでも無い。
TPPはそれらの解決どころか悪化させる要因にしかなり得ない。

農業問題とか金融やら健保がどうとか主権がどうとかそんなことは話のすり替えだ。
その辺の末端の論議で適当な補填(農業補償三兆円などはまさにそれだ)をすればいいんだろう的な話にしてごまかそうとしているのが現状では無いのか。
なぜもっと根本的な疑いようのないところを追求しないのか。

最後にもう一度。

TPPは円高とデフレスパイラルをさらに加速させる。そこが問題だ。

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