« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010/08/21

キヤノン、SED断念か

リンク: キヤノン、SED開発子会社の「SED」を解散 -AV Watch.

今回の解散にあたりキヤノンでは、「近年の薄型テレビの価格は想定以上に大幅かつ急速に下落し、適正な採算性を確保してSEDを事業化することは困難であると判断した」という。

とうとう決断となってしまったか、という感。
昨今の不況、円高による事業悪化も無関係ではあるまい。

SEDパネルの研究開発は、キヤノンで継続していくという。

とはいうものの、事業を見据えた開発とはならないわけで他への基礎技術転用などが目的となるのだろう。

SEDは素性としてはよいものの、価格的に合わず事業として断念したということらしい。
以前より指摘されていた欠点を解消できなかった、というのもあろう。

・小型化困難
一番大きいのはプラズマでも苦戦している(というか諦めている)部分である、小型化が出来ない、ということが大きいであろう。
もし小型化をするとフルハイビジョン(1980x1080)ではなくて1280x720クラスに落ちてしまう。
50型が中心で、40型だと難しい、となると価格的に折り合わなくなる。
液晶が小さければ安い、大きければ高いというごく当たり前の価格体系を苦も無く作れるのとは対照的だ。

・プラズマの苦戦
プラズマがテレビ事業の中で苦戦しているのもあるだろう。
プラズマとSEDの特長は割と被っている。
液晶との対比の中でSEDの特長を浮き出させるのは難しい。
プラズマも比較的高級路線を打ち出していて、値段が液晶よりも高い。
プラズマの中でもさらに高級を打ち出したパイオニアKUROは事業としては失敗し、パナソニックに吸収された。
それよりも高級路線となろうSEDが事業として成立するか、というと大変困難であろう。
パイオニアが一定の支持を受けていればまだしも、不況のさなかではなかなか支持数が足りなかったのだろう。

・3Dテレビの事業化
液晶は以前より比較的3D対応には適していた。
プラズマも改良によって対応をできるだけのパネルを作り上げた。
当然ながらSEDもその要求がでよう。
3Dテレビではいわゆる倍速駆動ができないといけない。
要するに一秒に60枚が通常のところ、120枚の表示をする必要がある。
これはSEDにとってかなりきつい要求だと思う。
(もしくは倍密度にする、ということもあろうがそれはもっと無理であろう)
一方で高級路線であれば必須ともいえる。
今現在はともかく、多分数年後にはそれなりに普及していると思われる。
3Dなんていらん、と思うのは価格差が高いからであって、本質的にいらないということではなかろう。
価格差が現在よりは少なくなっているのは間違いない。
この流れも事業化断念の理由ではなかろうか。

・シャープの新技術
液晶の欠点をかなり解消しているのが大きい。
クアトロン、という技術は単なる技術項目の追加ではない。
それよりも従来の“液晶特異の絵作り”からの決別が見られるのが大きい。
UV2Aというだけでもかなりよいのだが、それと比較してもクアトロンの採用機種は絵作りがかなり違っている。
高コントラスト(黒の沈み)、色の豊かさ、明るさ、これらがもう十分と考えて液晶のアラが見えるような調整はやめている。
単純に言えば、暗いから色とかを犠牲にして明るく見せる、というのをやめている。
それでも従来比で十分な明るさを維持しているのが凄いのだ。
別の言い方では、こういう意識の転換が本当の意味での“革命”なのだと思う。
値段も無視できない。
普通ならこういうハイエンドクラスは高くすべきなのに思ったよりずっと安い。
他の機種の値段を押し下げてしまっている。
無理してまで下げないのがシャープ、なのでこれはパネル自体の製造コストを下げているのだろう。
大量生産できる堺工場の立ち上げも要因のひとつだろう。
性能面、コスト面で勝負できるか、つまり事業になるほどのインパクト(差別化)を打ち出せるかという点で無視できないトピックの一つとなっているのだろう。

・薄型テレビ市場の成熟化
成長期からだんだんと成熟市場になりつつある。もうなっているかもしれない。
その中でSEDという新参が入って成立するか、という問題もある。
パネルをどこが買ってくれるのか。
キヤノンブランドのAV市場での存在感はないから自社テレビはまず無理だ。
東芝と協業していたがいまはキヤノンだけでやっている。
よしんばパネルができたとして東芝は買ってくれるか。
シャープとの協力体制を作りつつあるし、結局は液晶一本でやっている。
プラズマ陣営は無理だろうし、シャープは当然無理だ。
あとは可能性があるのはソニーぐらいなものだろうが、昔のようなAV高級路線での存在感がない。
もう入り込む隙なんかない、と考えるのが自然だろう。

     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/08/09

サマーウォーズ

映画館でみるまでのものではなさそうだなあ、でも気になるなあ、と思っていた作品。
テレビでの放映となったのでみてみた。

面白い。
サイバー的考証にはちょっとというところもあるが、一般向けで物語としての面白さを考えれば妥当なところだと思う。
しかしいただけないのは声当てだ。
実はこの点でこれを映画館で見る(金を払って見る)のは見送ったのだが、悪い意味で予想通りであった。

ジブリの最近の作品(というか千と千尋あたり以降)もそうなのだが、この手の企画の作品でなぜ声のプロを使わないのか理解に苦しむ。
コメディアンは論外として俳優、特に若手は声だけでは勝負できない人が多い。
演技が下手というか、声の演技ができない、口パクに声をうまくあわせられなくて演技ができていない(と思いたい)。
要するに棒読みなのだ。
超一流の俳優ならは声だけでも十分勝負できる、そこいらの声優なぞ問題にならないほどのものを持っているので、全ての俳優、女優の起用を否定するつもりは毛頭ない。
しかし素人まるだしで声当てをされてしまってはプロの作品としてどうなのだろうか。

俳優と声優を兼業している人も多い。
現在では多種多様な幅で多くの方がいる。
声優嫌いの方々はどうもいわゆる「オタクアニメ」と区別したいというような考えがある感じもあるが、それは声優の選び方次第というだけだと思う。

声優はアニメだけではなく海外作品の声当ても主たる仕事のひとつであり、それをもっぱらにしている方もいらっしゃる。
またナレーションもそうである。

若手俳優のてこ入れでアニメに起用したり、逆に人気俳優の人気に乗じてキャストをしたりするが、果たして成功した例があるのだろうか。
声優素人の人間を起用してまともな作品になるのだろうか。
サマーウォーズは返す返すも残念な作品になってしまっている、と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »