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2011/06/30

冬は今夏より一段厳しい?

リンク: 節電、冬は今夏より一段厳しい要請も…東電社長 : 電力 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

停止中の柏崎刈羽原子力発電所(新潟県柏崎市、刈羽村)が再稼働しなければ、「電力需給が冬も厳しい状況になり、一段の節電を要請することはありうる」とし、今夏より厳しい節電が必要になるとの見方を示した。

全く意味が分からない。
現時点でも5000万kWが確保できているにも関わらず、それ以上冬に使うというのは理解しがたい。
少なくとも一般家庭では暖房をエアコンから灯油ガスに移行することで春レベルの消費電力にしかならないだろう。
冬には火力発電は打ち切る、というのであればそれは電力会社が自社の都合で勝手に電力カットするということであり、供給者責任を放棄することになる。

こういう頭の悪い恫喝まがいのことをやるとますます原子力発電所への嫌悪を増加させる結果にしかならないと思うのだがどうだろうか。

もしかして新社長は隠れ原子力縮小派なのだろうか。

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この夏の電力は足りないのか

今日で6月も終わり。明日より7月で電力規制が有効となる。
すっかり忘れていた記事をひっぱりだして再考してみる。

リンク: 【計画停電】電力確保 休眠火力再稼働に2~3カ月 老朽化、原油調達など課題も+(1/2ページ) - MSN産経ニュース.
この記事は3月18日。もう3ヶ月半経過しており、かなり長くかかるように書かれた2~3ヶ月以上を経過している。
震災では原子力発電所の事故だけが大きく取り上げられている。
今の電力不足は原子力発電所の停止によるものであり、つまり電力事情の命運は原子力発電所にかかっている、という錯覚を起こさせるような報道がなされている。
これはマスコミの意図的な印象操作か天然ボケか。
同記事にはこうある。

 東京電力管内では現在、事故の起きた福島第1原発と、停止中の第2原発の約910万キロワットに加え、火力発電所も、広野(福島県広野町)、大井(東京都品川区)など5発電所の9基、約715万キロワット分が、停止に追い込まれている。

原発と同程度に火力発電所もダメージを受け、停止に追い込まれている。中でも

 一方で、地震や津波被害による破損が激しい広野や、常陸那珂火力発電所(茨城県東海村)の復旧には相当時間がかかるとみられ、休眠中の火力発電の再開を検討している。

広野というのはまさに福島原発のほぼすぐそばにあり、震災の影響も同程度。
かなり厳しい状況であることがうかがえる。
しかしこの件に関しては5月12日の記事で
リンク: asahi.com(朝日新聞社):夏の電力需要、供給力確保か 東電、広野発電所再開へ - ビジネス・経済.

東日本大震災の津波で被害を受けて停止した東京電力広野火力発電所(福島県広野町)の全5基(出力計380万キロワット)が、7月中旬にも運転再開できる見通しになった。これにより、東電は5500万キロワットと予想する今夏の最大需要を上回る供給力を確保できる可能性が高まってきた。

と発表されている。
なんのことはない、5月中旬時点でとっくに5500万kWの目処がついていたのだ。
ちなみに去年の実績で最大が5918万kWだそうである。

最大になりそうなあたりでは警戒をする必要はもちろんあるが、日頃で過剰に節電を煽るべきレベルとは思えない。

なぜかどこのマスコミもこのことを大きくは取り上げないのが不思議なくらいで、今に至るまで電力供給不足や節電を過剰に煽り、政府も15%を節電強要をしている。

ちなみに昨日の供給量で5010万kWとなっている。
これでも最悪の広野がまだ完全復調していない状態の筈だ。
現状は他の発電所や、休止火力の再稼働や、大手企業の発電施設の協力などで供給力をあげてきている結果だろう。
そうなると注目すべきは広野火力の復調具合ということになる。
しかし検索した限りでは続報がみつからない。
どうなっているのだろうか。

まあ、記事にしてしまうと「なんだ原子力いらないじゃん」という空気ができてしまうのを恐れているのだろう。
これは東電以外の管轄のところでも同じ話だ。

キモは「結構火力発電所というのはある」「休止している火力発電所が結構ある」という点だ。
原子力の割合を近年伸ばしている、ということはなにかを下げているということだ。
考える必要も無く下げるのは火力だ。つまり原子力を稼働させて火力を止めている。
逆に言えば火力を復活させれば実は原子力の分を賄えてしまう。(無論100%とはいかないにせよ)
そういう結論となり、原子力発電廃絶論を後押ししてしまうのを恐れているのだろう。

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2011/06/27

結局自然エネルギーにしても大差ない?

リンク: 「経団連はええかげんにせえ!」「脱依存の社会を」──孫社長と小林武史さん、自然エネルギーを語る (2/3) - ITmedia ニュース.

原発事故の影響で、電気料金は8月までの半年で、標準家庭で平均440円上がる見通しだ。経産省の試算では自然エネルギーを10年後に3500万キロワット導入すると電気料金は200円上がるという。8000万キロワットの導入では単純計算で460円上がることになるが、それはそれほどの大議論なのか。では半年で440円上がったのに大議論したのか。経団連はちゃんとロジカルに反論してほしい。

世間にはいろんな計算があってよくわからないのだがこの計算では原子力を捨てて自然エネルギーにしても460円あがる程度らしい。 それならさっさと原子力は捨てて自然エネルギーに全面的に舵を取りましょう、と私は言っておく。 たぶん経産省は(今までの行いから鑑みると)これでも高めに言っていると思うから、実際にやってみると百円の差がなかったり、下手するとかえって安くなるかもという疑念さえも持ってしまう。

特に太陽電池は半導体産業であり、大量に売れることが性能の向上や単価下げにつながるのは目に見えている。
だいたい液晶テレビの下落っぷりをみて想像すると良い。
液晶と太陽パネルは構造が結構似ており、シャープの堺工場が液晶と太陽光パネルを同じ敷地で作っているのはその為である。

もちろんこれは競争原理のもとでの調達・発電設備の建設が行われるのが大前提であり、伝えられる東電のコスト体質では安くならない危険性がある。
自然エネルギーへの移行で懸念があるとすればこの点だ。

コスト面で言えば自然エネルギーへの不安よりもこちらの懸念の方が遙かに大きい。
逆に言えば経済産業省の試算は東電がやるのが前提だろうから、ここをうまくやれば安くなる可能性が十分に含まれている。

実際の舵取りは震災が落ち着いてからとなろう(なんか首相が慌ててやっているようだが急いては事をし損じるではないのか)。

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福島第1原発:東電社員の父持つ小6の手紙 全国から反響 - 毎日jp(毎日新聞)

リンク: 福島第1原発:東電社員の父持つ小6の手紙 全国から反響 - 毎日jp(毎日新聞).

子供の主張は稚拙で、率直で響く言葉が残念ながらなかった。
普通は素直故に的を射た言葉がなにかでたりするのだが残念だ。

ひとつ感じたのはこの記事を読んで子供の世界というのは残酷だということである。

まず東電が悪いからと言って東電の社員の殆どは悪くない。
悪いと言えるのは経営判断力(実行権力)を持つ一部の経営陣に過ぎないだろう。
特に原発を行うか否かというのは会社的に根本的な方向性の議論であり、一般社員の判断の範疇をはるかに超えているからだ。
個人的に原発反対でも会社として原発推進をしその部署に配置されれば原発の仕事をしなければならない。
悲しいかな、それがサラリーマンというモノである。
会社が赤字に転落することになったが、そのことは全社員で引き受けなければならないのもごく普通のことである。

だから東電の社員の子供だからと言ってそれを責めるのは明らかにおかしいし下劣な行為である。(社長や役員会にでれるような社員の子供だったりすればまた話は別だが)
しかしそんな論理はなくていじめが起きているのだろう。本当に残酷な話である。

子供のいうことに反論するのも大人げないが、うっかりとこのような言葉に賛意を持ってしまうひとがいると困ってしまうのでいくつか書いておく。

電気の消費を増やしたのは、人々、ではなく東京電力をはじめとした電力会社自身の責任も大きい。
もっとも当たり前なのだが電力会社は電力を売れば売るほど販売額が高くなり、利益も大きくなり、会社として大きくなる。
これは民間会社として当然で普通の方向であるのだ。
例えば「オール電化」というのはまさにたくさん電力を買って欲しいというセールスである。
事故後にいつのまにかひっこめているのだが。(リストラとして部門解散したらしい)

細かいことを言えば「夜遅くまでスーパーを開けている」のは発電所を増やす結果にはつながっていない。
最大供給力にあわせて発電所は作っている。
ぶっちゃけていえば真夏の昼間にエアコンフル稼働したような瞬間にあわせて作っているのだ。
夜なんかはピークの瞬間ですらないので関係が無いのだ。

温暖化に関しても馬鹿馬鹿しい話で、まあ温暖化と二酸化炭素排出を混同しているのだろうが、二酸化炭素排出だとすれば世界中などという言葉を出している時点でナンセンス。
いうならば中国と米国だけがなんでこんなに出しているんだというレベルで、日本を含めそれ以外の世界各国の人たちは相応の二酸化炭素しか出していない。

千年に一度の地震といっているが、問題は地震ではなく津波。
地震対策は問題なかったが津波による被害によって冷却不能から建屋の爆発・放射性物質飛散に至った。
関係ないが今回の「東日本大震災」は実に不適当であると思う。
例えば「東日本大津波震災」とすべきだ。
亡くなられた方々、行方不明者の方々も津波によるものが多い。
被害の爪痕も津波が原因であるものが多い。

さて、それなら発電所を増やすことになった原因はどこにあるのか。

電力消費量の、家庭で半分はエアコンとされる。
要はエアコンを備えた家が増えたと言うことだろう。

これは悪いことだろうか。
熱中症で亡くなられる数は9千人近いそうで半数が高齢者の方だそうである。
つまり暑さで夏を乗り切れずにそれだけの方が亡くなられたということだ。
当然ながらエアコンがあれば熱中症にはならずに死ななくて済んでいた。
別の言い方をすればエアコンを入れたから死なずに済んでいる人も大勢いると考えることができる。
人々は電気をたくさん使うようになったが、人々は長生きできるようになったとはいえまいか。

もうひとつ。
止まらない過疎・都心への人口集中もエアコンの必要性を高めているのではないか。
ごく単純に人が集まれば気温が上がる。
地面のアスファルト化や緑の少なさからも熱密度があがり気温が上がる。
過密な住宅事情は窓を開けにくくする。
すべてエアコンに頼らざるを得ない状況を作っているのだ。

よく数十年前に生活水準を戻せば良いんですよ、なんて軽く言う人がいるけれども、これらのことまで考えて言っているのかはなはだ疑問である。

「昔なら熱中症で死ぬぐらい弱っている人は死ぬべきなんですよ。」
「田舎で生まれた人は都会に出ずにずっとそこで暮らすべきなんですよ。」
こう言っているのに等しい訳なんですから。

あとは電力量を増やす原因になったのはオール電化推進だろう。
本来ガスで済むところを電気を使えとした。
風呂を沸かしたり料理をしたりというエネルギー量(電力量)は結構ハンパではない。
これは他ならぬ電気会社が行ったキャンペーンである。
電気が本質的に足りない、のならばやってはおかしなことなのだ。

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2011/06/25

ゆるい感じでエコバック運動

いまさらだが私はマイバッグは持っていないが、いわゆるノーレジ袋運動には参加している。
ポイントで買い物券還元されたり、数円割引になったりするからだ。

なんのことはない、レジ袋を何度も使っているだけのことだったりする。
袋に耐久性は無いので頃合いを見て捨てて別のを使う。
袋のストックはふんだんにあるのでなんら問題は無い。
それでも10回以上は軽く使えるものだ。
たまに袋を店に持参するのを忘れるのでその時に入れ替えしたりもする。

レジ袋なら丸めて(もしくは畳んで)ポケットに押し込むこともなんら問題ない。
複数枚持ってもたいして差が無いし、不意にかさばる買い物をしても余裕で対応ができる。
いわゆるマイバックより良いことずくめである。

こういうことをしだしたのは、レジ袋をゴミ出しに使えなくなってからである。
捨てるのももったいないので取っておくとどんどん溜まってくる。
実はとっておいてもそんなに使い道が無くて、使うより入手するほうが多い。
そこでこういうことになっただけのことなのだが。

どうも周囲を見ても私に様なことをしている人はみかけない。
マイバッグを持参しているか、レジ袋をもらっているかのどちらか。

店も衛生面の配慮なのか、レジ袋というのは一回しか使えないのが大前提なのか、そういう啓蒙をしているのは見たことが無い。
まあ、レジ袋削減廃止がどれだけエコなのかよくわからんが、なにごとも100%やらなきゃいかんということもないわけで。

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2011/06/22

お馬鹿な“節電”

今朝はまだ涼しく、出勤時は会社の駐車場で気温21℃程度だった。
(私の車には外気温を計る温度計がついています)

出勤して机の温度計を見ると既に28℃近くにもなっていたので窓を全開にして涼しい風を取り入れながら席を離れて朝のミーティング。
戻ってくると26℃になっており良い感じ。
比較的涼しい中で気持ちよく作業を始めると、「冷房の効率化のために窓を閉めてください」ということをいう輩が。

外の気温が28℃を超えていたら窓を閉めるのは当然だ。
しかし今の気温は少なくとも26℃以下、時間関係から言って高く見ても23,4℃だ。
閉めた方が“損”になるに決まっている。

言っている理屈が非論理的で分からなかったのだが、反論しても相手もただの総務からの伝達係らしく、馬鹿馬鹿しくなって仕方なく窓を閉めた。
案の定ほどなく気温は28℃を超えて29℃近くまで上昇。
フザケンナ。
冷房とやらは設定温度が28℃であり、つまり温度を測定している箇所が28℃になるようになっているだけ。

もちろんそれよりは下がらない。
窓を開けていた方が少なくとも“冷房”になっているのに決まっている。

私の机は冷房の吹き出し口より窓の方がずっと近い位置にあり、冷房の風は私の机まで届いていないぐらいだ。
よって部屋の空気よりも温度の低い冷気が窓から逃げることはあり得ない。

別に節電には協力するにはやぶさかではないが、こんな非論理的・非合理的なことをしているのでは全く呆れてしまう。

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2011/06/21

原発再稼働目指し「全国行脚」 海江田経産相の前途多難 : J-CASTニュース

リンク: 原発再稼働目指し「全国行脚」 海江田経産相の前途多難 : J-CASTニュース.

原子力安全・保安院が2011年6月15~16日に行った立ち入り検査を終え、経産相は「深刻な事故に対する措置が実施されていることを確認した」として

これはつまり福島の事故を起こした原発“だけ”は「深刻な事故対応」ができていなくて、その他は実施されていたということなのでしょうか。
事故対策への追加策がそんな数ヶ月でできるわけないのですから。
浜岡のように一年以上という場合もあっても不思議ではありません。
まさか緊急対策マニュアルの整備で終わりとか、従業員への徹底とかそんなんじゃないですよね。

まあ、日本で一番旧式のものですから、たまたま不運だったという論も言えなくも無いですが、しかし安全対応できていなかったのに動かしていたわけですから、同じレベルで問題ないと言われても信用できないという理屈になります。

安全性がどうかは判りませんが、言ってる論理が破綻しているので話にならんです。

だいたい事故の検証どころか事故の後始末が終わる目処すら立っていないし。
補償もまったく進んでいないし、やっと慰謝料とかいっているし。
休業補償とかちゃんと出ているのでしょうか。
従業員は雇用保険からでているかもしれませんが、個人事業者(農林業や漁業従事者も)への補償は国からは出ないわけでしょう。
それは当事者の東電が出さないとおかしいですよね。でも出ている話は全くない。
そんな現状でなにをいっているのかと。

「まずは福島の始末をつけろ、話はそれからだ」
といったところでしょう。

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2011/06/20

福島第1原発:東電、遮蔽壁費用公表せず 債務超過懸念で - 毎日jp(毎日新聞)

リンク: 福島第1原発:東電、遮蔽壁費用公表せず 債務超過懸念で - 毎日jp(毎日新聞).

東電はすでに11年3月期の連結決算で1兆2473億円の最終赤字を計上。このため、「仮に1000億円レベルのさらなる債務計上を余儀なくされることになれば、市場から債務超過に一歩近づいたとの厳しい評価を受ける可能性が大きい」と債務超過についての強い懸念を指摘。

原発のコストというのをたびたび書いていたが現実に原発が一カ所破綻しただけで会社が傾き債務超過、つまり会社の破綻になるというリスクの高さ。 原発の問題は正にここにあるのではないのか。

原発が安全だとか是非がどうとかそういった観念的な話では無い。
現実として東電が会社の存続の危機に直面しているでは無いか。

原発を続けたいという各電力会社はどう考えているのだろうか。
自分のところは起きないと考えているのであろうか。

国はどう考えているのだろうか。
国が責任を持つということは、要するに税金から金を出すと言うことだ。
私はこういう被害を税金で補うなどはもってのほかだと思っている。
地震津波の直接被害は税金、つまり全国民で痛みを分かち合う、という原則は問題ないだろう。
しかし逆に言えばそこまでだ。
地震津波が引き金となっただけであり、自己崩壊を起こした原発がまき散らしている損害にまで全国民が負担する筋合いは無い。

原子力発電システムの何がまずいかといえば、フェイルセーフシステムでは無いということだ。
例えば外部からの燃料供給を絶ったりなんかしらの制御を止めれば自動的に停止するシステムは、フェイルセーフシステムと言える。
例えばとりあえずACコンセントを引っこ抜けばそれ以上まずいことは起きない、というようなものだ。
他の発電システムと大きく異なるところだ。

電力を使って給水ポンプを動かし、冷却を続けないと暴発する。
実はこういうシステムにならざるを得ないこと自体が根本問題ではないのか。
さらに悪いことに暴発により放射性物質を周辺にまき散らしてしまう。

今回のケースでダメだったのはこの最低限のカナメのところをどんな方法を使っても死守する、というシステムになっていなかったことだ。
そうはしていなかったのが関係者の「想定外」という言葉から窺い知れる。

浜岡原発は防波堤を高くする、などという対応があるが、そんな防波堤を越える津波が来たらアウト。
まあ、30メートルもの防波堤でも作れば大丈夫だろうが、今回の話でも結構微妙な高さでまたも「想定外」になったらダメじゃ無いかということ。
もちろん30メートルの防波堤なんかコスト的に無理なんだろうけど。

高台に電力システムを置けばというが、その高台に想定外に津波が押し寄せたらどうするのか。
実際、今回の大津波では高台の避難所ごと津波にさらわれた、という痛ましい想定外の事例があちこちで起きている。

つまり根本からきつい状態を死守する、というのはとんでもなくコストがかかることなのだ。

それをやりきっておらずに「原子力はコストが安い」などと言われても「適当なところで(つまり“勝手な想定”の段階で)手抜きをして安く仕上げてるだけじゃ無いか」という反論せざるを得ない。

そして今回の遮蔽壁の件になる。

これもコスト面で検討するだけに止めておくつもりだろう。
もういまさら海へさらに高濃度で放射能漏れをして、被害は拡大するだろうが、損害賠償はそんなに変わらないから(会社の)損害は大差ないという算段なんだろう。
もう感覚が麻痺してしまっている。
海へ漏れていない時点なら漏れないように死守しようとしただろうけれども。

私は海への流出よりも内陸への流出にひどく懸念を感じるのだが。
地下水が汚染されると土壌が汚染される。
つまり致命的に二度と使えない土地が拡がってしまうということだ。

表面土で済んでいれば土の除去などの対処で済む可能性があるが、地下から来たらもうお手上げだ。
その地域は完全に「死の土地」となり、大袈裟では無く、もう今世紀中に元に戻すことはできまい。
それに対して払うコストはいくばくとなるのか。
5000億なんて安い金額では済まないだろう。
私は想像しただけで気が遠くなるのだが、関係者はもう麻痺しているのだろうか。

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2011/06/14

Aileはなぜプレイ動画に「激怒」したのか? 

リンク: Aileはなぜプレイ動画に「激怒」したのか? 「徹底交戦」ににじむゲームメーカーの怒り (1/3) - ねとらぼ.

まあ、だいたい予想通りのことが書いてあった。
ただ9:1で賛成というのはそんなにこの世は捨てたもんじゃ無いと安心した。
1割程度の輩が単に問題を起こしているだけなんだと。

プレイ動画で言えば、ゲームという括りでは語れない物がある。

最も端的なのが、ひとつはアクションゲームであり、ひとつはノベルゲームだろう。

アクションゲームは例えばテレビで野球なりをみるようなものである。
野球中継を見たからと言って自分が「野球をやった」なんて思う人はいないだろうし、野球をやったのと等価の楽しさを得られるとは到底思えない。
ただし野球の面白さやルールを知ったり、蘊蓄を溜めるには使えるものだ。
実際の野球スキルの向上に役立つところもあるかもしれない。
これはゴルフしかりサッカーしかり、大概のスポーツはそんなもんである。
そこでそういう競技を知って実際にプレイしてみる人も少なくないだろう。

それと同様にアクションゲームのプレイ動画はどちらかといえば宣伝になる確率が高い。
プレイ動画で得られる体験と実際にゲームをプレイする体験は全く異なるからだ。

逆にノベルゲームとプレイ動画の関係はそれと事情が全く異なる。
テレビで小説を映すか、朗読でもされたら、それと、自分で本を読むことはほぼ等価になる。
漫画紹介の番組はあるがもう枯れて売れないような名作や、肝要なところは伏せたり、漫画自体よりその周辺を色々語ることでむしろ漫画本を買ってもらえるように腐心して構成しているのが判る。
少なくとも最初から最後までひたすらページをただめくるような番組は作らない。

ノベルゲームのプレイ動画というのはこの作ってはならない番組に極めて近い。
そのゲームをプレイするのとほぼ等価な体験を与えてしまうのだ。

こういう一般論があるから“彼”が激怒して交戦をしたいというのはごく自然なことだし、がんがんやれば良いと思う。
どっちを応援という感覚はないのっだが。

それにしても私もニコニコ動画に対して「ずいぶんと危うい商売してんなあ」と感じていたわけだが、この顛末がどうなるのか興味がある。

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2011/06/12

USB-HDD録画テレビが増えていますねえ。

最近USB-HDDをつないで録画できるテレビが増えている。
(以下、特に断りの無い場合は録画テレビと略す)
お手軽で安く録画機能をつけられるということで各社とびついているようだ。
その一方で安易に機能追加しているメーカー・機種も有るようで、色々な問題も聞く。
AVファンとしては正しい認識をしてもらいたいという思いがあるので書いていきたいと思う。

私自身、Z7000やDTR1といったものを使っておりその中で感じたことである。

・シングルチューナー機は想像以上に使い勝手が悪い。

初期の録画テレビでは普通にダブルチューナーで問題は無かった(テレビ専用とレコーダー専用で2つ)が、最近いわゆる安物テレビに特長として録画機能をつけて差別化したいという思いがあるのか録画機能をつけているようだ。
これに釣られてうっかり買ってしまう例もあるのだろう。

これはレコーダーを地デジチューナーとして使っていたりした場合もそうだし、D-TR1でも同様なのだが、実は結構不便だったりする。
単純な話で、録画が始まると今見ているチャンネルが録画しているチャンネルに切り替わってしまう。
原理的に当たり前の話なのだが分かっていても結構ムカッとする。

確実に録画する番組は自分がテレビを見ていないとき、と割り切れる人限定と考えるべきだろう。

この他にもレコーダーでは当然あるような機能・性能に制限が多い。

・デジタル放送のそのまま録画しかできない。

レコーダーの感覚で買ってしまうと、そのギャップに苦しむことになる。
この録画機能はTS録画のみだ。(DR録画というほうがレコーダー的か)
簡単に言えば放送の電波を見れる直前の情報に変換した時点でそのままHDDに流して記録している以外の機能はない。だから安く作れる。
それゆえに録画したものを再生するだけ。
編集もできないし、圧縮して録画(いわゆる何倍録画モード)なぞない。
もちろんBDにダビングなぞもできない。(この辺は一部機種で可能なものもある程度)
この辺は今後機能追加されてくる可能性もあるが、よく調べてから買わないと落胆するだろう。

再生に関してもレコーダー比で機能が少ないものも多いだろう。
早送り巻き戻しや一時停止はさすがにあるが、スロー再生や早見再生。コマ送り/戻しが無かったりする。(Z7000では早見はあるが無い機種も散見される)
チャプターがないのでスキップは番組単位になる。(それはそれで便利だが)

・外部入力からの録画ができない。

デジタルであるHDMIもダメだし、アナログもコピー制御の有無にかかわらずできない。
なぜかといえばこれらの機能の実現には別途コストがかかるからだ。
HDMIをそのまま録画するとビットレートが高いのでUSB-HDD側の記録速度が追いつかないケースが出てくる。
2.5インチでは遅いものが多いし、放送録画だけの現状でも録画テストで追いかけ再生テストで失敗する物も実在する。
またそのまま録画だから録画可能時間が放送と比較して数分の1になってしまう。

ハイエンドテレビから今後これらの機能がついてくるかもしれないが、現状できるものは皆無といって良い。
(実際にBDへの録画機能のついているアクオスでは後期モデルにアナログ録画が追加された)
よく調べて必要ないことを自分自身で確認すべきだろう。

・追いかけ録画はできるか。

特にタイムシフト目的で買う時は注意しなければならない。
テレビでは確認したことは無いのだが、今使っているひかりテレビチューナーのUSB録画機能は追いかけ録画ができないので不便している。

・その他の制限は無いか。

Z7000とDTR1での制限だが、録画再生中に“上書き録画予約”が実行されると一端再生が停止してしまい、録画が始まるまでの数分程度は再生ができなくなってしまう。(ただの録画予約の場合はこの問題は起きない)
困ったことにこの時はたいがいCM集中時間であり実に間が悪い。
こういうことは表に出てこないので実際に使ってみないと分からなかったりする。

・他のテレビには録画したものをもっていけない。

録画して溜めるのに便利だと勘違いしている人も多い。
著作権保護の問題でそのテレビで録画したものはそのテレビでしか再生できない。
さらにいうとテレビが万一故障して基板交換修理になったりテレビ交換になっても再生できなくなる。
ディスクへの記録なら他のレコーダやプレイヤーで再生できるが、それと同等に考えるのは間違い。
これはテレビメーカーではどうしようもないことなので諦めるしか無い。
(なお、怒りの矛先は著作権保護を過剰に訴えている方々にするのが筋である)
同種の機能でホームネットワーク(DLNA)のHDDに録画できるものなら可能なためそれと混同する人もいる。
もちろんPCにつないでも再生なぞできない。

・USB-HDD自体の信頼性問題

USB-HDDの信頼性は比較的低いのが通説だ。
そもそも一時的なバックアップ等や持ち運び用途と考えられているため、まっとうな信頼性では作られていない。
レコーダーが専用の基準で選別されているのとは異なり、基準はかなり甘いと考えた方が良い。
もちろんこんなものは確率論なのでハズレを引くか引かないかだけの問題であるが、レコーダーに比較して故障の危険率が高いと言うことは覚悟しておいた方が良い。

・USB-HDDを再度PCで使いますか。

Windowsフォーマットではなく、独自フォーマット(と称しているが実際にはLinuxで扱えるフォーマットのようだ)で初期化されるため、再度PCで使うときは面倒だ。(できないということではないが)
単純にWindowsからフォーマットだけではまた使えるようにはならない。
テレビメーカーからしてもサポート外の話。
もちろん、専用で使い続けて不要になったら捨てるのなら問題ないことだが。

・最後に

こんだけのトラブルが想定されても(あっても)各メーカーが製品を投入しているということは、それだけこの機能がかけるコスト以上に売れ行きを左右しているということなのだろう。

USB-HDD録画があればレコーダーは要らない、と極論する人もいるが、それは言い過ぎでレコーダーの一部の機能を肩代わりしているに過ぎない。
それは見て消しやタイムシフトだ。
一度見れば十分ですぐ消しても良い、ディスクにいれることなんかいままで一度も無い。
そんな用途ならば、上記のデメリットは殆ど無くメリットが大きく上回る。
レコーダーにはレコーダーの役割が有る。
レコーダー機能がテレビに入った、と早とちりはせずに、自分の用途をよく考えて選べば良いだけの話だ。

ちなみに私はテレビでの録画と番組重複した時はD-TR1で見て消しにしている。
取っておくのはレコーダーでも録画と使い分けている。

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今日12日現在

今は昼の11時頃だが、供給量は4080kw。
昨日の記事は何だったのだろう。

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東京電力(供給能力が640万kw落ちるため)300万kw不足の恐れ

リンク: 東京電力、100万世帯300万kw不足の恐れ : 計画停電 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

東電は、12日の電力需要を3800万キロ・ワットと想定しているが、供給能力は3500万キロ・ワットにとどまる見通しだ。この供給能力には、中部電力に融通してもらう100万キロ・ワットも含んでいる。

だそうだ。 ちなみに11日の最大は3562万kwで、12日も今日程度の消費であるとしたら若干足りない。なにをどうしたら3800万(+300万)の予想になるかは謎だが。 明日は今日と比べて格段に暑くなるような天気予報もでてはいないし。

で、11日は足りなかったのかといえば最大供給が4140万kwだったため余裕で問題なかった。
つまり、12日はずどんと640万kwほど供給能力が落ちて3500kw万になるために供給不足に陥ると言うことのようだ。
この辺はなぜかマスコミは記事にしない=事実を伝えないのだな。
土日でこんなに供給能力に差が出るのならきちんとマスコミや東電は周知しないとダメだろう。

東京電力は12日、地震の影響で福島第一、第二原子力発電所などの発電所や送電設備が稼働できないため、午後6時~7時に100万世帯分の電気使用量に相当する300万キロ・ワットの電力供給が不足する恐れがあると発表した。

等と書いているが改めていうまでもなく昨日と今日での供給能力の違いの説明になっていない。
単に不安をあおるような文言になっているだけだ。
こういういい加減な発表なんぞしているからまともに合理的に節電に協力しようというひとたちの反感を買うことがわからんのかとがっかりする。

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2011/06/09

「ソーシャルへシフトすべき」という頭の悪い暴言

リンク: 「Wii U」は投資家の関心を引かなかった? 「ソーシャルへシフトすべき」との指摘も - ITmedia ニュース.

投資家なんぞに会社の動向をとやかく言われる“状況”になっていることが非常に残念だ。

私は株主の意見は当然尊重すべきだと思うが、投資家・投機家なんぞにとやかく言われたくは無いだろうという立場だ。

ソーシャルゲームなんぞは昔からゲームを楽しんでいる私にとっては、あれらはゲームですらない。
あれがゲームというならサイコロをただ振ったり、一人じゃんけんをしているのもゲームに入るだろう。
単純にそのフィールドに長くいるか、たくさん金を落とした方が成績の良いゲームなんかランクとして下の下である。

そもそもビジネススタイルからして短期間で粗製濫造してアタリを掴むわけで製造業としても下の下の姿勢である。
ぶっちゃけ素人騙しというレベルで、実際に無料で釣って云々で勧告を受けたが、ここがこのビジネスモデルの根幹なわけで、そこに違法性が見え隠れするのだから始末が悪い。
今回の勧告で“これ以上やったらダメなライン”が引かれただけでなんら本質的に改善された訳では無い。

おそらく世界でもっともゲームというものにプライドを持っている任天堂は、少なくとも今の定義の範疇のソーシャルなんぞに手を出すことすらやらないだろう。
プロ野球選手に三角野球リーグをやるから入らないかというレベルであろう。
いくら儲かって年俸が上がっても野球をやってきた一流選手たちがやるわけがない。
なんとしてもプロ野球リーグを維持しようとするだろうし、それもかなわないなら潔くプロから手をひいて草野球でもやったほうがましと考えるのでは無いか。

ゲームという言葉だけでソーシャルなんぞとごっちゃにする程度の知識しか無い奴らにとやかくは言われたくないと思う。

それにしてもこんなレベルの低い投資家たちに株価を動かされてしまうと、資本主義の危うさを感じてしまう。(別に私は社会主義でも共産主義者でも無い)

とはいうものの、Wii U自体に関してはリーク情報を聞いたときから多少疑問符はついていたし、ウソ情報であって欲しかった。
もっとわくわくする何かが欲しかったのは正直なところだ。
まあ、それでも現状維持レベルであって期待などが下がるというレベルでは無い。

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2011/06/08

スーパーハイビジョンが見せた不思議な立体感

リンク: 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:スーパーハイビジョンが見せた不思議な立体感 (1/2) - ITmedia +D LifeStyle.

古参のAVマニアとも言える麻倉氏が初期のハイビジョン(ベースバンドハイビジョン)を知らない・見たことが無いわけが無いのでどっかしらしらばっくれているのだと思う。
まあ、メーカーとの付き合いもあるわけで言えないことも色々あるのだろうが。

85インチに3300万画素(7680×4320ピクセル)という精細さ、UV2A技術による高いコントラストが相まって立体感に通じたのでしょう。

UV2A技術であれば、シャープは公式には謳っていないが、おそらくネイティブコントラスト(バックライト制御等の小細工無しで)5000:1程度はあるのだと思う。(単に店頭で見た感じ)
展示用で作り込んだりいいのを選べばもっと高いモノも存在するだろう。
じゃあプラズマはもっと高いじゃ無いかという人もいるかもしれないが、プラズマでは高精細が出せない。
85インチでこの解像度ということはフルハイビジョンで20インチ相当換算となり、プラズマでの限界が37インチとみられ遙かに遠い。

くだんの桜のシーンでは明らかに運動視差も働いています。つまり、カメラがパンした際に手前の枝は動きが速く、奥のほうは動きが遅い。それに手前ははっきり見えて、奥は適度にぼける。そうした違いが高精細な画面で再現されていたことが立体感につながったと考えています。

以前にも書いたが、現状のメガネ3Dはカキワリのような感覚がある。 メガネのせいでコントラストはがた落ちになっているし、色の精彩感も論外レベル。 明るさも落ちるしBDならまだしも放送では水平が960となりお話にならない。 なにか個体があり、それ自体の立体感を感じるには、単純に視差だけではなく、微妙なボケの違いが重要になってくると私は思っている。 実は機会があってフルハイビジョンのベースバンド信号での映像を見たことがある。 映していたプロジェクタも大変高価なものでコントラストもそこそこ高かった。 そこでみたものは立体感のある美しい映像であり、感動すら覚えた。 しかしそれ以来美しい映像というモノにはついぞ出会っていない。 当時はアナログハイビジョンの実験放送をやっていたような時代で、圧縮形式としてMUSEというものがあったが、デジカメ写真でも高圧縮すると画像がぼけるのと同じで、静止画ならまだしもちょっと動いただけで途端に破綻と言っていいほど画面がぼけてしまう。 デジタル化の流れになってBSでハイビジョン本放送が始まったがそれでもやっぱり悪い。 さらに地デジなどは論外。 現在はまだ良いのだが、放送が始まったときは本当に酷いモノでこれでいいのかと文句を言いたくなるレベルだった。(現在では事前処理や圧縮アルゴリズムの改善があったのだろう)

日本では1チャンネルあたり6MHzと帯域幅が狭く、順次走査ができないというSDのヘンな伝統をハイビジョンも引きずってインタレースのままですし、ビット深度も8bitしかありません。毎秒60フレームといったスペックも単純にアナログ放送から受け継いでしまっていますね。

それが上記引用の話だ。放送帯域の貧しさはハイビジョンというにはふさわしくないレベルだ。 そのレベルで立体もへったくれもない。

スーパーハイビジョンは、16:9のアスペクト比は同じですが、3300万画素、120Hzのフレームレート、12bitもしくは10bitのビット深度と現在のハイビジョンに欠けていた部分が補われています。とくに倍速(120Hz)が標準になり、しかもそれがプログレッシブ

解像度云々があるが、実際には現在のテレビでもこれに近いことはできるはずだ。 60Hzのプログレッシブで12ビット、はHDMI1.4では規格上クリアしている。 あとはBDでさえやっている圧縮をやめてベースバンドにする。 4倍容量のBDが出てきたのだからできないことでもなかろう。 4kx2kとか、そんな解像度の向上よりもこういうことをきっちりとやってで世間に問うて欲しいモノだ。 ベースバンドでの映像をみた体験が無いとおそらくはこの感覚は分からないとは思う。 こういう方向で話を打ち出すのは現実に不可能だろうし、それより誰にでもわかりやすい解像度を増やす方向になるのだとは思う。 その点が実に残念である。 あとはハイビジョンと言えばゲームだが、現状のゲーム機ではパワー不足でこういう細かいところの描画までとは程遠い。 それでどころかハイビジョン解像度でレンダリングしているゲームでさえ少ない。 ゲーム機では記録帯域は考える必要は無いが、リアルタイムレンダリングの“帯域”に縛られて現状では圧縮映像以下である。 実際問題としてプリレンダリングムービーとか言って既に作ってあった映像を再生するというゲーム機としては負けを認めた形となっているのが現実である。 よってゲーム機でも所詮はカキワリ立体に止まるわけである。

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2011/06/05

原発が「わずかなリスク」?

リンク: 携帯電波に発がん性リスクとWHO報告 「販売中止しては」と孫社長皮肉る発言も : J-CASTニュース.

携帯電話のリスクは珈琲並だそうで、日頃珈琲をがぶがぶ飲んでいる私にとってはどうでもいいこととしか思えない。
携帯電話なんか持たなければ良いだけだし、持っていても通話なんか一日に数分も話さないわけだし。

そんなことより、聞き捨てならなかったのは「原発がわずかなリスク」という言葉。

池田氏はツイッターで「いうまでもないけど、これは皮肉…わずかなリスクのために原発やめるなら、携帯もやめろということ」とブログの真意を説明した

わずかなリスクですか。

原発事故の影響で避難を余儀なくされている人たちの前でいってみろと。
風評被害も含めて商売で大打撃を受けている人たちの前でいってみろと。

私には今回の原発事故の危険度は正直分からない。その知識も経験も無い。
感覚でいえば、政府の避難地域の設定や出荷制限等もやや安全を見越しすぎかな、というレベルだ。
もっと危険ではないかという声もあるが、そういう声には論理的におかしい点が散見されることもあり、あまり納得ができない。

原発が問題なのは、実は科学的に危険かどうかでは無いと思っている。

現実問題として広域避難という事態が起きている。
いつ自宅に帰れていつもの暮らしに戻れるのかまったく見込みが立っていない。
避難地域で地元で事業を続けられなくて廃業に追い込まれる人たちが現実にいる。
農作物や漁獲物の出荷停止という事態が起きている。
さらに風評被害といったものが売れないという事態が起きている。
問題ない地域なのに福島県と言うだけで忌避されてしまう。

もちろんこれらの根拠は一定の科学的な危険性に関する理由があるのだが、放射能関係がやっかいなのは定量的に危険度を計りにくいということなのだ。
だから必要以上に安全を見越すことになる。
そこで人によって見解の相違が起きるし不信感を呼び、さらに安全の尤度をあげてしまう。
尤度を上げすぎると今度は何もできなくなるので下げる。
するとそれへの不信が生じる。
そういう悪化のスパイラルを本質的に包含しているのが実は放射能関係のリスクではないのか。

ともあれ、こういう理屈はどうでもいいのだ。
現実問題として、何万、いや、何十万人規模でごくふつうの生活を破壊したのだ。
そしてこれらの責任は住民には全く無く、間違いなく原発に携わった人たちにあるということだ。
その本質が放射能を扱うというリスクにあるということなのだ。

金銭的な補償問題だけ言っても、5兆にも上るという試算がある事態が、わずかなリスクなのか。
なお、5兆という金額は勝手に政府辺りが試算しただけの話だ。
例えば廃業したが残りの人生をどうやって暮らすのか。別の地域に移転して事業を続けるのには当然金がいる。彼らへの手当はきちんと想定しているのだろうか。
それらは「とりあえず自分らで金を借りて移転などをして欲しい」といっているらしい。
廃業してもそれは個人の勝手でそこまで補償はできないといいかねない様子だ。
これらの今回の被害を全て救済するのならその倍でも足りないのでは無いのかと愚考する。

多くの推進論では科学的にすべてが理想的に運べばリスクはわずかである、ということに終始する。
実際、私もそう思う。
「冷却システムさえきちんと動作」してい「れば」放射能漏れは起きなかった。
科学者や学者は理想的に物事が運ぶと錯覚する。つまりタラレバだ。
しかし現実は違う。くしくも「想定外」という言葉が当人たちからでてきているが、その「想定外」が起きてその結果として「とんでもない事態となりえる」ということ事態がリスクなのだ。
それを直視しないのだからなにをいわんや。

それでも統計的には“わずかなリスク”と算定する人もいる。
しかし原発の場合は統計的に見るべきでは無いと思う。
汚染が起きてから回復できるまでの日数を考えれば百年に一度起きても困る事であり、ひとたび起きたときの金銭リスクがあまりに巨額で有るからだ。

もし仮に5兆という額がわずかなものであるというのなら、東電が全額を自らの利益を削って補償に充てていくべきで有り、国(要するに税金だ)から出すべきでは無い。
実際には補償は即座に行われるべきであり、かつ額が巨大だから国が一旦は肩代わりする形で借金として東電に負わせるのが筋だろう。
もし国からも出す責任があるというのなら、最低限、原子力“推進”事業関連に関しては予算0とし、その額を借金返済に充てていくべきだろう。
当然ながらその“借金”を払い終わるまでは東電が黒字になることはないだろうし、原子力“推進”はできない。
そういう考えで進めるべきでは無いのか。

これが今回の事故によって起きた金銭的な“原発のリスク”だ。
何年かかるかは分からない。数十年かもしれない。
リスクはわずかだったというのなら、それも余裕で受けいれられるだろう。

ちなみに今回の原発の事故の被害は比較的軽微で済んだと私は思っている。
もっと重大なことになるのではとも思っていた。

レベル7と言われチェルノブイリ原子力発電所事故並と言われているが、これもおかしい。
レベル7とはいわば「無差別級」の位置づけであってそれ以上が無いだけの話だ。
数値発表がされたとき「なんで7で打ち止めなんだ??」とまず思った。
表を見てみると福島がレベル7、チェルノブイリがレベル9と言った方が適切だと思う。
今回の事態が最悪だったと思っている人はいないだろうとは思うが、これでリスクを算段されてはかなわない。

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