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2011/10/30

LEDシーリングライトを買ってみた

なんかLEDライトが流行っているらしいので(笑)大分へたってきて調子が悪かった蛍光灯ライトを廃棄して買い換えてみた。
Amazonで右のアフィリエイトにある奴を買ったのだが、最安値のところで頼んでみたが予想通り入荷までが長かった。
結局3週間待ったことになる。
まあ、別に急いでも無かった(最悪一ヶ月キャンセルくらっても構わなかった)のでのんびり待っていたが、ある日突然送られてきて驚いた。(予告メール出せよ>販社)

設置はちょっと面倒だったがさほどでもない。

一番のメリットは薄いことだと思う。
まるで天井埋め込み方式かのような印象。
天井が高くなったような錯覚をする。

虫が入ってこない(ホコリも入りにくい)密閉式になっておりその点も良いだろう。
天井との“隙間”という表現が近いほどで、いわゆる傘の部分にホコリも溜まりにくいと期待できるだろう。
普通の蛍光灯は傘の部分にホコリが溜まり掃除が結構面倒なものだ。

ちなみにそもそもLEDは紫外線が少ないので虫を引きつけにくいという利点もある。
捕虫器の灯りは紫色だがこれはわざと紫外線を出しているからで、虫が感知するのが光の中でも紫外線寄りであることからきている。
蛍光灯は紫外線を放電により発光して蛍光剤によって可視光に変換しているからどうしても紫外線はカットしきれない。

点灯用のひもがないので直感的で無いのが残念だ。
まあ、こういう埋め込み風でひもというのも変なので仕方ないだろうか。

色は今まで使っている蛍光灯よりは白(青)っぽい。この辺は好みだし慣れだろう。
買ってから数ヶ月経ったがすっかり慣れた。
色を変えられるモデルもあるので金銭に余裕のある向きはそういったのを買った方が良いのかもしれない。
色を変えられるというのはLEDランプならではの特長の一つであり、また中にはスポットで光をあてるという芸当ができるものもある。

LEDランプでは一般的になったが、リモコンでのON/OFFができ、調光もできる。
ただし、明るさを下げるとややフリッカ感がある。これも個人差が大きいので必ずしもデメリットだが例えば液晶モニタなどで輝度を下げるとフリッカが気になる人は注意した方がよかろう。(私も割と気になる方だ)

従来のナツメ球代わりに「常夜灯」モードがあり十分に明るさを下げてくれる。
この明るさも変えられれば良いのに設定は無い。まあ、いらないといえばそうだが。

エコセンサー、エコ調光があるがよく分からない。
とりあえず常夜灯にしておいたら翌朝勝手に消えて欲しいところがそれがどうもしてくれない。
初期設定(センサー調整)があるのでそのせいなのだろうか。
いちおう説明書通りにやったのだが。
明らかに灯りをつけていても消しても部屋の明るさが変わらないような状況で、電灯を消さないのは意味が無いのではと思う。

リモコンで文句があるのはオフタイマーだ。
時間を変えるときにはオフタイマーボタンを押していくわけだがなんと最大で23時間まで設定できる。
要するに1時間から0.5時間に変えたいときは32回もボタンを押さないといけない。
(途中から0.5時間単位から1時間単位になる)
せいぜい10時間程度で良いのでは無いか。実に面倒くさい。

また、時計機能が無いので毎日1時消灯みたいなことはできない。
これにかえる前は後付けのリモコン消灯・点灯器をつけていたのだがそれではできていたので不便になってしまった。
意図せず寝落ちしてしまって夜中にまぶしさで起きてしまったり、ついついの夜更かし防止の意味も含め設定していて便利だった。

もちろんリモコンでオフしても部屋のスイッチを二度ほどパチパチとオフオンすればつく。
なのでリモコンがなくても使えることは使える。

明るさプラスモードもある。
目一杯の明るさにするモードなのだろう。
例えば影になっている部分とかもより明るくすればその分影といえど明るくなる。
この発想はなかなかよい。
こういうものは普通は全力で動かすと熱問題などで寿命が変わるので、ちょっと低めで使うのが一般的だ。
LEDは半導体であり長寿命なのだが、それよりも周辺の部品(特にコンデンサあたり)が寿命で壊れやすい。
客にとってはどっちがこわれてもランプが壊れたには違いないから、寿命を決めるのはLED自身では無いと考えた方が良い。
ただ数分なら影響はないのでこういうモードをつけておくことで利便性と寿命を両立できる。

そもそも室内灯はインテリアの重要要素の一つだから値段とか実物を見て買った方が良いと思う。
一般的には私みたいにネットで写真を見て買うようなことは無精が過ぎるだろう。

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2011/10/28

国家財政危機の筈なのに「FX選定が本格化」

リンク: 「FX選定が本格化 決め手になるのは」:イザ!.

航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)の導入数は約40機。総額数千億円の取引だけに商戦は過熱するばかり。

などとさらっと話が流されており、大手マスコミでは取り上げもされないのがこの問題。 国家財政の危機、財政改革待ったなしという割には数千億の商談(要するに支出だ)を進めるとはなんという余裕か。

前にも取り上げた公務員宿舎問題もそうだが、これで財政危機だというのは説得力が全くない。

ステルスが必要だと言うが、日本のような良くても専守防衛、侵略絶対禁止を信条(それの是非はおいておく)としている国ではステルス性は全く必要ない。
まず相手国領空には入ることがない。(入ったら即侵略行為ですから)
相手が入ってきたらそれは追い払わねばならない。
見つかったことを相手に認識させ追い払う。
その為にはむしろ見つけやすいように誇示して飛ぶぐらいが必要になる。
しかもその際に撃ち落とすことは日本ではタブーだ。
もちろん侵略者は即撃ち落とすという決意があるのならば(私は軍属機であれば落として構わんと思う)、安全に近づいて確実に落とす為にステルスは必要にはなるが、その前提が日本の現在の軍事ポリシーにはない。

まさかステルスで無いと相手に撃ち落とされる、ということをいうのだろうか。
日本領空内で相手国機が撃ってきて落とされたとしたらそれは宣戦布告である。
それを受けて日本は戦争という手段を執るのか。
もし防衛戦争を起こし、空戦を是とするのであれば40機などでは全く不足している。
ましてやおそらく各基地に配備されるから集結する前にヤラレル。

というわけで日本の様な国には戦闘機は迎撃(威嚇)には必要なのであるが、ステルス性能は無用の長物だ。
どちらかといえば速いことが必要であり他の性能は並以下でも良い。

などという論議自体もくだらない話であって基本的に最新の戦闘機自体が不要と言える。
ましてや国家財政の危機の下で論じるような話では無い。

ということでやっぱり国家財政の危機などはウソなんだということがよく分かる。

それが証拠に円高がさらに進行しとうとう戦後最高値となった。

日本は待ったなしなどとマスコミは累積額とやらを示しているがそんなウソは投機筋はとっくに見抜いており、相対的とはいえ日本円は安心だからこそ円が買われる。

あと、ある経済評論家が面白いことを言っていた。
曰く、
「野田総理は財政改革のために消費税増税と公務員給与の削減をあげている。
ところでギリシャの財政破綻にとどめをさした政策とは何でしたか。
テレビのマスコミでも大々的に報じていたからご存じだと思いますが、消費税の引き上げと公務員の給与のカットです。」
「いうまでもなく財政破綻回避のための財政改革なわけですが、失敗したギリシャと同じことをやろうとしているのはなにかの悪い冗談でしょうか」

まあ、意味としてはこんな話でした。

なんかG20に野田総理が行っているらしいですが「消費税10%にして財政再建をする」とか言っているらしいとニュースで言っていました。
今の円高の中でそんなことを言うのがマイナスだと分からないのでしょうか。
そもそも日本の財政は万全だ、などということをわざわざいわなくても問題ないことは円高が声高に語っています。
そんな発言を真に受けるかは別としてまともに取れば円高をさらに進行させる結果になるわけで円安になる要素はありません。

さらにニュースキャスターが赤字の数字を出して「日本の財政改革待ったなし」とかいうのにはずっこけてしまいました。
ここまで頭が悪い人(なのか単なる傀儡か)がキャスターをやっているのは問題でしょう。

財政改革目的で10%なんぞにしたら消費が落ち込むのは間違いないでしょう。
上げる寸前に駆け込み消費が起きるかもしれませんがむしろリバウンドでトータルは酷いことになることは容易に想像できます。
もちろん今のままでも破綻は来るでしょうが、消費税を上げたら破綻がすぐ来ます。

欧州ではもっと高い、25%とかが普通だといいますが、それは手厚い社会保障がセットになっているからセーフなのであって、収支改善目的で消費税率だけあげたらアウト、つまりギリシャとやってることは同じです。

社会保障を手厚くするということは将来不安をなくすということ。
貯蓄が不要であると考えさせどんどん消費するという発想にさせること。
そういう政策のためにあげるという前提での税率アップならいいのですが違うわけです。

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2011/10/27

原発とエネルギー政策

リンク: 原発事故コスト、従来の発電費用の2割 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

二つの試算結果は、今後のエネルギー政策を検討するための基礎資料になる。この結果は近く、発電方法別に発電コストを比較検討する政府のエネルギー・環境会議に報告される。

一つ前の記事に関してもうひとつ。 かねがね不思議に思っていたのだが、政府(行政)のエネルギー政策としてなぜ原子力をいまだに優遇しているのかが理解できない。 国家・政府が援助や補助を行う事業というのは将来的で有望であるが、現在では経済的に合わないなどの自由競争に晒してしまっては価格競争で負けて消えてしまうようなところに対してすべきものであろう。 例えば米を中心とする農業政策もそのうちである。

しかしながら原子力発電はこの試算にあるように十分なほどに競争力があるとしている。
今回は事故処理をいれているが元々「最も安い発電手段」としていたはずだ。
そんな事業に対して莫大な(兆レベルの)税金を投入しているのは明らかにおかしい。

税金を投入しているのは実は「原子力発電はコストが高い」という証左に他ならないと私は思っている。
(もちろんきちんと高いという試算をしている学者もいる)

この機会だから今後のエネルギー政策の会議ではその辺をしっかりと白黒をつけて欲しい。

高いのならば原子力発電は縮小・廃止にもっていくべきだ。
高コストで将来的に展望の無い発電方式はやめていくのが当然の理だろう。
プルサーマルやら再処理やらを含めて将来的な展望には絶望的な結論しか出ていない。
世界各国でみなギブアップしているのだ。
単純に原子力燃料を燃やして発電をする方式しかやっていない。
あと今回甚大な事故を起こしているということも辞める十分な理由になろう。

同等もしくは安いのならば原子力発電に対しての国からの補助(原子力三法に基づく補助金や誘致関与等のあらゆる関与)を廃止すべきだ。
もちろん総理や経産大臣などが原子力再開の説明をしにいくなどというのは論外。
要するに税金からは一切原子力関連にはお金を流す必要は無い。

コスト競争力のあるシステムに対して国つまり税金で補助・援助をする理由は全くないというのが根本的な考えだ。
そんな金があれば今はコスト競争力が無いができれば夢のようなシステムの開発に税金を投入するのが道理である。
ちょっと税金で補填すれば軌道に乗せられるシステムに補助金を出すのもひとつの考えだ。
軌道に乗れば量産効果などでコストが下がり競争力がつき自立できる。そういうものに国家が金を出すというのは産業振興のひとつとしての当然の理である。

国の関連機関や特殊法人への税金の流出も当然全廃となる。
現状の特殊法人の人材やシステムが必要ならば一般法人化して存続すれば良いだけのことだ。
本来はこれらもコストなのだから当然それをいれてもコスト力がある話の筈だ。

例外として危険性を含むシステムに対しての規制機関(手段)を国が持つのは当然なのでそれは残すことにはなる。
それ以上は基本的に経済的活動として企業や研究を禁止したり妨げる必然は全くない。
自由にやっていけば良いだけの話。
普通に自由競争の中で存在していけば良いだけのことだ。

ただし自由には責任が伴うのは世の理である。
今回においては除染は国家が負担している部分があるが、今後は飛散させた危険物質に関しては企業が責任を持って原状回復する義務を負う。
それで会社が傾こうが基本的に国家は一切関与すべきではない。
その判断は関与する各企業が行えば良いだけのことだ。

少なくともどっちが本当であっても現状のまま原子力が存続することはありえない。
どちらに転んでも税金を投入しつづけるということ自体がおかしいのだ。

今の原子力発電所が安全かどうか、そんなことを議論しても全くの机上の空論だ。
再開に関して妥当かどうかの判断なども全く無意味だ。
むしろ論点を変なところにもっていって根本的な議論から目をそらさせようとしているとしか思えない。
ドロドロした問題があちこちにあるようだがその問題の根本には税金の流れがある。
これを一切断ち切ることが問題を解きほぐす第一歩ではなかろうか。

もし税金が断ち切られたら原発賛成・推進派(特に自治体)のかなりが一気に反対派に回るのではと私には見えている。
つまりは原子力そのものへの論議では無く、単なる税金・利権構造へのたかりから賛成・推進としているだけではないのか。

まとめると
・原子力は他の方式に比べて安いか同等か高いかの結論をつける。

A)安いか同等の場合。国の関与は規制のみとして税金の投入を一切やめる。競争力のある方式に税金を投入する意味は無い。
B)高い場合。他の安い発電方式に切り替えれば良い。

これがごく普通の自由経済社会・国家の考え方の筈だ。
安いと言い張りながら税金を投入しているというおかしなことをやっているのが現状だ。
そこから間違っているからどこまでいっても空論ばかりになっているのではないか。

------------
最後に付け加えると国家による規制というのは別に原子力が特別な話ではない。
劇薬を扱ったりする場合や家庭用電気製品でも安全確保のための規制というものがある。
工場からの排ガスなども規制があるし農業でも農薬等にも規制がある。
このような“直ちに健康に影響は無い”ものでも健康確保のために国が規制をかけているのである。

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2011/10/25

原発事故コストがこんなに低いなら東電の電気料金値上げはありえない。

リンク: 原発事故コスト、従来の発電費用の2割 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

なんだか中身の理屈は全く理解できないが、結論で言えば1kw辺りで1.1円で事故の補填はできるそうだ。
原価的には3.6円に対して1.1円程度あがるということで、電気の販売価格1kwで22円前後だから余裕で企業努力で吸収できるレベルとなろう。

それにしてもこの計算が正しければ「電気料金の値上げ」などは全く必要がない理屈になるわけだが、なぜか賠償負担が大きいために電気料金の値上げとかいう話がある。
原子力委員会と東電とでどちらかが大嘘をついていることになるのだがどちらが嘘つきなのだろうか。

値上げの理由のもうひとつには石油やLNGの価格高騰やそれらへのシフトがあるが、これに関しては「燃料調整費」という電気料金の調整による対応をする体系になっており、実際にここ半年の値上げが千円ほど行われている。(石油やLNGの投機筋による高騰はよく知られているだろう。石油は数ヶ月前に落ちたが備蓄の分の遅延があるのだろう)
よってこの理由で基本料金に手をつける「電気料金の値上げ」という改正はない。

必死になってコストを安く見積もるのは勝手だが、それで電気料金の値上げの理由を自ら否定しても大丈夫なのだろうか。

少なくともこの結果を了とするならば電気料金の値上げは0としなければ道理が通らない。

それでも社会コストとして税金で除染を行ったり、いまだに住民に仮設住宅暮らしを強いていたり、そういったコストが計算に入っていないことには憤慨がある。
電力会社による補償は明らかに不十分ということだ。
たかが5兆円程度で現状復旧レベルの除染ができないのは明白であり過少見積もりにも程がある。
たしか廃炉は一機あたり一兆円とかいっていた筈でそれを引くと2兆円程度の計算だ。
それを東電ができないから国がやるとか既に破綻しているのだ。
損害額を小さく見積もってコストが低いでしょうとかふざけるのもたいがいにして欲しいものだ。

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2011/10/21

5兆円規模の無駄遣い

リンク: asahi.com(朝日新聞社):日韓、通貨融通枠5倍に拡充 首脳会談で合意 - 北朝鮮関連.
いままで1兆円も無駄金だったのにさらに5兆円という無駄金を使うようだ。
日本になんのメリットがあるのか全く意味不明だし、最低でも財務省の言う対ウォンの円高が緩和されると言うことさえも全く意味が無い。
だいたい韓国国内の経済はひどいもので、なによりの証拠に韓国企業、特にメーカーの目は全て海外に向いている。
韓国メーカーは海外でも強い、ではなくて海外に行かないと生きていけないだけなのだ。
(日本は低下しているとは言うものの国内需要はあるのでまだそれをあてにしている企業は多い)

最大財閥のサムスンを始め、殆どの会社がウォン安をありがたがっている。
円高の日本企業を蹴散らして韓国が強いのはウォン安によるところが大きい。
同じレベルで作れさえすれば為替レートの分だけコスト力で韓国製品が勝るのだ。
つまりそれらの企業に影響される韓国政府もウォン安を容認するのは当然のことだ。

だから日本にとって市場性のない国に対しての円高が緩和されたってなんのメリットも無いのだ
円安メリットがあるのは対輸出国に対してだけだ。
例えば韓国ブームとかで、コンテンツを輸入したり、韓国に遊びに行ったりする人にとっては円高の方がおいしい。
日本のメーカーなんかは韓国市場を当てにしているところは皆無なのでどっちでもいい。
殆どのメーカーの目は昔から言われているBRICSだ。
やっと本当に市場として立ち上がってきている感がある。

むしろ百害あって一利なしであって仮にこれが無駄遣いでなくても悪影響しか無いかどうでもいい。

日本は増税しないと経済破綻とか言っているくせに、日本が自ら進んでこんな無駄金を使おうとしているのが理解しがたい。
財務省の言う増税の必要性なんか大嘘で、増税なんかやっぱり必要ないと考えないと整合性がとれない。

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2011/10/17

国家公務員宿舎は全廃でいいのでは?

リンク: 国家公務員宿舎:11月末までに削減の具体策…検討会 - 毎日jp(毎日新聞).

全国の宿舎を今後5年で15%(3万7000戸)減らす現行計画の上積みなどを議論する。

つまり現在は37,000×100/15=247,000戸・・・つまり25万戸近くもあるわけだ。 国家公務員の多さにも驚くし、こんなに大量の住宅支援をやっていることにも驚く。

ただ、財務省などは「建設凍結や中止で違約金が発生するほか、都心の公務員宿舎が不足しかねない」と訴える。

それなら都心以外は全て廃止の方向で良いのか。 そもそも埼玉の朝霞に宿舎の意味があるのか。
そもそも公務員宿舎が必要なのか。不足以前の問題だ。

「首都直下型地震など、緊急時に必要な職員数の精査が必要」との声もあり、検討会が公務員宿舎の削減にどこまで踏み込むか、注目される。

これに対応するのなら言われている杉並とか、霞ヶ関から遠いような宿舎は無意味では無いのか。
直下型地震で出勤できるという前提ならば徒歩で行ける範囲内だろう。
霞ヶ関付近でそんなところがあるのか。
それをいうのならそもそも霞ヶ関の中央省庁をどこか地方に移動し、宿舎ごと建てねば意味があるまい。
とんちんかんにもほどがある。
そもそも宿舎などのまとまった場所を確保するほうが難しいのだから、なるべく付近に住んでもらうほうが良かろう。

こんな言い訳しかでてこないのであれば基本的に宿舎全廃を打ち出すべきでは無いのか。
そもそも先進国では公務員宿舎を用意している方が希有だそうだ。
日本も先進国らしくしたら良いのではなかろうか。

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2011/10/16

The Lord of the Rings Trilogy BD

そういえば出ていたなあと思い調べるとまだ予約状態。
日本は遅いなあと思いつつ値段を見ると(定価では)28,350円。。。。。

Rings_jp

え?

先行した米国では100$ちょいと聞いていたので、まあ、2万円ちょいにはなるかなあとは覚悟していましたがこれには絶句。。。。。。

米国では結局いくらだっけ確認してみると$119.98。
今の円高は異常なので76円計算とかはあえてしませんが概ね一万円くらいでしょう。

Rings_en

さらに発売前と発売済みとは違うでしょうが割引率が大きく違う。
米国で34%で日本は27%。アマゾンのようなオンラインショップでは発売元の出荷価格が透けて見えるわけでこれも日本(ポニーキャニオン)では割合が高く設定されると考えられます。

米国板ではデジタルコピーライセンスが入っていますが日本には入っていません。
著作権保持は当然米国会社なので「日本のコンテンツホルダーはデジタルライセンスを嫌がる」という理由にはなりません。
字幕非対応・英語版のみにすれば日本制作での著作権問題はありません。

私は日本の洋画販売がある程度高いのは理解しています。
それは日本の字幕と吹き替えです。
洋画の場合、なぜか映画館上映されたものとは異なった字幕と吹き替えが行われることが多く、多額のコストがかかります。
一つの作品をリメイクするぐらいのコストがかかるかもしれません。

しかしながら何年も前にDVD版で同種のトリロジーボックス、スペシャルエクステンドが発売されているのです。
そもそもDVDとBDで同時発売で無いのもアレなんですが、それはこだわりなんだろうということで言及はしません。

字幕や吹き替えはDVD版の時点で既に行っています。
BDで新規に行うことはごく僅かです。
字幕と言っても文字列をデジタルマスターに流し込むだけで実際に映像に合成するのはプレイヤーの仕事です。
DVDとBDで変わるとも思えません。
ただ音声はBD化によって起こりえますからコストがかかるでしょう。

値段をもう一度見てみましょう。

日本版は28350円、米国版は約10,000円。つまり差額18,000円以上。
音声を付け加えるコストは理解しますがここまで価格差をつけるのは明らかな“ボッタクリ”としか思えません。
なにせ全くのオリジナル作品を作っても6000円程度の価格で売るんですから。

ああ、あと冊子とかも日本語版になるでしょうけどフルカラーでも千円もしないでしょう。
100ページにもならない書籍がそんなに高いわけありません。

これが正当なコストとしたら日本というのはひどい高コスト体質です。

ところでこれは特に自分が買いたいと思っていたので文句を言っているだけで、他の作品でも多くあります。
音楽CDでもひどい価格差があります。ライナーノーツの日本語訳程度で1000円以上もぼったくるのかと。

DVDは既に持っていますが、BDも買おうと思っていました。
しかし様子を見ることにする予定です。
目処としては米国価格の倍程度にしておきます。(実売価格で)

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2011/10/12

米大統領がTPP参加要請ということは・・・

リンク: 米大統領:TPP参加を野田首相に迫る 首脳会談で - 毎日jp(毎日新聞).

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を巡り、オバマ米大統領が9月21日にニューヨークで行われた日米首脳会談で、野田佳彦首相に対し早期の交渉参加を要請していたことが12日、分かった。

米大統領が要請しているという。 となれば参加はやめた方が良い。 彼らは自分らは日本がTPPに参加することがメリットがあると踏んでいるから要請しているのだ。 逆に言えば日本に取ってはデメリットということだ。 こういうものはよほどの条件が揃わないと両方が得するということはない。 日米同盟深化は大変結構なことだがTPPは別物だろう。

そもそも現在の状態でTPP参加をしても何のメリットもないではないか。
農業分野でのデメリットはいうまでもないが、もしメリットがあればそれを押してでも参加をすべきなのは当然だ。
しかしそれが見当たらない。

工業製品などの輸出産業でメリットがあると主張する人も多いが私は極めて懐疑的だ。
それは異常な円高だ。
工業製品の関税を各国が0にしてくれたところで焼け石に水。
多くの輸出産業の企業は関税よりも円高に苦しんでいる。
関税は一定だから織り込み済みだが円高が予想外に進行してはついて行けないのだ。

そしてアンフェアに切り上げ拒否を続ける中国元、過去の経済危機から来る韓国ウォン安。欧州のユーロ安と米国もドル安だ。
その中での円高で日本は何の得もしないのだ。

このまま円高を放置するのであれば、もしTPP参加して関税0になって輸出が仮に増えたとしてもそれへのバランスとして円高がさらに進行してチャラになってしまうだろう。
それだけならまだしも円高が進行する、ということ自体がさらに日本の保有する海外資産の目減りを生み、海外にも拠点を持つ会社にとっては苦しくなるのだ。

恐ろしいことに経営状況としては何も変わらないのに帳簿上は資産が減り赤字転落にすらなってしまうのだ。
実際、現状の円高で本来は黒字なのに赤字転落した企業はいくつもある。
そのことが業績悪化とみなされ株安となり経営状態が悪化する。
株安は連鎖し不景気といわれるようになる。
こういうスパイラルに落とされるのが資本主義の企業経営の現実なのである。

一方で農業分野での日本の関税を維持できなくなる。
なによりこわいのは農業(と漁業)が主産業であり、今、復興を向けて頑張っている東北各県に対して冷や水をぶっかけることになることだ。
少なくとも東北が弱体化している今やるべきではない。
農業が世界的に競争力が弱く補助金漬けの実態はまずいし大問題なのは理解できる。それへのカンフルとしてTPPをという論もある。
しかしTPPは今の状態ではカンフルどころか死に至らしめかねない。
既得権益を吸うダニどもを退治して病気を治してからでないとまずい。

また円高も大問題だ。
よしんば他国と同等の国際競争力を持っていたとしよう。
それでも円高がある限り参加すべきではない。

円高のために不当に安い農業製品が入ってきてしまうからだ。
安いのが何が悪い、というかもしれないが、現状の異常な円高下では悪いのだ。

例えば1ドルのモノは現在日本では76円となる。
全く同じモノを日本では80円くらいで作って売れるとしよう。
当然ながら日本のものは売れず廃業になってしまうだろう。
その後、円高解消して1ドルが90円になったとしよう。
すると日本では90円で買わなければならないのだ。
そして以前は80円で買えたのに10円も高く買わされることになるのだ。
まっとうな為替レートであればこれらは価格競争力云々という話になるが現状は異常なのだ。

しかもこれは米国の会社側が別段値上げしたわけではない。
ゆえに特定の商材で起きるのではなく、輸入されうるすべてのもので起きることなのだ。
ならば日本でもう一回作れば良いのではないか、と思うかもしれない。
悪いことに農業というのは一度やめると簡単には元に戻らないという特徴のある産業である。
休耕田や畑はいったん荒れると次に(まっとうに)作物を作れるまでには数年はかかる。
さらに農業というのはノウハウの塊でそれが地方毎に異なるために作業者が一度離反すると元に戻すのが困難である。
工業製品でもそういうところはあるがそれよりもずっと大変なのが現実である。

まとめるとTPPへの参加条件としては
・異常な円高の是正
・農業の構造改革
これらを実施できてからだろう。
少なくとも円高の是正は重要だ。
もちろんこの2つはTPPがあろうとなかろうと早急に取り組むべき課題だろう。
だからこそむしろこの2つの条件ぐらいはクリアしてからということが最低条件だと思う。

米国の立場としては農業大国として日本の農業などはぶっ潰すつもりでいてもまったく不思議はない。
潰れて日本がよりいっそう米国依存の農業(食料)事情になればラッキーだ。
そんぐらいの意図はくんだうえで現実として日本の農業がどうなるかを想像した上で参加を考えた方が良いと思う。

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視聴率の時代は終わったのだろう

リンク: 「テレビの時代」はもう終わった 視聴率トップたった18.1%と「史上最低」 : J-CASTニュース.

そもそも視聴率というのがうさんくさいとは思わないのだろうか。
まあ、放送業界ではそれが正しいというのは金科玉条で疑ってはいけないのだろうけれども。

まず調査方法が明示されていない。
およそ統計調査というのは調査方法が明示されていないことは前提としてありえない。
統計なんてサンプルの取り方でどうとでもなるものだからだ。

そうはいっても伝え聞くところによると、で知られてはいる。

私が聞いた話はこうだ。
いわゆる普通の家庭のテレビに視聴率調査装置を取り付けると言うことらしい。
当然空き巣のように取り付けるわけはないからその家族の一人には許可を取っている、つまり最低一人は視聴率調査装置がついていることを知っているわけだ。

そして結構サンプル数は少ないらしいということも聞く。
そうするとついていることを知っていること自体が視聴率の正確な数字を狂わせる可能性が高い。
視聴率詐欺をやらかした放送プロデューサーがいたりもしたが、これは発覚したものの氷山の一角かもしれない。

そう考えるとサンプルしている世帯というのは一人暮らしの世帯が除外される可能性が非常に高い。
さらに言えば録画したものの視聴率が入らないということも良く指摘される。
少なくとも専用レコーダーで録画したものは入らないだろう。
TVに録画機能がついているものではどうなのだろうか。
タイムシフト前提でとりあえず録画をしてそれを見るだけで時間が過ぎるという人は珍しくは無いのではと思う。

いや私がその類でライブで見ているのは一日に30分も無い。
殆どが深夜を含め録画したものだ。
プロ野球やサッカーすら10分程度開始をずらして見ている。
途中で止められるしCMも飛ばせる。

視聴率的には私は「ほとんどテレビを見ない」のだ。
実際にはテレビどっぷりの生活なのだが。

関連して視聴率の信憑性のなさは深夜アニメに現れる。
視聴率はたいがい1%以下の数字だ。0.0いくつというのもあるらしい。
しかしDVD/BDを売り出すと万単位で売れるものもある。(たいがいは良くて数千だが)
2000万世帯とすれば0.1%でも2万世帯だ。
番組を見てなおかつDVD/BDまで買うというのは相当気に入ったものだけだろう。
つまり桁レベルで視聴率自体がおかしいとしか思えない。

いうまでもなくこれは深夜アニメなぞ普通は録画して見るからだろう。
平日の深夜の2時3時に起きていて普通に朝出勤や学校行ける人は少ないだろう。

逆に考えるといわゆる韓流ブームという構造も理解しやすい。
韓流にハマルのはいわゆる中年おばさん層であると言われる。
そして録画機のような機械が苦手なのもこの層である。
いちいち録画して見るというよりは専業主婦が昼下がりの暇な時間になんとなくつけているテレビで見ているとすれば視聴率という数字が稼げるのも当然だ。
なにせ独身だと視聴率測定器がつけられないから対象外になる。
相対的に数字が高くなりやすい要素を持っているのだ。

こういうことを色々考えてみると視聴率の測定方法そのものが、現代の日本社会の構造に全くそぐわなくなっていると思えてくる。
独身世帯が増えている、出生率が低い(つまり子供の数が少ない)。
このことも視聴率対象サンプルの偏りを生んでいるはずだ。
笑点が20%を切ったと言うけれども、じゃあ実際に街中アンケートを実施したらもっと上の数字がでたりしそうな気もする(どこかやってくれないだろうか)

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2011/10/05

円高でどんどん買収を

リンク: 円高いかした経済活性化策ある…前原氏申し入れ : 経済ニュース : マネー・経済 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).
よく言われることではあるが政調会長が言うということに意味がある。
がんがんやって欲しい。
海外の資源確保と言うことではいいものがたくさんあろう。
普通に考えれば
・米国の油田、レアメタル、石炭、天然ガス
・北米・中南米の大規模農場(飼料用やアルコール用)
批判が来るぐらい大規模でやれば良かろう。

 前原氏は同日の記者会見で「円高を放置しておけば、いろんなものを買われてしまうという警戒感を円相場に与えられ、(円高抑止にも)一定の効果が期待できる」と説明した。

まさにこの精神で行って、もし批判が来たら「円高が止まればやめますが何か?」という姿勢でやって欲しい。
一昔も米国の土地などの買収で批判が来たがあの時は過剰な輸出が背景での円高であり大規模関税などが発動されてえらい騒ぎになったが今回はそれは無い。
むしろ今の状態は米国のドル安誘導、つまり米国が望んでやっていることだからだ。

投資という話では尖閣諸島沖の資源調査を米国企業にも依頼しつつ開始して欲しい。
ドルで払うのだから通常より安くあがるだろう。
米国には優秀な資源調査会社があるだろうからちょうど良い機会だ。

円高で苦しむのは辟易としているのでいい加減なにか胸のすくようなことをやって欲しいものだ。

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2011/10/04

「SSD」

リンク: 萩原栄幸が斬る! IT時事刻々:「SSD」について思うこと - ITmedia エンタープライズ.
なんかいまいち間抜けな記事なので補足としておく。
まあ、ネット界隈にはウソっぽい話も多いのだが。
1番目はどうでもいいので2番目から。
容量が小さいと言うより
「同じ値段ではSSDはHDDに比べ容量が小さい」
ということだろう。
そりゃあ札束でひっぱたけばどんな容量のものだって作れるわけで特にSSDのような半導体デバイスは高密度実装をしやすいのでやるきになればなんとでもなる。

3番目の「SSDのデフラグ不要」論。
“ウソ”が正しいのは問題ないのだが、説明が不適切、というか説明になっていない。
まあ、磁気云々という時点で何を言っているのだということになるわけだが。
適切な説明はないかと探してみるとこの辺が正しい理屈でしょう。
デフラグの影響云々はシーケンシャルアクセスとランダムアクセス(特にライト)で違いが大きい(これはSSD内蔵のコントローラーのチップの性能とアルゴリズムに依存する)ほどに影響が大きいと考えられます。
SSDはどれでも同じなわけがなくてこのコントローラーの性能の差というのがすごく支配的なのです。
あと、さらに補足すると適切な説明の方の記事中の“ページ”ですが、上書きができなくて一端全部消してからでないと再度書くことができないというのがポイントです。
ちょうどCD-RWやDVD-RWみたいなもので、ディスク全体を消さないと追記すらできません。ディスク一枚がページひとつに相当するイメージです。
(実際は対応Windows限定で使うのなら追記はできるのですが…説明のためのイメージということでご容赦を)

そしてこの消すという作業もCD-RWのごとく時間がかかります。
もちろんCD程かかるわけでは無いのですが、秒単位であり十秒以上もかかる(私自身はデータシート上でしか確認はしていませんが)ものさえあります。
だからこそこんな時間を待っている暇などありませんから如何にそういうところはほっといて他のページに代わりに書き込んでいくか、その効率を如何に良くするかが動作速度に支配的に効いてくるわけです。

この説明を理解できれば専用のデフラグツールで無いと効果が薄いということが理解できるはずです。
SSDの特性、要はページのサイズを意識しないと効果のあるデフラグにすらなりません。
物理的な連続性(メモリのページ単位)と論理的連続性(セクタとしての連続性)が必ずとも一致していないだけに、セクタとしての連続性にのみ着目するWindowsのデフラグでは論外なのです。
かえって悪化する可能性すらあるでしょう。

そうするとデータディスクであれば、一度別のディスクに移動する→一度SSDを空にする→書き戻すというほうが効果があるかもしれません。
これは昔デフラグ技術がダメだった頃、HDDでもよくやった手法です。
こんがらがっているのなら一度全部出して順番に詰め直す、って理屈です。
SSDのコントローラーも順番に書き込んでいきますからフラグメントも起きない筈です。
もっとも私はSSDをもっていませんので真偽の程は確かめていませんが。

最後の4番目、SSDの完全消去は困難か、これも答えのホントは正しいです。
ただここで考えなければならないのは完全消去はなんのために行うか、です。
それはデータを不正に読み出されないためです。

一つ目の引用の言っていること自体は正しいのだが、これを回避するには完全にデータで埋める、ということをすれば良い。
別のブロックに書き込むのは事実だがそれは別のブロックに空きがあるからであり、空きが無くなればそのブロックに書き込むことになる。
つまり空きが無くなるまでデータを書き込み続けることである。
しかしコントローラーによっては空きを必ず一定数確保しているかもしれない。
そうしないと空きが無くなるにつれてどんどん速度が低下することになるからだ。
この点を配慮すればその空きも塗りつぶすように何度かトライするような仕掛けが必要となる。
しかしこれは確率論なので完全というと難しいだろう。

そうこう考えると完全消去は現状のSSDでは不可能ということになる。
しかしそれはSSD/フラッシュメモリの限界では無い。
なんのことはない、コントローラーへのコマンドとしてチップレベルの初期化を実装すれば良い。
コントローラーレベルでページ単位の消去とメモリのアドレス単位での消去(上書き)をかける。
こうなるともはやデータを取り出す手段は無い。
HDDの場合と異なり、アドレス単位の書き込みでチップの中でのデータの残留情報は存在できない。
これはメモリが電子単位で完全に制御されているからだ。

問題があるとすれば書き込めなくなったページの部分だろう。
ページの消去後というのは必ずしもデータが消えるわけではなくもちろん残っているという保証も無く、上書きできるようになった状態であることが保証されているだけなのだ。
そして消去しても書けなくなった欠陥ページというのは、最悪で言えば完全にデータがそのページに残っており、上書きで消すこともできない状態になってしまうという可能性もありえるのだ。
これをもって「消去後の残留情報の完全性は十分に研究されていない」というのなら理解できるのだが、記事の論旨はきちんと説明できていない。

ところでHDDの場合は磁気記録であり、それを円盤状の記録装置にピックアップ(針)で書き込む。
それ故に針で制御できない部分の磁化状態までは制御しきれないのだ。
磁化というのは面に連続しておきるので意図して磁化した以外のところにも影響を与える。
それが残留情報となってしまう。
この情報をHDDから円盤を取り出して別の装置にかけることで情報を読み取られてしまう、という理屈なのだ。
これを回避するために消去ソフトでは何度も異なった様々なパターンを書き込むことで残留情報の部分の磁化状態も“乱して”なんとかかき消そうとする。
単なる書き込みでデータ自体は消えてコントローラレベルでは読めなくすることは簡単なのだがそれだけでは足りない。
HDDが磁性体によるアナログ的な記録であるが故の完全消去の困難さといえる。

SSDではこの困難さは無い。
記録単位はメモリのチップであり内部の電子の保持の状態だ。
“制御できなくなったページ”以外は完全に制御できるのが大きく違う。
またSSDではメモリチップがボンディングされているのでチップを取り出して読み出しピンをたてることは莫大なコストがかかる。
おそらくは一般人の番号を盗んで引き出す程度ではとても釣り合わないだろう。
HDDでは円盤を取り出すのは素人にもできるレベルであり雲泥の差がある。

使用前の暗号化という話も書いてあるが、そのうちSSD自体が暗号化機能を持っても不思議では無い。
HDDの場合は暗号化のコストが高いために避けられてきたが、SSDではコントローラーの性能からすれば暗号化のコストというのはさほどではないと考えられる。
今はまだ大容量化・高速化競争にあけくれている時代だが、そのうち一息つくだろう。
チップの付加価値として暗号化機能をつけて鍵もチップに内蔵してしまえばよい。
鍵はチップ自身さえ知っていれば良いのだから簡単な話だ。
超高速のチップか、セキュア重視のチップかという選択もあろう。
まだまだSSDは発展途上でありシステムの自由度が高いが故にいくらでも回避策はある。
最近やっとSSDのセキュアの問題が叫ばれてきたからもう数年程度ではなかろうか。

最後にSSDの昔話だが、不揮発半導体メモリによる記憶装置というのは一般人向けのパソコンでも30年近く前に商品化されている。
それはバブコム80や富士通のFM-8という8ビットパソコンで用意されたバブルメモリというものだ。
その後にはPCMCIAカードとしてフラッシュメモリカードが数多く作られた。
このカードはメモリと同じようなアドレス-データで読み出すものではなくてATA方式に準じjた方式となっていた。
それゆえにこのメモリカードからブートすることも可能だったし、実際にそれを利用したミニPCも珍しくは無かった。
普通のPCのATAインタフェースとも変換器で接続できたようで現在のSSDのごとくフラッシュメモリカードにOSをいれてシステムディスクにしていた人もいた。

今のSSDではSATAを普通に持ってHDDの代替えとして大々的に宣伝するようになって大きく拡がっているという点が昔とは大きく違うのだろう。

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2011/10/03

今冬や来夏の電力は大丈夫

これは酷い記事だ(笑)
聞いている先が財団法人日本エネルギー経済研究所やら電気事業連合会やら財団法人省エネルギーセンターやら電気事業者(つまり原子力推進)サイドばかりではないか。

まあ、原子炉停止の写真を載せたりしてまた提灯記事+原子炉再開への脅しですか、と辟易とする・・・というか呆れて笑うしか無い。

リンク: Business Media 誠:今夏は乗り切ったけど……今冬や来夏の電力は大丈夫? (1/2).

例えば「大寒」の今年1月20日、東京電力管内の電力使用量は14時台に4291万キロワットだったが、18時台には4975万キロワットを記録。この数字は今夏の最大使用電力(8月18日、4922万キロワット)を上回る。

受け売りだろうがこんな酷い発言は無い。 事実だが曲解する言い方だ。 「今夏の最大使用電力」は事実だが逆に言えば最大でもここまでだった。 この一方でこの日の供給力は5500万キロワット近くもあり、91%ちょっとだった。

なお、危険水域は95%からでそれを上回ると各会社に緊急対応が発令され本当にギリギリまで電力使用が抑え込まれる。(実はその次の段階もある)
空調は全て停止、工場はライン一時停止、たぶん照明やPCなども落とすように指示が飛ぶようになっていたはずだ。
つまり停電は実際には起きず、各企業が困るだけなのだ。
それを実行しないでいると数百万円単位の罰金(超過分に比例する)が課せられるのでラインなどは止めた方がマシという判断になるようになっている。
実際にはこれすら起きなかったわけである。

全く節電とか平年並みに考えていた去年の最悪値でさえも余裕で供給力を下回るのだ。
さらに言えば夏場の冷房手段はエアコンしか無いが、冬場の暖房手段はエアコンの他に石油ストーブ(ファンヒーター)やガス暖房器具がある。
今年の夏場は扇風機が品切れになったが、冬場は灯油ストーブが売れまくり、灯油も逼迫するかもしれない(笑)

調理手段だって別に電子レンジを止めてガス調理でやれば良いし、電気コンロではなくガスボンベ式のコンロを使えば良い。
困るのは東電に騙されてオール電化にしてしまった家庭ぐらいなものでしょう。
まあ、それでもガスボンベコンロなんて安いものだし、灯油ストーブだってさほど高くも無い。

休日分散をことさら言っているがこんなもの実際にやったのはごく一部の会社であって全体からみればどれだけのピークシフトになったのやら極めて疑問です。
こんなものは「単なるスタンドプレー」ではないのでしょうか。
是非とも電力会社とも通じている各財団法人様方においてはきちんと計算を出して欲しいものです。

ただし、鉄道がきついのは確か。
しかし彼らが使う分くらいはもう震災から半年以上経つのだから発電所の計画ぐらいは実行していて対処することでしょう。
なにせ電力会社には供給責任というのがあるのですから。
この夏はまさに“緊急事態”であったから協力するのは法律でも決まっていることなのでやりましたが、今度の冬、ましてや次の夏は緊急ではないのです。
原発云々など関係なく供給はきちんとするのが当然なのです。
原発が再開できないから足りないなどと言うのはまったく論点がおかしいのではないのですか。

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朝霞住宅の建設凍結

リンク: 朝霞住宅の建設凍結、首相が事実上の表明 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

首相は記者団に「東日本大震災復興などの財源確保をしようという中で、いろいろな批判もあり、進捗(しんちょく)状況を見たいと思った。自分の中では腹を固めたつもりなので、戻ったら財務相を呼んで指示したい」と述べた。復興のための臨時増税で国民に負担を求める中、建設について、野党だけでなく与党内からも批判が出るなどし、世論の理解を得にくいと判断したとみられる。

5年間の凍結だそうだが理論があっていない。
たしか復興の臨時増税の期間は10年だったはず。
凍結解除は最低でも臨時増税を元に戻してからでありつまりは10年以上先送り。
そこを最低条件とするのが筋というものだ。

本当は国の赤字解消まではこういうものは凍結が当然であり、もしくは凍結では無く計画の中止だ。

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2011/10/02

上関原発報道を見て思う

テレビで取り上げられていたが、放送では余り注目していなかった点についていくつか。

建設は埋め立ても含めて行われると言うこと。
原発は炉はもちろん地盤の強固なところに建てないとダメだ、というのは基本中の基本。
もちろん炉は埋め立て地の部分には建てないとは思うが関連施設は建てられるのだろう。

関連施設と言えば福島原発爆発で最大の要因となった冷却電力の喪失。
間違えていけないのはあの爆発については炉自体には問題は無かった。
しかし外部から冷却水を送るというシステムが崩壊し、結果として炉の温度上昇から爆発を招いたのだ。
炉の耐震性の安全性だけでは、原子力発電の安全性は語れないということだ。

次にその埋め立て領域が豊かな“海のゆりかご”でそれは水が豊富に湧き出している、というう事実だ。
つまりは勝手に山などから流れてきた淡水が伏流水となって海まで流れて湧き出しているということだろう。
そこが陸地なら池や沼などになるわけである。
ここまで言えば分かるだろうが、これは“地面の液状化現象”の要件だ。

つまりはそこを埋め立てても普通にそういう沼地になり得る。
仮に土を盛ってごまかしたとしてもそこは液状化しない方が不自然だ。

環境アセスメントで豊かな漁場が失われるとかそんな議論ももちろん重要だがそこで止まってはだめだろう。
そもそもそんなところを埋め立てて土地を作り、さらに危険度の高い施設を作るという考え自体が間違っている。

島で震源が遠いから大丈夫、などというのはとんでもない間違いだ。

この東北震災で大規模な液状化が起きたのはいうまでもなく千葉の美浜区・幕張周辺。
震源地から数百kmとかなり離れているのだ。
内陸部では建物の倒壊などはほとんどなかったにも関わらず、埋め立て地である美浜区は地盤から崩れ、壊滅状態になってしまったのだ。

また賛成・反対運動が取り上げられていた。

「原発が必要だ」と町長は言うが、正確に言えば「原発に伴う交付金が必要だ」であろう。

そもそも原発の交付金自体が間違っている。
安全ならなぜ他の発電所には無い交付金が必要なのか。
危険だから「危険手当」として交付金が行われているわけだ。
危険で無いというのならば交付金は止めるべきだ。
それが論理というものである。

仮に交付金を是としよう。
その交付金はその発電所がある市町村の単位でしか交付されないのもおかしい。
今回の事故で危険性は最低でも原発所在地から半径30kmは半年以上の避難が続いている。
風評被害も含めればその距離は百km以上に及ぶ。
つまりもっと広い単位で交付しないと公平感が無い。
傾斜はつくにしろ(実際に軽微な放射能漏れとかは過去にも起きており、その被害は限定的だ)市が違うと0になるというのはおかしい。

ではなぜそうしないかといえば交付金というごまかしがあるからだ。
そんなに広くしたら莫大な金額になって予算で問題とされ通らなくなるからだろう。
さらに交付金自体の存続に関わるからだろう。

原発関連というのはごまかしだらけでここまで来ているのが露呈されている一例だろう。

各地で混乱が起きており、本当に政府が新規はやめるという決断をするのならその実現は実に簡単だ。
交付金に関する法律を改正して新規のものに対しては交付金を出さないことにすれば良い。
そうすれば賛成派など一気になくなってみな反対になって混乱は収まろう。
新規再開に関しても交付金は切っていけば良い。
地元の反対が一気に噴出するだろう。

私はあまり原発賛成反対は原則はどうでもいいのだが、他の発電方式と公平にやるべきだという論である。
交付金を全部切ってもなお、地元住民・行政が再開に賛成するのであればやれば良いと思う。
地元住民の雇用という面もあるから一概に否定はできないからだ。
地元との交渉や安全説明は当然電力会社の仕事である。
場合によっては交付金相当を電力会社が出さなければならなくなるかもしれない。
それでもなおコストが見合ってやりたいのならやれば良いと思う。

そもそもが推進を政府がやっている自体が間違っているのだ。
むしろ安全性確保のために規制をする立場のはずである。
これは他の産業でも同じことで例えば農業では農薬に関する規制があるし工業製品でも安全確保のための規制がたくさんある。
生産時や製品に含まれる化学物質や使用時の安全性、廃棄時の環境負荷にまで及ぶ。
よって発電所に対する規制や安全確保は原子力だけでは無く火力などでもあるはずだ。
それと同じだけのことで、原子力は今回の事故をみてもわかるように被害の範囲が広大で長期の及ぶからより厳しくやらなければならないだけのことだろう。

さて話を戻すと、賛成派として立候補して当選した町長も決して心から賛成しているのでは無くて金が入ってくるから賛成しているだけだろう。
実は金だけ取って(既に45億ほど交付されているそうだ)実際には原発建設(稼働)はできないからおいしいと考えているのかもしれない。
それだけしたたかなのかもしれない。(私はそれ自体は否定しない)
選挙で1600人賛成で900人反対なので2500人程度しかいない。
その中でこの高額の交付金は莫大な額だろう。
反対派町長が当選すれば交付金などは拒絶しないと筋が通らないからだ。
それならば賛成派の町長が当選したほうがおいしい。

ダブルスコアと表現していたが基本が賛成反対半々とすればキーマンはたった350人である。
ここが投票というものの数のレトリックである。
そして原発の置かれる島は広く人も住んでおり行政もそこにある。
一方反対派の多くは離れた対岸の島である。
置かれる島の方では「反対派はこの島に来るな」という段幕があった。
つまりそういう空気を作っている。
さらにやっぱりこういうところは「ムラ」である。

そういう背景に考えを巡らせれば、「推進派町長が当選」などということで大騒ぎするのもなにか滑稽だ。

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