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2011/02/25

これはひどい

リンク: asahi.com(朝日新聞社):「ファウルボールでけが」男性の訴え棄却 仙台地裁 - 社会.
リンク: asahi.com(朝日新聞社):ウオーターサーバーの熱湯で乳児大やけど 販売30万台 - 社会.

ひとつめは内野席でファールボールで眼にあたったようだ。
普通に野球観戦していれば反射的によけるし怖くてとっさに頭を抱えれば当然眼にはあたらない。
フェンスの高さからして直撃度は弱い。
よしんば自分が一瞬見失っても球の行方は他の観客の雰囲気でわかる。
裁判所は却下して当然だろう。

ウォーターサーバーの件は理解に苦しむ。
普通はちょっと押すなり引くなりすればお湯が出るものではないのだろうか。
湯飲みでくいっと押せばお湯が出るのが普通だろう。
それよりも複雑な操作をしないとお湯がでない仕掛けのようだ。

それにしてもいったいどういう状況だったのだろう。
まず、生後10ヶ月の幼児が手が届くような場所にサーバーを置くのだろうか。
そんな低い位置にサーバーを置いたら使いにくい。
そもそも生後10ヶ月の幼児が歩けるのは早い方だし、歩けたとしてもまだおぼつかないだろう。
周囲のすべてが危険物だ。

そうすると保護者なりが抱きかかえたりおぶっていたところ子供が手を伸ばしてつかんでえお湯を出してしまったということか。
それはいくらなんでも保護者の不注意・責任では無いのか。

ウォーターサーバーから触ってもいないのに勝手にお湯を吹き出したとか、通常使用で湯口が折れてお湯が手にかかるとか、そういうのなら事故だし機器の問題だろう。

しかしそうではない。
消費者庁はなんでもかんでも問題にするのはやめたほうがいい。
こんにゃくゼリーの件もそうだが常識を逸脱した規制は社会経済を萎縮させる。

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2011/02/24

3DS

の発売が明後日になった。
すっかり乗り遅れてどこも品切れ、予約受付もなしのようで残念。
アマゾンもキャンセル待ちの予約受付ぐらいしてくれたらいいのにと思ったり。

あとは近所のショップを見に行くぐらいが。
まあ、急ぐモノでも無いのでみかけたら買うぐらいでも良いか。
ゲームが出そろうのはもうちっとかかりそうだし。
3DSがヒットするかどうかは正直微妙な感じはあるので数ヶ月も経てば普通に買えるのではという気はするし。

なお、3DSは定価25000円ですのでこれよりも高い価格は品切れと同様の扱いです。
品切れ品に関する広告コメントアフィリリンクはスパム扱いですのであしからず。

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2011/02/23

消費電力

Core-i5-2400Sを買ったという話を書いたが、消費電力計を買ったのではかってみた。
マシン全体の消費電力だ。
アイドル時で50W弱、ディスプレイオフになると45W程度まで落ちる。
90%を超える負荷をかけると100Wを超えてくる感じ。
Windowsでそうだし、Linuxでも同様だった。

ではATOM-D510MOはと、はかってみると、なんと49W程度と殆ど変わらない。
ただしATOM機ではHDDが2台でありi5のほうは1台という違いがあるため、実際は4,5W程度の差はあるのだと思われる。
またマザーボードの違いもあるし、電源ユニットの効率の差もあろう。
しかし比較できるほどに同程度なんだからすごい。

ATOMは2スレッドでi5は4スレッドである。
FSBが明らかに違うし、導入のためにソースからのコンパイルをしてみるだけでもその差が歴然としている。

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2011/02/22

KinectをPCで利用可能にする非商用SDKを今春公開

リンク: 【PC Watch】 Microsoft、KinectをPCで利用可能にする非商用SDKを今春公開.
素晴らしい。
有志によるドライバなどで遊べるのはもちろん素晴らしいことだと思うが、やはり開発元(販売元)によるドライバ・APIの正式公開に勝るものはない。
とりあえずは非商用使用限定とのことだがMMDは問題ないだろうし、この記事にあるリンクのようなジョークソフトも問題ないだろう。
もちろんそのまま動くわけではないが対応してくれると思いたい。

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2011/02/18

アマゾンアソシエイトの件

仕掛けがあると一度はやってみたくなるもので、アソシエイトというものをやってみたくなった。
登録はだいぶ前にやっていたのだが面倒だったので放置していた。
アマゾンさん的にはあまりいい客じゃ無いでしょうけど。

買ってもいないものを表示させるのはなんかいやなので、過去にアマゾンで買ったものを登録してみた。
記事で書いたのもあるものとこれから書こうと思っているものを。
記事ネタの備忘録にもなるからいいのかもしれない。
注文時に一緒にアソシエイト登録すれば良い感じのようだ。

そんなに重くもないし、とりあえず様子を見てみようと思う。
普段写真など貼ったこと無いので、画像が自分のブログにあるだけでなんか新鮮味があったり。

重いと言えばなんかツイッターのアイコンは重いことが多いので切らせていただきました。
よくわからないのですが、ツイッターやってないと意味ないボタンみたいだし。
なんでこんなの勝手につけてるんだかニフティーは。
消すのもなかなか見つからずに時間食ってしまったでは無いか。
ちなみにデザインの現在テンプレートの編集の、表示項目のうち、フッターの設定のリンクをポチって画面を出して設定します。

別にアフェリサイトブログにするつもりなんぞ微塵も無いので(つか、広告べたべた貼ってあるサイトはウザいから嫌いだし)これ以上は(一時的に以外は)増えませんし、飽きたら消します。

とりあえず最近こんなもんアマゾンで買いました的なところでご笑覧いただければと。

なんて書くとアマゾンさんに怒られるかな。
まあ、アフィのアカウント取り消しだけなら実害も無いからいいんだけど。

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2011/02/15

欧州メーカーは“斬新”なのか

リンク: Business Media 誠:日本の家電市場に、海外メーカーが“侵攻”している (2/2).
これの1ページ目はどうでもいい話なのだが、このページの言っていることは気に入らない。
ダイソンのサイクロン、ティファールの電気ケトルは愛用しているしデロンギのエスプレッソも欲しいと思っている。
しかしそれはデザインでは無い。

それはつきつめている実用性だ。
(まあ、それを広義でデザインと言えなくもないが)

私は国内各社の“サイクロン式掃除機”をダイソンのを買ってからも結構ウォッチしてきた。
しかし私には「何か勘違いしている」としか思えない。
実家でもなぜかシャープのを買っていたのだが「使いづらい」「手入れが面倒」「すぐ詰まる」と不満たらたらだ。
帰省したときに構造を見ていたのだが「なんでこんな手抜きをするのか」「なめてるのか」という気さえした。一種の憤りさえ感じたのだ。
一方である製品ではゴミ圧縮とかいろんなギミックを詰め込んだあげくダストカップが取り出しにくいとか・・アホか。

ダイソンのは極めてシンプルだ。
ワンボタンでダストカップが外れ、ゴミ袋のところでワンボタンで蓋が開きゴミ捨て完了。
あとは蓋を戻して本体にかちっと嵌めるだけ。
特段ややこしいロックシステムも無い。
だから掃除の後に必ずゴミを捨てる。
ゴミの腐った異臭からは無縁となる。
別に空気清浄機能も高性能フィルターがなくても異臭が起きえないのだ。
これが根本から物事を解決するというやつだ。

うたい文句通りフィルターには殆どゴミが溜まらない。
まあ、数ヶ月に一遍くらい気が向くとフィルターの汚れチェックをして水洗いをするだけ。
このフィルターも簡単に外せる。
水洗いも台所用スポンジをゆすぐのと同じレベル。
あとは本体につくホコリはは掃除機自身で時々吸い取れば良い。

次にティファールの電気ケトルに話を移そう。
これも実用性からだ。
国内の電気ケトルはお湯がでるところがきちんと締まるようになっており転倒してもお湯がこぼれることがない。
素晴らしい・・・・と思うだろうか。
こういうものを転倒させてやけどをしてしまうような小さい子供がいるご家庭なら判る。
しかしうちではそういう状況は皆無だ。

電気ケトル、というのはケトル=やかんの電気化。
やかんにいちいち口を閉める必要なんか無い。
ピーピーケトルというのもあったがあれば結構面倒な代物でものぐさな私は嫌いだ。
よしんば倒して火傷してもそれは自己責任、自分が間抜けなだけだ。
もちろん倒れやすい形状になっていれば別だが、それは低重心なものを選べば良い。
接触部の電極のバネは水が入っていないとケトルが浮いてしまうほど強く、水が入っていれば問題なく収まるほどに弱い。
つまり実にちょうど良い塩梅なのだ。

水をぶちこんで電気を入れて沸いたら片手でカップに注ぐ。
この当たり前の所作ができるのが、実はティファールだけだというのが悲しい現実だった。

他にも安物の電気ケトルもあったがどうにも作りがボロくてすぐに壊れそうだった。
一方で日本製は締まる機構がついていたりそのあおりで水を入れにくかったり、形状が悪く重心が高かったりと駄目だった。

一言で言えば「これ、自分で使ったことある?」と聞きたくなるような製品となっている。
自分が10年は愛して使い続け、壊れてもまた同じものを買いたくなるような製品を作っているのか。

他の記事にも書いたがレコーダーは一番それが現れる。
最近はどこのも悪化の一途だが、その中でもシャープのものは特に昔からひどい。
たぶん“お仕事”で作っているのだろう。
使っていてムカついてくるほどだ。
比較検討で各社の取説をサイトからダウンロードして読むが、読みづらく、時々何を書いているのか判らないのはこの会社のものぐらいだろう。

私がダイソンやティファールのを買ったのは記事にあるようなデザイン性の高さ、斬新さではない。
ごく当たり前のことをきちんとやっているか。
余分なものをつけていないか。
自分が使って本当に嬉しいのか。
ごく基本的な点だけだ。

それをきちんとやっていることが“斬新”と感じるのなら何か狂っている。

ただし、昨今の日本の製品はその点に欠けているように思う。

私は米国流の評価制度や人事制度、分業制度が害悪を引き起こしていると考えている。
分業は“仕事だから”感になりがちだ。
クリエイティブな仕事は分業してはいけない。
誰か一人か数人でやるべきだ。
実作業をする人は多人数必要かもしれないが、“やる”のは数人に限る。

そうしないと徹底的に突き詰めることもしなくなるし、それを否定すらされてしまう。
そして米国流の評価制度は日本流の突き詰めやこだわりを評価しない。
下手をすればそれを間接的に否定する。

過剰な計画も悪だ。
技術開発、基礎開発から綿密な計画性を持って開発をして、それをきちんと盛り込んだ商品を作らないと評価されない。
無駄は悪であり、無駄があったことを認めることは評価を下げる。
そうだとしたら最悪だ。
作ってみて結果として使いづらくなってしまったらその技術を“捨てる”勇気があるのか。
普通は無いだろう。“今”の評価のほうがたいがい大事だからだ。
しかし捨てなくては商品としてマイナスになる。

それが端的に表れていたのがSONYのCLIPONというレコーダーだ。
やりたい放題好きに作ったのがひしひしと伝わってくる。
たぶん仕様書を眺めたら「なんだこれは」と突っ込みを入れる人は必ずいたと思う。
しかし実際に使っていると実にスムーズで気持ちよいのだ。
自宅で使っては使いにくいところを修正していったのでは?と思わせる。

それがスゴ録になってやや落ちたかなと思ったがその次でもう悪化した。
その象徴がXMBというインタフェース採用だ。
そのあたりでPSX部隊が合流したと聞くがそこでおそらく開発体制がぐちゃぐちゃになったのだろう。
SONYの体制が大きく変わっていったのも同じくしている。
PSXも面白いしスゴ録も良いが、この2つを足して割ったらダメになるのは明らかだ。

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2011/02/14

電気自動車議論

最近EV、電気自動車がいいとの煽りのマスコミが多い。

私にはいいのか悪いのかはよくわからないのだが、いくつかおかしなところを指摘しておこう。

・燃費
いうまでもないが、ガソリンには本体同額の税金がかけられている。
そしてその税金を含めての消費税がかけられているという日本国内で最悪の重税を誇る。
その税金は基本は道路建設・維持のためであったが、どうも最近は一般財源に組み込まれたのでどこに使われているか判らなくなった。
当然ながら電気にはこの類の税金がかけられておらず異常に不公平である。

電気であろうと相応の重量と同様のタイヤを使用した自動車が走って道路を消費する以上は負担をしなければ不公平である。
それをどうやって徴収するのかきちんと議論しなければならない。
しかしその点に関しては全く無視しており、単純にガソリンの価格と電気の価格(しかも深夜料金を使うところさえある)で比べては明らかに不公正であろう。

・ランニングコスト
燃料以外にも自動車はランニングコストがかかる。
タイヤも摩耗するし時には洗車も必要だろう。
そういうのはともかくとして差が出るところを挙げておく。
ガソリン車ではオイルが必要である。
エンジンオイル、ミッションオイル(オートマではATF)を定期的に交換する必要がある。
またバッテリーも何年かに一度程度は交換が必要である。
一方電気自動車ではバッテリーの交換が必要なケースが多い。
ガソリン車のバッテリーはかわいいもので数千円程度だが、電気自動車ではその何十倍(何百倍?)だからその額は何十万円単位だそうだから年で割っても結構な額になる。
その差額がガソリンと電気の燃費差でまかなえるか、というところが焦点となろう。

しかしそこはごまかしている話が実に多い。
まあ、ブレが多いところでもあるから難しい論議なのだが、せいぜいトントンであって電気の方がまだ高いというところからごまかしているのではないかと邪推できる。

・ガソリン車の急速な燃費向上
昨今のガソリン高(こんだけ円安なのに!)があるのだろう。
購入者の燃費への注文は厳しいのではと思われる。
各社燃費が驚くほど良くなっている。
リッター20km以上走れるとするものがほんとに多いし、昔なら10の前半だろうものが10の後半だったりして驚かされる。
空力設計において、昨今のコンピューターの発達が設計段階で色々とシミュレーションできるようになったのは大きいのではと思ったりもする。
またタイヤ性能の向上もあろう。
初期のプリウスではタイヤの貢献度が非常に高いということはよく聞いた。
なんせ専用タイヤが高いかったのは有名な話。
当然その専用で無ければカタログ燃費はなかなかでないわけだ。
あとはカーコンピューターの向上を含めて燃焼効率の向上を図れているのではないか。
コンピューターによって非常に複雑なタイミングや複合条件での制御が可能になっているだろう。
センサーの向上もあるしこれらを使って最適条件での細かい燃焼制御を行ってガソリン消費をけちることが可能となっているのではないか。
パワーを出すところ、出す必要が無いところ。
昔なら両立できなかったことがコンピューター制御なら容易にできる。

いうまでもなく燃費は自動車のサイズや重量に大きく左右される。
電気自動車と比べるにあたっていまだに燃費がせいぜい15kmあたりのと比較していたりする。(しかもそういう前提条件は小さく読めないような字で書いていたりする)
電気自動車のサイズや装備からすれば、20kmぐらいで比較すべきでは無いのか、と思ったりする。

・航続距離
電気自動車の最大の欠点は航続距離だろう。
せいぜいが200km程度というから旅行には明らかに心許ない。
もちろん都心や地方でも大都市なら良いかもしれない。
200kmということは片道100km。それ以上は途中で燃料補給が必要と言うこと。
田舎ではかなり厳しいことになる。
しかも急速充電では80%程度しか入らない。つまり160kmとなる。
この点も知ってか知らずかあまり指摘されない。

・電気ステーション
ガソリンステーションに対して電気ステーション。
社会インフラの設備としてどうなるのか。
スーパーやデパートに配備という構想があるが、かなり無理がある。
都会のきちんと料金を取るような、しかも天井があるような駐車場がイメージでものをいっているのだろう。
しかし地方であれば砂利が敷いてあって線が引いてあるだけというところも多い。
その代わりおおかたは無料なのだが車止めさえもない場合が多いのに、どうやって充電設備を配するのだろうか。
電気なのだから雨ざらしでは駄目だろう。

そして各家庭で充電というが、野ざらしの駐車場を借りている人も多い。
自宅で屋根付き、コンセントがある設備を駐車場につけられる家がどれだけあるのか。
好事家のものの範囲ならいいが、現在の自動車の置き換えとなると想像が難しい。

・ガソリン、電気以外の論議は
たとえばディーゼル。
日本ではどうも嫌われているが欧州ではかなり普通。
まっとうなディーゼルエンジン車がなぜか皆無のが日本の現状なのが不可思議。
南米ではポピュラーになったエタノール。
まあ、農業事情の違いもあるから簡単に追随ができる話ではないが。
LPG等の液化ガス系はどうなのか。
燃料電池はどうなっているのか。
まあ、この辺が全部なくてガソリンvs電気になっているのが面白くない。
世の中には色々あるのだ。

・電気自動車は簡単にコモディティ化されるのか
電気であろうとなんだろうと、自動車である限り安全性は最重要課題である。
アクティブセーフティとパッシブセーフティ。
公道を走る以上はそこに抜かりがあってはいけない。

・電池交換方式は可能か
充電方式に対して電池交換方式がとりあげられる。
果たして電池交換という方式自体がユーザーに納得がされるものなのか。
電池というのは自己放電という現象がある。
簡単に言ってしまえば使わなくても電池自体で残量が目減りしてしまうことだ。
携帯電話とかなら数円もなかろうが、自動車なら何百円単位にならないのか。
現状の電池ではどの程度なのか。
”自分の電池”ならまだ自己放電で目減りしても納得するが、他人が使って使い古した電池がたまたま自分にあたってしまったら納得できるか。
そういう履歴をきちんと管理し運用する仕組みを作れるのか。

課題は山積みであることが容易に判る。

既に実用として電気自動車が存在し、運用されているのだから、そのコストをはじき出すのは可能なはずだ。
しかし、それをきちんと紹介している番組は見たことが無い。

当面はハイブリッド車を始め、いわゆるエコカーが主流となることは間違いないと思われる。
欧州でも昔から3リッターカー(100kmを3リッターで走れること)が目標となっていた。
既に夢物語では無く実際にプリウスは超えた。
Fitハイブリッドは30km弱となった。
今後他社の追従も行われていくだろう。
当面はガソリンの高騰との競争になるのでは無いだろうか。

石油枯渇が叫ばれているが、それはガソリン車だけの問題ではない。
むしろ石油関連商品、プラスチックやピニール、化学繊維などへの依存の方が危険だ。
強化プラスチックなどを含めて金属からの置き換えでむしろ依存は増えてはいないのか。
ガソリン車を減らすのはある意味必要な方向ではあるが、この点もリンクして考えなければナンセンスだ。
少なくとも国家規模で論じるのであれば。
いうまでもなく原油から一定量の工業原料(ナフサ等)を取り出せばガソリンも一定量が生まれるからだ。
ガソリンを発電設備で燃やして電気として自動車に配するより、ガソリン車の方が遙かに効率が良い。(当然CO2排出量は後者の方が少ない)

そこまで考えて始めて国家規模で電気自動車に移行すべきかということになろう。
そもそも完全に移行する必然があるのか、という理屈もある。
例えば大都市部だけ電気自動車を推奨するとかがある。
所得が比較的高く、高額な駐車場代金に抗って所有する経済力がある。
排ガス問題もあるし、充電設備インフラも比較的整えやすい。
バスやタクシーの電気化を推進する手もあろう。

もっと正しく物事をとらえて報道してほしいものだと思うし、きちんとした議論をして欲しい。

地球温暖化議論をみていると同様な危惧感をどうしても感じてしまう。

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2011/02/11

kinect+MMD

ふとkinect+MMD(MikuMikuDance)のことを思い出していれてみようと思い立つ。

とりあえず検索して最初はここのサイト→水おいしいです^o^: Kinect(キネクト)でMMDでニコ生 導入と使い方でやっていたのだがうまくいかず。
エラーが出てハマる。
NiSimpleViewerで撮影映像はるのだがNiSimpleTrackerが動かない。
エラーメッセージを頼りに周辺の情報をみるが悪化したりする。
当然再起動などしてみるが駄目。

仕方ないのでエラーメッセージも元に再度色々検索してみる。
MMDは関係なく、まずはKinectをWindowsで動かすというレベルで調べてみるとここのサイト→まとめ?ブログ Kinect1 -OpenNI導入-を発見。
一度全部アンインストールしてから(ドライバも削除する)、ここの手順に従いやってみる。
うまくいかない。ふと下にあるコメント欄をみるとまったく同じ症状。
同じ対処法をしてみる。
要はパッケージのバージョン違い。

また全部一度アンインストール&ドライバ削除してから全部インストールし直す。
ようやくTrackerが動き一段落。

アンインストールは結構面倒なので復元ポイントを設定してからやったほうがいいレベルかもしれない。

・3つパッケージがある
・2つのところで作っているものの組み合わせ
ソフト自体はまだ不安定でバージョン同士の組み合わせでうまくいかないとかが起きる。

あとはVCのパッケージの問題とかあるようだ。
ただ、再配布可能ランタイムが含まれているのでそれを使えば良い。

ここまでいけばしめたもの、ということで最初のサイトに戻る。
Kinect用のDLLをいれて起動するとMMD最新版が必要とのエラー。
最新版に入れ替えて動かす。無事起動。
kinectにチェックを入れてもエラーが出て動かず。

気分転換に珈琲を飲んでいると「管理者権限として実行、してみたら?」と脳内で囁かれたのでやってみると見事動いた。
(うちのPCはVistaである)
チェックを入れてからしばらく何も反応がなかったので不安になるが、前のようにエラーはでてこない。
チェックを確認するとちゃんと入っている。

しばらくすると右上に小さく自分のシェルエットが表示された。若干時間がかかるようだ。
Kinectの方を見るとなにやらカメラ動いているのがわかる。(初期動作?)

サイトにあるように“山”のように手を曲げてやるとキャプチャリング開始。
画面上のキャラクターが自分の動きに合わせて動くようになった。

どっかの動画にもあったがPCを操作して止めるのは実に間抜けな感じ(止めるまでの操作もカメラ内に入っていれば当然キャプチャリングされている)なのだが、それを自分も余儀なくされるというのはなんとも苦笑してしまった。

というわけでめでたしめでたし。

XBOXでも自分のアバターが自分に合わせて動いたりするのだがあまり面白くは無い。
任意のキャラが動いてそれをモーションとしてキャプチャリング(保存)できるとなると面白い。

続きを読む "kinect+MMD"

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2011/02/07

'11年発売のBD機器はアナログ出力をSD解像度に制限

リンク: '11年発売のBD機器はアナログ出力をSD解像度に制限 -AV Watch.

以前から話は聞いていたがとうとう具体的にでてきた。

BDが絡んだコンテンツはアナログではSD解像度でしかできない、という制限だ。
つまりはコンポジットかS端子か480iかということらしい。
DVDでは480Pなんだからそこまでは譲歩すればいいのにと思うのだが(笑)

細かくいえばHD画質でもHDDに録画したものはHD出力できるそうだ。
しかしBDに録画したものや、BDからHDDにバックしたものはSDになる。
DVDにAVC録画したものもHD出力はできない。
なんとも消費者にはわかりにくい話である。

松下はそんならもうD端子はなくしてしまえということでこれは英断だろう。
こんな中途半端なわけのわからない仕様ならば、もう使えない端子と考えてとってしまった方が楽だ。
その上でとった理由を大いに説明宣伝した方がよい。
端子やアナログ出力回路を削減できるからコスト的にも安くなる。
チップの端子も減るし(たぶん10ビット×3色で30本と同期信号がなくなるのでICのサイズも一回り小さくなるレベル)、基板も回路としてもすっきりする。
アナログ回路としても神経を使う部分なので意外とコストがかかっている。
システムとしても信号切り替えも不要になってすっきりする。

まあ、米国でもHDMIが必須だったりしてHDMIでやれということなのだろう。
日本ではHDMIがつき始めたのは地デジが始まったあたりだったはず。
ブラウン管でHDMI対応というのは日本では皆無だったりする。
それ以前はD端子(コンポーネント端子)しかなかったわけでまだ現役のテレビもあろう。
もうちょっと待ったらどうかも思う。

一方でHDMI付きが普通となりHDテレビが十万を切っているのが普通になった市場の実態もあろう。
そう考えれば買い換えろということなんだろうか。
それでも我慢できない人は猶予ということで今年中に去年発売モデルを買い集めておけ、ということだろう。

アングラ的にはアナログではBDからPCにコンテンツ保護なしで比較的簡単に移されてしまう、という実態もあるのだろう。
アナログでのコンテンツ保護は信号に乗せているのでそれを認識するというのが前提で、はなから無視してしまえば比較的簡単だからだ。
もちろん“正規”メーカーは保護をきちんと処理するが、ややアングラなメーカーならそんなのを無視してして設計をしてしまえばよい。
そしてそういう機器の存在は色々物議を醸したが、結局状態が変わっていないところをみると法的には何も手が打てないということなのだろう。

アナログでは汎用部品で回路を構成できるので(がんばればICを使う必要すらない)コンテンツ保護とは無縁な世界だ。

一方のデジタルでは特定のメーカーがコンテンツ保護を前提として専用のICを作るという形をとっている。
そのICメーカー自体がコンテンツホルダーや家電メーカー等と結託して協会を作り、ICを作っているわけだから、コンテンツ保護をするのは身内の利益と同意義である。
規格ビジネスや特許ビジネス、ICの独占販売などうまみが大きい。

家電メーカーも含めてきわめて厳密な管理が行われており暗号鍵の流出は大問題となる。
法的には制裁はないが、下手をすれば自社でHDMIを使った機器を作れなくなるのだから死活問題なのは同じだ。
大手ならば例えばBD機器で問題起こしてもテレビや携帯、PCにまで話が及ぶわけで全社的な大問題となろう。
むしろデジタルレベルで破られるのはBDメディアから読まれる方ではないかという感じではないだろうか。

それにしてもメインストリームとしてアナログの映像処理が消えるわけでなにか寂しい感じがするのと、アマチュアが手をだせないものになってしまうことが寂しいというか敷居が高くなってしまっておもしろくない。
信号処理としては簡単になるのだが隠蔽された(暗号化という)ために扱えないことになる。
ただこの影響を受けるのはコンテンツ配布されるものだけで、たとえば写真や自分で撮ったビデオなどでは該当しない。
こういうもので遊ぶ分には問題ないわけではある。

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2011/02/06

コースター転落死問題

ことの顛末は毎日新聞に詳しいので引用してみる。
遊具機器側にも安全確保システムとして疑問があり、それをカバーするために目視による確認が必要とされていたようだ。
手でバー確認は客の苦情でやめた、という論点で、少し変えて記事が書かれており興味深い。

リンク: コースター転落死:手でバー確認「客の苦情でやめた」 - 毎日jp(毎日新聞).

ドイツから輸入したインタミン・ジャパン(杉並区)が00年3月ごろに渡した文書とみられる。捜査1課などによると、仕様書には「目視した後、不確実と映る場合は手で触って確認したり、修正を行うよう係員に指導してください」と記載されていた。

「ロックされているかどうかは目視した後・・」ということなのだろうがロックの有無を目視で確認できるか疑問だろう。
それを逃げるために「不確実と映る・・」いうように曖昧な言葉で説明している。
仕様書の記述としては疑問符がつく。
「表示器が赤から緑に変化したのを確認して・・」とかそういう明示的な表示するべきであろう。
もちろんそういう機構がないからごまかしでこういう記述となっているのだろうと推察できるし、購買側はそこを突っ込まないといけない。

 東京ドームは01年2月作成の運用マニュアルに手による確認方法は含めていなかったが、当初は口頭で必要性が引き継がれていた。だが、会社関係者は「最近になってやめた」と説明したという。

 バーは乗客が手前に引き、ロックがかかる仕組み。係員が押して確認する場合、下腹部に痛みを感じた乗客から苦情が出ることがあったという。

苦情と書いているが実際にはトラブルに至っているのではと邪推する。
ナンセンスクレームの類にしか思えないのだが。
根本はロックされているかが曖昧な基準だけというのが招いてしまったトラブルだ。
押して確認するという方法自体に問題が存在していることを示している。
基本は搭乗者当人にレバーを下ろさせ、ロックさせているという。
だからそのロックも目視で明確に十分な確認ができる方法でなくてはいけないということになる。

 事故では羽村市の会社員、倉野内史明さん(34)が高さ約8メートルから転落死した。バーが掛かっていなかったとみられている。倉野内さんは体重130キロ以上と大柄で、女子大生のアルバイト係員は「バーをちらっと見たら締まっているように見えた」と話しているという。

係員によれば「締まっているように見えた」のだから問題はないという言い方もできる。
要するに係員になんら責任はない。
それでも事故は起きたのだから不十分だろうという言い分もあるだろう。
しかし「目視して不確実と映」らなかったのだから仕様書に書かれた運用方法として問題はないとも言える。
そうすると機器側の不備を問われるのだがそれをやろうとしないから係員に責任を負わせようとしているのだろう。。

  捜査1課は、係員らへの指導やマニュアルに問題があり、その背景には安全管理の意識の低さがあったとの見方を強めている。【山本太一、内橋寿明】

意識の低さという点では運用よりも導入時の問題にあろうと私は考える。
どうも日本の警察や検察は人間側のミスをことさら取り上げて問題視する。
典型的なのは自動車事故だ。
明らかにヒューマンエラーを誘引する(回避し得ない錯覚を招く:道路設計等の明確な問題)ような状況でも「運転者がもっと注意していれば・・」といって責任を運転者に求める傾向がきわめて強い。
まあ、それはとりあえず本論からそれるから止めておく。

責任はどこにあるか、といえば、このような安全確認が困難な機器を導入を決定した人にある、と私は考える。
そういう意味で会社としての安全管理の意識の低さがあるとはいえるだろう。

ロックが装置自体の目視で曖昧にしか確認できない、という時点で不備がある、という認識を持つべきではないのか。
現場の指導やマニュアルに問題がある、という論は現場への責任の押しつけだと私は考える。
それよりも問うべきは導入するにあたっての機器側での最低限の安全確保、の基準だろう。
当然、遊具としてはおもしろいかどうか、が重要であることに異論はない。
しかし安全面での配慮がどれだけあるのか、実際の現場の運用でどこに問題が起きえるか、そこまで考えを及ぼすべきだろう。

なにせ、押して確認する、という方法で客とのトラブルを実際に起こしているのだ。
どうしてもそこはリスクを承知でというのであれば、その苦情に対応する方法やフォロー(迅速に責任者が対応して現場の滞りを防ぐとか)のシステムはきちんとできているのか。
客は苦情を言い出した時点で係員が何度謝っても収まることはない。
安全管理の意識というならばそこまでやらなければ現場がきつくなるだけだ。
実際に度重なり、現場ではフォローしきれないのでやめてしまえ、と麻痺してしまったのではと推察する。
麻痺した判断を問題視したがるが、それは違うと私は考える。
麻痺に至らしめたことが問題ではないのか。

くしくも、興味深い声をとりあげているので引用する

倉野内さんの上司は「我々もものづくりをしており、安全バーが掛からないまま動く遊具なんてありえない。乗客が異常を感じれば知らせられるように警報装置を付けるなどの手段があったはずだ」と憤った。

私個人としては記事としてこの締め方はなかなか興味深い。
とかく新聞は運用や人間がきちんとやっていれば問題は起きない、という論調になりがちだ。
世の中の人間のほとんどがそう感じているようでもある。

しかし機器側できちんと対応していれば防げる部分も多い。
この場合は異常を感じたときの警報装置というところを取り上げている。

私はロックの時点できちんとされているかを示す表示装置をつければよいだけではないかと思う。
全部ロックされていないと発進できない、とまですると大掛かりだが、例えばシート単位でロックされていればランプが赤から緑に変わる、という比較的単純で簡単なものでいい。
もちろん運用上は全員が降車したとき(ロックが外れたとき)は赤であり、発進前には全部が緑であることを確認してから、ということは必要だろう。

たったこれだけでもかなり運用上が楽になる。
注視しなくても容易に確認ができるし、仮に赤になっていれば、指でさして「そこのお客様、ロック確認お願いします」といえば済む。
結果として今回のような事故も回避できたはずだ。

これは以前に書いた「エスカレーター事故」問題と似ていることが多い。
ちょっとした安全装置・配慮が助かる。
ものづくりというのはこういうところへの気付きだと私は考える。
とかくグローバルとか競争とかでそういうことがおざなりになっている。
そこまで話を広げるとこれも数日前に書いたレコーダーの話ともつながってくる。

ちょっと前までは日本の製品はこういう気付きをなんともなしにできていたので慣れて普通に思っている人も多いだろう。
そういう気付きまでかまっていては世界でグローバル商品として闘うことは不可能で、いつの間にかどんどん削られてくる。
しかも良くも悪くも管理が厳密で厳格になっており、分業化も進んでいるから担当レベル采配で“こっそり”入れることが困難になっているのだ。
そして日本だけ例外ではないからグローバル商品が日本にも出回り始めるだろう。
なぜならほとんどの人が「グローバル化」が正しい、よいことだと錯覚しているからだ。
「これからは国際社会で闘うために変わっていかないと駄目だ」と錯覚しているからだ。
私にはきわめて疑問なのだが。
そういう時代になる場合、売る方も、使う方もそれなりに覚悟が必要だ、ということは言えるだろう。

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2011/02/05

パスワードの定期変更という“不自然なルール”

リンク: パスワードの定期変更という“不自然なルール”(3/4) - @IT.

私自身もずっとこの慣習の“起源”について(おぼろげながらだが)ずっと疑問におもっていたのだが、その理由について書いてある。
一説というレベルだろうが一つの理由付けということで書いてあるのは初めてみた。
現在ではCPUパワーも違う(つまり解析できるまでの時間が違う)わけだし、この記事に書いてあるとおりに半年とかそういうレベルで定期的にとなると疑問に思っていた。
簡単なパスワードにしてしまうというのはその通りだし、記号を交えるといいと聞くし、理解もするがそれをすると記憶が難しくなるために使えないのが実態だ。

他にも会社などでいわれている慣習が家庭でも同様に言われている慣習がある。
それは「パスワードをモニタにはるな」である。
モニタにはると不特定の人、所詮は仕事でのつながりのある他人が目にするような会社という環境では容易にそのパスワードが盗まれるから、管理者が貼るなといっているのだ。

昔はPCといえば会社ぐらいでしか使わなかったがもう家庭にあっても当然の時代になった。
はっきりいえば自宅(特に自室)ならばパスワードをモニタに貼ってもかまわない、というかむしろ貼れ、である。
その代わりパスワードは強固に難しいものにするのが前提である。

記事には難しいことをいろいろ書いてあるが、ぶっちゃけていえば、破るのも一瞬(半年とかいうスパンで考えればだが)、一度破られればあっという間に悪事は完了してしまうので、定期的な変更はあまり意味がないということだ。

もし意味があるとすればそのシステム自体に問題があり、認証の方法をもっと考えるべきだということだ。
IPアドレスやMACアドレス、起動時になんらかのツールでそのPCが起動したことを通知認証をするとか、PCに個別IDを埋め込んでしまうとか、たとえばUSBキーを使う方法もある。
異常なトラフィックを生じさせているPCを監視できるシステムがあれば盗みだしなどに対して効果があるだろう。
できる限りの複数の手立てを考えればよい。

そもそもパスワードを破られにくいものにしたほうが確実に防御壁は強固になる。

不特定の人間(知人レベル)が出入りするリビングのPCがあるとすればそれは会社同様だからするべきではない。
ワンルームとかで同様であればそれもやるべきではない。
しかし自室で自分とせいぜいが信頼できる家族が目にする程度であればモニタにパスワードを貼ってなんの問題があろうか。
(もし問題があるのなら家族との信頼関係を深めるか、やめておけばいいだけだ)

それよりもネットワーク上でクラックされる危険性の方が遙かに高い。
ルーターを挟んでいればまだしも直接(PCによるPPPoEや携帯)でつないでいる人は意外と多いようだ。
(イーモバイルを除く)携帯ではポート制限が厳しいためにむしろ安全といえるが有線だとISP次第となり大概が制限がない。
これはたとえばサファリの中を無防備で歩いているようなものだ。
実際に、たとえばXPだと全くパッチを当てていない状態で回線をつないで30分も放置していればなんらかのマルウェアやウィルスが入り込んでいる、という実験をした記事も見たことがある。
そのまま動いてしまうのか、一度再起動すれば稼働し出すか、というレベルなんだろうが酷い状態なのが実態らしい。

使用者に一番近くて、ネット上の犯罪者に一番遠いのがモニタの前に貼ってあるパスワードだ。
使用者が入力しない限りは流出することがない。
ちなみにPCに貼っておいたらWebカメラでパスワード流出したという笑い話があったので注意。
PCが映ることは意外と頓着しない一方、モニタが映ることは避けるだろうから安全性が高い。

余談になるのだが私の勤務先ではもっと馬鹿馬鹿しいおふれがでたことがある。
メールのパスワードをメーラーに記憶させるのは禁止でかならずそのたびに入れろ、ということだ。
理由はパスワードを忘れないように、ということだったが噴飯ものだ。
おそらくはパスワード更新時期(これも半年に一回必ず変えろというポリシーだった)に“忘れた”申請が殺到するからそれに業を煮やしたのだろう。
しかしその更新が必須にしたままで半年という短期間なことに疑問を持たず、さらに使いづらくITの活用を抑え込む方向での施策を打ち出したのだ。
(ちなみにさらに忘れた申請には上長のハンコが必要になっている)

割と自由だった時代には5分おきぐらいにメールチェックをして別室(別棟)での作業報告・指示を逐次したりとか、人間ではなくPCに機械的にメールを使った測定・監視システムを構築したりもしていた。
しかしこの規定を厳密に行えばそんなシステムは5分おきにパスワードを入力するという必要があり、というか、そんなことは現実にはできないので、メールシステムを流用してはできなくなる。
まあ、いまはIPSocketを直接叩いてやっているのでいいのであるが。

もっといえばIT化(昔はOA化といったが)によって書類事務(特に金銭と他部門認証が絡む決済等)は確実に複雑化・煩雑化している。
ペーパーレスどころか使用する紙は確実に増えたし、ペーパー書類管理と端末入力の二重化となり時間がかかる。
また、結果として末端に細かい予算(金銭)管理まで押しつけてきている。
もちろん管理させながらも信用はしていないわけで経理部などもチェックということで実態は二重にやっているわけだ。
本来業務に集中させる仕組みを作るのがIT化であったはずなのに双方で業務を増やし、むしろ逆行しているのが笑うしかない。

OA化というのは元々Office Automationの略でオートメーション、つまり工場のラインのようなもの。
自分の担当さえきっちりやればベルトコンベアよろしく次のところに自動的にまわって完了するイメージだったはずだ。
ところがそんなポリシーはどこへいったのか。

昔は書面を持って回ればよかっただけなのに、今は端末を叩いて管理して調査して、その上で書面を持って回っている。
だからITなどという漫然とした名前に変えたのではないのかといぶかしんでいる(笑)
ITならPCを使わせていれば目標は達するからだ。

パスワードの定期変更などはそれらの積み重なった無駄の氷山の一角といえる。

もっといえばそういう積み重なった無駄を切れないで動きが悪くなっている。

当たり前だが一方で急進する国々にはそんなもんがない。
IT化しているのが当たり前だから、端末を叩けば終わりだ。
そんな手足に重りをつけられた状態でそういう国々と競争しろというのだから大変なのは至極当然な話だ。

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2011/02/03

7notes for iPad

リンク: 【大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」】 ジャストシステム創業者が30年ぶりに挑戦した新たな日本語入力システム ~MetaMoJi・浮川社長に7notes for iPadの狙いを聞く.
自分の実現したいこと、その仕事をやるために会社を作った、という浮川社長ではあるが、こういうものを作ってしまう胆力には感服する。
一見たいしたことないように思えるが、実際に技術的にやっていることはとんでもなく高度なことだ。

そもそもとんでもなくガラパゴスな仕事であることは否めない。
すでに欧米、というか英文字の類を使っている国々では手書き自体が死滅しており、手で文字を書くのはサインの時ぐらいらしい。
表音文字であるが故に文字への固執というのはあまりないこともあろう。
なんでも筆記体というもの自体が死滅しており、読めない人も多いという。
もっとも日本でも草書体を読めない人が普通であるから似たようなものなのだろう。
(だから日本の学校で筆記体を学ばせるのはナンセンスという話題だった)

しかし日本では文字を手で書くことにこだわる文化はまだある。
一年に一度しか年賀状を書かずとも、そのときだけは自筆で一筆加えたりする。
それはご老人だけではない。
手書き文字を暖かいと感じる人は多いし、一時期だが高校生の間で、メールを文字入力ではなく手書きをしたものを写メで送るなどという、なんとも私には思いもつかないようなことが流行ったこともあるらしい。
未だに筆ペンを習う人は多いらしいし、書道というものも廃れるどころか、高校生書道大会やら映画になったりとマスコミの煽りであることを差し引いても注目を集めていたりする。

私自身も文字を書くことは、こうやってPCに向かって文章を打つこととは違った感覚を得ることができる。
まだまだPCでは自由に思い通りに図面や文字レイアウトをすることは簡単ではないせいもある。
ホワイトボードやでかい紙に向かっていろいろ書き連ねて発想を広げたり纏めたり整理したりする。
A3ぐらいの紙に向かってシャープペンシルで書けば、それはPCでいえばだいたい4kx2kくらいの解像度に相当するのではないだろうか。
PCにいいところもたくさんあるが、紙に向かって書くこともいいところがたくさんある。
今回のこの試みはその中間あたりにあるのかもしれない。

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2011/02/02

Microsoft日本法人

リンク: 「Microsoft日本法人と呼ばないで」~日本マイクロソフトへの社名変更にかける意気込みとは? -INTERNET Watch.
一般ユーザーとしては言いたいことがたくさんあるわけで。
とりあえずむしろ最近悪化していることについて言及したい。

・日本語IMEの質の劣化
XPの後期あたり、そしてVistaで決定的にひどくなった。
なんでも日本の技術者ではなくて中国あたりに外注しているという。
それじゃあひどいものになっても当然だろう。
嫌がらせかと思うくらい品質が悪いし使い勝手が悪い。
もっとひどいのは言葉を知らない(辞書がひどい)こと。
「なぜか変換できない」というのは某巨大掲示板でのわざと誤読をしてのネタだが、間違っていないのに変換できない言葉に直面するのは珍しいことでもない。
思わず自分が間違っているのではとGoogleで検索してあっていることを確認し、そっからこぴぺして貼り付けたりする。
なにをやっているのやらと。

・日本語サイト情報のひどさ
英語情報を機械翻訳したようなサイト、というのは日本法人サイトの情報のひどさを揶揄する言葉だが、MSKKでは平気で機械翻訳した情報を貼り付け、それを恥ずかしげもなく「機械翻訳です」といい、だからひどいのは当然みたいにしていて平気なのだ。
そりゃあ最新情報は仕方ない部分もあろうが、機械翻訳を当然に思ったり、ちょっと深く情報を取ろうとすれば英語サイトに飛ばしたりとひどいものだ。
挙句の果てにリンクが切れていたり、知ってか知らずか関係ないサイトに飛ばされたりするから始末が悪い。

・日本語ヘルプのひどさ
まあ、これは原文の英語からしてひどいのだから日本法人だけをせめるのはかわいそうかもしれないが(笑)、日本語化してそれをさらに劣化させており、もう何を書いているのか理解しがたい代物になっている。
まさに「日本語でおk」レベルだ。
目次もひどい上に索引もなく、検索もまったく引っかからない。
なんか独自のBeingとかいう検索エンジンを使っているようだがいい加減にユーザーを人柱にするのはやめて欲しい。
いっそあの検索ボックスはGoogleの外部サイトへの検索バーにしてくれたほうがよいのではと揶揄したくなる(しかし本気でそうしかねないから怖い(笑)。まあ、独自の検索エンジンは意地でも続けたいようだからないか)
関数すらヘルプよりもGoogleで検索して一般人のサイトを見たほうがはるかに正確で情報量が多く、わかりやすいというのはいかがなものかと思う。
これも「日本語でおk」レベルで、あれは日本人が書いているとはどうも思えない。

あとはMSWordのひどさは言うまでもなく、日本ではExcelをワープロ代わりに使う人が実に多い。
文書なんだからWordを使え、と怒る人もいるが、使いにくい上にレイアウトをすぐに勝手に崩す。せっかく作ってもバージョンごとにずれを平気で生じさせたりと安定しない。
もっとひどいのは画面上で完璧にレイアウトしてもプリントアウトすると破綻する。
MSOfficeのほかのでも同様な部分はあるがとりわけWordは酷いし、修正の苦労が半端ではない。
わけのわからない挙動をするから文書作成時間を計算できない。
ビジネス用途には致命的な欠陥である。
さらには相手に送ってまともに表示できるか怪しいからPDFで出力してから送ることになる(今はそういうアドインをMSが用意しているから笑える)。
そんなもんを苦労して習得しようなどとはそんな暇は持ち合わせていない。

だからこそ卑下した言い方で日本法人と馬鹿にしているだけのことだ。
現地向けにきちっとローカライズする。それができてこそ、ただの出先機関・日本法人を脱却したことになるわけで会社名なんかどうでもいいことだ。

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2011/02/01

RyomaX

リンク: 【小寺信良の週刊 Electric Zooma!】第499回:リビングのAVを再定義する、RyomaX「RY-MA1」 -AV Watch.

再定義というから期待したが内容を見るとがっかりした。
どうも私の考えている再定義とはかけはなれているようだ。

再定義といえば携帯電話を再定義したというiPhoneが筆頭だろうか。
いろんな技術的制約やら積み重ねてきたものをいったんとっぱらい改めて考え直して設計をしてみる、ということだと思う。
なんでこんなことをやるかといえば携帯電話はこうでなくてはいけない、とか、昔は技術的制約でできなかったが今はできるようになった、のだが、いつのまにかできないのが当たり前と思ってしまっていたりする。

なにががっかりなのか書いていこう。

リビングのAV環境といえばこの一台で完結するわけが無い。
まずテレビ。これとの関係が希薄だ。
この機器がアンプとなってスピーカーをつなげるのだが、そのスピーカーからテレビの音声を出す方法が無い。
HDMI経由、つまりARCを使ってテレビの音声をこの機器に導きアンプとするという解が妥当だろう、が、そういう提案がない。

結局AV環境ではなく、単にアンプ内蔵のレコーダーを作ったに過ぎない。
実につまらないし、狙いがニッチに過ぎる。
ミニコンポやアンプ付きスピーカーセットを購入したほうがよっぽど融通が利く。
いきなりオーディオに飛ぶなどと言っているがそんなことはなく選択肢はいくらでもある。
下はPC用レベルから結構いいものまでアンプつきや外部でセットで販売提案がある。
拘らなければレコーダーとTVはHDMI、TVから光(SPDIF)でアンプ接続で完結する。

ラジオ対応もこれではなんだかなあ、である。
ラジオは今はめんどくさいデバイスになっている。
うちのAVアンプはラジオが付いているがほとんど使わない。
窓にアンテナとか小型卓上アンテナとかうざったいにも程がある。
使うときに繋ぐのも面倒くさい。
内蔵だと窓から遠いのでそれもダメだ。
録音できるとは言うがいまどきタイトルが自動で入らないのはダメだ。
ClipOnを買って以来、自動で入らないようなシステムは興味すらわかない。
ネット接続ができるのにそれが何も活用ができていない。
ネットラジオ対応というが radiko対応ならともかく、MELINKとかいうサービスの対応ということだ。
失礼だが何年持つのだろうか。
世の中に大量にあるPCやスマートフォンに対応し、ラジオ各社が協力するradikoはもしかしたら次のメインストリームにすらなる期待があるが、MELINKに期待するのは人柱願望としか思えない。
radikoは当然電子番組表も配信しているわけだがMELINKはどうなのか。
再定義とかいうのならネットに繋げばラジオが聞ける。録画も番組表からワンタッチ、携帯プレイヤー用にはIDタグ付き(かファイル名)でSDカードへの自動ダビング。
こんぐらいはやってくれないと気を引けない。

もっといえば音をフューチャリングしながらCDに対する対応が皆無。

ぶっちゃけていえばラジオとアンプ内蔵のレコーダー、という域を脱していない。
いったい何を(誰を)狙っているのか不明だし、記事で言っている意味がわからない。

GUIも質実剛健で見た目の派手さは無いが軽快かつ親切で使いやすい、とかいうのなら期待する。
が、記事では一切触れられていないどころか、メニュー切り替え時に異常な遅さが感じられるというのでは話にならない。
ベータ版とかそういう話とは思えない。

それにしても残念だ。
最近のレコーダーはひどいものばかりでうんざりする。
コストダウンとかでチープになる一方だし、動作も緩慢だ。
久しぶりにソニーのXMBを見たがあれはパチモンだ。
昔のXMBはPS2のEEを使っていたという触れ込みだったが期待に違わずまさに飛ぶような高速動作だった。
XMB自体はあまり褒められた体系ではないがそれを補ってあまりある動作速度の爽快さ。
なんかPS3でTorneで高速動作ということは言われているが、それと似たような話だ。
それが今のは形だけXMBで爽快感が無い。
ドライブの動作速度もBDになって今までのデバイスも全部サポートとかのためか緩慢この上ない。
いっそDVD-R/RW/BD限定設定にすれば高速になる設定とか出来ないものだろうか。私にはRAMとか+とかいらない。

以前にも書いたが起動も緩慢だ。速くするには待機電力の増加を余儀なくされる。
電力は我慢しても夜中でも電気を食って発熱してファンを回されてうるさくなるのでは腹が立つだけだ。
学習するなり(SONYはそういう気持ちはあるようで偉い)設定ができるなりすべきだ。

で、結局はUSB-HDD録画でいいや、とかいう話になってしまう。

ついでだから書いておくとダビングは難しい。
なんでもっと簡単に出来ないのか、と思う。
DVDの時はDVDの制約上もあり非常にわかりづらかった。
CPRMという複製制御の規格もさらに拍車をかけて混乱させた。
技術的限界ではなく著作権保護のための方策のため理解が難しかった。
結局それをうまく隠蔽して解決できる提案を出せないままBDの規格に移った。
だいぶ制限が少ないので分かりやすくはなったもののまだすっきりしない。
難しいというのは初心者のための言葉で、別の言い方をすれば煩雑で面倒ということだ。
例えばディスクの半分だけつかってTSのHDD録画からなるべく高画質に自動計算でダビングする方法を呈示できるレコーダーは皆無だ。
(全部、なら普通に出来るが)

別の言い方をすればレコーダーにはまだやるべき課題が山積だ。
シニア時代に移ろうかというのにシニアどころか普通の青年にも理解に苦しむ煩雑さがある。
DVD/BDの両方のサポートに加えデジタルのできることの増加、テレビとのリンク、(私には無意味と思える)付加機能の増加、整理されぬまま肥大化する機能。

いまこそ再定義の時代だと思うのだがどこもやらない、できない。
おそらくは不景気に伴うコストダウン圧力、人員削減を含めた技術力の低下、企画段階の貧困な発想、事なかれ主義、そして成熟して変に凝り固まった体制。
いろんな意味で末期的状態なのではと思ったりする。

さらにテレビ側に録画機能がついたおかげで専用機は売れにくくなる、だからさらに安くしないといけない。
いや、レコーダーが売れなくなってきているからテレビにマギレを求めているのか。
テレビへの複合は基本機能すら省略されており、メニュー体系がテレビの延長であるため使いづらいし無理がある。
取説を見て想像した範囲だが、私は使いたくは無い。

どちらにしろ状況は悪化している。
だからjこそ再定義と見て期待したゆえにがっかり感は強かったのだ。

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